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街での活動 その76 フカパンクエ

 ザフロールは困った人だがヒントにはなった。マルコ兄との関係を拗らせずに問題を解消するには、俺が直接関わるのではなく他人を使うのが有効なようだ。使えそうな人は居ないが、それは問題にはならない。俺自身が他人になって会いに行けばいいのだ。


 とはいえ中身は俺のままなので心もとないので、少しシミュレーションしておきたい。なのでカロエにメンタルとタイムの指輪を借りに行った。


「ロッテちゃんが望むなら一つあげるわよ?沢山あるし」


「え、いいの?お爺さんから受け継いだ大切なものなんじゃ」


「私の立場で考えてみて。ロッテちゃんが同じ指輪を付けていてくれるのは、私達にはプラスでしかないのよ。むしろ既に色々してもらっているのに、さらに助けになってくれるなんて申し訳ないくらいだわ。よかったらリンデちゃんもどう?」


「私は使用できません。不要です」


「あらそう。残念」


「それよりもカロエ、貴方はコローナお嬢様を使って何を企んでいるのですか?ロクでもない事だったら許しませんよ」


「あ、それ私も気になってた。なんですかフカフカパンティ量産計画って」


「あら、やっぱりあなた達も興味があるのね。これは本当に成功間違いなしだわ」


「こちらもやっぱりですよ。やはりカロエ姉さんの企みですか。やれやれです」


「私とコローナの企みね。糸も布も服も作り手は女性が多い。なので全ての女性が協力したくなる計画を立てれば、それらのギルドも反対はしない。そうして二人で話し合って立てたのが木綿の下着を安価に提供する事だったのよ。男達には理解され難いというのも団結しやすいポイントよ」


「えーと、つまりパンティ作りは手段であって目的じゃないって事?」


「そうね。コローナにとっては実績作りと服飾系ギルドの信頼作り。そして軍票交換品目の開発。私にとっては仲介利益と服飾市場の拡大。今の服作りは糸の生産がボトルネックになっているの。そこがコローナの技術で少しでも効率化できればもっと沢山の服が作れるようになる。庶民でも服を楽しめるようになるの。服が生活に必要というモノではなく、楽しむためのモノに!着られなくなったから次を買うのではなく、欲しいから服を買う時代に!これは一つの革命なのよ!」


「やれやれ、すっかりいつものカロエ姉さんですね。でもあまり派手に動くとまた潰されちゃいますよ」


「ふふっ、大丈夫よ。私もフカフカパンティを望む女の一人。それもウソではないもの。おかしな行動にはなっていないわ」


「亜麻の下着も庶民にとっては十分立派なんですけどねぇ」


「そうね、私も亜麻の肌触りは好きよ。でも冷たさが伝わってくる。夏はそれが良いんだけどね。ま、大人は子供より冷たいのが苦手なのよ」


 子供扱いされたので、とりあえず俺は口をとんがらせて不満を表明した。理解できないから子供って理屈はずるい。


 庶民に服が足りないのは俺も理解する。貴族は立派な家に住み、カーテンなども使って断熱し、暖炉で部屋中を十分暖める事が出来る。でも庶民はそんな事出来ないので、厚着でしのがなければならない。でもその服を調達するのに苦労するのだ。貴族達が暖かな住まいを表現するために布不足ぎみの肖像画を描かせている一方で、庶民達は本当に深刻な布不足に陥っている。それを変えられるなら素晴らしい事なのだろう。


 とはいっても、やはり影響力が心配になる。故郷では布の変わりに革が多用されていた。服だけでなく袋や紐なども革製が多い。しかし布が安価になればそれも変わっていくだろう。糸の影響は服だけに留まらないのだ。大丈夫なのだろうか。


 と言う事で、負の感情が託される先のデベルに聞いてみる事にした。


***


「革命など起きない。心配無用だ」


 俺達が尋ねていくと、デベルは報告書の束に目を通しながら答えた。


「そうなの?コローナお嬢様を甘く見ない方がいいよ?糸作りに成功したら、きっと次は布まで大量に作り出すよ?」


「大量生産しようにも材料が続かない。綿花は今あるものが今年使える全てだ。それ以上は従来通りの麻や羊毛に頼るしかないし、そちらも量は決まっている。素材の生産量を増やしたければ、結局買値を上げて何年もかけるしかない。さらに言えば綿花は輸入でしか手に入らん。相手国の機嫌をそこねる商売をすれば輸出禁止だ。糸や布の生産技術を改良しただけで革命的変化など起きやしないんだ。相手国を占領できる武力でもあれば別だがな」


「そういうもんかぁ。世の中は上手くいかないもんだねぇ」


「もう一つ、転位の魔術で頂いてくるという手もありますがね」


 俺がデベルの説明で納得しているところに、クーが口を挟んできた。俺とデベルは二人して怪訝な顔をしてクーを見る。相変わらずモラルの欠片も無い。そんな事ばかりしているから滅ぼされるのだ。俺はクーを無視してデベルに話しかける。


「えっと、でもそれじゃぁ何でお嬢様に無理だってお伝えしないの?」


「よく考えろ。俺の立場でそんな事をするわけ無いだろう」


 俺が首をかしげていると、デベルはため息を付きながら俺に向き直り、腕を組んで威圧しながら説明を始めた。


「俺もアイツラの企みには一応賛同している。冬場に暖かい服や酒を供給すれば、徴労した者共の不平も和らぐだろう。綿の肌着という選択も悪くない。軍票交換でしか手に入らないとすれば、軍票の価値固定に一役買うだろう。方向性は全くもって間違っちゃいない。是非とも実現させて欲しい」


「それならもっと──」


「だが実現して欲しいのはそこまでだ。革命など俺の立場では許容できないし、協力もしない。なので開発完了までは夢をもって励んでもらい、生産の段になってから現実を知ってもらう。お前らも余計な口出しはするな」


「えー、なんかそれ酷くない?」


「何も失敗させるわけではない。必要な成果は得られる。問題はない」


「さっきからそういう話じゃないよ。分かっているのに黙っているのがさー」


「チッ、これだから女どもは面倒くさい。今そんな事をアイツに伝えたら、アイツはそっちも考え出してしまう。周りの女どもにも当然バレる。折角一つの目標をもって纏まっていたのに崩れてしまう。そうなっては困るんだ。俺もアイツも。本当にやれやれだ。アイツがもう少し貴族らしく器用に振舞える女なら、他のやりようもあるんだがな……」


 デベルはそう良いながら少し困った様な顔を見せた。それを見て俺はちょっぴり同情しながら苦笑する。


「さっきも言ったが、俺も基本的にはヤツラの計画に賛同しているんだ。感心してすらいる。特に綿で作ろうとしているところがな」


「え!?やだ、デベルさんもフカフカパンティにメロメロなの?」


 いきなりのドン引き発言に驚きを隠せない俺。


「ば、馬鹿!俺をどこかのアホと一緒にするな!」


 違うのか。でもそれはそれで不敬な発言なんですが。


「お前は綿は麻と何が違うか分かるか?」


「花か茎かでしょ?それで繊維の長さと強さが違うから同じ様に作っても同じにはならない」


「それもある。だが花か茎かには違いはもっと大きな違いがある」


「というと?」


 珍しくもったいつけて説明するデベル。ザフロールの同類にされたので動揺でもしたのかな。


「麻は刈った後に、煮たり叩いたり醗酵させたりと何らかの加工をした後でないと繊維が取り出せぬ。それまでは生の草だ。輸送に向かん。なので農家で繊維の状態まで加工する事になるんだ。場合によっちゃ、そのまま糸作りまでな。その時点で生産量に限界があるんだ」


「綿は違うの?」


「綿は花を摘み取って種を抜いたらもう繊維の塊だ。まとめて遠方に輸送できる。現地での糸作りに拘る必要はないので、農家は自分達で加工できる以上の綿を栽培できるわけだ。なので大量に作るなら麻より綿の方が適している。アイツらはただ『ふかふか』だけのために綿を選択した訳じゃない。ふざけた計画に聞こえるが、なるほど良く考えられている」


 なるほど、デベルはザフロールの同類にされるのが本当に嫌らしい。『ふかふか』以外の利点を丁寧に説明してくれた。


「そこまで感心しながら、服飾の革命には反対なのですねぇ。なんか変なの」


「それとコレとは話が別だ。いいか、綿でも亜麻でも大麻でも、全ては限りある土地、限りある労働力で生産されている。それらの生産量が増やすって事は食料の生産量が減るって事だ。それらの価格を上げるって事は、食料の価格も上がるって事だ。お前らが服を楽しむために満足に飯を食えない奴を増やすっていうのか?革命的に?馬鹿を言うな」


「うーん、そういう事かぁ……」


 言っている事は分かるが、相変わらずデベルが分からない。人を平気で貶めて殺すくせに、貧しい人の事も気にしている。そういうのも嫌いではないけど。それにしても、デベルから出てきた話が大き過ぎる。革ギルドから刺客が来るとかいうレベルの話ではなく、俺はどうして良いか分からなくなった。


「デベル、やはりそういった事もお嬢様にお話するべきです」


 俺とデベルの会話が行き詰ったところで、クーが口を開いた。


「さっきも言っただろ、アイツにそんな事を言ったって、成功するものも成功しなくなるだけだと」


「別に今でなくとも構いません。落ち着いたところできちんと全てを伝えてください。問題に対してお嬢様は必ず力になるはずです。お嬢様の一番の才能は設計でも開発でもなく、諦めずに道を探し続けられる事なのですから」


 デベルはクーの事を睨みながら少し考えた。そして言った。


「時が来たらな」


***


 それからしばらくして、フカフカパンティの量産は現実化した。


 双糸にして強くするなんてアイディアは、俺が言わずとも紡績ギルドの人なら当然持っていた。ただ、二本の糸を縒り合わせるという事は単純に一本の糸を作る三倍の労力がかかる。三子糸みこいとなら四倍だ。ただでさえ大変な糸作りがもっともっと大変になる。そのために出来れば避けたい案なのだ。


 しかしその手間は機械化で解消できる。コローナと紡績ギルドの人がタッグを組めば、強い木綿糸の開発はそんなに難しい事ではなかった。


 そしてパンティは数に限りがあったためにすぐに品切れとなった。そのため、【白パンティ買い取ります】などという怪しい業者も現われた。中には貴重な布を得るために白パンティを分解する人も居たとか居ないとか。

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