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3:夜光草の朝露 下

 錬金を始めて一時間。


「セレストルさん、さっきの水を集めた魔術、あれで夜光草の朝露を集められないんですか?」


 大きめのガラスのハリネズミにいくつかの材料を入れ、マグダレンはセレストルの手を取り小声で呪文を唱えている。

 そんなマグダレンの邪魔をしない様、ハロルドはこっそりセレストルに耳打ちをする。


「あぁ、ネビュラスですか? あれは対象物をただ脱水する簡単な生活呪文なんです。広い森の中の夜光草の花の中だけから、完成した朝露だけを限定して集めるとなると、ちょっと大掛かりになり過ぎると言いますか……多分、普通の魔術師は途中で倒れますね」

 

 セレストルは苦笑いをしながら、ハロルドに耳打ちをし返す。

 

 聞けば『ネビュラス』は洗濯物などを脱水するだけの、本当にただ単純な生活呪文らしい。

 花の水分を搾り押し花にするのは簡単だが、花に溜まった水のみ、それも完成した朝露のみを取り出すとなると、何重にも魔術を展開しないと不可能な様で、全く出来ないと言うわけでは無いがあまり現実的な方法では無いとの事。

 それがどれ位現実的では無いかと言うと、学院の筆頭魔術師どころか、この国で一番と謳われる程の実力を持ったセレストルが渋る位だ。

 ハロルドはもうそれ以上脱水魔術ネビュラスの可能性については、聞いても無意味と判断し肩を落とす。

 今はただ、効果がどうなるかも不明なマグダレンの新作に期待するしかない。

 

 作業を始めてから三十分が経った頃、ハリネズミの中に入れた素材が溶け、淡い光を放ちながら一つに纏まり始めた。

 その頃にはもうセレストルはマグダレンに腕を掴れたまま、器用にソファの背凭れに腰掛けたまま眠ってしまっていた。

 本人の意思に関係無く魔力を引き出せるのは相手が双子だからか。

 色々想像し若干恐ろしくなりながらも、ハロルドはハリネズミの中で起こる変化をじっくりと観察していた。

 溶け出した物が徐々に新たな形に構築され始め、徐々に光が消えて行くとその形がより明確に見えるようになってくる。

 変化を見守っていると、ついに光が消え失せたと同時に、ハリネズミの腹の底にこつんと硬質な音を立て何の変哲も無い夜光草が一輪現われた。

 それとほぼ同時にセレストルは目を覚まし、ぐいっと眠そうに腕を伸ばし伸びをする。

 その無防備な表情と猫の様な伸びは、まさにマグダレンと双子なのだと思い知らされる動作だ。

 

「よし、成功。良かった、これで朝露はどうにかなったわ」

 

 ハロルドがセレストルを微笑ましく眺めている間に、マグダレンはハリネズミから取り出した夜光草を手に、満足そうに微笑んでいた。

 よくよく見ればマグダレンの持つ夜光草は、どうにも色ガラスか何かで出来ている様な不思議な光沢を帯びている。

 

 早速マグダレンは部屋の端に置かれていた水瓶に駆け寄ると、そっと夜光草を一撫でする。

 すると、俯いて咲く桃色の袋状の花がぴくりと一度震えると、次の瞬間にはこぽこぽと水が溢れ出し水瓶を潤していく。

 マグダレンは無言のまま歓喜の表情をセレストルとハロルドに向ける。

 驚きでぽかんと口が開いたままのハロルドをよそに、セレストルはマグダレンに近付くと、なんの躊躇いも無く水瓶の中に手を入れた。

 セレストルはどうやら湧き出した水の成分を見ているらしく、何度か水瓶から水をすくっては溢しすくっては溢すを繰り返すと、満足したようにやんわりとした笑みを浮かべ立ち上がった。

 

「やっぱり天然の物に比べると効果はほんの少し劣る気がするけど、問題無いんじゃないかな。本来は薄めて使う物だし、十分過ぎるかも」

 

 結果に満足そうな双子をハロルドが唖然とした表情で眺めていると、それに気付いたマグダレンとセレストルも不思議そうに揃って小首を傾げ見つめ返す。

 そのそっくりな四つの目に答える為、ハロルドはどうにか口を開いた。

 

「結局朝露は地味に集めるしか方法がないと思ってたんだが、こんなあっさりと解決するものなのか? 何で今まで……」

 

 マグダレンが朝露を集める方法を考え出したのはつい三、四時間前の事。

 そんな短時間で方法を導き出し結果を出したのなら、何故今までそうしなかったのか。

 そんなハロルドの疑問を理解したのか、再びセレストルが申し訳無さそうに眉を下げ曖昧な笑みを浮かべた。

 

「他の魔術師達も使うには使うのですが、枯れない様、状態維持の魔術をかけた物を一輪だけ活けておけば十分なんです。普通はこの水瓶に朝露を一、二滴垂らす位の使い方しかしないので、そもそもこんなに大量に消費する物では無いのです」

 

 ハロルドはその言葉に頭を強く打たれた様な衝撃を受け、膝から崩れ落ちた。

 セレストルの話しが本当ならば――いや、事実なのだろう――先程森で採取して来た朝露は相当な量だと言う事になる。

 薬剤やその素材の価格を知らないハロルドでも、バスタブ一杯など大量の朝露がどれ程値が張るか容易に想像がつく。

 マグダレンが今まで錬金したホムンクルスは二体。

 一体はここにいるクリス。もう一体はその前身に当る、今は存在しない名も無いプロトタイプ。

 珍しい物高価な物に目がない貴族ならば、完全な人型でなくとも手乗りサイズの愛玩用ホムンクルスを手に入れたがってもおかしくは無いとハロルドは思っていたが、まず見積もりの段階でその願いは儚く散って行ったに違いない。

 満足そうにハリネズミの中に錬金した夜行草を戻すマグダレンを眺めつつ、ハロルドはなんの覚悟も無く自分の理解の範疇に踏み込んでしまった事を今更ながらに後悔し始めていた。

 

「今なら竜涎香の琥珀が無限に湧く道具も作れる気がして来た!」

「うん、さすがマリーだね。でも今日はもう寝かせておくれ『ティリーズ』」

 

 目を輝かせてセレストルの胸に飛び込んだマグダレンだったが、セレストルがマグダレンの目に手を添え一言呟くと、かくりと糸が切れた人形の様に突如膝を折る。

 セレストルに支えられたマグダレンは、穏やかな寝息を立てていた。

 ハロルドが恐る恐るセレストルを見上げると、セレストルは小さく欠伸をしながらソファにマグダレンを横たえさせる。

 

「あの状態になってしまうと、こうでもしないと寝てくれないんです。もし今後マリーでお困りの事がありましたら問答無用で『ティリーズ』と唱えて下さい。こんな時間に公爵家の門を開けさせるのもどうかと思いますので、宜しければ今日は学院にお泊りになりますか? 教員舎の空き部屋で良ければご自由にお使い頂けますよ。クリス、私はハロルド様を案内いたしますので、マリーは頼みましたよ」

 

 セレストルはそうクリスに指示を出すと、ハロルドの背を押し足早に研究室を後にする

 セレストルはハロルドを案内するついでに、脱水魔術ネビュラスと不純物除去魔術フルマーニ、それと睡眠導入魔術ティリーズを簡単に吹き込んでいく。

 ハロルドは、さらりと自分の妹を眠らせろと言ってのけたセレストルに驚きつつも『魔術は才能』と言う常識を覆す程異様に分かりやすい魔術のレクチャーを楽しんでいた。

 

 

 翌日、マグダレンは研究室の至る所にメモ書きを散らかし、その真ん中でぺたりと座り込んでいた。

 散らかしているメモ書きは全て、昨日眠りに落ちる直前に言っていた竜涎香の琥珀を生み出す魔道具の考察をメモした物。

 せっせと片付けるクリスの横で、マグダレンは深いため息をつく。

 丁度その時、眠そうに目を擦るハロルドが研究室に入って来た。

 

「おはようハロルド。ごめんね、琥珀の魔道具、全然目処が立たない……」

 

 昨日の元気はどこへやら。

 見るからに落ち込み小さく丸まっているマグダレンに、ハロルドの目は一気に覚めた。

 

 昨日、移動がてらセレストルが色々な話をしてくれた中に、マグダレンの魔術錬金の話しもあった。

 本来錬金術は、その理の域を出る事は無い物なのだが、魔術錬金はそこに本来なら錬金術と相容れない魔術を合わせる事で、多少の理を捻じ曲げた物を作る事が出来る。

 しかし、どうにも錬金術と魔術の相性が悪く、現在マグダレン以外で使える者は居ない。更に、そのマグダレンでも構成式を練ってから実際にやってみないと結果が分からないという、まだまだ研究段階の代物らしい。

 昨日は運が良かったのか、夜光草の朝露は問題無く練成する事が出来たが、竜涎香の琥珀はその構成式すら纏まらないようだ。

 

 ハロルドは足元に散らばるメモを何枚か拾い集め、クリスに渡していく。

 

「セレストルさんの魔術で寝かされたのに、自力で起きれたんだな。琥珀は――」

 

 ハロルドがまとめた書類を片手に口を開くと、それを遮る様にノックも無く突然扉が開いた。

 そこに立っていたのは、両腕にかっちりとした銀製のガントレットとカノンを着けた男。

 騎士団の紋の入ったケープを首元で留め、剣は腰に差したままだ。

 男は床に座り込むマグダレンを見つけるや大股で近付くと軽々と持ち上げ、自身の腕に座らせる様に抱えてしまった。

 どうやら男の目にはクリスとハロルドの姿が見えていないらしい。

 

「床に座り込んだりしてどうしたんだ? どこか調子が悪いのか?」

「おはようオズウェル兄様。今日もいつも通り格好良いけど、いつも通り過保護過ぎ」

 

 マグダレンを抱えているのは兄のオズウェル。

 ハロルドは開口一番盲目的な発言をしたオズウェルに呆気にとられるも、その微笑ましい光景に頬を緩めながらストールで頭と口元を覆う。

 マグダレンもセレストルもあまり気にしない性格だったのでハロルドも気にしていなかったが、ハロルドは公爵家の人間、普通それなりに身分のある者はそうやすやすと顔を晒すものではない。

 少しだけ妹に対し過保護過ぎな面もあるが、騎士団に所属しているとだけあってオズウェルは礼儀作法何かには厳しいだろう。

 

 元気そうなマグダレンを見ても、どこか信用なら無いとばかりにマグダレンの全身チェックを始めるオズウェルに、ハロルドは一歩近付き会釈する。

 それでようやくオズウェルもハロルドの存在を認識したのか、マグダレンを丁寧にソファに降ろすと、まるで別人の様な凛々しい表情で丁寧に深々と一礼した。

 

「大変御見苦しい所をお見せ致しました。私はマグダレンの兄オズウェルと申します。貴方様がハロルド様で……失礼ですが、以前何処かでお会い致しましたか?」

 

 きっちりと固められた髪はマグダレンより少し茶色く、切れ長な目はエメラルド。

 マグダレンと同じ色の瞳をしたオズウェルは、中途半端に頭を下げたまま不思議そうに眉根を寄せハロルドの顔を見つめている。

 きっちりと固めた前髪の一束が垂れ下がり眉にかかる。マグダレンが言っていた通り、オズウェルはその辺の下手な貴族なんかより整った顔をしている。

 つられて中途半端に頭を下げたハロルドも、不思議そうに目の前にあるエメラルドの瞳を見つめ小首を傾げる。

 

「そうでしたか? もしかしたら夜会の時にお会いしているかも知れませんね」

 

 ハロルドがやんわりとした笑みでそう告げ顔を上げると、オズウェルも納得した様な笑みで顔を上げる。

 二人の挨拶が一段落すると、待ってましたとばかりにマグダレンがソファから腕を伸ばしオズウェルのケープの裾を引っ張った。

 

「兄様! 兄様が来たって事はもう捕まえたの?」

 

 目を輝かせて服の裾を掴むマグダレンに、オズウェルの凛々しかった顔は見事に崩れ落ち、途端に目を蕩けさせ嬉しそうにマグダレンの頭を撫で始めた。

 ハロルドがそのオズウェルのギャップに苦笑していると、クリスが廊下から何か巨大な包みを運び込んで来る。

 クリスはその包みを部屋の端にあった固定器具にしっかりと固定し、覆っていた包みを取り除く。

 そこには人の背丈を越す巨大な蜂が、鋭利な大顎をがちがちと鳴らしながら、不気味な羽音を響かせていた。

 昨日出かける前、マグダレンがオズウェルに頼んでおいたキラービーだった。

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