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徴集されて その1

 その日の朝は珍しく、ハンス兄さんに加えて父さんが水車小屋に来た。


 マルコ兄さんが家を飛び出て以後、家の中はギクシャクしていた。父さんは小言でしか息子と接する事のできない人だったので、俺への接し方も分からなくなったようだ。俺に積極的に関与はしなくなった。俺はその状況にかこつけて、一人で水車小屋に篭り、読書時間を確保する事に成功していた。

そんな父さんが、俺の居る水車小屋に来るのは想定外なのだ。嫌な予感しかしない。


「テオ、すまんがお前には兵役についてもらう」

「へ?へいえき?」

「この度、城から徴集がかかった。ウチからも誰かを出さねばならない。マルコが居ればマルコなんだがな……」


 意味が分からない。俺はまだ子供だ。あと4、5年は声がかからないはずだ。


「え、でも、流石に俺みたいなのが兵隊になっても、何もできないよ?」

「いや、お前は村の者の名前を知っているし、書くことも出来る。そういったのが一人は必要なんだ。俺もお前が戦えるとは思っていない」


 俺がハンス兄さんの方をに目をやると、ハンス兄さんは申し訳なさそうな顔をしていた。


「まぁね。ハンス兄さんは出せないもんね。それ分かるよ。分かるけど……えー?ウチからは出せないって断れないの?」

「ウチからまず出さないと、他の奴らが納得しない」


 父さんは農民のまとめ役もやっている。この徴集の事を、他の農民に話す立場でもある。そういった大人の事情は分かるんだけど……。


「徴集されるといっても、戦地に駆り出されはしない。もともとは王命だが、この田舎の小領地の兵は戦力として期待されていない。ただの数合わせだ。大丈夫だ」

「叔父さんの時もそう言ってて、結局帰ってこなかったけどね」


 もう決まっている事で、駄々をこねても仕方がないのは分かってる。でも、嫌味の一つくらいは言わせて欲しい。


「で、いつなの?」

「2週間後だ。それまでにここの引継ぎをハンスにして欲しい」

「もともとハンス兄さんが管理してたんだし、引き継ぐ事なんてないよ?」

「お前が追加した設備の、使い方から修繕方法も全て含めてだ」


 それって、俺が戻ってこれなくてもいい様にだよね。自分で大丈夫って言いながら、信じきれてないよね。分かっちゃ居るけど、もっと隠してくれよ……。父さんはそういう所が本当にダメなんだから……。俺は苦笑した。


 俺は、勝手にこの水車小屋を改造していた。もともと俺は力が弱い。なので、力仕事は水車を利用したり、滑車やテコを活用して、なるべく力がなくても動かせるようにした。さらに、読書時間を長く取れるように、自動的に穀物を供給しつづけるホッパーを付け、終わったら鐘でならす仕掛けもつけた。その過程で、水車を利用した木材加工設備、簡易的な鍛造設備やフイゴ、ロープ用の織機なども作っていた。


 それらは、クーの本から知識を学んで作ったものだが、そんなに難しいものではない。大体は見れば分かりそうなものだ。しかし、既にあるものを受け継いで使ってきただけの父さんにとっては、理解を超えるものらしい。


「んーあー。んじゃ、3日くらいでロープやレバーにタグつけて、手順書つくっておくよ。その後で一緒にやって覚えて」

「助かる」


 ハンス兄さんが申し訳なさそうに言う。別にハンス兄さんは何も悪くないのに。


「その代わり、紙とインクをいっぱい頂戴。残せるものは紙で残していくから」

「分かった。後で取りにこい」


 悲しい会話をしているはずなのに、事務的に流れていく。ウチって変な家族だよな。俺も含めて。


「あと、引継ぎ以外で準備するものってないの?剣とか鎧とかさ」

「そんなものない。槍と盾は領主様の方で揃えてくれるが、テオが持てるものは無いだろう。我が家にある革の胸当ても、テオには大きすぎる」

「えー、やっぱそれって俺が行くべきじゃないんじゃ……」

「お前は戦う事など考えなくていい。荷馬の世話でもしてろ」


 あー、そういうポジションか。一応考えられては居るらしい。

俺はいつもの様に石臼をセットしてから、実家に帰って紙とインクを持ち帰る。そこからクーと作戦会議だ。


「さてクー、2週間しかないわけだが、俺は何をすればいいと思う?」

「テオ、先ほどの話では引継ぎ以外は何もないのでは」


「いや、それは父さんが思いつかないだけだ。俺は生還率を上げるために、最後まで足掻きたいんだ」

「テオ、そんなに恐れなくても良いですよ。私が一緒ですから。相手にテオを見えなくするだけで安全になります」


「うわぁー卑怯だけど頼もしー。あ、でも雨のように弓を撃たれたらどうすんだよ。見えて無くても当たるぞ?それに、遠くから狙撃されたらダメじゃん」

「矢は基本的にテオ自身に避けてもらう事になりますね。物理演算で先行して軌道を見せますので、避けるのはさして難しくありません」


 あれ?クーさんてもしかしてすごい?


「テオ、私は戦場だろうとなんだろうと、読書できる環境を整えて見せます」


方向性がアレだけど頼もしい。確かにクーが居れば死なずにすむ気がする。


「素朴な疑問なんだが、お前の前の持ち主は何で死んだんだ?お前の話を聞いてると、死ぬ要素がなさそうに思える」

「塔が崩れて下敷きになって死にました。」


「なるほどね。でも、塔が崩れるのは物理演算で分からなかったの?」

「歳で肉体は衰えていましたからね。着弾する8秒前には分かっていましたが、逃げ切れませんでした」


「着弾…?」

「お見せしたほうが早いかもしれません」


 クーがそういうと、周囲の景色が変わった。俺はトラウマワードに少しビクっとした。


「ここは……森の例の遺跡か」

「はい。最後はあそこでしたから」


 遺跡の塔はまだ崩れていないが、面影でクーと出会った場所だと分かる。


 辺りは夜だが、地面のいたる所がほんのり光って、空に光を吸われていた。そして、塔のてっぺんからは高さが分からないくらいの光の柱が立ち、遠くの別の柱と部分部分で繋がっている。村全体を覆う結界だろうか。


 木々の間から見える上空には、羽をもった巨大な蛇がウネウネと飛び、たまに村の外に向かって、口から光を勢いよく吐き出している。蛇は村を流れる川がそのまま空に上がったような大きさで、上空を体の一部が通るだけで森が大きくなびく。


 蛇が光を吐き出すたびに全身に空気の振動がビリビリと伝わって来る。その後に、遠くの方から地響きのような轟音が遅れて来た。


「えっと……何が起こっているの?」


 規模が大きすぎてよく分からない。


「王が率いる軍団に対して村側が防衛しているところですね」

「え?なんでそんな事になってるの?何したのこの村」


「分かりません。でも、これは3回目です。きっと、とてもとても嫌われる事をしたのでしょう」

「前回と前々回は防衛しちゃってたのかよ」


「強大な魔法の前では軍隊など役に立ちませんからね。ここからは見えませんが、あの蛇のブレス一つで、数百人が亡くなり、地形が変わっていってるはずです」


 魔法ヤバイな……ってあれ?


「なぁクー。以前この地に来た人が、隣国に魔法使いが出現したって行ってたんだが……、もしかして今回俺らが向かうのって、数百人単位で殺される側じゃね?」

「テオ、私はその話を今はじめて聞きました。それでしたら行くのは大変危険です。どうしましょう」


 うわぁやっぱりダメじゃん!


「なんか防御できたりしないのかアレ」

「相手の力によりますが、テオの魔力ではまず無理でしょうね。あの蛇の魔力を人間とすると、テオの魔力はノミやダニみたいなものです」


 分かりやすいけど例え酷くない?


「遭遇する前に逃げるしかなさそうだな……行き先の情報を集めて、ヤバそうだったらクーが皆を道に迷わせてUターンするとかかねぇ。出来れば、他の隊と合流してから責任を問われない形で……」

「さすがテオ。消極的な案を考えるのが得意ですね」


 それ絶対褒めてないよね!


「それにしても、結局なんで前の持ち主は死んだんだ?こんな強力な魔法使いが居たら負けないだろ?」

「そこが私も分かりません。これから変な事が起こります。あの辺です。」


 クーは空の一点を示した。


 次の瞬間、人が空を飛んでいるのが見えた。月明かりで甲冑に剣、盾が光っている。剣士のようだ。どうやって飛んでいるのか分からないが、蛇にの方に向かっている。


 蛇がブレスでそれを迎撃する。

 直撃した───かに見えたが、ブレスが消えてみると、大きな銀の盾の上にのる人影が見えた。盾でブレスの上を滑ったようだ。


 そのまま人影は蛇めがけて突っ込みながら剣を振りかぶる。

 蛇は直接口で攻撃しようとする。


 次の瞬間、振りかぶられた剣が巨大化。月明かりが遮られ、森に大きな影を落とすくらい大きくなった。

 蛇が一瞬戸惑ったのが、遠くから見ていても分った。


 剣は振り下ろされ、蛇は一刀両断される。

 切られた蛇は、ゆっくりと落ちながら光の屑になって消えた。

 切った側の人も落ちていき、木々の陰に隠れて見えなくなった。


「あれが伝説の勇者か」


 それしか言葉が思いつかなかった。圧倒的に不利な状況で、人の姿で居ながら空を飛び、巨大な化け物を剣で斬って倒す。勇者という以外に形容できなかった。


「テオ、危険です」

「はい?」


「あともう少しで巨大な投石が塔に着弾します。5…4…3…」

「え?ちょ」


 俺が振り返って塔を見た瞬間、塔がはじけ飛んだ。破片が体にあたったようで、視界が勢いよく回り、顔が地面にあたる。痛みは無いが体が動かない。というか全ての感覚が無い。そのまま崩れてきたらしい石の波に飲まれて視界が消えた。


「テオも逃げられませんでしたね」


 気付くと、いつもの水車小屋だった。

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