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街での活動 その94 悪魔のひき臼の回し方

実は前回のつづき

 ひとまず粉挽き屋に提案するプランが出来上がる頃には、コローナと職人達は既に仕事モードになっており、続けて産総研内と周辺ギルドの動力をどうするかについて話し合いだした。ルブさんも俺の元を離れてそれに加わった。


「だが蒸気機関は管理がな。広場の像を作ったときもそうだったが、誰かが付きっきりになるぞ」


「それは避けられんだろうな。素人に任せるには危険過ぎる───が、一日中やるとなるとキツイなぁ」


「い、今はレスポンスも気にして水の量を少なめに設計していますが、固定用であればもっと水の量を増やして安定性を出せると思います。あと高置水槽を使えば給水ポンプも省けます。もう少し管理を楽にできるかと」


「自動給水装置の製作も目処は立っている。が、今すぐは無理だ。手間はかかるが、暫定策を何段階にも分けて講じていくのが現実的だろう。熱源は産総研内に置いて、動力を伝達する方式も───」


 コローナと職人達がワイワイ盛り上がっている。俺は部外者なので壁に寄りかかってクーとお喋り。


「水車が無いと大変な事になるんだねー」


「今回は突然使えなくなってしまいましたしね。もう少し工作レベルや動力機械の完成度が上がっていれば良かったのですが。いざ使い始めてみれば、もっと大変になるでしょう。一足飛びで開発させたツケがでましたね」


「ふーん、まだまだ技術的には足りないんだ」


「コローナお嬢様に作らせていたのは、一種の安定点に位置する物なのですよ。小型ゆえに強度も出しやすく、精度も職人技だけで解決でき、スケールダウンした事でレイノルズ数が小さくなるため潤滑もシーリングも水で成立する。また、作る蒸気もエンタルピーが低いため水に戻りやすく、各所に水が供給され続ける。とはいえ固定動力として長期の安定使用に耐える物ではありません」


「ふーん、よく分からないけど実用性の高いものじゃないんだ。どちらかというと簡易的に移動機械を実現させるためのモノって感じ?」


「そうなりますね。でも移動機械用の動力を元に発展させていくというこの流れは、別の面白い物語を作るかもしれません。想定していた物ではありませんでしたが、コローナお嬢様にとっても良い流れです」


「別の面白い物語?」


 俺は不思議そうにクーの方を見る。クーは少し楽しそうに空中に小さな模型を出して説明しだした。


「蒸気機関というのは大きい事が正義なのです。生まれた時からそれは大型でした。巨大な資本を元に、大きな出力を連続して出し続けるために作られたのです。始めは鉱山の水をくみ出すポンプから始まり、巨大な工場で使われ、重いものを長距離運ぶするために蒸気機関車が作られました。そして時代が下って電気の時代になっても巨大な蒸気機関は発電所で使い続けられます。蒸気機関は大きいほど、連続して動かすほど効率が良いため、常に巨大なものが覇権を制しし続けました」


「恒温動物におけるベルクマンの法則みたいなものかね。寒い地域では体が大きい方が体温を維持しやすいみたいな」


「理屈は同じですね。なので小型の動力機械は別の環境で進化しました。その一つがコローナお嬢様が目指していた移動用機械の分野です。立ち上がりの良さや出力の変動に対応する必要があり、これは巨大な蒸気機関では不可能でした」


 クーは進化していく自走式の馬車の模型を宙に浮かべて見せた。ちょっと未来感ある。


「そしてもう一つ、巨大な蒸気機関が採用されなかった環境があります。それが手工業の分野です。採用出来なかったというのが正しいのかもしれませんが」


「あぁ、人が手でする仕事は24時間続けられる訳じゃないし、そんなに力も要らないもんね。移動機械と同じく、必要な時にすぐ使える方がいいし」


「それもありますが、まず巨大な資本が用意出来なかったのです。巨額の資金をつぎ込んで巨大な動力で大量の機械を動かす方が効率が良い。それは誰の目にも明らかだった。でも実際にそれを出来るのは一部の資本家だけ。昔ながらの手工業を営んでいた者達には不可能だったのです。そのため手工業者は徐々に駆逐されていきました。しかしその駆逐されていく中で、巨大資本に抗うために効率の良い小型動力が求められたのです。後に移動用機械の主力となる内燃機関も、始めは定置式の産業用原動機として生み出された物です。所詮は敗者の歴史なので忘れ去られ、後になってみればまるで初めから移動用機械のために作られたように見えてしまいますけどね」


「今コローナお嬢様が辿ろうとしているのとは逆の順序って事か。それは確かに面白いねぇ」


「技術史で順序が入れ替わるだけではないのですよ。手工業者が資本競争に晒される前に力を付けられるのです。そのまま電気の時代に逃げ込めれば、動力の規模による差はなくなります。もちろん動力の差がなくとも、資本による優劣は覆せませんし、結末は同じでしょう。それでも変化は緩やかになる。それだけで生きながらえるものが増え、別の物語が生まれると思いますよ」


「なるほどねぇ、歴史が韻を踏むのは避けられない。でもテンポが変われば人が受ける印象も変わる。そしてなによりだ、それならコローナお嬢様が突っ走ってもデベルに怒られなくて済むってわけだ」


「そういう事です」


 俺はクーと微笑み合って満足してからコローナと職人の方に目を戻す。するとそこには見慣れぬ地図が広がっていた。


「おっと、なんだあれ」


「この地方の地図の様ですね」


 俺は机に近寄って詳しく見る。デベルがばら撒いた地図は二つの国を丸々収めるために大雑把にしか描かれていない。しかし今コローナが広げている地図は明らかにそれより縮尺が大きい。目印となる地形や、小さな集落とそれらを結ぶ道まで読み取れる。コローナはその地図に印をつけタイヒタシュテットという名前を書き入れた。


「お嬢様、この地図は?」


「わ、私の物です。師匠達の地図と山の位置から現在の街の位置を特定しました」


「写させて頂いても?」


「も、問題ありません。すぐに出回るはずです」


 思いがけない所で情報を得た。俺は書き写す真似をしながらクーに目をやるとクーは『はいはい』と頷いている。後でゆっくり写させてもらおう。


「こ、これから私はここから上流のインナムホルツに行って燃料の手配をしてきます。何が手配できるかは分かりませんが早々に届けさせますので安心してください」


「室長殿は戻られないのですか?」


「わ、私はそのまま情報収集と根回しをしてきます」


「えっ!?室長殿が?」


 その場の全員が不安そうにコローナを見る。


「ままま任せてください。わわわ私だって色々な人に出会って、そそそそういったモノの重要性を学んだのです」


 そう言いながらもコローナの目は泳ぎ、体が微妙に硬直して小刻みに震えている。明らかに不審者。


「「「(超不安……。)」」」


その場の誰もがそう思ったが、並々ならぬ決意があって止められず、お嬢様は護衛と共に馬で出発していった。

さんこうぶんけん

『ディーゼルエンジンはいかにして生み出されたか』ルドルフ・ディーゼル(著)山岡茂樹(訳・解説)

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