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街での活動 その78 天の配剤

いろいろあるけど既定路線なので

 俺は成り行きでならず者達のボスにさせられてしまった。しかし俺は故郷に戻らなければならない。そんな物に付き合ってはいられないのだ。しかしデベルまでその気になっているので、放ったらかすのも難しい。ここはやはり初心に返り、解散を狙っていくべきだろう。そうすればマルコ兄も行く当てが無くなって戻ってくるかもしれないし。


 そんなこんなで、俺は修道士のトーマスに相談にいくことにした。王様も言っていたけれど、悪人の更生については彼らが専門家だ。


「トーマスさんはどこかなっと」


 俺は水晶玉でトーマスを探しつつ移動を開始する。


「テオ、何度も言いますがその姿で居るときは指輪を外してください」


「おっとそうだった……もう面倒くさいから幻影で消してくれないかな」


「ダメです。これも何度も言いますが、第三者に幻影を見せる場合は、全て見せるか全て見せないかしかの選択しか出来ません。指輪を隠す事に使うという事は、全ての人に常に幻影を見せておくという事です。選択肢が大幅に減ってしまいます。動物だけに見せるなども出来なくなります。逆にですが、少女姿の時に付けていない指輪を再現するのなら支障はありません」


「うーん、そう言われればそうか……。でも外していると失くしちゃいそうなんだよなぁ……」


 軽い気持ちで言ったら正論で強く否定され、俺はしぶしぶ指輪を外した。


***


「ならず者達の更生かぁ……しかも大人の……。君だから言っちゃうけれど、かなり難しいよ」


 トーマスに相談したら、のっけからぶっちゃけられた。


「えー、修道士なら悪人の改心なんてお手の物じゃんじゃないんですか?ほら、よくあるじゃないですか。修道士が盗まれた銀の食器を『それは彼にあげた物です』とか言ったりすると、盗人が人の優しさに始めて触れてコロっといくようなの」


「ははは、そんなお芝居でも見たのかな。現実はそんな簡単じゃないよ。夢のある話ではあるけれどね」


「ないかー」


 実際の人が演じているお芝居は、小説や絵本よりも現実と混同しやすい。本好きが小説を引き合いに出すと『妄想と現実の区別がついていない』と批判されるが、そう批判する人ですらお芝居は現実と勘違いしてしまう。俺もその過ちを犯していた。お芝居の様に都合の良い男性もいなければ都合の良い女性もいない。もちろん、そんなチョロい犯罪者も居ないのだ。


「テオ君はどういう状態を更生と言っているんだい?」


「それはまぁ、改心して今後は悪い事をしまいと誓う……みたいな」


「まぁそうだよね。でもねテオ君、悪人が自らの悪事を本当に悪いと思って心から反省するのは、実は犯罪から足を洗って、さらに僕らと同じ平和な暮らしを手に入れてからなんだ。心を入れ替えたから生活が変わるんじゃない。生活が変わってしばらく経った後にようやく心を入れ替える事が出来るようになるんだ。更生というのはある日突然なされるものじゃないんだよ」


「えー、でも捕まって罰を受けたらもう止めようって思うんじゃないですか?」


「思うだろうね。罰を受けたくない、痛い思いはしたくない、だから悪い事はしない──と。それも非常に大切な更生に必要な第一歩だと思う。でも君はそれ自体を更生と言ってしまうのかい?被害者の事を思うでも無く、償いたいと思う気持ちも無く、ただただ痛い思いをしたという失敗に対する学習。君の目指す更生というのは、そんな犬の躾けみたいな事を言うのかい?」


「むー、確かに違いますけどー。何か言い方が意地悪ですよー」


「はは、悪い悪い。でもそこはちゃんと理解して欲しいんだ。罰だけじゃ人は更生はしない。どんなに重い罰を課そうがね。更生を目的とする時は罰のその先が重要なんだよ。ジャン・バルジャンの話でもそうだったろう?」


「お芝居の話はもういいですよ、トーマスさんの意地悪。でも真面目に考えると難しいですね、更生って」


「難しいのは更生の方法だけじゃないんだぜ?実際に実行するのも難しいんだ」


「そうなの?」


「そりゃそうだよ、元悪人なんて好き好んで関係を持ちたい人なんて稀だからね。僕らと同じ平和な暮らしをさせると言ったって、受け入れてくれる先は普通ないんだよ。さらに罰の軽減だ。更生を考える場合は罰を重くしない方がいい。そもそも重い罰が求められるような行いは、罰があっても抑止効果はあまりない。犯罪の抑止を理由にしたって重い罰ってのは合理性がないんだよ。でも軽くしようとすると庶民感情の反発を招く。悪事には応じた罰が下る──それは庶民が持っている原初的で強力な宗教感だ。重い罰はやめようなんて話は受け入れられない」


「確かに悪事にはそれ相応の罰が下らないとモヤモヤしちゃいます。まるでこの世に神様が居ないような気までしちゃう。でも必ず応じた罰が下ると考えるから、人は悪い事をしないってのもあるんじゃないですか?天のまなこ、お天道様が見ている、天網恢恢てんもうかいかいにして漏らさず、そういった宗教感も大事だと思いますよ?それがなかったら、人に見られなければいい、捕まらなければいいって考える人が増えそうです。更生も大事ですけど、そうして悪人に成る人が増えちゃったら本末転倒なんじゃないでしょか」


「もちろんだとも。僕だってそうした宗教観を否定しようなどとは思わない。社会システムと倫理観はどちらも必要だ。ただ、更生を目的にした時には障害とななるってだけさ。さらに言うなら、重すぎる刑の歯止めもその宗教感が担っている。パンを盗んだだけで殺されてしまう様な法があったら、それは法の方が間違っていると思うだろう?罪には応じた罰、その感覚は狂わせてはならない」


「まぁ……再犯防止を目的に合理的に考えた場合、更生が難しいなら罰ではなく殺処分してしまえってなるでしょうしね。家畜だったら他の個体を攻撃するようなのはすぐ食べちゃいますし。私の身近にも、すぐそう考えちゃう人が既に居ます。そういう人が増えたら更生を目指すどころではありませんねぇ……」


 クーなら当然そういう結論に至る。そして処分する事を前程で、有効活用を考えるだろう。まさに家畜がごとく。でも俺の心はまだそこまで合理的になれはしない。


「更生を目的にと庶民感情を無視して理屈で主張し続けてしまったら、罪に対応した罰という感覚が薄れてそういうしっぺ返しもくるかもしれないね。でも、それもまた天の配剤というやつさ」


「ははは、そこでオチを付けないで下さいよ。はぁ……前途多難だなぁ……」


「ふーん、君は実際に更生させたい人が居るんだね。なら今を逃す手はないよ。今この街にはそういう気運がある。君と同じく更生に感心を持っている人は多いんだ。事情を話せば受け入れ先も見つかるかもしれないよ?もちろん本人次第なところはあるけれどね」


「へぇ、そうなんだ。何かあったんですかねぇ」


 さっきの話を聞いた後だと不思議に思える。俺が首をかしげていると、トーマスはニヤニヤしながら言った。


「とぼけなくてもいいよ。君もあの女の子を見てたんだろ?影響を受けたのは君だけじゃないって事さ」


「え?何のこと?何を見たって?」


「いやいや、隠す事はないよ。この街の英雄である女の子が、皆の前で王様に相談していたアレだよ。アレを見てちょっと感動したクチだろ?」


「はー?何を言い出すんですか!ナイナイナイ!そんなのある訳無いじゃないですか!」


 思いがけない言いがかりにパニくる俺。


「ははは、照れなくたっていいよ。アレに感動したのは君だけじゃないんだし。とある神の許しに重きを置く宗派では、聖人認定しようって話まであるほどだ。例の像に祈りを捧げる人が出てもおかしくない。そういう状況なんだぜ」


「あ、ありえない。それは。アイツラ怪盗ですよ?盗品を返しているとはいえ、金を巻き上げているんですよ?」


「そのお金も贖罪しょくざいに使われるとされている。許されるには、悔い改めるのに加えてお金を払う必要がある。そういった彼らの教えとは矛盾していない。まぁというか、何はともあれ可愛ければ許されるのさ、天の配剤からすらも」


「世の中おかしい……」


 ならず者達の更生を企む俺にとっては都合の良い展開のはずなのに、俺はなんだかゲンナリした。

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