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4:空の器

 日中は騎士団の務めがある為、オズウェルはマグダレンから手紙を貰ってすぐキラービーの捕獲に向かい、見事一晩の内に生け捕りにして来た。

 マグダレンが全力で感謝を示すと、オズウェルは満足したかの様に騎士団の努めに戻って行った。

 

「持つべきものは屈強でシスコンな兄ね! 味方にしたらこれ程心強いものは無いわ!」


 腰に手を当て仁王立ちをしたマグダレンは、巨大なキラービーを満足そうに眺めながら誤解を招きそうな身も蓋も無い発言をする。

 オズウェルが重度のシスコンで自分を溺愛していると十分理解しているマグダレンは、普段から上手い具合にオズウェルを頼り素材を入手している。

 しかし、害悪生物に指定されているキラービーを、妹の頼みだからと言って一晩で生け捕りにしてくるのはどう考えてもおかしな話だ。

 しかしそれを言い出すと、兄にキラービーを強請る妹もどうかと言う事になる。

 巨大なキラービーが研究室の壁に張り付いている様は、何も知らず部屋に入って来た人達は失神してしまうのでは無いかとさえ思う程威圧感と違和感の混在する光景。そして更に極めつけとばかりに違和感を放つのは、その前に満足そうな笑みを浮かべ立つ幼女の姿。

 

 なんにせよ、キラービーが手に入った事により、空の器の素材が全て揃った事になる。

 マグダレンはハロルドが研究室に来次第、すぐにでも琥珀を採りに行く算段をしていたが、急遽予定を変更し、先に空の器の作成を行う事にした。

 

 空の器の素材は『生きたキラービーの腹、人の一部、鉄入り岩塩、色石、適当な肉、各種薬草』

 マグダレンは研究室の中で一番大きなガラスのハリネズミを机の上にを呼ぶと、早速作業に取りかかった。

 

「肖像画を見る限りだと、御当主様はどちらかと言えば色白よね? じゃあ色石は瑪瑙めのうを一欠片と雪花結晶アラバスターを多めに、と……。御当主様は筋肉質? 兎じゃ柔らか過ぎよね。馬の肉あったかしら?」

 

 気味の悪いひとり言を言いながら、マグダレンは乳鉢で色石を砕き、クリスにテキパキと指示を出していく。

 クリスはハリネズミの中に鉄入り岩塩と色石、馬肉と薬草を入れ、最後にハロルドの髪を一本抜くと、それも一緒に放り込んでしまった。

 

 するとその直後すぐに変化が始まり、徐々に徐々に全ての素材が溶け始めた。

 そう経たずして何とも赤黒いどろりとした液体が出来上がると、ハリネズミはひとりでにキラービーの元まで歩いて行く。

 そしてそのまま背中の針を一本伸ばすと、ぷすりとキラービーの腹に突き刺し、出来上がったばかりの赤黒い液体を全て注ぎ込んでしまった。

 あらかじめクリスがキラービーの口に石と布を噛ませ塞いでいたが、それでもキラービーの篭った悲鳴の様な鳴き声が研究室内に響き渡る。

 キラービーはしばらく拘束具をがちがちと鳴らし暴れていたが、ハリネズミが針を引き抜くと同時にぐったりとうな垂れ大人静かになった。

 

「このまま一週間放置しておけば器は完成。出来上がった空の器を、星の砂時計と一緒に命の水に漬け込んで魔力を注げばホムンクルスの完成」

 

 一仕事終えたマグダレンは、ハリネズミを水洗いしながらほっとため息をつく。

 ホムンクルスの作り方を実際に見たハロルドは、納得がいったとばかりに大きく頷いた。

 確かに完成した空の器を命の水に漬け込むとなると、バスタブ一杯分位の朝露は必要になるだろう。

 ぐったりと俯くキラービーを覗き込んだハロルドは、一先ず外から見えない様に、キラービーの体を布で覆っておく事にした。

 

「ちょっと疑問に思ってたんだが、竜涎香って竜の体内に出来るって言う結石の事だったと思うんだが、それが琥珀になった物って考えて良いんだよな。そんな貴重な物、どこにあるんだ? と言うか、結石が琥珀になんてなるのか?」

 

 ハロルドは片付けを手伝いながら、ふと疑問を口にする。

 朝露の時と同じく、竜涎香と言う名前ながらも実は全く違う素材だと思いたかったのだ。

 

「天然の竜涎香の琥珀どころか、竜涎香ですら貴重で入手困難よ。持ち帰った竜涎香を錬金術で加熱圧縮して人工的に琥珀にするの。何故か竜涎香と琥珀を別々に入れたら失敗したのよね」

 

 ハロルドの願いも虚しく、竜涎香は想像通りの物をさすらしい。

 そして、一応竜涎香の琥珀と言う物は正式に存在するとの事。

 どう言う経緯でそれをホムンクルスの材料にしようと考えたのかは、今となっては本人すら覚えていないらしい。

 

 定期的に身動ぎする様に動くキラービーの様子を確かめるクリスの隣で、マグダレンとハロルドはソファに腰掛け今後の予定について決めて行く。

 

 竜涎香の入手方法は大きく分けて二つ。

 一つは竜の巣に潜り込み、竜が吐き出した物を持って帰る。そしてもう一つは竜を倒し入手するか。

 他にもごく稀に希少素材を扱う店で売られる事もあるが、期待しない方が良ので、今回は除外した。

 そしてその二つの方法なら、今更どちらにするか等考える必要も無い。

 マグダレンが入手方法を口にした瞬間、ハロルドは竜の巣に潜ると即答した。

 

「一番近い竜の巣は、確かヘブリーズ山脈だったな。入山許可が下りるのには最低でも一月はかかる」

 

 マグダレンが広げた地図の一点を示しながらハロルドはそう呟いた。

 ヘブリーズ山脈はエルミネス学院があるここ、ヴァプール王都から馬で一週間程移動した場所にある禁域。

 先々代の王の時代、ヘブリーズ山脈に竜が住み着いた事をきっかけに、その山脈一帯を禁域とし、立ち入りを制限した。

 ヘブリーズ山脈は鉱石が良く産出された為、当時は山脈の周りにはいくつも街があったとされるが、禁域に指定された為今はその全てが廃墟と化している。


 ハロルドだけでは無くマグダレンも眉根を寄せ顔をしかめる。

 移動だけでも一週間。許可を待っていたら一ヵ月以上。

 

「一月もあれば竜を倒す道具が練成出来ちゃう。でも倒したら近くで竜涎香が手に入らなくなるし、毎回これが本当に厄介……。ね? 竜涎香が湧き出す魔道具欲しくなるでしょ?」

「あぁ、そうだな……。でもどうせ朝露の時と同じで、ホムンクルス造り位にしか使わない物なんだろ?」

 

 ハロルドのその言葉に、マグダレンはぐっと言葉に詰まる。

 竜涎香の琥珀は薬効成分はかなり高く、一欠片でもあれば霊薬を湯水の如く造る事が可能だ。

 ホムンクルスに命を与えるのだから、それ位は必要かと思うが、それでも朝露の時の様に量産した所で市場が崩壊し、最悪の場合街医者等、職を失う者が出るのが目に見える。

 それに魔術師が使えばそれだけで強力な武器ともなる。

 数年前から隣国と冷戦状態が続く今、相手を刺激する様な物には手を出さない方が身の為だ。

 

 マグダレンは諦めた様にため息を付くと、ペンとインクを取り出し、入山許可を取る為、正式な学院の紋入りの紙にさらさらとサインをして行く。

 だが、その光景をぼんやりと眺めていたハロルドはにやりと不敵な笑みを浮かべると、マグダレンの手からペンをするりと取り上げてしまった。

 マグダレンが自分の手から去って行くペンを目で追うと、怪しく笑うハロルドがぐいっと顔を近付けて来た。

 

「誰も来ない禁域を警備している奴らはどうせまともに仕事なんてしてないはず。申請なんて面倒な事しないで忍び込んでもばれないだろ」

「ハロルド、本当に貴方ってヴァレンタイン公爵家の人間なの? 言ってる事がとても育ちが良い人には見えないけど。と言うか、今更だけどハロルドもついて来てくれるの?」

 

 元々公爵家の人間にしては砕けた態度だと思っていたが、ここまで来ると本当に公爵家の人間なのかも怪しくなって来る。

 しかし、いくらなんでも恐れ多くも現王妃の生家であるヴァレンタイン公爵家を名乗り、金に糸目をつけずホムンクルスを手に入れたがる人物など、この国にいるとも思えない。

 マグダレンが胡乱な瞳で見つめれば、ハロルドは悪巧みをする子どもの様ににやりと笑う。

 ハロルドはそれ以上何も言う事無く、ただ明日また来るとだけ言い残すと、家に戻って行った。



 翌日、ハロルドはオズウェルが着ていた物と同じ、騎士の装いで学院を訪れた。

 遠征に向け色々な魔道具を準備していたマグダレンは、以前と同じ様に口を開け、装いを一新して来たハロルドを唖然と見上げていた。

 

「その服……盗んで来たの? ハロルド、騎士じゃないよね? だって、騎士のオズウェル兄様とは昨日初めて会ったんだよね……?」

「失礼な物言いだな。それに、服装が変わる度にそんな顔するのか? この服ならもし見付かっても適当に言い逃れが出来るだろ?」

 

 動揺を隠し切れないマグダレンに、ハロルドはため息混じりに事も無くそんな事を言ってのけた。

 ハロルドは自慢げにケープの裾を掴むと、ケープを広げ足をクロスさせ優雅に一礼する。

 しっかりと騎士団の紋が刻まれているが、ガントレットやケープの造りが一部、オズウェルの物とは違う。

 マグダレンは、おそらくハロルドが急拵えで騎士団の制服を真似て来たのだろうと推測し、何も知らなかった事にしようとそっと目を反らした。


「これから馬を借りに行くけど、マリー……一人で馬に乗れるか? それとも移動魔術とか使うのか?」


 マグダレンが現実逃避している間、クリスから荷物を受け取っていたハロルドは、思い出した様に口を開く。

 するとマグダレンは、拗ねた子どもの様に頬を膨らまし、じっとりとハロルドを睨み付けた。

 たまらず今度はハロルドが視線を反らす。そして反らした先にはキラービーの姿。

 一日経っただけで、キラービーの腹は随分と膨らんだ様に見える。

 それもそうだ。一週間もすればキラービーの腹から成人男性が生まれるのだ。これ位の速度で成長しても不思議じゃ無い。

 キラービーが死なない様栄養を送り込んでいるのか、小さなハリネズミがキラービーに針を差し込んでいる。

 どうにも心が苦しくなる光景に、ハロルドが再び視線を戻すと、いつの間にか目の前にはマグダレンがむすっとした顔で見上げていた。


「確かに一人じゃ馬になんか乗れないけど、そこは察するか馬車を用意するか、もう少し貴族様らしくジェントルな態度を示して下さっても宜しいんですよ? ハロルド・ヴァレンタイン様?」


 一瞬きょとんと目を見開いたハロルドだったが、次の瞬間には腰を折り盛大に笑い出す。

 マグダレンは更に頬を膨らませると、キラービーの世話をクリスに任せ、ハロルドを引き摺って研究室を後にする。

 スカーフで顔を覆いながらも、まだひくひくと笑い続けるハロルドに、マグダレンは完全にご立腹。

 怒りの収まらないマグダレンは、依頼主であり公爵家の人間であるはずのハロルドを顎で使い、一頭立ての一番小さな馬車を準備させた。

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