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街での活動 その101 デベルのお手紙

「こんにちはー」


 俺とクーは詰め所の扉を開けて入り、元気に挨拶をする。当然ザワつく衛兵達。


「なん……だと……?」

「なんでこんな所にロッテちゃんとリンデちゃんが……」

「これは夢か幻か……」


「ははは、突然すみませーん。しばらく故郷に帰るので、その前にちょっと挨拶に来たんですよー。はいコレ、皆で食べて。風邪なんか引かないように気をつけてね」


 俺は市場で適当に買って来たマルメロの砂糖漬けを机の上に置く。お婆ちゃん風のチョイスなのは否めない。


「え?ロッテちゃん達帰っちゃうの?もう会えないのかい?」


「一時の間よ。えーとそう、ちょっと力を使いすぎちゃったからお休みが必要ってとこ。大丈夫、また会えますよ。それで隊長さんは居る?この時間は壁の上かしら」


「あ、うん。案内してあげるよ」


「ありがと。でも大丈夫。大体わかるわ」


 俺は勝手知ったる他人の家とばかりに、迷いなく扉を選択して壁の上に出る。そして一回の深呼吸。


 少女姿で隊長に会うのは少し緊張する。隊長はどうも魅了耐性が高いようで、少女姿でも好意が感じられないのだ。とはいえ、デベルの言っていた通り捕縛命令が解除されているのも事実。まぁ酷い事はされないだろう。


「隊長さん、こんにちは」


「ケッツヘンアイか……こんな所で何をしている。ここは許可なき者の立ち入りは禁止だ。入れるからと入ってくるな」


「ですよねー失礼しましたー」


 俺が尻込みして引き下がろうとすると、クーが空気の読めない指摘をする。


「お姉様、手紙の配達を忘れています」


「分かってるわよ、うるさいなー……」


 俺はポシェットから手紙を取り出して隊長に渡す。


 隊長はいぶかしみながらも手紙を開く。そして少し読んだところで俺とクーを睨んだ。俺はタジタジしながら自分からとりあえず謝る。


「あー、えーとその、その節は色々とご迷惑おかけしましてですね……ごめんなさい」


 短い期間だったが隊長の下で働いていたのだ。どうすれば被害が少ないかは心得ているつもり。頭を掴んでクーにも謝らせようとしたが、こちらは意地張って動かない。


 隊長は俺の謝罪を受け入れたようで、無言のまま手紙に目を戻す。俺はそれを見て胸を撫で下ろし、クーを肘で突いて抗議しようとする。しかしクーはそれを先読みして避けた。ムカついた俺は諦めたフリをして少し間を空け、魔術で体を動かしてフェイントで肘を出す。しかしクーはそれすら超反応で避けた。クッソ、そこまでするか。俺はピクッピクッとさらにフェイントを織り交ぜて挑戦する。そして勝利条件も引き下げた。当てられなくても、フェイントに引っかかってクーが動けば俺の勝ち。


 俺とクーが静かに攻防戦を繰り広げていると、隊長は突然凄い勢いで手紙を天にかざした。既に気を抜いていた俺はビクっとなって隊長を見る。


「どうかしましたか?」


「あぁ……なんという事だ。お前達、この手紙はどなたから託されたものだ?」


「えーと、えーと、名前はたぶん言うと怒られるので言えません。でも、その手紙でも分かるとおり、陰湿な嫌がらせが大得意な意地悪な男ですよ。言い訳しにくい状況を利用してくるなんて、卑怯ですよホント。性格悪いったらありゃしない。ブツブツブツ……」


「そうか……卑怯なお方か……」


 隊長は手紙を大切そうに握り、苦しそうな表情をして無言で止まる。俺はちょっぴり心配するも、隊長と部下という関係が染み付いているせいで声をかけあぐね、顔を覗き込みながら待機する。しばらくしてから隊長はようやく口を開いた。


「アイツ──トラウの奴は上手くやっているか?」


「え?あ、トラウさん?あ、まぁ……なんとか上手くやってくれていますねぇ。過去が過去ですから反感を持たれる方もいますが、それすら飲み込んで腐らずに頑張ってくれている───というところでしょうか。あ、衛兵隊にとってはならず者ギルドなんていかがわしく思えるかもしれませんが、ならず者を社会に戻すための更生の仕組みとして長い目で見て頂きたく……」


「そうか……アイツは頑張っているのか……」


 ガチャリ


「えっ!?」


 隊長はいきなりひざまずき、俺の手を取ると両手握って祈りを捧げるように呟いた。


「ありがとう……本当にありがとう……ズズッ」


 なんか泣いてる。黒狼団を気にかけるような話は以前にしていたけど、ここまで思い入れがあるとは。


 俺が戸惑っていると、遠くの方でヒソヒソと声が聞こえた。


「おい、ついに隊長が落ちたぞ……」

「的を絞って陥落させに来るとは何とえげつない……だがそこに惹かれてしまう……」

「これでテオロッテ派の優勢は確実だな」


 なにやらあらぬ誤解をうけた。


***


 次に俺とクーはその足で黒猫冒険者ギルドに赴く。


 一応はトラウさんにも確認しておかなければ。この施設を続ける限り、トラウさんは完全なカタギに戻る事はできない。その事に悩んでたりしないだろうか。


「こんちはー、じゅんちょー?」


「お、姐さん。よくお越し下さいました。こちらへどうぞ」


「ありがと。なんか凄いね。どうしたの?そのお上品な物腰というか対応というか」


「ハハハ、ゼルマの指導の賜物ですかね。俺もようやくそういったモノの大切さが分かって来ました。他との窓口になっている俺には特に必要なんだって自覚して気を付けています。他の奴等には期待できませんから」


「へー、やるぅ。かっこいー」


 照れ笑いするトラウを俺はポスポスと叩く。荒くれ者のあつまる汚い酒場の一角だし、トラウ自体も体格は悪くなく、肉体労働の方が似合いそうである。ギルドマスターの服装や仕草だけが上品に落ち着いていて若干浮き気味と言えなくもない。だがしかし、それがあるからこそ一般の人でもギリギリ訪れられる場所なのは確かだろう。成り行きで任せちゃったけど、トラウを選んだのは正解だったと改めて思う。


 俺は出されたお菓子を摘まみながら、軽くトラウに話す。


「一応確認しておきたいのだけれど、トラウさんはこの仕事で大丈夫そう?ほら、成り行きで押し付けちゃったじゃない?もし他にやりたい事とかあって、やりたくないのにやらせる事になってたら良くないかなって」


「いやですぜ姐さん。以前の俺は夢も希望もなく、当然やりたい事なんてありやしなかったんだ。姐さんはそんな俺に一つの道を下さった。やりたくないなんて言ったらバチがあたりますよ。それに……ゴロツキ仲間からでなく普通の人にも認められるのが凄く嬉しくて……止めたいなんて思いもしてません」


 俺は前にトーマスの書いていた悪循環と好循環の図を思い出していた。トラウは良い方向に回り出している様だった。


「そっか、ならよかった。あ、そういえばトラウさんって衛兵隊の隊長と知り合いなの?頑張ってるよーって話したら感激して泣いてたけど」


「えー!!ちょー……なんて事してくれるんですか……えー、えー……」


 トラウが苦い表情をして悶えてる。


「あれ?まずかった?」


「まずいも何も……それ俺のとこのクソ親父ですよ。すぐ殴るクソ親父で、ケンカしてとっくに勘当されてますがね。えー……クッソ、えー……卑怯ですよ姐さん!そんな話をされたら止められるものも止められなくなるじゃないですか!」


「え゛え゛え゛、止めたくないってさっき言ったじゃん!」


「もちろん続けさせて頂やすが!」


 綺麗になったはずのトラウが壊れた。


***


「それでギルド運営は順調なの?」


「まぁなんとか……」


「問題があるなら教えてよ」


「なんと言いますか、俺らって元々はその日暮らしの犯罪者集団じゃないですか。その目線から見ればとてもとても上出来なんですよ。下らない事でケンカしたり暴れる奴が居ても、またかってくらいなモノで……。そんな事は抜きにして一応は依頼された最低限の要件さえ満たせれば依頼達成としたい。ただ一般の人の目から見てしまうと問題が多くてですね……まぁ一朝一夕には上手くいきませんわ」


「そう……やっぱり難しいわよねぇ」


「でもそう悲観したもんでもないスよ。依頼主から好評価を貰える者も居ますし。まぁ黒狼団のメンバーじゃなくて皮剥ぎなんかをやっていた者達なんですがね。賤業とはいえ元々依頼を受けて仕事をしていた者達は違いやす。なので、まずは彼らのためにより普通の人の近くの依頼を取ってこようと思っていやす。評価を得る見本にもなりますし、ギルドとしての評判にもつながりますし」


「ギルド運営としてはそれで良いと思うのだけれど……そうしてしまうと黒狼団だった人が少し心配ね」


「そちらは私が一人一人個別にフォローするしかないでしょうな。元々依頼を取ってくるだけ何とかなる人達ではありませんし。でも、そんなに絶望的でもないですよ。既に普通の仕事につく決心をした者も一人居ます」


「へーそうなんだ。どんな人なの?もともと真面目だったり?」


「あんまり真面目ってんじゃないんですが、ギルド立ち上げ直後に俺に付き合って沢山依頼をこなしてくれた者です。そういう意味では良い奴なんですが負けん気が強くてですね……『お前の下で働いていたら、お前が受ける評価に俺は勝てない!俺は他の場所で自分の評価を稼いでやる!』との事でね、地元に帰って真面目に働くようです。ひとまずプライドを捨てて同郷の知人に頭を下げまくったとかなんとか」


「え、その人って───」


「姐さんも一度近くで会ってますかね。初めてあった時に一緒に留守番させられてたマルコっていう奴ですよ。覚えちゃ居ないかもしれませんが」


「覚えてるよ!」


 色々悩んでやってきたけど無駄じゃなかったんだ。やって正解だった。がんばって良かったんだ。


「良かった……本当に良かった……」


 くそう。涙でてきた。


「姐さん……たった一人が更生しただけで涙まで……他のヤツラの事も任してください!俺がなんとかしてやります!」


「あ、うん……あとはよろしく……ズズズッ」


 都合よく誤解してくれたので、今度は気兼ねなく押し付けた。


***


 帰り道にクーとおしゃべり。


「隊長とトラウさんが親子だったとはねー」


「手紙の内容からすると、デベルは知っていたようですがね」


「まぁデベルさんは俺と隊長が顔見知りって知らないし、わざわざ言わないよね」


「ですが隊長に渡すように指定したのはデベルです。隊長の反応は見越していたと見るべきでしょう」


「あー自分の心配で一杯だったから気にしてなかったけど、息子もどーのって書いてあったねぇ……」


「あの反応を見ると、そちらが本文だったようですね」


「かもねぇ……デベルさんも粋な事をするなぁ……」


 俺は歩きながら少し考え、ある事に気付いた。


「あの手紙ってさ、もしかして俺へのあてつけなのかな。『俺だって手紙で気持ちを伝える事くらいする。言いがかりだ』って。俺がその場のノリでデベルさんを否定しちゃったから」


「あてつけかどうかはさておき、ツボを押さえているのは確かな様です。ケイツハルトの管理している転位陣の輸送物は主にお金と書類です。ふみでのやり取りは慣れているといったところでしょうか」


「うぐー、やっぱそう思う?」


 俺はあっさりと負けを認める事にした。でも直接謝るのはシャクなので、兵舎に戻ると手紙を書いて転送した。


~~~~~~

デベルさんへ

気持ちを伝える大切さを分かっていないだなんて言ってゴメンナサイ。認識を改めます。

素直なよい子のテオロッテより

~~~~~~


しばらくしてからデベルから返信がきた。


~~~~~~

くそジャリ姉妹へ

わかれば宜しい。

追伸

色々あったがこの街の者はお前らに感謝している。その気持ちも受け取って貰えたのであれば幸いである。感謝している内の一人として。

ガキの相手はもうコリゴリなデベルより

~~~~~~


「やっぱアンタの書く手紙は分かり難いじゃないか!!!!」


 という事で直接乗り込んでスリスリしてきた。

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