街での活動 その95 コローナリッツェ(前)
コローナが川上にある町に出かけてしまったので、俺は地図を書き写してから壁の上に戻った。同僚が受けていた任務は護衛ではなく壁上視察の立会い。流石に無断で別の町まで行ってしまうのはマズイ。本来なら壁の外に出た時点で任務継続不可能として報告しておくべき事案だ。案の定、戻ってからこっぴどく叱られた。というか、そもそも門を閉ざしているのだから、中から外にも人を通すのは問題だったらしい。
くそー、コローナが帰ってきたら少し恨み事を言ってやる。あぁでも少年姿でないと恨み事を言っても意味が通じない。ただの衛兵である少年の俺がお貴族様相手にそんな事を言って良いのか分からないが、まぁなんとかなるだろう。コローナは全然貴族っぽくないし。
そんなこんなで交代して休憩に入ったところで壁の外に抜け出し、少女姿で潜伏してコローナの帰りを待つ。本当は壁の外に出ちゃいけないのは俺も同じ。でも、なんだってバレなければ大丈夫だ。まぁ休憩中とはいえ待機していない時点で怒られるのだけれど。
門の外に並んでいた行商人達は、今日は入れないと悟って勝手にそこらで商売を始めていた。俺はそこで楽しく買い食い。
「おっちゃん、どうせ売り上げ見込めなくて困ってるんでしょ?安くしてよ」
「分かっているなら協力してくれ。育ち盛りだし沢山食えんだろ」
俺は銅貨を数枚渡し、つまみ食いを始める。ストップがかかるまで食うつもり。
「焦らなくても数日のうちに門は開くよ。転位したといっても同じ国の中だし、位置も特定されてるし、そもそも閉じてたってどうにもならないし」
「転位?なに?お前ら何か知ってるのか?知っているなら教えてくれ!」
あぁそうか、壁の外の人達は何も知らないんだった。だから保存食なのに焦って売ってるのか。読めない状態ならリスクは減らしたいもんな。えーと、でも俺はここで情報を流して良いのかな……?
俺はモグモグしながら考える。そしてゴクンと飲み込むのと同時に、少女姿なので大丈夫という結論に至る。
「そうね、混乱を避けるためにも伝えておいた方が良いかもね。でも三つ約束して?情報は他の人たちにもただで伝える事、公式発表があるまではこの情報に基づいて行動しない事、情報を伝えた相手にもこの二つを守らせる事。あくまでも皆の不安をやわらげるために教えるのだから約束して」
「あぁ、約束する!いったい何が起こっているんだ!?」
行商のおっちゃんが必死になって大声で言ってしまったので、周りの人もワラワラと集まってきた。やれやれ、今日はあまり目立ちたくなかったのだが。
「えーとさっきも言ったけど、この情報で行動するのは止めてね?最低三日くらいは知らなかった事にしてこのまま待機をお願い。訳あって私達は街ごと転位しちゃってて……」
俺はちょっぴり高いところに上り、先ほど書き写した地図を掲示して説明した。
それからしばらく買い食いを続けていると、クーが俺に囁いた。
「川の方から馬車で向かってくる人達がいます。燃料を積んでますので、コローナお嬢様の買い付けた品の配達ですかね」
「やっぱりお嬢様は一緒じゃないんだ。まぁとりあえず見に行ってみるか」
***
「あれが依頼の届け先か……本当にあったな」
「突如現れた城郭都市に謎の素材で作られた奇妙な建物……物語にでも入り込んでしまった気分ですね」
届けに来た商人は建物の手前で馬車を停めて近付く事を躊躇していた。実用重視の旅商人の服でなく、見た目に重きをおいた服のお上品な商人さん。お貴族様の注文だからとホイホイ来ちゃったんだろうけど、荒くれ共もうろつく壁の外では場違い感がある。躊躇してしまう気も分からないでもない。俺はヤレヤレと馬車に近付いて話しかけた。
「ふーん、これが燃料なんだ。変わった炭だね」
「こら!勝手に売り物に触るな!」
「おじさん達、コローナお嬢様の依頼で来た人でしょ?私が中の人を呼んできてあげるよ!」
「お、おい!勝手な事を……」
俺は元気にパタパタと走って建物に入って職人を呼んだ。
「ねぇみんな、きてきて!燃料が届いたよ!炭だけどちょっと変な炭!みてみて!」
俺の声を聞いて職人達はワラワラと馬車に群がった。俺はあえて職人がそそりそうな言い方をして呼び集める意地悪な子である。
「ふむ、成形炭の一種のようだな。石炭も交じっているし硫黄で炉を傷めるかもしれん……が、火力は出せそうだな」
「こら!お前らまだ勝手に触るな!まず先にお前らがコローナリッツェ様の家来であると証明しろ!誰か代表者は居ないのか!」
職人達はお互いを見合わせる。
「コローナリッツェ様?室長の事……でいいんだよな」
「うーん、俺は室長とか巫女様としか呼んだ事が無いからなぁ……」
「いや、確かそんな名前だった気がしないでもない。始めの頃に何度か聞いた気がする。でも家来って訳じゃないよなぁ。教えあったり話し合ったり、一緒に仕事したりはするけれど、俺らは自分らでも食い扶持は確保してるし。なぁあんた、室長は自分の家来に届けろって言ってたのかい?」
職人達は逆に商人に聞き返した。
「そうは言われていないが……そんないい加減な関係がありえるのか?ますます怪しい」
「でも産総研に届けろって言われたんだろ?ならここで合ってる。室長も燃料を買い付けるって言ってから出て行ったしな」
「室長室長ってなんなんだお前ら。コローナリッツェ様はキルヒシュベルグ卿のご令嬢だぞ?お前らなんかにお会いになる訳ないだろ!やはり届け先を間違えているとしか思えない!」
俺が無理やり引き合わせたせいで少しコジれた感。ちょっぴり責任を感じたので場を制す事にした。
「えーと、皆さんちょっと待ってください。クーデリンデ、お嬢様の姿を絵で出せる?」
「お任せ下さい」
クーがケープの下から蛇腹折りの紙を取り出してビラビラっと広げる。そこには等身大のコローナが描かれていた。
「「「お、室長だ」」」
職人達は即答。商人はそれを見て驚くだけで声は出さない。
「ついでにですが、これがお嬢様のお父上です」
クーは次にコローナのパパの絵を広げた。
「お、室長のパパだ。一時期この辺りをうろついてたなぁ」
「この二人は仲むつまじくて見てて微笑ましかったよな。うちの娘もこう懐いてくれればと……ウッウッ」
その反応を見て商人はブツブツ言いながら悩み始めた。
「うーん、間違いないのか……?キルヒシュベルグ卿なら気さくな方ゆえ誰に話しかけていてもおかしくないのだが、コローナリッツェ嬢はとてもプライドの高いお方なはず……。こんな汚らしい職人連中にお会いするなどありえないと思うのだが……」
「えー?コローナお嬢様のプライドが高いってどこ情報よ。私達はそんなの見た事ないよ。むしろ身分や人間関係に無頓着で困っているくらいだってば」
「あ、いや、ここいらじゃ有名な話だ。とある貴族の三男と見合いをした時に、『私は世継ぎ人にしか興味はない』と馬鹿にして怒らせ、親の決めた縁談を破談させたらしい。言い憚られる話ではあるが、コローナリッツェ様そこまで容姿端麗でもないしな。その話が広まって、この国の名のある貴族には相手にされなくなり、今は噂の届いていない遠い地で下級貴族や豪商相手に嫁ぎ先を探していると聞いていた。まぁ昔の話なので今は現実を知って丸くなっている可能性はあるが……」
「その話なにかの間違いじゃない?あの全身からにじみ出る小動物感は絶対に生まれながらのモノだよ。だいたい社交性皆無で恋愛ライト層のコローナお嬢様が、せっかくの縁談を自分から壊すなんてするわけないじゃん」
俺の疑問に職人達も一斉に頷く。
「と言われてもな……。えーと確か『私は貴方みたいに着飾ったりする事に興味はないの!それより自分でお城を作ってみたいの!』だったかな。まぁ概ねそんな事を相手に言ったらしい。流石に今ではそんな事は口にしないとは思うが」
「それ……三男の人に対する皮肉とか嫌味でなく、言葉通りの意味だよ。ファッションに感心がなくて、何かを作る事にしか興味が無い。そんな自分の事を分かってもらおうとしただけだと思う。言葉のニュアンスはだいぶ変えられてると思うけど」
「やれやれ、室長殿は空気を読めないからな……」
「あぁおいたわしや……」
職人達もなんとなく理解したようで、顔を手で覆いながら首を横に降ったり、ため息をついたりしている。ある者はこの場にいないコローナを思い浮かべて哀れみの目を向けている。そして職人の一人が言う。
「商人さんよ、その話に出てくるご令嬢とやらは間違いなく俺らの室長だ。だが三つほど勘違いしている。その時に室長が言いたかったのは、権力の象徴として城が欲しいって事じゃない。自分の考えた最強の城を作りたいってだけだ。二つ目は、室長はその夢をまだ諦めてなどいないって事だ。あの人はモノ作りに関しては諦めない。今でも話を振れば熱く語りだすはずだ。そして三つ目。室長は貴族だとか女だとか、なんちゃら卿のご令嬢って枠に当てはまる人じゃない。あの人はどこまで行っても純粋な技術者なんだよ。ま、それらを理解できなかったって事は、やっぱりその見合い相手は室長には相応しくなかったって事なんだがな」
誇らしげに胸を張ってコローナを擁護する職人さん。他の職人達も便乗して胸を張ってドヤった。俺もその意見には同意だ。だけど、貴族界隈でそんなコローナを理解してくれる男が現れる気がしなくて中途半端にしかドヤれない。だいぶダメな事言ってドヤってる気がする。
「ふむ、興味深い話ではある。ひとまず届け先がここである事は信じよう」
その商人は馬車から地上に下り、馬車に残ったもう一人に馬車を動かすよう合図を送る。それから職人達を睨みつけながら言った。
「だが一つ忠告しておく。誤解をされたくなければそんな態度をとらず、それ相応の敬い方を見せろ。俺の話───コローナリッツェ様がこの地を治める領主の娘、侯爵令嬢である事も事実なのだからな」
「「「はぁぁぁぁぁ!?ここの領主の娘ぇぇぇ!?」」」
職人達と俺は、商人に即効ドヤり返された。




