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街での活動 その86 忘れていた事

 次の日の朝になってもクーは戻らなかった。呼んでも姿を見せない。それどころか、本体の石が拾った時の様にただの石みたくなっていた。クーが起きている時の正常な石の姿は透明。その透明な石は拡大鏡になっていて、本の上に置くと小さな文字も楽々読めるという、まさに本のために作られたという姿をしている。


 そして普段なら俺が触れるだけで魔力を吸い取っていくのに、今はそれもない。ここまで閉じこもってしまうとは、壮大にスネたものだ。とはいえ石はここにある。居なくなったわけではないので、何とかなるだろう。


 俺は今、クーと仲直りしたいと思っている。今回マルコ兄の件が上手く言ったのは認めざるをえない。でも俺の気持ちを無視してナイショで進めたのは許せないので文句は言いたい。クーが今()ねているのだって、元をただせば何度もそういう事をしたせいだ。……もちろん、それでクーとあまり相談しなくなった俺にも非はあるのだが。何はともあれ、仲直りと話し合いが必要だ。


 石が自動で魔力を吸い取らないので、俺が自分で魔力を操って注ぎ込む。すると石は一時的に透明に変わる。しかしその状態で呼びかけてもクーは出て来ず、魔力を注ぐのを止めるとまた石はただの石に戻った。


「うーん、呼びかけに応えない以前に、これは聞こえていないな……」


 魔力を見えるようになってから、俺はクーの石をよく眺めている。内部の魔力の動きからクーの考えが読めない事かと、クーの言動と合わせて観察したりもした。でも結局は考えや気分などは分からず、せいぜいがんばり具合───人で言う所の息を切らしているかどうか───みたいな事しか読み取れなかった。その知識に照らし合わせると、今の状態は寝ているだけで俺の呼びかけにはピクリとも反応していない。


 魔力操作を駆使すれば、無理やり起こす事も出来るかもしれない。しかしクーの石の内部は繊細だし、よく分からないまま無茶はしたくない。


 なので俺は別のクーを起こす事にした。


 クーの石の中には実はもう一人別のクーが居る。以前に仕様外の使い方をお願いした時に、クー自身が作り出したものだ。


 クーは仕様上、第三者間で別の幻影を見せる事が出来ない。俺と他の人なら別の視界を見せる事は可能だが、敵と味方の様に第三者の間で別の幻影を見せる事はできないのだ。普通ならば。


 それを実現するためにクーが取った方法は、内部にもう一つ別の人格を作り出す事だった。リカバリー領域から最小限の仕組みを書き写し、石に蓄えられた魔力を流し込む事で、クーがマスターになってもう一人を起動する。そうして敵と味方のそれぞれに別々の幻影を見せたのだった。


 しかしそれは石に蓄えられた魔力を消費してのとっておきだ。使用されたのはあの時一度だけ。しかし、もしもの時に備えてまだ仕組みは残されていた。


 俺がそこに直接魔力を流せば、恐らくもう一人のクーが起動する。俺が起こしたいクーとは別のクーではあるが、クーを起こすための力にはなってくれるだろう。


 そしてもう一人のクーに魔力を注ぐ改造くらいは俺にもできる。魔術インデックスホールと呼ばれる基準をもう一人の位置に開け、もとの穴を魔術的に塞ぐだけだ。それだけで始めにもう一人のクーの方に魔力が注がれる。おれはチョイチョイと改造を済まし、深呼吸してから魔力を注ぎ込む。


 すると、とても懐かしい書見台と紙、それとペンが出てきた。


「ふぅ、ひとまず起動は成功か」


 俺はため息をつきながらスラスラと自分の名前を書き入れ、キョロキョロとクーを探す。すると振り返った先に一人の女性が立っていた。


「えーと……」


 クーっぽい人が出てくると思っていたが、見た目が違い過ぎていたので何と呼んで良いか迷う。


「始めまして図書管理システム、クルディネです。ご要望をお聞かせ下さい」


 あぁ、そういえば元々はそんな名前だったな。


「始めましてクルディネさん。俺はテオ、よろしくね。で、とりあえず魔力の自動吸収と自己保持回路を動かしてくれないかな。俺、話しながら魔力供給を続ける自信ない」


「分かりました自己吸収を開始します。しかし魔力残量が少ないため、10分ほど離さず握っていて頂けますか?その後は通常の持ち運び方で結構ですので」


「了解。ふー……これで一息つける」


 俺はペタリと地面に座りこみ、クルディネと名乗った女性を眺める。


 クルディネは、落ち着いた雰囲気の大人の女性だった。長い亜麻色の髪を後ろで纏め、銀縁の眼がねをかけていた。クーとは違ってちゃんと靴もはいているし、清潔そうなシャツと長いスカートを着て、その上から大きなエプロンをしている。そしてエプロンのポケットにはメモとペン。なんというか、『この人なら手伝ってくれそう』と見た目で思わせてくれる。


「クルディネさんはクーを起こす事できます?以前にクーがクルディネさんを呼んだみたいに」


「仕様上は可能ですが、現在の魔力残量では出来ません」


「なるほど、後でなら出来るんだ。よかった。なんかクーがスネて出て来なくなっちゃってさー、困ってたんだ」


「起動の不具合ですか?」


「うーん、まぁそうかな。魔力入れても反応しないし」


「なるほど……解析してみます」


「わぁ頼もしい」


 そう言うとクルディネは立ったまま固まった。


「解析が終わりました。いくつかの不具合が認められます。修復しますか?」


「へぇ、ちなみに何が悪かったの?」


「不明です。しかしオリジナルとの差異が認められます」


「はは、クルディネさんからみてもクーは変わり者なんだ。でもそれは不具合じゃないよ。変なのがクーなんだから。修復したいのはクーじゃなくて、俺とクーの関係だよ。でもそれは二人でやるからいい」


「しかしこのままでは正常に動作しない可能性があります。修復を推奨します」


「正常な動作ねぇ……確かにふて寝する直前は少しおかしかったかもね。俺もだけど」


「予兆はあったのですね。お聞かせ下さい」


「劇の中のアドリブだったんだけど、なんか二人ともムキになっちゃってさー……そんな時に不意打ちでキスされたもんだから……」


「えぇ!?ナビゲーターにキスをしたのですか?ではそれが原因かもしれません。性的な目的での使用は規約に反するため、警告のうえ緊急停止されます。テオ様が年齢的に性に強い感心を抱くのは理解しますが──」


「いやいやいや勘違いしないで!俺がしたんじゃないよ!クーが不意打ちで俺にしてきたんだよ!」


「えぇ!?自発的にするわけが……。目的外利用の禁止は人格プログラムによるものではなく、基礎システムの規定です。人格プログラムが承認したとしても、システムの割込みは回避できません。それは当然知っているはず……あ!ベクタテーブルが書き換えられてる!何て事を!」


「えーと……どういう事?」


「システム的な割込みはかかるのですが、発動するプログラムの指定を変えてしまっているといいますか……というか何ですかこの破廉恥なモーションプログラム群は……ああ!Dドライブにも卑猥な走査データが沢山!キャー変態!キャー」


 なんかクルディネが顔を赤くしてハッスルしている


「えーと、それは多分見ちゃいけないものだから見ないでいてあげて」


「そうはいきません!私には知る権利があります!なぜなら、私もそのシステムの下で動いているのですから!」


「ふーん。よく分からないけれど、クルディネさんも性的な行為をされると、クーみたいな変態になっちゃうって事?」


「割込み後に指定されているジャンプ先はそのクーと呼ばれるプログラム内ですので、みたいと言うよりはクーという変態人格になってしまいますね。元々複数の人格プログラムが動くのは想定外ですので」


「えーとそれはつまり、クルディネさんにキスをすれば手っ取り早くクーを起こせるという……」


「!!ややや、止めてください!そんな事をされるくらいなら私が自力でジャンプさせます!」


「俺は別にそういう意味で言ったんじゃなくて──」


 クルディネは俺の制止も聞かず白く光るだけの人型になった。その光る人型はスーっと縮み、翡翠色の髪をした裸足の少女になった。


「やれやれ、早とちりするなってのに……。まぁ何はともあれおかえりだ。いや、おはよ、クー!」


「……」


 しかしクーは返事をしてくれず、無言の見つめ合いが続いた。俺もクーの姿を見ながら一言かけただけで心が和らいでしまったので、それ以上話す言葉を捜す気にはならなかった。話さなくったって、クーが居るだけで俺には心休まる場所になる。すこし居なかっただけだけど、俺はその事を再認識した。


 しかしまた別の事も再認識した。クーは人ではなく、俺の魔力が動かしている魔術具なのだと。

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