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街での活動 その77 猫は周りをぐるぐる回る

ゲームが一段落ついたので再開

でもスロー

 カロエからメンタルとタイムの指輪を貰ったので、少女姿でのマルコ兄へのコンタクトを脳内シミュレーションしてみた。が、流石に一度しか会っていないので上手くいかない。なので説得を目的とせずに、とりあえずで会いに行く事にした。人間は結構チョロイ。会う回数を増やしてやればそれだけで信用するようになるものだ。


 俺は結構焦っている。先日、講和が結ばれたと公に発表があった。一時的な休戦ではなくて終戦である。これでお役御免ではれて故郷に帰れるってものだが、帰ってしまったらマルコ兄とは二度と会えないかも知れないのだ。あまり時間は残されていない。


 という訳で、探し物の豆水晶でマルコ兄を探すと、スラム地区に居るようだった。黒狼団の根城のある地区なので想定通り。街に来たばかりの頃とは違って、俺はクーの案内なしにスイスイと道を進んでいく。


「クー、今回は俺だけでやるね。兄ちゃんにちゃんと認識してもらいたいし」


「そうですね、分かりました。でも危険と判断した場合は介入します」


「うん、その時はお願い」


 自分だけでやるにはもう一つ理由がある。クーのコントロールを受けたくないからだ。クーは自分が守りたい人以外にはとことん冷たい。基本的にはどうなろうと無関心。それどころか、時に素材や道具として認識してしまう。俺は今、クーの扱い方に少し悩んでいる。


「近いな」


 俺は豆水晶を見ながら路地を歩く。姿は既に少女姿に変えられている。クーも透明になって付いてきている。


「そこを曲がった先です」


 クーの声を聞いて俺は顔を起こして前を向く。すると先の方から騒ぎ声が聞こえた。俺は眉をひそめながら角を曲がる。そこでは白昼堂々男達が乱闘をしていた。


「オラァ!」「クッソ、なめんな!」「死ねコラァ」


 男らが声を荒げながら素手で殴りあっている。その半分が黒狼団という事は分かるが、残りは見ない顔だ。衛兵の俺が知らないって事は、最近外から来た人なのだろう。


 俺はすぐに乱闘の奥の方にマルコ兄を見つけたが、どうやって近付いたものかと思案する。いきなり近付いて加勢するのも変だろう。黒狼団と怪盗姉妹は未だ敵対関係にある。そういうのは仲直りした事にしてからだ。


 何か介入する切っ掛けは無いかと探していると、近くにトラウさんが倒れこんできた。マルコ兄と同じ黒狼団の下っ端の人だ。俺はチャンスとばかりにしゃがんで話しかける。


「こんにちはトラウさん。これは何事かしら」


「あ、お前は!……今は危ないから引っ込んでろ。ケガするぞ」


「お気遣いありがと。でも大丈夫よ。いいから教えて。何なのあの人達」


 俺がトラウさんを捕まえて話を聞こうとしていると、殴り合いをしていただろう男がやってきて怒鳴る。


「なんだそのガキは!お前の知り合いか?こらガキィ、ケンカの邪魔だからどっかいってろ!」


 邪魔をしているのはお前だろうに。俺は少しイラついた。ため息を付きながら立ち上がり、精一杯の低い声で言い返す。


「やれやれ、私を知らないなんてアナタどこの何者?余所者のくせに人を邪魔者扱いしてんじゃないわよ。邪魔なのはアンタ達よ!」


「なんだとクソガキ!俺は女子供だろうと容赦しねぇぞ!」


「容赦しないのはこっちもよ!」


 俺は呼び動作なしでスッと近付いて男の顔に裏ビンタをかます。しかし大したダメージはなく、男は鬼の形相でにらみ返してくる。物理的な攻撃力が無いのは俺も分かっている。なので俺は大きく見開いた男の目を覗き込み、魔術で男を部分的に眠らせる。すると男の目がトロンとまどろみ、アゴの力が抜けて口が半開きになった。


「あ……れ……?なんだ……?体に力が……」


 男は力なくひざを突く。そして手を付こうと努力しながらも力が入らず地面に倒れこんだ。


「子供だからって馬鹿にしないでよね。ちょっと脳震盪を起こしてやれば子供だって大人を倒せるんだから」


 まぁウソだけど。説得力は大事。


「さてトラウさん、話の続き。何なのコイツラ」


「お前が言っていた通り余所からきた厄介者だ。働きに来た奴らに交じって壁内に入り込んでやがんだ。俺らだってシマを荒らされて黙っちゃいない。実力行使でねじ伏せてやる。が……ボスが居なくなってから収まりがつかねぇんだ」


 俺は自分が殺してしまった人の話が出て心にズキっときた。トラウさんは続ける。


「あぁ、殺っちまった事は気にすんな。死んで当然のクソ野郎さ。いつかは誰かに殺されると皆思ってた。ただそんな奴でも余所者を抑えるには役にたってたってだけさ、そのイカレさゆえにな。あ、もしかしてお前、どうなったか心配して見に来たのか?」


「ばばば、馬鹿言わないでよ。なんで私が貴方達を心配しなきゃいけないの。私達は敵対しているのよ?ここへ来たのはえっと……たまたまよ!そう、たまたま通りかかって目に付いただけよ!」


 マルコ兄に接触しに来たとは言えるわけも無い。


「たまたま?こんなスラムに?お前一人で?」


「うるさいな!来たっていいじゃない。でもそうね、確かにボスの事は少し悪いと思ってる。だからコイツラは叩きのめしてあげる。私のせいで貴方達がケガでもしたら気分悪いし」


 貴方達というか、マルコ兄がだが。


「な、何をする気だ?やめろ!大人の争いに手を出すんじゃない!」


「大丈夫、大丈夫。さっきも言ったでしょう?子供だからと甘く見ないでって。よーく見ていなさいね」


 俺はそう告げると乱闘の中に入っていった。


「あ!お前は!」


「何だお前!」


 俺が争っている間に入ると、完全に反応は二つに分かれた。黒狼団の人の顔は大体覚えているが、この反応だけでもどちらが余所者か察しが付く。俺は戸惑っている余所者をポコポコ殴りながら脳震盪に見せかけた魔術で体の自由を奪っていく。すると一人の大男が立ち塞がった。


「なんだこいつ、拳闘士みたいな術を使うな」


「ミ……ミール気をつけろ……そいつに顔を殴られると立てなくなる……」


 地面に転がっている余所者が大男に忠告をした。しかし大男はそれを笑い飛ばす。


「ハッハッハ、それなら怖くねーな。こいつの手は俺の顔に届かねぇ」


「頭に届かなくったって、アンタなんかボディーブロー一発よ。なめてると痛い目みるわよ?物理的に」


 俺は拳闘士ごっこが楽しくなってきて、それっぽく挑発してみた。


「ハーッ、元気のいいお嬢ちゃんだな。おもしれえ、かかってきな!」


 大男は服を脱ぎ捨てると、両手を頭の後ろに回して腹筋に力を入れた。脂肪が若干乗っているのに腹直筋の形が分かる。筋肉のキレはなくとも防御力は高そうだ。


 俺はゆっくりと体を捻ってタメを作る。そして速さより正確さ、威力よりかっこよさを意識して大男の腹に拳を叩き込んだ。


ベチン!


 脂肪にかなり衝撃を吸収された。大男は俺を見下ろしながらニタリと余裕そうな笑みを浮かべる。俺は下から上目遣いになりながら睨み返し、少し遅れて同じくニタリと笑う。すると大男の口から笑みが消え、呆けたような顔になっていく。


「どうなってやがる……視界が暗く……」


 男は他の者と同じように、膝を地面に落とした後バタリと倒れた。魔術チート(ズル)の前では肉の鎧は意味をなさない。


 俺は倒れた大男の顔の前にしゃがみこんで話しかける。朦朧としているだろうが、意識は残してある。


「おじさんのそういうノリは嫌いじゃないわ。でもゴメンね、今日は他の用事があるの。また今度ちゃんと相手をしてあげるわ」


「クッ……俺はまだ……オジサンじゃ……ねぇ……」


 俺は立ち上がって周囲を見回し、全員に目線で警告を送る。ついでにマルコ兄にも目線を送っておく。


「フフフッ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。お行儀よくしていれば何もしません。ひとまず皆さん、タイヒタシュテットにようこそです!」


 俺は全身を使って歓迎の意を表した。少し怖がらせてから安心させる。これでこの余所者達も逆らう事もないだろう。ほら、余所者達がお互いに顔を見合わせている。そして……あれ?黒狼団の人ともヒソヒソ話している。


「オイ、なんなんだアレは。説明しろ」


「お前らはまだ西区に出来た変なポーズをした銅像を見てないのか?怪盗姉妹ケッツヘンアイ。アレの片割れだ。理屈どころか常識も、いや世界の理すら通じないイカれた奴だ」


「あぁ……あの変なポーズの……」


「なるほど……あの変なポーズの……」


「あの変なポーズのか……確かにかなりキてるな……」


 余所者達とは初めて会ったはずなのに、変なポーズの銅像の人という言葉だけで納得された。


 その変なポーズの銅像というのは、コローナが研究室の技術宣伝も兼ねて作った銅像である。ハーピーの化け物が墜落した跡地に新しく広場が出来て、そこに撃退記念のモニュメントとして製作された。キメポーズを取った俺とクーが像にされている。俺には何の断りもなく勝手に作られた。


 確かにこっ恥ずかしい銅像ではあるのだが、他人に、しかも余所者に馬鹿にされるのは不愉快である。これにはクーも同感のはずだ。この場に姿は無いし言葉も無かったが、頭の中ではっきり通じた気がした。


 俺は右手を高く上げて指をパチンと鳴らす。すると全員の頭の上に平たい鉄の桶が出現して落下した。


 ガン!ガン!ガン!ガン!


「あだ!」「イデ!」「ガッ」


 桶は地面に落ちるとそのまま沈んでいって消えた。


「何もしないと言った矢先から暴力とは……なるほどこいつはヤベェな」


「な、なによ!変なポーズとか言うからでしょ!悪いのはアナタ達よ!イーだ!」


 確かに先の言葉を反故ほごにした事になるけど、感情の上では筋が通っているのだ。悪いのは無神経なこいつら。


「この理不尽さに有無を言わせぬ力。まぁ良いんじゃねーか?俺は異論ないぞ」


「ミールすらワンパンだったしな。俺もそいつに一票だ」


「いやしかし……女の子だぞ?」


「前例がない訳じゃない。物語ではよくある事だ」


「な、何?アンタ達何を話しているの?」


 何か雰囲気がおかしい。ケンカしていたはずの余所者達と黒狼団が一緒になにか話し合っている。


「そもそもだ、前のボスを殺っちまったのもこの子なんだよな」


「あぁ?なんだよそりゃ。だったら初めからソレで良いじゃねぇか」


「王様にも貴族にも顔が効く。おまけに可愛い。俺は前々からテオロッテちゃんが良いと思ってたんだ」


「ちょ、ちょっとアンタ達?なんだか知らないけれど勝手に決めないでよ」


「嬢ちゃん、その良い草はないだろ?誰が仕切るか争ってる所に乱入してきたんだから。今日から嬢ちゃんが俺らのボスだ。期待してるぜ」


「えええー!?ちょっとトラウさん?」


「俺はちゃんと止めたはずだぞ?でもこうなったら仕方ないな。俺も全力でサポートさせてもらう。黒狼団にようそこロッテちゃん。いや……いっそ黒猫団に変えるべきか?それともテオロッテ盗賊団とかの方が……」


 そういえばこの人は魅了済みだった。嬉々として手下になろうとしてやがる。


「ちょっとーちょっとーホントヤダぁー」


 そんなこんなで黒狼団が黒猫団になってしまった。


***


「何がしたいんだお前は。黒狼団を潰すってそういう事だったのか?」


 デベルに相談したら、怒られなかったけど呆れられた。


「もう自分でも何がなんだか……」


「やれやれだな。まぁとりあえずは俺が奴らに情報を流して、お前からの指示って事にしてやろう。それで一先ずは回るはずだ」


「あれ?なんか優しい。どうしたんですかデベルさん。変なものでも食べたんですか?」


「はっはっは。面倒を起こすだけだった子供が自分のやった事の責任を取ろうとしてるんだ。大人としては協力してやらんとな」


「えー、デベルさんまで……ホント止めて……」


***


でもとりあえずはマルコ兄に会いに行く口実作りに成功した。

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