街での活動 その80 チョロイン(男)
トーマスから聞いた話で、黒猫団更生への道が少し見えた。目指すは普通の人と同じ仕事を与え、普通の人と同じ生活をしてもらう事。そのために技能や知識を教え込み、場合によっては教えてもらうための技能も身につけてもらう。
子供が仕事を通じて社会の中に自分のポジションを見つけ、大人へと成長していく事は良くある事だ。有名な機動兵器の物語でもそうだった。これはたぶん道を踏み外してしまった大人にも有効だと思う。
とはいえ、トーマスも言っていたようにいざ実行しようとすると難しい。受け入れ先も本人達の意思も必要だと思うのだけれど、更生していない人にはどちらも無さそう。箱を開けるためのカギがその箱の中に入っているみたいな状態なのだ。
なので、とりあえず子分となった黒猫団のトラウと話をしに行くことにした。この人はなんだかまだ魅了が解けてないみたいだし、探りを入れるには丁度よい。
トラウはアジトの入り口で暇そうに、そしてダルそうにナイフを弄って遊んでいた。見事なまでのチンピラっぷりだ。先が思いやられる。
「こんにちはトラウさん、ちょっとお話いいかしら」
「あ、姐さん!ここに来て頂けるとは!ささっ中へどうぞ!」
「なんなんですかその喋り方……止めて下さい。今日はトラウさんにだけこっそり相談に来たんですよ。ちょっと別の場所でお話しいいですか?」
「チェッ、折角部下っぽさを表現してみたってのに……。相談って一体なんだ?辞めたいなんて言うなよ?俺はもう付いていくって決めてんだから」
この人はなに勝手に決めてるのか。いやまぁ始めに魅了かけたの俺なんだけど。
「それとは別の話。私の事じゃなくて貴方達についての話よ」
俺は強引にトラウの手を取って引き起こす。
「あ、ちょ、強引だなぁ。おーいマルコー、ちょっと出てくるから代わりたのむー」
マルコ兄もそばに居たのか。俺は一瞬待とうか考えたが、今は会ってもどうにもならないと思い返し、そのままトラウを引っ張ってその場を離れた。
***
「私は今、貴方達に普通の仕事もしてもらうと思っているの。それについてトラウさんの意見を聞かせてくれないかしら」
「そりゃぁ、今は嬢ちゃんがボスだ。命令とあらば俺は従うが……。でも一体どういうつもりなんだ?先にわけを聞かせろよ」
流石に説明無しには納得しないか。
「私は貴方達の可能性を探ってみたいのよ。もしかしたら、普通に生きて普通に死ぬ道もあるんじゃないかなって」
「そんな事ならやめてくれ。俺らにだってプライドがある。今更ほかの奴らと同じ生き方なんて考えられねーよ」
「それは分かるのだけれどね……」
と言いながらも全然分かってなかったので、考える時間欲しさにメンタルとタイムの指輪を発動させた。
***
「のっけからこれか」
ボスと子分という関係で、さらに魅了までかかっているのに取り付く島もないとは。俺の計画はいきなり壁にぶちあたった。しかし、その関係が無ければ真面目に答えてすらくれなかったはずだ。人選は間違っちゃいない。ここが一番薄い壁なはず。
俺は何も無い空間にガタガタっと椅子とテーブルを出す。
「とりあえず3秒くらい……360倍だから20分弱か」
そう呟きながらテーブルの上に両手で持つくらい大きい砂時計を出す。そしてソレをひっくり返してから椅子にドカリと座った。
「それにしても、プライドとはまた厄介な」
言葉と概念は知っているが、実はプライドというモノを俺はよく理解していない。俺自身はプライドというモノを意識した事がないからだ。
プライドは名誉とよく似た評価の事。名誉は周囲からの評価であり、プライドは自分自身の評価。言ってしまえばそれだけの事だと思うのだが、人の感情が絡むと事態は複雑になり、人間ドラマが生まれる。
物語の中でのプライドは、当て馬キャラに発動するとザマァされるフラグになるが、主人公に発動すると単独で逆境を耐え抜く力ともなる。ただ、いずれの場合も人に意地を張らせてしまう。今回の俺の立場では聞きたくない言葉だった。
さらにトラウのプライドは名誉とは進む方向が逆だ。逆境に耐えても待っているのはさらなる逆境だけ。これまた厄介な事態になっている。
「どうしてそんなプライドを持ってしまうのだろう……」
デベルの説明では、落ちこぼれが自分だけに出来る特別な何かを求めた結果、普通の人が道徳的に出来ない悪事にアイデンティティを見出し、誇りにしてしまっているという事だった。しかし、それだけなのだろうか。
俺はアイデンティティもまた、気にした事が無い。確かに少しは魔術も使えるし、チート性能な書庫の相棒もいる。それが俺のアイデンティティと言えばそうなのだろう。しかしそれにプライドを感じているかと言われればそうではない。たとえノミの様な魔力と言われても、その言葉を覆してやろうなどとは思わない。
俺にとっての自己評価はただの現状認識にすぎず、正しく認識するからこそ正しい方向に努力が出来るというものだ。一時の自己評価に固執したまま現実に抗う意味が分からない。
しかし、よくよく考えてみればマルコ兄もプライドが高かったように思える。村に帰ろうとしない理由もソコにあるのかもしれない。分からないままだとそれも解決できない気がする。
「まだまだ分からない事だらけだな」
俺はため息をついて現実に戻った。
***
「いえ、やっぱり正直に聞くわ。そのコダワリはトラウさんにとってそんなに大切なものなの?今後の長い人生よりも?『勝てばよかろうなのだ』みたいなシンプルな考え方はできないものなの?」
「所詮は嬢ちゃんも女だな。男のプライドって奴を理解できんか」
「分からないわ。だから聞いてるの」
俺は小さな反応をも見逃さないように、黙ってトラウを見つめる。トラウも俺を見たまま押し黙った。そうして二人の間に沈黙が続いた。俺にとってはどうしても理解しなくてはならない事だ。このまま何時間経とうと質問を取り下げる気はない。
そして先に折れたのはトラウの方だった。
「正直、嬢ちゃんの気持ちはありがたい。日陰者の俺達を本当に心配してまっとうな道に戻そうとしてくれてるんだからな。やっぱり嬢ちゃんをボスに選んで正解だったと思う。しかし……それでもだ、俺らだって必死にこれまで生きてきたんだ。他の奴らからしたら間違った道かもしれない、忌むべき存在かもしれない。しかし、そんな風に考えている奴らの何倍もムカつく惨めな思いをしながら、俺らはここまで生きてきたんだ。俺はそんなこれまでの人生を間違っていたなどとは思いたくない。その結果で今の俺があるんだ。無かった事になんてしたくない」
トラウから返って来た答えを、俺は黙って持ち続ける。
身も蓋もなく言ってしまえば、それはただの認知的不協和の解消だ。『酸っぱいブドウ』と対になる『甘いレモン』の理論。客観的に考えれば悪い物でも、人は『苦労して手に入れたのだから良い物に違いない』と思い込む。それは現実的にはただの錯誤でしかない。
でも、気持ちの上では間違いなく大事な事なのだ。俺も似たような気持ちは知っている。
この国はつい最近戦争に負けた。講和が実現したのは、負けを認めて土地を差し出したからだ。一部地域においては無害通行権まで認めさせられた。結果から見ればされたい放題。そうした中で、俺らの抵抗なんて無意味だったと言う人が居る。戦死者が出て一生残る傷を負った仲間も居るが、それらは全て間違いで無意味だったと。でも俺はそうは思わない。意味はあった。むしろそれに意味を付けるのが生き残った俺らの役割だ。俺らが無意味だなど思ってしまったら、その事によって本当に無駄になってしまう。もし今は意味が無かったとしても、後になったら意味があるかもしれない。終わった事に意味があると信じ続けるのは大事な事なのだ。
そうした想いを抱えている今の俺には、トラウの言っていることが少し理解できる。
そして同時にもう一つ理解した。俺にプライドがないのは、苦労もしていないし、自分の意思で努力して得たものがある訳でも無いからだ。所詮は棚ボタで貰ったチート。なので平気で評価を下げられる。人から馬鹿にされたところでなんとも思わない。それだけの事だった。そんな人間が、努力と苦労の詰まったほかの人のプライドを馬鹿にしたり否定して良いわけは無い。
「ごめんなさい……少し理解できたわ。トラウさんのならず者としてのプライドの高さは、これまでの苦しみと頑張りの大きさそのものなのね。それは確かに無視していいモノじゃないわ」
「嬢ちゃん……」
突破するのに適した薄い壁だと思っていたら、中にはしっかり人が住んでいた。俺はため息を付きながら悩みをそのまま口に出す。
「でもそれならどうすれば良いのやら……。貴方達がプライドを貫いても傷つかない方法があれば良いのだけれど……」
するとトラウが突然おれの手をとって喋り出した。
「姐さん!俺はもうどこまでも姐さんに付いていくって決めてんだ!もう俺らの下らないプライドなんか無視してくれて結構!雑用でも下働きでも何でも言いつけてくれ!俺が皆を説得してみせる!」
「えー?何それ訳わかんない。折角がんばって理解してあげたっていうのに。あそこまで真剣に言われて無視できるわけないじゃない」
「へへっ俺は今、姐さんの部下っていう新たな誇りを手に入れたんですよ。だから大丈夫です」
「だからなんの?その姐さんって。女の子に向かってキモイんですけどー」
薄い壁は勝手に崩れてキモイ部下にチェンジした。




