街での活動 その87 違いを超えて
魔術具として生まれるという事はどういう事なのだろう。
無機物転生の物語はいくつか読んだ事がある。武器や道具などは自分で考えて行動できるだけでチート性能になるので、人は無機物に転生すれば容易に活躍できるのだ。もちろん転生得点として純粋にチート性能も得られるし、さらには利用者にもチートを付与する事が出来る。無機物転生はそうした合わせ技で手軽にチート三倍満が味わえるという素晴らしい大発明でなのある。
ただ、チートが多い分だけチートの負の部分も増強される。存在意義が能力や性能頼りになり過ぎるのだ。
普通の転生チートものは、チートで無双しながらも奴隷を買い取って優しくしたり、商人を救ったり、ナデポしたり貴族と友達になったりと、性能によって評価されるだけでなく、心の繋がりも築いていく。そのため例え逆境に陥ろうと助けてくれる仲間がいるし、性能が微妙になっても現実には追放なんてされはしない。インフレについていけなくなったとしても、クリリン的愛されポジションという選択肢だってある。そして最後に平和が訪れて戦う必要がなくなったとしても幸せなスローライフがきっと待っている。
ところが無機物転生の場合はそうはいかない。性能面で微妙になってしまったら立場は危うくなってしまう。最強の剣に転生したとして、もっと性能の良い剣が出てきてしまったら?いや、そうでなくとも平和になって剣が必要なくなってしまったら?物語は都合のよいところまでしか書いてくれないが、その後を考えると少し怖くなる。個人的には武器や道具への転生は差し控えたいところである。
でも、そんな道具として生まれてきたのがクーだ。もしかしたらクーも無機物転生者と同じ様に、将来に一抹の不安を感じているのかもしれない。人である俺が魔術具であるクーの気持ちを本当に理解する事は難しいだろう。しかし想像する事で少しは近づけると信じたい。
「クー、まずは俺から謝っておく。ごめん」
クーは少しの間反応を示さなかったが、俺が黙って待ち続けるとようやく口を利いた。
「それは何に対しての謝罪ですか?」
「うーん、なんだろう……色々だな。お前を信じきれて居なかった事とか、あまり相談しなかった事とか、お前の気持ちを考えようとしていなかった事とか……まぁそう、色々だよ」
「つまりは具体的にはよく分からないけれど、ひとまず謝っておくという事ですね」
あぁ、これはまだ怒ってるな。まぁ寝ていたクーにとって夜の出来事は数分前の事だからなぁ。頭を冷やす時間が山ほどあった俺と感情にズレがあるのは仕方が無い。
「ストップ!ストップ!俺にケンカをする意思はない。お互い言いたい事はあるだろうが、慌てずに一つずつ話そう。まずは報告だ。お前が寝ている間にマルコ兄が一緒に帰る事になった。その件は俺とは関係のないところで勝手に解決した」
「そうですか。私の口から伝えたかったのですがね」
「チッ、やはり知っていたか。まぁひとまず礼は言っておく。ありがとうな」
「はい、ひとまずその言葉は受け取ります」
「でも、俺にナイショで画策するのはもう止めにしてくれ。俺にとってはマルコ兄も大事だけど、同じ様にお前も大事なんだ。関係が拗れるような事は出来れば避けたい」
「はい、その命令は受諾しました」
「命令というかお願いなんだがな」
「命令で良いのですよ。私は人ではありませんし」
「あぁ……その事も謝らせて欲しい。劇中のアドリブとはいえ、人間だけが特別と言ってしまったのは間違いだった。俺にとってはお前も人間同様に特別な存在だ」
「テオ、その言い方ではやはり人が特別と言っている事になるのですよ。そして私はやはり人ではありません」
うわぁ面倒くせぇ……が、クーにとっては大事な事のらしい。俺は唸りながらクーが納得しそうな言葉を捜す。表面上の謝罪では納得はしないだろう。ここは少し覚悟が必要かもしれない。
「うん、じゃぁ決めた。これからは人も機械も他の全ても同じ様に考えるようにするよ。人が特別だなんて考えは一切捨てる。それがお前の望みなら、たとえ人の道に反していようがなってやるさ」
俺はクーを半ば睨むように真剣に見つめながら宣言をした。クーは同じ様に俺の目を見ていたが、突然目を逸らして軽口を叩いた。
「そうですか、でもテオには難しいと思いますよ?テオは少し一緒に居ただけで誰にでもすぐ落ちる天然チョロインですし」
「あぁクソ!人がちょっぴり気にしていることを!だがな、そんな俺だから出来ると思うんだ。機械だろうと道具だろうと人と同じ様に大切にする事がな!」
「あぁ、そういう意味ですか」
クーは少し呆れ顔になった。
「いや喜べよ。これはお前の教育の賜物だよ。俺はお前から渡される本を読むことで、架空の人物に思いを馳せる事を覚えたし、動物だろうと植物だろうと無機物だろうとその者の立場になって想像する事も出来るようになった。物語を読まない人は馬鹿にするけどさ、俺はそういった想像が出来た方が、世界を優しく見えるようになるし、人生も楽しく幸せなものになると思うんだよね。ならその想像を信じきってみたら、俺の世界はもっと楽しくなるんじゃないかなって」
「やれやれ、困った方向に成長してしまいましたね。でも自分本位なところは魔術師っぽいので嫌いではありません。少しゾクっとしました」
魔術具としてのクーはそういう所にツボるのか。やれやれだ。
「お前を作った魔術師は本当にロクでもない人間なんだなぁ……。まぁ人も機械も同等に扱うって時点で思ってはいたが」
「テオ、勘違いしないでください。人と機械を同様に扱うのは何も魔術師に限った話ではありませんでしたよ。かつてはそれが当たり前の社会でしたし」
「アニミズム的な話?」
「いえ、原始宗教の話ではなく今よりも発展した社会での話です。テオは気を悪くするかもしれませんが、テオの作った冒険者ギルドもその時代の産物なのですよ」
俺はまたトラウさんの事を言われるのかと思い、反射的に少し身構えた。が、黙っていられるよりは教えてくれる方がいい。俺は話を促す。
「大丈夫、どんな事でも冷静に聞く準備はある。続けて」
「冒険者ギルドは労働者の機能的部分をパッケージ化して、人々に使いやすく提供するシステムですよね」
「うん、考えてやった訳じゃないけれど、そのせいで思ってた以上に成功した」
「ですよね。人の集まりが単なる共同体から組織的な社会へと発展するにしたがい、人の機能部分のみが必要とされるようになるのですよ。そのうちに社会は経済発展などの目的を持つようになり、他の社会と競争もするようになる。するとますます機能部分が重要になっていき、人間性などと言う物は邪魔になる。結果として人も機械も機能的な側面でしか語られなくなり、違いがなくなっていくのですよ」
「うーん理屈は分かるけれど、どこかでストップがかかるじゃないのかなぁ。クーには悪いけれど人は道具扱いされるの嫌うものだと思うし」
「存外、なってみれば人にとっても気楽な社会のようでしたよ。全ての人は、使われる側でもありますけど使う側でもありますし。経済目的の組織とは完全に別に、心のより所となる集団を持つようになりましたし」
「宗教組織みたいな?」
「そういうのもありますね。ただ、テオにはもう少し上の次元の繋がりを意識して欲しいです。たとえ敵対していようが、主義主張、方法論が違っていようが、真理の追究という一点においてお互いを認め合うというような関係。同じ場所にいなくとも、同じ事をやっていなくとも、各々が自身の道を追求する事で生じる友情───そう、『星の友情』というものを感じられるようになって頂きたいです。そうすれば素敵な魔術師になれますよ?」
「えー、それって何か孤高だけどすごい孤独な人に思えるんだけど」
「むしろ孤独などとは無縁の世界なのですがねぇ……今のテオにも分かる様にお見せした方がよいかもしれません」
久しぶりのその言葉に、おれはビクっとした。クーはそんな俺の反応を無視して周囲を黒く塗り潰した。自分の体とクーだけが明るくぼんやり光り、他は全て闇の空間。立っている足元すら黒く、何の上に立っているのか分からない。
そして次にクーは一冊の本を取り出した。その本もほのかに光っている。
「テオは本を読んでいて、著者との繋がりを感じた事はありませんか?まるで旧知の友のような、または恩師のような、父のような母のような、兄弟のような心の繋がりを」
「もちろんあるよ。すごい昔の人なんだろうけれど、すごい身近に感じる」
「そうですよね。住んでいた場所も違うし時代も違う。それでも心の中ではとても身近に感じる事が出来ますよね」
クーの持っていた本がフワリと浮き上がり、次にピューッと空高く飛んで星の様に瞬いた。
「そういった繋がりは、テオがこれまで読んできた本の数だけ存在しています」
俺が空からクーに目を戻すと、クーは本の束を抱えていた。そしてその本の束を空中に投げ出すと、それぞれの本は別々の方向に飛んでいって別々の星になって瞬く。
「それだけではありません、さらにはこれから出合う本があり、その影には残念ながら出会う事が出来なかった数え切れないほどの本があり、その一つ一つにも著者が居ます。今のテオならば、そういった存在も認識できるはずです」
クーの後ろに時計塔のように巨大な本棚が何本も聳え立ち、そこから光りが飛び散って黒く塗り潰されただけだった空を星空に変えていく。
「あぁ……これは読みきれないよなぁ……」
俺が満天の星々に圧倒されていると、クーはさらに続ける。
「まだまだこれからです。本には著者だけでなく読者も居て、そちらとも繋がりを感じますよね。それも視覚的に認識出来るようにしてみましょう」
クーがそういうと今度は少し離れた地点の地面が光る。光りはポツポツと加速度的に増えていき、遠くまで広がり地平線を作った。
「さらに認識を広げれば、過去の読者や未来の読者を思う事もできますよね。本だって著者だってこれからも増えていきますし」
光りは地面の下、足元のはるか下にも生まれ始め、まるで宙に立っているかのような感覚を覚えた。平衡感覚が失われそうになり、遠くを見ようと目線をあげるが、いつの間にか空中も星で埋め尽くされていて、地面と空の境界は無くなっていた。まるで自分の周りに天の川が出来たみたいだ。
「うわぁ」
「怯えないで下さい。テオだって、これらの光と同じ一つの星なのですよ」
自分の体の光りが少し強くなる。そのため、他の光りも自分とおなじ人という感覚になった。
「これが場所の違いや時代の違いも超え、本というメタ要素での繋がりを視覚化したものです。どうですか?これでもまだ孤独を感じますか?」
「あぁ、なんとなく言っている事はわかった。ジャンルは色々あって好みも人それぞれ。みんな思い思いの方法で別個に勝手に本と付き合っているけれど、でもそれによって逆に繋がりを感じる。だってそれが本が好きって事だから。昔から続いてきたそうした人の輪に自分も入っているのだと思うと、一人って感覚は全く感じないね」
「そうでしょう?この感覚は科学の徒でも魔術の徒でも同じです。それらは決して孤独な存在などではないのですよ」
「なるほどねぇ。でもさ、それだとお前が壮大に寝込んだ意味が分からなくなるんだけど。お前はそこまで説くほど『星の友情』を感じられているわけだろう?なら、俺との関係が拗れてもそんなに落ち込む事はなくない?」
「やれやれやれやれですねぇ」
クーがウザったそうに宙をはらうと闇も光りも消え、現実があらわれた。
「男と女は違うのですよ」
「えー」
台無し。
さんこうぶんけん?
『悦ばしき知識』フリードリッヒ ニーチェ




