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9:一変

 ホムンクルスを作成しひと月が経った頃、ノックも無く突如マグダレンの研究室の扉が勢い良く開かれた。

 その余りの勢いと音に驚いたハリネズミ達が、針に管を刺したまま大慌てで机の上を走り回り、机の上に置かれていた素材はことごとく床に落ちてしまった。


「魔術錬金術師のマグダレン博士だな。城まで同行願う」


 クリスとマグダレンが走り回るハリネズミ達を必死に捕獲していると、騎士団とは少し違う真っ黒な制服の男達が部屋に押し入り、そう完結に用件だけ告げる。

 突然の事で声も出せず押し固まるマグダレンを無視し、男達はマグダレンの腕を掴むとそのまま学院の外に停めてあった馬車にマグダレンを押し込める。

 ようやく事態を把握したマグダレンが馬車の扉にしがみつくも、馬車は外側から鍵がかけられ開ける事が出来ない。

 そうこうするうちに馬車が動き出し、窓の外に見えていた学院の入り口が遠ざかっていく。

 馬車が角を曲がる直前、学院からクリスが走って来るのが見えたが、その直後外から窓に布を被せられ何も見えなくなってしまった。


 ごとごとと馬車に揺られて居ると、急に周りが静かになった。

 マグダレンが顔を上げるのと同時に馬車の扉が開かれ、眩しい光が目に飛び込んで来た。

 マグダレンを馬車に詰め込んだ真っ黒な制服の男は、未だ目が眩んだままのマグダレンを軽々肩に担ぐと、そのまま歩き出した。

 よくよく見れば、男が羽織っているケープには騎士団ではなく、近衛兵の紋章が刻まれていた。

 男に担がれたまま馬車を降りると、光を反射する真っ白な壁に囲まれた道を通る。

 手入れが行き届いた壁と、同じく丹精込めて世話をしているであろう花壇とフラワーアーチが溢れる中庭。

 殆ど学院に引きこもっているマグダレンは、数える程しか夜会に出席した事も無ければ、城に足を踏み入れた事などありもしないが、誰が見ても城の中庭を通過しているのは間違いない。

 そして、今こうして強制的に城に連行される身に覚えも無い。

 これは何かの間違いだと、マグダレンはどうにか男の肩から降りようと藻掻くも、がっちりとした体格の男は軽々と片手でマグダレンの足を押さえ付け、何事も無かった様に巨大な扉を開ける。

 臙脂色の絨毯が敷き詰められた部屋を数歩進むと、男は突如マグダレンを床に降ろし、逃げない様に後ろから肩をがっちりと掴む。

 目まぐるしく変わる状況に、マグダレンはぺたりと床に座り込んだまま顔を上げると、目の前の階段の上には玉座が二つ並び、そこには二人の男女が座っていた。


「お連れ致しました」


 マグダレンの後ろに立つ男はそう声を上げると、マグダレンの肩を掴む手にぐっと力を込める。

 あまりの力強さにマグダレンが顔を顰めると、玉座に座っていた男がゆらりと立ち上がった。


「其方がホムンクルス作りのマグダレンか。……端的に問う。王太子をどこにやった。一体誰の差し金だ」


 遙か前方から落ちて来た声は、確かに落ち着きはらった声色であったが、言葉の節々に隠しきれない憤りを含んでいた。

 弾かれる様にマグダレンが顔を上げると、声の主は冷ややかにマグダレンを見下ろしていた。

 声の主は見事な金糸の髪に、負けず劣ら無い輝かしい王冠を被り、肩からはたっぷりとした毛皮に縁取られた赤いマントを垂らしていた。

 その服装とこの場所的に、この男は国王で間違いは無い。そして、その隣で玉座に座ったまま目をつり上げマグダレンを睨み付けているのは王妃だろう。


 しかし、マグダレンは王が何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 誰の差し金? 王太子? 身に覚えの無い言葉を羅列され、無言で眉を顰め王を見詰め返す。

 すると忌まわしそうに目を細めた王は、玉座の脇にあるカーテンの方へ視線を向け、顎をしゃくりなにか合図をする。

 すると、ハロルドと共に屋敷に行ったはずの、あの当主のホムンクルスが近衛兵と共に壇上に現れた。


「これを作ったのは其方だろう。こんな物まで準備して……」


 王はそこまで言うとぎりっと音が鳴るほど強く歯を食いしばり、きっとマグダレンを睨み付けた。

 ホムンクルスは腕に包帯を巻いていた。どうやら影武者としての役割を果たしたらしい。


「いつの間にか王太子である我が息子グレースとこれが入れ替り、本物のグレースは行方不明! 貴様、一体何が目的だ!」


 部屋中にびりびりと響く怒声にマグダレンがびくりと体を震わせると、壇上に居る当主――王太子グレースのホムンクルスがぐっと一歩前に出た。


「ですから! 私はオリジナルの私を守る為、有事の際の影武者として作られた! 私もマスターもそれ以上は――」

「それ以上その顔で口を開くな!」


 王はホムンクルスを怒鳴りつけると、合図を出す。

 すると近衛兵がホムンクルスの腕を引き、再びカーテンの奥へと連れて行ってしまった。

 こめかみに青筋を立て、握り締めた手をふるふると震わせている王は、落ち着きを取り戻さんと目頭を押さえ、深く深く深呼吸をする。

 どうやらホムンクルスは王に何度が弁明を図った様だが受け入れられなかったらしい。

 しかし、今ホムンクルスが言った以上の情報はマグダレンも持ってはいない。

 すっかり落ち着きを取り戻した王が、再びマグダレンに視線を落とした。


「概ね、野蛮な隣国グルテリッジの密偵とでも繫がっているのだろう。長らく冷戦状態だったが、ここにきて王太子を攫うとは……。そこの者は地下牢にでもいれておけ。これから王太子を取り返す算段をつける」


 王は冷ややかな視線をマグダレンに投げかけると、王妃の手を取り踵を返す。

 マグダレンの肩を掴んでいた男は、マグダレンを強制的に立たせると、男二人がかりで脇を押さえつける。


「ハロルド!」


 去って行く王の背中にマグダレンが叫ぶ。


「王妃様! 依頼主は貴女様の生家である公爵家のハロルド・ヴァレンタイン様です! 御当主様の弟君と名乗られ、御当主様の身の安全の為影武者を欲しておられました!」


 男二人に引き摺られながら、どうにかそれだけを伝えると、王妃はゆっくりと振り返りマグダレンを見下ろした。

 しかし扇の隙間から覗くその顔は、怒り、悲しみその他色々な感情を押し殺し、顔を真っ赤に染め、目をつり上げ小刻みに震えていた。


「ヴァレンタイン公爵家の現当主は私の兄! 私達に弟など……ハロルドなどと言う弟など居はしない! 我が生家を愚弄するつもりか! 早く連れて行きなさい!」


 王妃のその言葉にマグダレンは強い衝撃を受けた。

 その後どうやって地下牢まで連れて行かれたのか全く覚えていなかった。

 


 マグダレンは真っ暗な牢獄の中、一人今までの出来事を思い返していた。

 ハロルドの手紙には確かにヴァレンタイン家の家紋が印字されていたし、ホムンクルスの代金として確かに大金は振り込まれた。

 相手が公爵家と言う事もあったが、マグダレンは普段あまり依頼主について深く詮索する事はない。

 流石に毒物の依頼などはそうもいかないが、大抵は美容便利品などの錬金依頼か、新作の錬金依頼だったりする為、あまり深く詮索する必要も無いし、そもそもあまり興味が無かった。

 今回の一件も、ハロルドは自分の身分とホムンクルスの使用目的をはっきりと伝えて来た為、マグダレンは何の疑問も持っていなかった。

 しかし、よくよく考えればどうにも不思議な点はいくつかある。

 なぜ、当主の弟と言う高い身分のハロルドが直接依頼をしに来たか。

 なぜ、当主の弟と言う高い身分のハロルドがあそこまで武芸に秀でているのか。

 なぜ、竜涎香を取りに行く際わざわざ街を避け森の中を進んだのか。

 

 ハロルドの流麗な仕草につい納得し深く考えていなかったが、冷静に思い返せば引っかかる事は多かった。

 

 公爵家の人間じゃ無いのなら、一体ハロルドは何者なのだろうか。

 ハロルドは肖像画の人物――王太子グレースと顔は似ていたし、本人も兄だと言っていた。

 となればハロルドは王子と言う事になるが、マグダレンより俗世に詳しいセレストルは疎か、城に使えるオズウェルでさえそれに気付かなかった所を見ると、王家の人間では無いと言う事になる。

 そして、本当にグレースを攫ったのであれば、何故わざわざホムンクルスを使ってまで、自分の兄を攫う必要があるのだろう。

 王位争いならばわざわざホムンクルスを準備する必要はないはずだ。

 そうなると残された可能性は一つ、先程王が言っていた隣国グルテリッジの密偵と言う可能性だ。

 密偵ならば公爵家の家紋を準備する事が出来るのだろうか。

 密偵ならば、任務の為に大枚を工面する事も可能なのだろうか。


 何にせよマグダレンは、一切自分の身の潔白を証明する術が見付からない。

 それどころか、考えれば考える程、自分が王太子誘拐の手助けをしたとしか思えなくなって来た。

 石壁に凭れながらぼんやりと鉄格子を見上げ、深いため息をつく。


 この状況で、マグダレンは自分の事より、城に使えるオズウェルと、学院にいるセレストルとクリスの事を案じていた。

 妹が王太子誘拐に手を貸していたとなると、城に使える騎士であるオズウェルは仕事に支障をきたすだろう。

 それどころか投獄だって有り得ない話では無い。

 学院にいるセレストルもクリスも、肩身は狭いだろうし、学院の名に傷がつくと追い出されるかも知れない。

 それに実家や留学中のノールも……。

 考えれば考える程重苦しく、押しつぶされる様な感覚に苛まれ、マグダレンは呻き声をもらし、ぎゅっと小さく体を丸めた。

 今はただ、ハロルドに会って話をしたい。

 何を話して良いか分からないが、とにかくハロルドに会いたくて仕方が無かった。

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