街での活動 その81 できたらとっても嬉しいなって
「はぁ……まぁ呼び方はいいや。協力してくれるなら助かるのは確かだし……キモイけど」
「へへっ、姐さんとアッシはさしずめ共犯関係ですねぇ」
トラウはそう言って、眼光を鋭くニヤリと笑う。
「ぐ……」
魅了のかかったチンピラが味方についたのは良いが、キモイを通り過ぎてちょっと怖いレベルになった。とはいえそれに頼らざるを得ないので耐えるしかない。がんばれ俺。
「トラウさんの話を聞いて思ったんだけど、やっぱり人の持つプライドを全く無視してたら上手くいかないと思うの。貴方達が“悪い事が出来る”意外で普通の人より勝ってそうな事って何かない?」
「そうですねぇ……悪事でなくとも、普通の奴らがビビって出来ない事も出来るって事でヤスかねぇ。度胸が違うというか」
「あー……なんというか、男の子ですねぇ……」
「ははは、女の姐さんには分からんでしょうね」
子供っぽいと呆れたつもりだったんだが勘違いされた。
「うーん、普通の人がやりたがらない危険な仕事を請け負って高額報酬を得る。そういう方向ならいけるのかなぁ。でも私は貴方達を危険な目にもあわせたくないのよね。それで怪我して働けなくなっちゃったら、結局は普通の人の生活ができなくなるわけだし」
「そうなってもそいつのツキが無かっただけですよ。姐さんが気にする事じゃありません」
出た、『事故る奴は不運と踊っちまったんだ』理論。世の中の出来事は運が支配している。それは一つの事実ではあると思うのだが、その意識が強い人ほど努力や学習の意欲が低い。トラウの話を聞いていると、所々で不安にさせられる。
しかも大体そういう人に限って、コントロール幻想──運などの自分の力の及ばぬ事を操れるという思い込み──が強く、自分の強運を信じている。操れるならそれはもう運じゃないわけで、普通なら運要素は逆に少ないと考えるはずじゃないのか?わけが分からないよ。
本当はそういう所も変えた方が良いのかもしれない。でも今の状況との因果関係は不明だし、まずは部下一号の意見を採用する事にした。
***
具体的な案を練る前に俺はかねてからの疑問を衛兵隊の隊長に聞いてみる事にした。それは『なぜ衛兵達は黒狼団を本気で捕まえないのか』という事だ。
ここの隊長は本当にこの街に詳しい。特にスラムも含めた南側については、どこにどんな人が暮らしているかまで大体把握している。隊長がその気になれば、黒狼団のアジトの場所くらい簡単に絞り込めそうなのだ。あえて放置している様にしか思えない。
俺にはもうやり直しをしている時間はないのだ。黒狼団に関する疑問点は出来るだけ潰しておきたい。
そう意気込んで衛兵として壁の上に行くと、妙なオブジェクトがあった。
一見すると絵本に出てくる宝箱なのだが、蓋が立つように開かれており、蓋の内側には綺麗に磨かれた錫板が貼られて鏡台の様にも見える。箱の方は口には透明なガラスの板が中蓋として二重に嵌められ、そこから覗くと中には黒く塗られたヤカンや鍋が入っているのが見える。そして箱の外側は木なのに、内側は黒く錆びさせた鉄板で覆われていて超頑丈そう。そんな重そうな箱だが、下には車輪がついていて移動が可能な事を示している。
「何すかこれ」
俺は隊長に聞いてみた。
「日の光でお湯が沸く箱だとさ。試用を任された」
「お湯……ですか?うっすらとシチューの匂いがするんですが」
「あぁ、お湯は既に試した。今は煮込み料理に使えないかと試行中だ。昨日は生の状態から煮て失敗したので、今日は別で火を通した野菜を入れて──」
俺はこの箱に思い当たるフシがあったのでクーを見る。クーはしてやったりの顔でドヤっている。やれやれだ。
いやまぁ確かに凄い。ぱっと見ただの箱だ。こんな物でお湯が沸くなんて信じられない。それでも確かに小麦粉と野菜が煮込まれているのは匂いで分かる。本当に魔法みたいだ。ちょっと不気味ですらある。
でもこれ、いつの間に作らせたのかと。お前は俺の知らないところでコローナと二人だけで遊んでるだろ。っていうか、コローナの居る建物が壁に接する所まで増築されたのってそういう事なのかと。ちくしょう、俺がここで勤務してる時はいつもこっそり遊んでやがったな?まぁ別にそれで何か問題があるわけじゃないけどさー……。やっぱりそういう事をされると何かおもしろくない。
「どうやらこの箱は小さな熾き火くらいの熱は出せそうなんだ。飲み物にするか食い物にするか懐炉用の石にするか、選択は各自に任せるつもりだが、勤務前に入れておけば交代する頃には良い具合になっているだろう。お前も次からは何か一つ持ってこい」
隊長も隊長である。こんなヘンテコな箱に全く疑問を持たず、淡々と性能を確認している。この隊長は使えさえすれば原理なんてどうでもよいようだ。まぁその性格のおかげで、俺の妙な探知能力も深く追求されないのだが。
本当に色々とヤレヤレである。世界は俺の悩みなど気にもとめずに勝手に回っている。
「隊長、もう一つ質問いいですか?」
「ん?なんだ?」
「どうして私達は黒狼団を捕まえないんです?」
隊長は横目で俺の方をジトリと見て言う。
「お前ならある程度は察していると思っていたが」
「聞いちゃいけない事なのかなとは思っていました。でも、そのうち大きな失敗しそうなので、ちゃんと理由を教えてください」
「まぁそうだな。外から来たお前には言葉で説明すべきだな。だが始めに一応言っておく。奴らの犯行を示す明確な証拠は無いし、第三者による目撃情報も上げられていない。俺らが動かないのはそれが一番の理由だ」
「でもそれは表向きの理由ですよね。証拠が無いのはロクに調べていないからで、目撃情報が無いだって聞き込みすらしていないからですし。その指令が出ていないにしても、隊長も自らは動こうとしない。そしてそれなのに街の人も非難する声も無い。全ての人が、それが当然の様に受け入れている。ちょっと異常です」
隊長は真剣な顔をして話す。
「あまり大きな声では言える話ではないんだが……この街は昔からとある一族に裏で支配されているんだ。その者の顔を知る者はいない。でもその一族の機嫌を損ねると酷い目にあう事は皆が知っている。ある時は領主に因縁をつけられ、ある時はどの店からも追い払われ、そしてある時は路地裏で強盗に襲われる。殴られたり金品だけで済むときもあれば、命までとられる時もある。その影の支配者には誰も逆らえない。そして黒狼団……今は黒猫団か──は、その支配者の手駒だ。おいそれと手を出せるものじゃない」
これもとてつもなく思い当たるフシがある。デベルの存在は公然の秘密だったようだ。
「平和に見えるこの街にそんな闇が……」
「闇と言ってもお前が考えているほど悪いものではないんだがな。その支配者というのは、俺ら街の者がいがみ合うのを嫌う。目を付けられて痛い目を見る奴ってのは、和を乱している奴だったりすわけだ。なので多くの庶民はその制裁を受け入れている。確かに一方的で理不尽な制裁なので恐怖ではあるが、内心では支持してるんだ。騒ぐのは外から来た奴や、理屈をこねる頭でっかちな奴らくらいさ」
俺はデベルの顔も思い浮かべながら隊長の話を咀嚼する。なんというか庶民の性格の陰湿さがにじみ出る話だ。しかし俺はそこに懐かしい空気を感じた。村でも似たような話はあった。村中から嫌われていた人がある日誰かに殺されたとしても、村の大人は口をつぐむだけでで追求なんかしない。まぁウチの村で消されてしまうのは黒猫団的な人の方なのだけれど。
「ははは、分かります。そういうのって受け入れてしまえば存外楽な社会ですよね。ウチの村も似たようなものでした。でもアレですね。衛兵という立場にあると少しモニョモニョしてしますね。ルールを守らせる立場にありながら、ルールを無視している黒猫団みたいのを放置する訳ですから」
「沽券に関わる……か。それはそうなんだがな……」
隊長はそういって目を伏せた。マズった。
「あ、別に隊長を責めてる訳ではなくて……」
ただそう思っただけ。そう言いそうになったが口に出すのは止めた。
「いや、いいんだ。部下にその様な思いをさせてるのは事実だ。全ては俺が不甲斐ないせいだ。……きっと黒猫団なんてものがあるのも含めてな」
「そこまでの責任はないと思いますよ?ああいう人達は自然に発生するらしいですし」
「いや!それがあるんだ!俺は奴らがまだ善でも悪でもない純粋だった頃から見てきた!それなのに、それなのに奴らが道を踏み外していくのを止められなかったんだ。何度も何度もひっ捕まえて、何度も何度もぶん殴った。それでも結局何も変えられなかった。もう俺の拳では奴らをどうする事もできない……俺はダメな大人だ」
うんまぁ殴っただけで更生はしないよね。
「なるほどです。っていや、隊長がダメな大人という事ではなくて……。えーと、地元の人にとっては黒猫団も家族だったりするのだなと。なぜ捕まえないのかなどと、所詮余所者なのに無神経に踏み込みすぎたなと」
隊長が黒猫団に手を出さないのは、デベルの駒だからというのは口実で、その実は情がわいているからな気がする。何とかしたいけど何ともできず、決定的な破綻が訪れないように見守るしかない。俺にとってのマルコ兄と同じ状態に近い。
「もうあれは家族などではない……。ただ責任はあるというだけだ」
やれやれ、重い話になってしまった。話題を変えよう。
「それにしてもこの箱、お湯が沸いたのかどうか全然分からないですね」
「ああ、そうなんだ。しかも天気や寒さでも変わるし、同じ日の中でも日の高で温まる時間は違う。かといってガラスの蓋を開けて確認してしまうと温まらない。なんとも歯がゆい箱だ」
温度計くらいつけておけば良いのに。せっかくガラスで中が見えるんだから。そう思いつつ、俺はニッコリ笑って答える。
「任せてください。隊長の悩み、俺が解決してみせますよ」
***
俺は帰りがけにルブさんの所によって、温度計の件を相談してみる事にした。図面だけでなく現物が出来上がってきたという事は、ルブさんも絡んでいる可能性が高い。そういった俺の予想は見事的中したようで、俺が話を持ち出すとルブさんは唸りながら呟いた。
「そうだよな……やはり温度計は必要だよな……」
「あれ?ルブさんも気付いていたの?」
「まぁな。アレはこれまでに無かった器具で、そのうえ火も使われていないから、内部が高熱になっているとは中々思えない。それなのに開けるとナベの蓋を取ったときの様に、湯気が一気に出てくるんだ。そのうちに誰か火傷するのではないかと俺も心配していた。やはり無理をしてでも付けるべきだったか」
ルブは俺や隊長とは違う視点で温度計の必要性を感じていた。
「なにか付けれない理由があるの?」
「面倒くさい話だが、温度計も一応はまだ機密扱いでな。俺が勝手にくっつけて出せるものじゃないんだ。研究室内じゃ当たり前の様に使われているのにな」
「あーそういう……」
危ない危ない。俺はまた機密をバラす所だった。俺が一人で勝手にドキドキしていると、ルブさんは俺に向かって言う。
「テオ、頼みがある。お前が勝手に付けた事にして、あの箱に温度計を追加してくれないか?」
「えー?機密なんじゃないの?」
「そんなに秘匿レベルの高いものじゃない。さっきも言ったとおり、研究室内じゃどこにでもある物だ。この俺の工房にもな」
ルブさんは工房内の温度計を指差しながら続ける。
「アレをお前が見よう見まねで作った事にすればいい。何かあった時は俺が責任を取る」
「いやいやいや、見よう見まねで作れる物じゃないでしょう」
「水銀や特殊な油を使った精度の高い物はな。だが水を使った簡単な物はお前でも作れる。水の膨張率は温度によって変化するため、水で温度計を作ると、常温では目盛り間隔が狭く、高温になるにつれ目盛りの間隔が広がっていく。しかし今回の用途ならむしろそれは好都合なはずだ。適当な外気温で目盛りあわせを行っても、高温時には誤差が減るからな」
ルブさんはそう言いながらガラス管を選定すると、手際よく折ってコルク栓につき刺し、ガラス瓶にねじ込んで俺に渡した。
「いやいや、このガラス管は子供が入手出来るものじゃないと思うんだけど……しょうがないなぁ」
隊長の悩みを解決するつもりが、ルブさんの心配事まで一緒に片付けてしまった。俺はその事でいい気分になりつつ思った。隊長のもう一つの悩みも、俺のと一緒に片付けてしまいますか──と。
それにしても、ルブさんは一体何屋さんになりつつあるのだろうか……。




