帰郷の旅路 その1 憧れてしまうのがナイト
まとまらないけど進めることに
ようやく故郷に帰る日がやってきた。
ウチの隊は王様の招集に領主が応えたモノ。戦争が終わった時点でお役目は終了していたが、準備をしていたら街の位置が変わってしまうという想定外の事態が発生して延び延びになっていた。単純に帰路の計画が狂っただけでなく、周辺への影響を考えるとそうせざるを得なかった。なにせ何もなかったところに突如として城郭都市が出現したのだ。そこから出てきた兵隊の一団が通るとなれば地元の人とトラブルになりかねない。
とはいえコローナお嬢様のがんばりのおかげか、この地域に混乱は起きていない。なので安全は確保できると判断したらしい。
そして、帰りは船を使うようだ。ルドルフの一存で決まったらしい。
「俺、船なんて乗るの初めて。なんか楽しみ」
「はは、俺もだ。この旅は初めての事ばかりだな」
俺は楽しく他の使用人とお喋りをしながら荷物を積み込んでいた。するとアヒムが冷たく言い放つ。
「テオ、お前は乗らないぞ。お前はグラハルト様のお供について馬を運ぶ」
「えー、何ですかそれ。こういうのって女子供優先じゃないんですか?騎士にあるまじき判断ですよ」
「適材適所の結果だ。ここはもういいから馬の方を面倒みろ」
「ちぇー」
俺は船を名残おしそうに見ながら体の向きを変えて命令に従った。同僚の使用人が苦笑気味に手を振っていて、俺の悔しさは十分に伝えられたようだ。
「グラハルト様、アヒム様より従者としての命を仰せつかりました。道中、お供させて頂きます」
「うむ、よろしく頼む」
俺は挨拶をすませて他の面子を確認する。すると俺と顔を合わせまいとしているマルコ兄がいた。
「あ、兄ちゃんもこっちなんだ。やったー」
「まあな。次期当主様の乗るお船に俺みたいな輩を乗せるわけにもいかねーんだろうよ」
「なるほど。そう言われてみればそうか」
「チッ、ちったー否定しろよ」
マルコ兄は本気で嫌そうな顔をしたが、俺にはその顔すら嬉しく、船に乗れなかった事はすぐに忘れた。
馬の輸送隊は船を見送ってから出発した。船の方が速いのだから馬の方を一日くらい先に出発させてくれてもよいものだが、これもルドルフの一存で決まったようだ。船で行く方は合流地点に先に着いて一日休むつもりらしい。そして馬の輸送隊は休み無し。酷い話である。でもお子様な俺は休んでいるだけだとつまらない。馬の輸送隊でよかったのかもしれない。普段は話せない人とも話せるし。
メンバーはグラハルトの他は俺とマルコ兄と使用人がもう一人。全員馬にのっていて、さらに三頭引いている。少し予備の馬が多めだが、傍から見ると騎士が個人的に旅をしているだけに見えるだろう。そんな雰囲気を感じ、俺は兵士としてではなくただの子供従者として緊張感を解いていた。
「兄ちゃん兄ちゃん、兄ちゃんは帰ったらどうするの?やっぱり畑作りの手伝い?一緒にやろー?」
「チッ、クソウゼェ。お前、一回お前のボスにぶん殴られて来い」
「グラハルト様はそんな事しないもーん。騎士は女性と子供の味方だもーん」
「んだと……クソが……帰ったら覚えてろよ……」
マルコ兄は言い返してこずに捨てセリフで会話を打ち切った。お願いして同行させてもらっている立場だから抑えているのかな?だとしたら少し意地悪だったか。
「えーもー分かったよー。こっちも帰るまでお喋りしたいのガマンするー」
俺はちょっぴり反省した。俺は少し馬を走らせマルコから離れてグラハルトの横につく。
「グラハルト様、騒がしくしてしまい申し訳ありませんでした。つい再会の喜びに感情が抑えられず……」
「フム、まぁよい。テオが浮つく事はアヒムから聞いていた。しかしそれによって地元の民の警戒は解かれるだろうともな」
「え?むしろそれを狙っての編成だったのですか?それはそれで……とても複雑な気持ちです」
「はっはっは、してやられたな」
くそー、怒られなかったのは良かったけどなんか悔しい。
「私はお前達のそういった所が羨ましい。力に頼らずとも望ましい結果を導けるお前たちがな」
「グラハルト様は正規の騎士ですし、力もおありです。私やアヒム様みたいに姑息な手段に出る必要はないでしょう」
「私には必要ないか……そうなのかも知れんがな……」
「何かあったのですか?」
つい反射的に聞いてしまった。言ってから出過ぎたかと思ったがもう遅い。グラハルトは落ち着いた低い声で話し始める。
「最近、いま私達がいる世界というものが夢なのか現実なのか、少し分からなくなる事がたまにあってな。いや、まぎれもなく現実ではあるのだが」
「あぁそれは私も少し分かります。タイヒタシュテットでは山みたいな化け物が現われたり、朝起きたら外の景色が変わっちゃってたり、おとぎ話にでも入り込んだ気分ですよね」
「うむ。だが兆候はもっと前からあったのだ。始めは先行していた味方の連隊が無残に壊滅させられていたのを見たときからだ。あの時から私の見知った世界が得体の知れない何かに侵食されている」
「そんな事もありましたねぇ。下手をしたらあの化け物と直接戦う事になっていたと思うと背筋が凍りますね」
「そうだな。あの様なものが相手では私は無力だ……。相手が風車大の巨人ならば槍を手に突撃すればまだ勝ち目もあろう。しかし城門を踏み潰してしまうような怪物を前に、私に出来る事はない。悪の魔術師の話を聞いたとき、私は騎士として倒さねばと考えた。だがしかし、現実には騎士に魔術師を倒す力などないように思える。魔術師と闘えるのは同じ力をもった魔術師か、神々と契約を交わせる王だけなのではないか?そう考えてしまうと全てが虚しく思えてしまうのだ」
なるほど。騎士物語では魔術師を倒すのは騎士の役目だ。物語の様な状況が発生しているのに、物語りと違って無力だったとあっては喪失感もあろう。
「そんな事を言わないで下さい。物語の様にいかなくとも、グラハルト様は私や街の人たちにとって頼りになる立派な騎士様ですよ。そんなグラハルト様が落ち込んでしまうと、私まで悲しくなります」
「……物語の様にか。アンブレパーニャの騎士達と戦った時の事が忘れられんな。騎士の決闘で勝負を決めるなど、とうの昔に廃れた慣わしだ。今の時代にそれをやっては負けた方の民が納得しない。あの様な決着となったのはテオ、そなたの仕業であろう?何をしたのかは想像もつかん。だがいい夢を見させてもらった。……ふむ、この虚しさは、そこで見た夢のせいかもしれんな。やれやれ、私は物語の世界に呑まれかけていたらしい。夢にウツツを抜かさず、現実での勤めを果たすべきか。少なくとも子供の前でグチを言って夢を壊すなど騎士としてすべきではないな」
グラハルトはそう言うと、俺の方を見下ろすのは止め、背筋をはって前を向いた。騎士としてあるべき姿を演じている。
でも俺は知っている。その騎士としてのあるべき姿というのも、実は物語の中から出てきたものである事を。
もともと戦士階級というものはお上品な人の集まりではない。そんな強さこそ正義、力こそパワーの階級の中から、他の階級からも尊敬されうる者達が出てきたのには創作の影響が大きい。物語の登場人物に憧れた人達や、物語で示された「カッコイイとは、こういうことさ」に共感した人達が、物語に出てくるような騎士を現実世界にも登場させたのだった。
つまりグラハルトは物語の世界を夢見ていない様に振舞っているが、その振る舞いもまた物語を夢見た姿なのである。そんなモノに憧れていない傭兵のヒメルであれば、おそらく「馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑うだろう。
じゃぁそんなグラハルトを俺はどう思っているかというと、やっぱりカッコイイなのだ。カッコイイ事をやっているのだからカッコイイのは当たり前。物語の世界を夢見ているかは関係ない。
物語のフィクションには三流類あると思う。
一つ目は人物や出来事、舞台そのもののフィクション。物語が物語たる所以であり、『この物語はフィクションです』の注意書きが主に意味するところ。分かりやすいフィクション。居ない者は居ないし、起きていないものは起きていない。さすがに夢見ていると俺でも擁護しにくい。
二つ目は法則のフィクション。現実世界とは物理法則が違ったり、原理は分からないけれど魔法が使えちゃったり、手から衝撃波が出せたりと色々とルールが異なる。代表的なのがSFやファンタジーのジャンルだけれど、純粋な人間ドラマでもなければ大抵はフィクションが混じっている。現実の人間ならかなりの確率で死ぬ怪我でも、物語ならそうそう死んだりしない。現実という正解が存在し、中途半端なフィクションだと色んな警察に取り締まられる。
これについては夢見る程度なら俺は擁護したい。空想上の科学技術だって憧れている人の手によって実現するかもしれない。それに誰だって魔法は使いたいし、手から衝撃波は出したいはずだ。むしろ「死ぬとは思わなかった」とか「こんな事になるとは思わなかった」という事態を引き起こすのは、夢見がちだからではなく誤解や無知によるものだろう。本を読まない方がどちらかというと大問題。
そして三つ目は、人や社会の反応についてのフィクションだ。分かりやすいのは白痴結界。また男が妄想する女性像や、逆に女性が妄想する男性像も、だいたい都合よく改変されている。こちらはフィクションでありながら正解がなく、数いる警察の権力も及ばない。どんな超展開だろうと、「普通はそうならないよね」とリアリティを追求される程度ですむ。
夢見ていると「気持ち悪い」だの「現実と妄想の区別がついていない」だの言われるが、こちらは空想だと分かって夢見ているのでその指摘は間違いだと思う。というか逆にクーを指摘してやると「そんなの分からないじゃないですか」と逆ギレされる。酷い話だ。でももし本当に現実と混同しているのなら、そのうちにリアル警察のお世話になるだろう。
グラハルトが夢見ていたのは二つ目の法則のところ。騎士には悪の魔術師を倒す不思議な力があるというフィクションだ。俺としては全くもって許容範囲。一つ目のフィクションが現実化してしまった世界なのだから、むしろ倒す力がなくて悔やんだり落ち込んだりするのは当然だとすら思う。
そして重要なのが三つ目の人の反応のところ。物語の人物に憧れていながらも、グラハルトのソレは現実世界の評価とズレていない。グラハルトがなろうとしている姿は、現実の多くの人が──いや、少なくとも俺が──カッコイイと憧れる姿でもある。なのでグラハルトはカッコイイのである。それがたとえ架空の人物への憧れによるモノだとしても。
また、物語には現実を変える力がある。物語が描いた世界や人物像に対する感情というものは、現実の我々の感情であり、現実を動かす力になる。それは時に憧れかもしれないし、憤りかもしれない。良い結果を招くことだけでなく、悪い結果を招く事もあるだろう。でも、フィクションだから憧れるのは間違いだとか、フィクションだから怒るのは間違っているとか、物語に対してのそういった感情を間違いとされると、物語の持っている力は削がれてしまう。
物語の中の世界に憧れながら現実世界で活躍してくれるグラハルトは、そんな物語の力の守護者でもある。そんなナイトを俺が否定するわけがない。
「グラハルト様はやっぱり頼もしいです!私もがんばって従者しちゃいますよー!」
俺は物語に出てくるような盾持ちを想定して凛々しく姿勢を正す。
「フ、こちらこそ頼りにしているぞ」
うん、なにやらこの関係は気持ちがいい。このまま魔術師討伐の旅に出たいくらいだ。ちくしょう、なぜこのナイトには魔術師を倒す力が無いのか。俺はグラハルトが魔術師を倒す物語を妄想しながら馬を歩かせた。




