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街での活動 その96 コローナリッツェ(後)

 俺は貴族の違いがあまりよく分からない。自分達とは違うという認識だけで十分だからだ。でもそこはおあい子なので恥じたりはしない。お貴族様だってパンとビールの違いは分かっても、それぞれがどの麦から作られているかは気にもしないし知りもしない。世の中そんな物だ。


 でも領主となれば別だ。その地のルールを変える力を持ち、庶民にも影響がある存在だ。いきなり領主の話が出てくるとやっぱりビビってしまう。それは職人達も同じ様だった。


「地名っぽい名前だったから名のある一族だとは思っていたけれど……本家の娘だったとはね……」


「フンッ、少しは理解したようだな」


 商人は上着を整えながら俺達に勝ち誇って笑みを浮かべる。それから拳を作って職人の胸を軽くこずきながら言った。


「だが、コローナリッツェ様の噂が誤解だという話は聞けて嬉しかった。この街の扱いがどうなるかは分からないが、俺はお前達の事を歓迎する。これからもよろしく頼む」


 それからその商人に、川上に向かったコローナの動きを聞かされた。コローナはその商人の商会で父への手紙を託した後、商人達を集めてこの街の出現を伝えた。そして同時に、領主または国王から御触れがあるまで干渉を控えるよう命令し、近隣の村々にも伝えるよう指示をしていったとの事だった。


「へぇ凄い。領主の娘っぽい」


「ぽいではなく、そうなのだが」


 俺が正直な感想を漏らすと、商人がすぐ訂正してきた。


「そうなんだけど、コローナお嬢様が物作り以外で積極的に動くのが意外に思えてさ。地元だからかな」


「どの様な印象を持っているのかは知らんが、この地を治める一族として当然の事をされただけだ。何も不思議は所はない」


「それもそうなんだけどさー」


 一緒に遊んでいた仲の良いお友達が、急に大人になってしまった気がして少し寂しい。いや、もともとコローナは大人なのだけれど。


 商人はそれから産総研の中を少し見学し、門の前で買い物をして帰っていった。


「やれやれ、室長が領主の娘だったとはな。嬢ちゃん達はどこまで知ってたんだ?」


 一人の職人が頭をかきながら俺に聞いた。


「いつの事だったか忘れたけど、キルヒシュベルガーって名前は聞いた気がする。流石に現当主の娘とまでは知らなかったけど」


「俺らがそれを聞けてればなぁ……鉱石やら木材の産地としては有名だし、気にしていれば気付けたかもなぁ」


「でも家の名前を出すなって母親から言われてたらしいし、それを守ってお嬢様が隠してた訳だから知らなくて正解だったと思うよ」


「嬢ちゃんたちはそれで良いかもしれないが、俺らは落とし穴を踏み抜いたらそれで終わりなんだ。そういうのは教えてくれよ」


「あはは、ごめんね」


 そこにルブが入ってきた。


「うーっす、粉挽き屋と話を付けて来たぞー……って、なんだ?皆して間抜けなツラして」


「おいルブやべぇぞ。燃料届けに来た商人から聞いたんだが、室長はキルヒシュベルグの領主の娘だった。んでさっき地図を見せられた通り、どうやらここはキルヒシュベルグだ。やべぇよ、なんか分からねーけどやべぇよ」


「なるほど、どうりで金属に詳しいわけだ。小さい頃から色々と見て育ったんだろうな」


 ルブは素直に感心している。


「いやルブ、そうじゃねーだろ。領主の娘だぞ?巨大な権力者の一員だぞ?目を付けられたら俺らなんてひとたまりも無いんだぞ?」


「うーん、そう言われりゃそうなんだが……今更なんだよなぁ」


「今更ってなんだよ」


 ルブは何と言っていいか分からない様子だったが、宙を眺めて言葉をさがしながら話し出した。


「だってもともと室長は王から直接任命されて室長をやってんだぜ?領主の娘じゃなくとも十分権力をかざせる立場だったんだよ。対等に理屈だけで議論するクセがついてるから、つい忘れちまうがな」


「そう言われりゃそうだが……」


「そして俺らももう、そんな権力を使って活動してるんだ。ここの研究室は王立職業安定所の産業総合研究室。研究開発費はヴォルミルト王の財布から出されているし、市場で流れていない素材も誰かが調達してきてくれる。ギルドの垣根を越えた開発ってのも、バックに権力がついていてくればこそ可能ってもんだ。そこで室長の権力が一つや二つ発覚したところで、俺らにとっては怖いものじゃない。むしろ頼もしいってなもんだろ」


「うーん……それも分かるんだが……やはり俺らは落ち着かない。なんでお前はそこまで冷静で居られるんだ?」


「えーとそうだな。それはたぶんお前らに権力の具体的イメージがないからだ。これは室長の受け売りなんだが、強大な権力ってのは要するに巨大ロボみたいなモノらしい。敵対すれば恐ろしいが、付き合い方さえ覚えれば便利なものだと」


 ルブが突如変な事を言い出した。


「巨大ロボ?室長が熱く語る……?」


「そうだ。例えばだが、水路を川とつなげたいって思ったとするだろ?そういう時には巨大ロボにお願いするんだ。伝わる様に正しい手順でお願いすれば、デカブツが強大な力で大地を削りとってくれる。国家のような巨大権力ってのは実はそういうものなんだと。毛嫌いして否定するだけでは力は借りられない。力を借りたいなら、怯えず、頼もしい仲間として信頼しなくてはならない。まぁ操縦席に居るのか同じ船に乗っているのか、同じ陣営に居るだけなのかと、立場によって付き合い方は異なるのだろうがな」


 ルブは自分をデカブツに見立て、水路を作るかのように一本の指で机をなぞった。


「それでだな、室長が領主の娘だったなんてのは、さしずめ『主人公の父親が巨大ロボットの開発者だった』程度の事なんだよ。そんなのはよくある話だろ?」


「「「なるほど!それなら確かに怖くない!」」」


 それで納得するんかーい。確かに物語ではよくある事だけど。どうやら職人達はコローナの趣味に布教され済だったようだ。俺が若干呆れていると、コローナが戻ってきた。


「みみみみなさん、ただいま戻りました。早速ですが船着場の構築についてキックオフ会議を開きたいです。人を集めてくだ───し、師匠!」


 コローナは部屋の隅で俺と一緒に立っていたクーを見つけると、走ってきて抱きついた。やれやれ、この間は俺に気遣ってくれていたが、やはり圧倒的にクーの方に懐いている。


「で、デベル様に聞きました。師匠達はそろそろ自分達の世界に帰るって。とてもとてもとても寂しいです。もっともっとずっと師匠に見てもらいたいのに」


「お嬢様、私も同じ気持ちです。お嬢様ほど理解の早い生徒は、そして話の合う友人は居ませんでした」


「ししょぉぉぉぉ」


「お嬢様ぁぁぁぁ」


 抱き合う二人。くそう、尊すぎて入っていけない。やっぱり本物の女の子には敵わんな。


「師匠あのあのあのですね、わわ私頑張ったんです。師匠達が居なくとも一人で続けられるようにって、師匠達と作ったものを守っていこうって。デベル様にも言われて頑張ったんです。でも、でも師匠達にもう会えないと思うと、悲しくて、続けていくのが辛くって、でもでも立ち止まってしまうと師匠達との思いでも全部終わってしまいそうで、なのでなので頑張るしかなくって、それで……」


「心配させてしまいましたね。私達は元に居たところに帰るだけで、居なくなりはしませんから大丈夫です。また会えますよ。あの男はハッパをかけて大げさに言っているだけです」


「ほほほ本当ですか?ま、また会いに来てくれますか?」


「約束します。ですがそのためには私達の方も頑張らなくてはなりません。少し時間をください」


「はい……ぜぜぜ絶対ですからね。色んなものを沢山つくって、色んな課題もいっぱい抱えて待っていますから、絶対に見に来てくださいね」


「はい、絶対です」


 頭をゴリゴリぶつけながらお互いの後頭部と会話する二人。いいなぁ、俺もコローナとあんなふうに抱き合いたい。俺は指をくわえて見ているだけでは満足できず、介入を始める。


「ちょっと寂しいけれど、本当に大丈夫ですよ。デベルさんに言えばきっと手紙も届けてくれるし。でも折角だから私もギューってするー」


 俺はコローナの背後から二人に抱きついてスリスリした。


「ちょっと、お姉様は余計ですよ」


「えーズルーい、お嬢様を独り占めしないでよ。お嬢様はみんなのモノだよ。お嬢様ホラ見て、皆のモノ欲しそうな顔を」


 俺は二人に抱きついたまま自分ごとグリンと回転させて、コローナを職人達に向けた。職人達は俺と同じくユビクワ状態で間抜け面をさらしていたが、コローナの顔が向いたので急に真面目な顔になり咳払いをした。


「あ──ゴホン、そうですぜ?室長は我らの室長でもあられます。一人でなんて寂しい事は言わんでくださいよ。力になります。一緒に頑張りましょうぜ」


 歴戦のクルーの様な渋い顔で腕組みをして頷く職人達。


「みみみみなさん……ありがとうございます」


 コローナはクーを枕の様に抱きしめたまま、職人達を眺めて目を潤ませた。職人達もそんなお嬢様を見てヤレヤレと優しく微笑む。良いチームだ。この人達なら大丈夫だろう。俺は安心して本来の用事に取り掛かる。


「お嬢様、それはさておきです」


 俺はクーとコローナから一旦離れて、今度はコローナの前に回り込む。


「門を閉ざしているのに勝手に壁を抜けだしてはダメですよ。衛兵さんが怒られちゃったじゃないですか。一緒に謝りに行きましょう」


「あ、え?え、えとですね、私は師匠達を真似てですね……」


「私達はやってもいいの!でもお嬢様はダメ!いいから謝りにいくの!これはお姉さん命令ですっ!」


「え、あ、はい……」


「やれやれ、お姉様には困ったものです。まるで暴君みたいじゃないですか。お嬢様はこんな理不尽な人にならないで下さいね」


「ムキー!あんたも一々うるさいわね!ほらほら、いいからとっとと行きますよ!」


 俺は自らの権力を行使してコローナに謝罪してもらう事に成功した。

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