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街での活動 その72 想定外の連鎖

また前後分け

 ある日、衛兵として壁上に登ったらニーダーレルム公の一行が居た。


「な、なんでこんな所に殿下が……」


「あぁあれな、ハロワで仕事を相談したら巡回警備をしてってなったんだと。そんでまずは壁の上からって事らしい。ま、対応は隊長がする。俺らは近くに来たら敬礼しとくくらいでいい」


 オウフ、なんて迷惑な。しかし順当な判断だとは思う。あのオジサンにいきなり手仕事をさせるのは難しそう。でも防犯目的なら、護衛を連れて馬でその辺を回ってくれるだけで犯罪者への牽制になる。コローナが押し付けられた仕事を真面目にこなした結果だろう。俺に文句を言う資格はない。


 俺はいつも通り引継ぎを受けて警備につく。そして迷惑な御一行を横目でチラチラ確認。


「なぁクー、オジサン達こっち見て何か話してないか?」


「『なぜこんな所に子供が居るのだ』とか『そこまで人手不足なのか』とかそんな話ですね。それに対し衛兵隊隊長が言い訳をしています」


「あぁ、それも順当な流れだな。シフト変えとけば良かったのに。誰もオジサンの性格を知らなかったのかなぁ……あ、隊長がこっち来た」


 隊長は不機嫌な様子を隠さずに、肩肘をはってドスドス歩いてきた。


「テオ、お前をご指名だ!案内してやれ!」


「はぁ!?なぜぇ!?ここに立っているだけでも不自然な存在なのに」


「お前の事を説明するのに、シュラヴァルトの小隊の情報収集と案内役も兼ねていると言ったんだが、そうしたら『我らの案内としても使えるはずだから貸せ』と言い出しやがったんだ」


「えー、確かに言葉上は同じ仕事ですけど……私が普段してる報告なんて、家に帰って両親に今日の出来事を話してるみたいなレベルですよ?それと王族の相手は完全に別ものじゃないですかー!それにあのオジサン、かなり面倒くさい人なんですよーヤダー」


「あぁ、確かにあまり関わりたくないお方だった。だが任務だ。申し訳ないが相手をしてやってくれ」


「むー、分かりましたよ!命令として言われたら従わざるを得ないじゃないですかー。でも何が起こっても恨まないでくださいよ?王族の相手なんてどうしていいか分かりませんから!」


「そこは殿下にも言ってある……が、注意しろ。殿下はグラハルト様の事を知っているようだった。いや、知っているとは少し違うな。お前について、元近衛騎士だったグラハル様の推薦もあると口にしたところ、なにか攻撃の矛先が俺から他に移った様に感じた」


「えー、それ移った矛先って間違いなく私じゃないですか……というか元近衛騎士?グラハルト様が?」


「何だお前、一緒の隊にいて知らんのか。この国最強の騎士団に居た方だぞ。俺らの事なんかどうでもいい。そっちの名誉を傷付けない様に気をつけろ」


「そそそそんな事言われたって……」


 想定外が重なり過ぎている。こんな事ならアヒムにグラハルトの事をもっと聞いておくべきだった。聞いたら止まらなく成りそうなので、つい避けてしまっていたが……。


 そんな後悔で頭をグルグルさせながらニーダーレルム公達の下に向かった。


***


「お前がシュラヴァルトから来たテオか。ただのひ弱な子供にしか見えんな」


「はい、領主ゲヴィシュロス様の命を受けて参りました。過分な評価を頂いてはおりますが、所詮はしがない粉挽き屋の三男坊にございます。意図せずご無礼を働くやもしれませぬが──」


「そんな事は聞いていない。本当に案内など出来るのか?」


「はい、一所懸命、役目を果たさせて頂きます」


 とりあえず面倒事は回避できたと俺は胸をなでおろす。後は落ち着いて仕事をするだけだ。


「この南の辺りはかつて畑だったらしくてきちんと整備された道は少なく、馬車のまま中央まで抜けられる道は───」


 俺はアヒムやグラハルトが興味を持った事を思い出しながら解説をしていった。すると、護衛の人ら───といっても、一緒に連れ帰ってきた捕虜達なので俺にとっては一方的に顔見知り───は、俺の話を真面目に聞き入ってくれた。しかしニーダーレルム公は退屈そう。俺の指差す方向とは関係の無い方向をボーっと見ながら、面倒くさそうな表情で上の空。


 俺はガイドを続けながら頭の奥で思考を回す。ニーダーレルム公が興味を持ちそうなものは……と。


「えーと、ちょっと仕事と関係ない話になりますがー、私が最近気付いた面白い事を話まーす。あの市場の中心にある池、わかります?あのまん丸の池です」


 話題を変えると、ニーダーレルム公も面倒臭そうに横目でだが、俺の指差す先を見た。


「上から見ても色からして深そうなのが分かりますが、ちょっと前に訳あって私はあの池に入ったんです。そうしたら本当に怖いくらい底を感じられないんですよ。その時、戦っていた敵兵が溺れて沈んでいったのですが、どこまでも沈んでいくのです。泡を出しながら、鎧を鈍く光らせながら、本当にどこまでもどこまでも、遠くなり小さくなって沈んでいく。結局、光は底に届いて止まる前に弱くなって見えなくなりました。恐らく、あの池はこの壁の高さの3倍以上の深さはありますね」


 俺の話を聞いて、護衛たちがギョっとしている。沈んでいった敵兵に自分を投影してしまったのかもしれない。しかし話したいのはソコではない。俺は少しマズったと思いながら話を続ける。


「あの池はそんな不思議な池なのですが、先日、規模は小さいですが似た様な穴がもう一つ発見されたんです。いや、発見されたというか、発生したですかね」


 みなの視線が俺に集まった。よしよし。


「それが見つかったのが、化け物を撃退した光の柱の根元です。天を貫いた光の柱は、天だけでなく地中の奥深くから大地を貫いて放たれたものだったのです。それからすると、あのまん丸の池もかつて光の柱が立ち昇った跡かもしれないのですよ。凄いですよね。あの池は先日発生したものの5倍以上の大きさがあります。かつてこの街に、いったい何が襲ってきたんでしょうか。想像すると怖くなりますよね。襲ってきたものも、それを迎撃してしまう者も」


 俺は巨大な岩でも落とされたのではと思っている。転位加速はケイツハルトにしか出来なくても、オフセット転位で巨大な岩を自由落下させる事は他の国でも出来ただろうし。まぁケイツハルトは本家本元なのでそれくらい迎撃してしまうのだが。


 この話には、ニーダーレルム公も含め皆が固まった。この人達はかつてあの化け物ハーピーに遭遇し、自分達以外を皆殺しにされている。その化け物をはるかに凌ぐものが存在すると想像させられたのだから無理は無い。俺は想定どおりの反応にシメシメした。何気ない風景を解説の力で深く印象付けられた。さらにこれは、王がニーダーレルム公に感じてもらいたかった『人智を凌駕する存在』の話でもある。こうした反応はガイド冥利につきるってものだ。


「小僧、何を得意げになっている。我らを驚かせてそんなに楽しいか」


「あ、いえその様なつもりは……。殿下達にこの街の事を知ってもらいたかっただけで……」


「ウソをつくな!ワシに一泡吹かせようと企んだのだろう!」


「えええ……なぜ私が殿下にその様な事を……」


 ちょっと得意になってガイドしてたのは確かだけど、そんな言いがかりは想定外。


「おおかたグラハルトの件でワシを恨んでの事だろう?小賢しいマネを!」


「殿下とグラハルト様の間に何が?私はそれを知らないのですよ!?」


「どこまでもシラを切るつもりなら聞かせてやる!あ奴はワシに向かって偉そうに忠告しおったのだ!騎士ごときがこのワシに!その罪過の罰として僻地送りにしてやったが、悔い改めもせずまだワシの近くに湧いてきやがる!どうせお前も奴から悪いのはワシだと吹き込まれておるのだろう!?ワシにはお見通しだ!」


「あぁ……グラハルト様にかつてそんな事が……。確かに、なぜウチの領地のウチの隊にこんな強い人が居るのかは疑問ではありました。しかし全て始めて聞きく話です。グラハルト様からは一切その様な話を聞いた事がありません。それにグラハルト様は諫言かんげんが届かぬ事に悔いはしても、その様な事に恨みを持つお方ではありませんよ」


諫言かんげん諫言かんげんと抜かすか!やはり貴様はワシをバカにしておるではないか!ええい者共ものども!この小僧を縛り上げろ!不敬罪で追放してくれるわ!」


「少し待ってください。きちんと話を聞いて頂ければ、全ての誤解は解けるはずです」


 この人とグラハルトでは、俺の中ではグラハルトの方が圧倒的に上だ。人格は勿論、筋肉量が比ぶべくもない。言葉の端々についそれが出てしまう。これはマズイ。


 俺の困りに困った顔を見て、ニーダーレルム公は勝ち誇ってあざけ笑う。


「ハッ、今更後悔しても遅いわ。異国の地で己の罪を悔いるがいい。あの不届き者の騎士共々な!」


 ニーダーレルム公は俺を見下ろしながら、とても下卑た笑みを湛えた。


 俺はその笑いに見覚えがあった。黒狼団のボスと同じ笑いだ。


 それに気付いたとき、俺は頭に亀裂が入った様に感じた。


 ピシッと音が鳴り、全ての思考が一旦停止。そして別の方向に回り出し始める。


 それと同時に認識していたこの場の状況を一瞬忘れた。

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