街での活動 その73 勝利条件がないのにとりあえず勝てる人の話
微妙な長さ
「オジサン、少し質問いい?俺はオジサンのその笑いについてもっと知りたいんだ」
ニーダーレルム公は、オジサンと呼ばれてビクっとし、半歩下がる。護衛の人らも、俺の表情と態度の変化を感じ取ってすぐさま間に割って入った。
「テオ、この人は殺してはなりませんよ」
「心配いらない。貴重なサンプルだ、殺しはしない」
俺はクーの忠告に冷静に答える。皆に聞こえるのは俺の声だけだが。
「ええい何をしている!さっさとひっ捕らえろ!」
「小僧、大人しくしてくれ!ケガはさせたくない」
「あぁ、ですから心配しないで下さい。話を聞くだけです」
俺はそう言って護衛に微笑みかける。護衛は不気味に思ったらしくまた少しギョっとし、力を込めて俺を掴んで拘束した。
さてどうしようと俺は少し悩む。クーの力をかりれば、護衛を跳ね除け、オジサンを捕まえて力ずくで尋問する事も可能だ。でもそれはすべきでない。護衛には悟られない様に精神操作の魔術でなんとかした方がよさそうだ。手が届かない位置にいるのが難点だが。
俺は視線で魅了をかけた時の感覚を思い出す。このにらみ合った状況ならいけるか。俺はオジサンの目の奥に魔力を送り込んで精神を直に握った。そして眠ってしまわない様に力を調整し、意識を朦朧とさせて質問には答えられる様にした。
先日の失敗───完全に寝かせてグニャリと倒れさせてしまった件───の後、酔払い相手に夜な夜な手加減を練習していたのだが、それが早速役にたった。本来の目的は意識を維持したまま金縛り状に眠らせる練習だったが、意図せず酩酊状態に似た眠らせ方も出来るようになってしまった。
「オジサン、答えて。俺やグラハルト様が困るのは嬉しい?」
「嬉しいに決まっているだろう。当たり前だ。想像しただけで気分が高揚してくる」
「そう?オジサンにとって俺やグラハルト様は大した存在じゃないでしょう?どこで何をしていたってオジサンに影響は無いですよ」
「そういう問題ではないな。ワシの力でお前達が墜ちていく事が喜びなのだ。逆にワシの力で王都から追放してやったのに、追放先でのうのうと暮らしているなど我慢ならんだろう。反逆し再び踏み潰されるならまだしも。お前らはワシの感情を満たすために存在するというのに」
「うーん、分からないな」
「分からない?やはり罰が必要だな」
「いえそうではなくて、陛下とお話した時はその様な感情を少しも感じませんでした。同じ王族であるザフロールさんからも感じません。オジサンから受ける印象は、むしろ社会に馴染めなかった黒狼団の人に近い。でもオジサンは食うに困って悪の道に走る身分でもない。なぜそうなるのか分からないんですよ」
「アイツとワシを比較するな!なぜアイツなんかが王になるのだ!ワシの方が勝っていたというのに!」
少し混乱が見られる。俺はそれを見て逆に冷静になり、いっそう落ち着いた声でさらに問う。
「アイツとはお兄さんの事ですね?」
「そうだ、アイツは長男のクセに気弱でな。どこにでも毛布を持っていこうとする軟弱者だったんだ」
なにそれかわいい。俺は毛布を引きずって歩く王様を想像してクスりとした。
「笑い事ではない。王は強くなくてはならない。ワシはそう言われ続けて育った。アイツが弱々しいのならワシが強くならなくてはならない。そうして誰にも負けないように手練をつくした。そして常に相手を打ち負かしてきた。しかし王として選ばれたのはアイツだった。長子と言うだけでな。アイツは今でも夜な夜な王妃に甘えつく軟弱者だというのに」
思わぬところで王様の弱みを知った。そんな事を考えてしまうほど俺は冷静になっていた。護衛達もそれを感じ取り、押さえる力が弱くなっている。むしろ今や護衛達は、心の内を赤裸々に話すニーダーレルム公の方に戸惑って警戒している。
「諸侯を巻き込んで王権を奪おうとしたのも、そうした考えがあってのものなのですね」
「そうだ。卑怯な手段でしか勝てない王など王ではない。しかしそれを正そうとしたワシすらも、卑怯な手段で殺そうとしたのだ。このままでは終われん。どうにかしてアイツを打ち倒さねば成るまい」
護衛達は顔を見合わせてオロオロしだした。まぁ人前で言っていい事じゃないね。フォローしないと。
「えーと殿下、少し誤解があるようです。殿下が言われているのは、後ろから化け物の奇襲を受けた件ですよね。あれは王が敵と結託してやったことだと。でもそれは誤解ですよ。実際には殿下達が襲われるまで、なぜ裏をかかれるのか正確には分かっていなかったそうです。殿下達が襲われ、さらに範囲攻撃で一網打尽にされつつ殿下達だけに被害が無かった。それでようやく敵の秘密に気付けたといった感じなのですよ」
「……フン、そんな話を信じられるか」
酩酊状態では理屈で説いても通じないか。
「では殿下、どうかよく思い起こしてください。アイツとはそんな恐ろしい人ですか?安心毛布をひきずって歩き、王妃様に甘える情けない人なのでしょう?身内に手にかけるなど出来るものでしょうか」
「フン、アイツにはそんな度胸はないだろうな。アイツは本当に情けない男だ。俺が殺すべきだと忠告しても困った顔をして駄々をこねる。アイツはそんなダメ男だ。まさに王として失格。それがアイツなのだ」
「ですが殿下は、そうした情けない陛下のおかげでまだ生きているのでは?陛下が殿下の様な人でしたら、本当に殺されているでしょうし」
「ワシなら……ワシなら無論身内だろうが逆らえば粛清している……!!。ワシはアイツの情けで生かされているのか?ワシは……アイツに負けたのか?またしても!?そんな……そんなバカな……」
「勝ったとか負けたとか、陛下はそんな事を考えていないと思うのですが」
「黙れ!情けをかけて生かされるなど、負けでなくてなんなのだ!」
オジサンはボロボロと涙を流し始めた。本当に酔払いみたいだ。
このオジサンの下卑た笑い顔の理由が見えてきた。このオジサンは勝つ事が何よりも大事になっちゃってるんだ。何か守りたい物があるわけでも、本当に欲しい物があるわけでもない。何かの目的のために戦って勝ちたいわけじゃない。それなのに勝ちたいんだ。
なので、本気で何かに打ち込んでいるわけじゃない。王様の様に国を護ろうと考え抜くでも、グラハルトの様に騎士としての信念を貫くでも、俺の様に好奇心任せに世の中を楽しむ訳でもない。勝ち負けを抜きにして本気になれるものが無い。
でもそれじゃぁ本気の人には勝てるわけがない。実力で上回って、正面から戦って勝てるわけがない。本当の意味で勝つことは無い。せいぜい本気で打ち込んでいる人の足を引っ張って、勝った気になれるだけだ。人から支持もされるわけも無く、王になどなれるわけが無い。
でもそれでも勝ちに拘ってしまう。本当の意味で勝つ事のないまま、勝った気になろうと躍起になってしまう。人の足を引っ張り、人に嫌がらせをし、人を困らせる事で。そしてそれが勝利(した気になる為)の方程式として定着してしまう。人が困る事が喜びとして定着してしまうんだ。
冷静にそんな事を考えながらオジサンの顔を眺め、俺はもっとまともな道を歩いて欲しいと素直に思った。
「オジサン、少し勝ったの負けたのって気にするのを止めた方がいいよ。勝ち負けに拘るのは、勝ち負けよりも大事な物を見つけられてからの方がいい。じゃないと王様にはもちろん、きっと他の何にもなれないよ」
「うるさいうるさい!ワシは勝つのだ!勝って王になるのだ!」
「でもその王様になりたいってのも結局は勝った気になりたいからで、本気で王様の仕事がやりたい訳じゃないんだよね。……それじゃぁ先代の王だって、オジサンじゃなく今の陛下を世継ぎに選んじゃうよ」
「なんだと貴様!撤回しろ!貴様の様な者に何が分かる!今の言葉を撤回しろ!」
おっと、うっかりクリティカルヒットを出してしまった。オジサンの精神が荒ぶりだした。これでは話を聞くのが難しい。
「君、それくらいにしておいてくれないかな」
横から聞き覚えのある声がした。
「あ!ザフロールさん!……じゃなくて、様!……というかもしかして王子?」
「さん付けでも様でも良いが、王子呼びは止めてもらう。こちらには多少複雑な事情があってね」
ザフロールがオジサンの方をチラリと見てから俺に視線を戻した。あぁオジサンと王位を争う気が無いという意思表示か。分かり難いなもう。
俺はザフロールの対応で余裕がなくなり、オジサンの精神制御が疎かになった。その結果、オジサンは前回同様に意識を失ってグニャリと倒れた。
「殿下!」「殿下がまたっ」「殿下ぁぁぁぁ」
「あわわわ、大丈夫?頭打ってない?」
屋内と違いここは床が固い。そして倒れたのは俺のせいなのでオロオロしてしまった。しかし、前回同様に護衛が安堵のため息をついたので、俺も安心した。そしてザフロールが命令を出す。
「大丈夫そうだな。では僕と叔父さんの護衛をここで入れ替える。お前らは叔父さんを宮殿にお連れしろ。そしてその後は産総研で落ち合おう。さっきの話の通りだ。僕もこいつと話をしてから向かう」
「「「ハッ!」」」
ザフロールについていた護衛がオジサンを運び去り、元から居た護衛はそのまま残った。むしろオジサンとザフロールが入れ替わった形。そしてオジサンの姿が見えなくなったところで、ザフロールが護衛に尋ねた。
「さて、何があった?この子は何だ?」
「この子供はこの街の正規の衛兵だそうで、街の説明をさせておりました。ところがこの子を指導している者が殿下のお知り合いだったようで、そこから少し口論に……」
「君、間違いはないか?」
「概ねその通りですが、少し弁明をさせて下さい。私は殿下とグラハルト様の関係を存じ上げませんでしたので、グラハルト様の名を口にはしていません。話を持ち出されたのは殿下の方からです。また、案内役を衛兵隊長から私に変えたのも殿下の提案との事です。私には殿下が初めから私に因縁をつけようとしていた様にしか思えません」
「なるほどね。でも弁明は不要だよ。君は見てはならない物を見て、聞いてはなら無い事を聞いてしまった。必要なのはその問題の処理だ。誰が悪いとかはどうでもいいんだ」
ザフロールは軽い笑顔を称えたまま、ゆっくりと剣の柄に手を伸ばそうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください。当然ここでの事は口外しないと誓います。早まらないで下さい」
「当然、こちらもその反応は織り込み済み。でも必要なのは確実な処理なんだなー。まだ何かある?」
あ、ヤバイ展開。上手く返答しないと斬られる。俺は調子に乗りすぎた事を軽く後悔しつつ頭を回す。
「で、では取引をしましょう」
「取引?君が出せるもので、僕が欲しがるものなんて無いと思うけどな」
「そんな事はありませんよ。私がザフロール様の子分になって差し上げます」
「はは、子分ね。でも僕は見ての通り既に沢山の人を動かせる身分なんだ。交渉になっていないと思うよ」
「私はその辺の臣下とは違います。ザフロール様の事を慕い、下らない事でも手を貸してくれる子供の子分です。子供は便利ですよ?例えばご婦人との切っ掛け作りとかでも」
「プッ、そうきたか。あー確かにそれは欲しくなるなぁ。でも、今起こっている事とは吊り合ってなくないかい?」
「そうかもしれません。ですが、私もザフロール様や陛下の事は嫌いではありません。敵対するのは勿論、問題を起こしたくもありません。ですので、そこら辺りで手打ちにして頂けませんか?」
俺はカロエばりの営業スマイルで微笑む。ザフロールも軽い笑顔のまま、俺の目をみて思案しだした。
ひ弱そうな少年が、突然笑顔で「それ以上攻めるならこちらにも考えがある」と脅して来たわけで、普通に考えればただのハッタリだ。でも同じくらいの年のヤバイ少女達も知っている。なので確実にハッタリだと否定できずに悩んでしまう。
そして実際に俺は負ける気は全くしない。斬ってきても避ける自信はあるし、本当にヤバイ一撃ならクーがザフロールの動きを止めるだろう。そして相手を寝かせてトンズラするのは難しい事じゃない。そうしないのは誤魔化すのが大変だからってだけだ。
俺は自信に基づく余裕を滲ませながら、笑顔のまま少し首をかしげて「どうする?」とザフロールの顔を覗き込む。するとザフロールが止めていた息を吐いて言う。
「ま、そうだね。ここで拾わずにおくのは勿体無い駒だ。色々と使わせてもらうか」
「そうしてください」
俺とザフロールは満面の作り笑顔で握手を交わした。
***
「時にザフロール様、ザフロール様は宮殿にお戻りになられないのですか?」
「戻るよ。産総研でお風呂入ってお酒飲んでからね」
「お風呂にお酒?あそこはそういう施設じゃないですよ?」
「俺が増築して作らせたんだよ。沢山お湯を沸かしているのに、お湯として使ってなかったからさ。あと蒸留酒も良い物が沢山作られてた。凄いよあの施設」
「それお湯を沸かしていたんじゃなくて、蒸気機関を作ってたんじゃ……。蒸留酒もそれ燃料の研究用では?あまり邪魔をすると怒られますよ。たぶん白い方の服の女に」
「室長に?大丈夫、許可はとったよ。それにお金と人も出したし、職人達はむしろ大賛成だったし」
そこまで言ってからザフロールは俺の首に腕をまわしてヒソヒソと話した。
「今、女の人も入りやすいように女性専用のお風呂も作ってるんだ。出来上がったら君には早速協力してもらうからね」
「え、ちょ、何をさせる気ですか」
「大丈夫大丈夫、君なら捕まっても可愛らしいで済むから」
「えー、ちょー、全然大丈夫に聞こえない」
その後、何度もノゾキに連れて行かれ、バレた時には身代わりとして活用された。クーも全く助けてくれないので本当に捕まってオシオキされた。




