街での活動 その85 暗闇の中で
一応物語りを進めてみる
俺は突如視界を闇に奪われ、平衡感覚すら失った。……3秒、4秒、5秒経過。闇は戻らない。このままでは動けない。俺が間抜けな姿勢で人形の様に固まっていると、観客達もザワつき始めた。
「おいクー!どうなってる!これ大丈夫なのか!?」
再び5秒待つ。しかし反応は無い。どうする?事態の収拾?無理だ!今の俺は歩く事もままならない。
「クー!頼むから何か言え!これじゃ合わせられない!」
しかし反応はない。流石に異常事態だろう。思えばクーが最後に見せた顔──成長した姿の姉の方だったが──も変だった。あいつの目から涙が出るところなんて見た事が無いどころか、想像すらした事が無い。これは帰ったら緊急会議だ。もう勝つだの負けるだの言っている場合じゃない。
俺はどうする事も出来ず、やりきれない思いのまま、ざわめき続ける広場を後にした。
***
本当に暗い夜道なんて何年ぶりだろう。クーと出会ってからはどんな暗闇だろうと満月の夜以上には明るかったし、文字を読もうとすれば謎の光で照らされた。
そして魔力的にも静かだ。いつもなら蜘蛛の糸よりも細い魔力の放射が視界の先まで伸びて周囲を走査しているが、今はそれもない。俺は完全に闇に飲まれ、頬を撫でる湿った冷たい風だけを感じていた。
「本当にどうしちまったんだよ……」
俺は壁をつたい、首から下げているクーの石を握りながら路地裏を歩いて帰る。どうしてこうなった?クーが最後に見せた表情を思い出しながら考える。
クーも俺と同じく秘密のプランを抱えていた事は確かだ。でもクーだってショー自体が破綻するプランは立てていなかったはず。何か企んでいても、ちょっとしたサプライズ程度のものだったはずなのだ。あの背後からの不意打ちのキス、恐らくは俺と妹の方が握手を交わした後にでも狙っていたのだろう。そして俺が怒りながらもまんざらでないように照れて、姉の方と結ばれてハッピーエンド。まぁ悪くない脚本だと思う。もちろん事前に提案されていたら断固拒否はするが。
それがどうしてこうなった。
少しずつ考える余裕は出来てきたが、答えは出せそうになかった。
「あ、テオ!ここに居たのか。探したぞ」
げぇ、徴兵仲間に見つかった。クーさえ起きていればこんな事ないのに。
「あ、ちょっと眠れなくて……少し一人で隠れて筋トレを……別に街中を徘徊してたりはしてませんよ?」
「そんな事はいいからちょっと来て説明してくれ」
「え?説明って何をですか?というか誰にですか?なんのために?」
「それがちょっと言い辛い話なんだが……アヒム様にマルコがお前の家族だって説明して欲しいんだ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?何がどうしてそうなるの!?」
「まぁそうなるよな。お前らが仲悪いのは分かってる。お前に相談もせずに奴を連れ帰ろうとしているのは謝る。でも頼むよ。俺らには奴が必要なんだ」
「待って、待って、俺は別に怒ったりしてない。純粋に話が読めないから聞いてるんだよ」
「そうか?察しのいいお前の事だから、気付いた上で無視していると思っていたんだが……。俺ら徴兵組って跡継ぎに関係ない次男や三男以降の奴ばかりだよな?しかも、もう半ば帰ってこないと思われて送り出されてる。だからこのまま帰ったって居場所があるか微妙だろ?でもさ、マルコなら、村一番のヤサグレ次男坊であるマルコなら、そんな状況も何とかしてくれるかもしれない。もし何ともならなくったって、俺達にとっちゃ奴が一番風上に居るだけで気分的に楽になる。なので話し合って決めたんだ、説得して連れ帰ろうって。幸い奴も俺らとつるみたがってたし」
「なんだよそれ……なんで俺にも教えてくれないんだよ……一人で悩んでた俺が馬鹿みたいじゃないか……」
「いや、だってお前が絡んでたら少なくともマルコは意地はって乗ってこないだろ」
「それはそうかも知れないけど……」
「それにさっきも言ったが、とっくに気付いていると思ってたんだ。何度も俺らが一緒に居るのを見られてるし、一度なんか目の前のマルコをガン無視しながら俺らと話してたぞ?まるでその場にマルコが居ないみたいに。マルコも同じ様にお前を無視してたし、すげぇ気まずかったからよく覚えてる。お前ら本当に仲が悪いんだと思ったよ」
「そんな事あるわけ……あるわけ……クーーーーーッソ!アイツはまた勝手にぃぃぃぃ!」
「まぁ何はともあれ今はマルコもその気になってる。後は俺らが帰る時に同行する許可を隊長達に貰うだけ。実務的にはアヒム様に許可されれば問題ない。でもそのアヒム様が俺らの説明だけじゃ納得しなかったんだよ。肉親がすぐそこに居るのに、なぜそいつが説明に来ないのかって。本当にテオの兄弟なのか?ってさ」
「なんで皆してそんなに勝手なの!?俺にナイショで勝手に問題を起こしすし、俺にナイショで勝手に解決してる!もう知らない!もう勝手にすればいいじゃん!」
「だから謝ったろう?なんとか頼むよ」
「説明はするよ!しますよ!すればマルコ兄ちゃんと一緒に帰れるんでしょ!?するに決まってるじゃん!でも怒ってない訳じゃないんだからね!」
「お、おう……お前、訳が分からないキレかたするようになったな……」
***
「アヒム様、こちらは間違いなく私の兄です。私に相談しなかったのには、兄なりに思うところがあったのでしょう。しかし兄が同行を希望するのであれば、私からも許可をお願いいたします」
「フン!身元が確かめられたのなら拒否するつもりはない。しかし食事その他の費用として銀貨5枚を頂く。その上で使用人と同じ扱いとする。それでもよいか?」
「兄ちゃん、大丈夫?」
「ハン!馬鹿にするな。俺はこれでも真一級冒険者だ。それくらいの用意はある」
マルコはキラリと磨かれた真鍮製の冒険者タグを見せた。
偉そうに言っているけど、それ二番目に低いランク……というのは言わぬが花か。その下は正規の門からは入れてもらえない“のら猫”ランクしかない。壁内の出身者だと実質的に真一級が最低ランクになる。でも余所者のマルコ兄の場合はのら猫からスタートのはずなので、何かしら努力したのは確かだ。
「問題ないようだな。では細かな事についてはテオに──いや、他の者でも構わぬから聞いておくように」
「分かりました。ご許可、感謝いたします」
凄い、マルコ兄が少し礼儀正しくなっている。俺が不思議なものを見るような顔をしていると、マルコ兄がつっかかってきた。
「何みてやがんだ。相変わらずムカつく顔しやがって」
「あ、ごめん。兄ちゃん何か変わったなって」
「伊達に村を出て一人で生きてきたわけじゃない。処世術くらいは身につくわ。……それとなテオ、お前はちょっと本が読めるからって、いい気になってんじゃねーぞ。世の中には訳わからないくらいヤベェ奴がゴロゴロいるんだ。魔法としか思えない装置を作るヤベェ頭の奴とか、大男をワンパンで沈めるヤベェ女の子とかな。この街ではお前だって所詮はそこらの有象無象と一緒。小さな村の中だったから一目置かれていただけで、ここじゃぁ何者にも成れやしない。……まぁそれは俺も同じなんだがな。なんつーか、俺もここで有象無象の一人で居るよりは、小さな村で粉挽き屋の次男坊に成ってた方がマシってもんだ。だがそれはお前も同じだ。いいか、お前も勘違いして村を出ようなんて思うんじゃねーぞ」
「うん!兄ちゃんは凄いね!」
「チッ!コイツは物分り良くてもまたムカつくな……」
少しイラだちながら見下ろすマルコの顔が俺にはとても懐かしかった。




