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12:静寂と濁流

 小鳥から何の音沙汰も無いまま、ついに太陽は森の奥へと沈んでしまった。

 日暮れが迫った頃から塔の周りが静かに、だが確実に騒がしくなった。どうやら出発の準備を進めているようだ。

 薬で眠っていた事もあり、更に小鳥にたっぷりと魔力を注ぎ込んだせいで、マグダレンは体がどうにも重く、壁に寄りかかりぼんやりと外を眺めるばかり。

 そしてついに辺りが真っ暗になると、小さな灯りを持った男が部屋に入って来た。

 一瞬男は虚ろな目のマグダレンを見て目を丸くしたが、すぐさま顔を引き締めマグダレンを抱え上げる。

 この短期間で何回見知らぬ男に担がれた事か。

 そう思うと、まだ丁寧に抱かかえてくれるこの男は、グルテリッジの人間ながらまだ親切な方だと思い、くすりと笑みが零れた。

 男に抱えられ塔の階段を降りると、塔の下には六人ほどの男達が待機していた。

 城に攻め込んだ男達はもっと大勢居たはずだ。

 一所に集まらず何人かに別れ別々にグルテリッジを目指しているのか、それともマグダレンを連れたこの七人だけ別行動をしているのか。

 マグダレンがそんな事を考えながら周りの男達に視線を流していると、マグダレンを抱えていた男がマグダレンの頭にストールを被せる。

 それはあの時、クリスが被せてくれたストールだった。

 反射的にストールを握り締めると、マグダレンを遠巻きに眺めていた男達が気まずそうに目を伏せた。

 どうやら虚ろな瞳のマグダレンの姿は相当痛ましく映るらしく、男達はマグダレンから逃げる様に目を反らせると、小さな灯りを頼りに森の中を進んで行く。

 

 男達は慎重だった。

 奇襲に慣れているのか、足音の響く馬は使わず自分の足で森を進んでいるのだが、大の男が七人も草を掻き分け歩いているとはとても思えない程、辺りは静寂に満ちていた。

 灯りはほんの小さな物が二つだけ。

 それでも少しでも音がすれば灯りを消し身を潜める。

 マグダレンの耳に届く音は風が葉を撫でる音と、時折遠くから聞えてくる動物の鳴き声、それとマグダレンを抱える男の落ちついた鼓動だけだった。

 

 どれ程歩いただろうか。

 一向に変わり栄えのしない森の中を慎重に進み続け、それなりに経つ。

 先頭の男が立ち止まり何かを訴える様に振り返ると、続いて歩く男達は無言で一つ頷き、音も無く全員がその場に座り込んだ。

 どうやらここでしばし休憩をして行くらしい。

 しかしマグダレンは、休憩だからと言って自由にさせて貰え無い様だ。

 マグダレンは、胡坐をかいて座る男の足の間にすとんと下ろされてしまった。

 マグダレンがどう動こうが、男がマグダレンを取り押さえる方が数倍も早く簡単な事だろう。

 一応マグダレンは振り返り、スカーフの隙間から男の顔を窺うも、視線に気付いたのか、水袋に口をつけていた男はちらりとマグダレンに視線を移すも、すぐさま視線を反らしマグダレンの頭をがしがしと無造作に撫でまわす。

 男はどうにも子どもの扱いが板について来た様だ。

 それに比べ、他の男達は気になりつつも未だに遠巻きにマグダレンを盗み見しては、すぐ視線を反らしている。

 

 ふとマグダレンの頭上で小さな音がした。

 マグダレンとマグダレンを抱えている男が揃って顔を上げると、二人が寄りかかっている木の枝に小鳥が止まっていた。

 森の中は真っ暗で、辺りには闇しか広がっていないと言うのに、何故かその小鳥の周りはほんのりと明るく見える。

 闇の中でもはっきりと分かる鮮やかな羽毛と冠羽の小鳥は、何度か首を左右に捻るとふわりと舞い上がる。

 そして次の瞬間、小鳥は光と風を纏うと、巨大な怪鳥に姿を変え男達に襲い掛かった。

 

「っ! 走れ!」


 誰かがそう叫ぶと、男達は一目散に走り出す。

 マグダレンを抱えた男と灯りを持った男が先頭を走り、残りの男達は剣を抜き襲い掛かる怪鳥に斬りかかりながらどうにか走り続ける。

 マグダレンは大きく揺れる狭い視界の中で、必死に目を凝らし怪鳥を見つめる。

 怪鳥は元はマグダレンが造ったあの小鳥だ。

 マグダレンはすっかり姿を変えた小鳥の体に、セレストルの魔力を見つけると、途端に体の力が抜けた。

 マグダレンの造った小鳥は確かにセレストルに届き、こうしてセレストルの魔力を携え戻って来た。

 意外にも男達が粘りを見せ、怪鳥をあしらいながら走り続けると、ようやく森の終わりが見えて来た。

 

 森を抜けた先は大きな川。

 ヘブリーズ山脈へ行く道中。確か巨大な森を抜けた先に川があった。

 どうやら王都からそう遠くない森に潜んでいたらしい。

 先頭を走る、マグダレンを抱えた男が森を向けた瞬間急に立ち止まると、マグダレンを片手で抱え直し剣を抜く。

 マグダレンは体を捻り男の視線の先に目を向けると、そこには、川の上で顔に満面の笑みを貼り付け、宙に浮かぶセレストルの姿があった。

 男が小さく息を飲むのが聞えた。

 ゆっくりと目を開いたセレストルの目は、暗闇で見てもその色がしっかりと判別できる程鮮やかな真紅の瞳。そして髪は透ける様な銀髪。

 マグダレンと一緒の色を携えているはずのセレストルだが、今は全く対照的な色を纏い、不敵な笑みを浮かべ宙に浮いているのだ。

 竜涎香を採りに行った際、マグダレンが多用した魔術は生活呪文で、短い呪文を唱えれば簡単に発動出来る物。

 しかし、魔術師が使用するものや、マグダレンが錬金の際に使用する魔術は違う。

 本職の魔術師が的確な発音で魔術師用の詠唱を行うと、生活呪文レベルでは無い、所謂御伽噺の世界の様な壮大な魔術が発動される。

 そして、魔術師が本気で魔術を展開すると魔力の色が強くなり過ぎて体の色素が薄くなる。

 セレストルの髪が銀色なのは完全に色素が抜けたからで、瞳が真紅に染まっているのは色素が抜けきった瞳の下の、血管の色が透けて見えているから。

 当代どころか、歴代の魔術師の中でもぐんを抜いて魔力量が多く、あらゆる魔術に精通するセレストルが本気で魔術を展開するとなると、相手は魔術師一人ではなく、一国の軍隊や、竜レベルの魔物を相手にすると思った方が良い。

 

 どうやら男は、相手が噂に名高い稀代の魔術師セレストルだと気付いたらしく、マグダレンをもう一度抱え直すと力強く剣を握り締めた。

 

「その汚い手、退かして貰って良いかな? 怖い怖い兄上の頭の血管が、そろそろ本当に切れてしまう」

 

 セレストルがにっと目を細め笑うと、足元に赤い幾何学模様に縁取られた円形の法陣が浮かび上がる。

 法陣の中の幾何学模様はゆるるとセレストルの体を競りあがり、真っ白な首を舐め艶かしく頬を通過する。

 幾何学模様を追う様に、セレストルの足元から徐々に視線を上げて行った男は、セレストルの後ろに気付き絶句した。

 先程まであまりに浮世離れしたセレストルに釘付けになり気付かなかったが、対岸にリンドホルムの騎士の装いを纏った男が一人、冷ややかな視線を男に向けていた。

 それは、先程セレストルが言ってた怖い怖い兄上、オズウェルだった。

 オズウェルはセレストルの魔術を纏っているらしく、ひょいっと川面に飛び乗ると二・三歩進み、マグダレンに視線を流す。

 オズウェルとセレストルの姿を確認したマグダレンは、泣き出しそうな安心しきった様な申し訳無い様な、何とも複雑な、しかし蕩ける様な笑みを浮かべると、無意識に二人に向かって両手を差し出す。

 その行動が完全に火をつけたのか、オズウェルはすっと目を細めると、一足飛びで男に斬りかかった。

 それと同時に周りの男達も飛び出し、セレストルも詠唱を始める。

 マグダレンのすぐ頭の上で剣がぶつかる音がする。

 キラービーを軽々生け捕りにするオズウェルの剣戟を、どうにかながらも片手で流してる男はなかなか腕がたつようだ。

 しかし、オズウェルも頭に血が上っているとは言え、目の前にマグダレンがいる状況で本気で剣を振り下ろすわけは無い。

 男達の連携の取れた無駄の無い動きと、怪鳥とセレストルのサポートを受けるオズウェル。

 足場の悪い川辺でどうにか立ち回りをしていると、苛立った男達が力任せにオズウェルを押し返す。

 川面に着地したオズウェルがぐっと足に力を入れた瞬間、突如体が押し潰される様なけたたましい咆哮と共に、辺りに暴風が吹き荒れた。

 川面で魔術に守られる二人と、川岸に剣を突き立て暴風に耐える男達の目の前に現われたのは、ヘブリーズ山脈に住み着く、あの竜だった。

 竜は一度上空で旋回すると、狙い定めた様に男達に向かい滑空する。

 怪鳥が竜に体当たりしセレストルが魔術で押し返すも、激しさを増す暴風は防ぎきれない。

 すると、川辺に突き立てていた剣の周りが圧力に耐えられなくなったのか、大きく回りの土を抉り取りながら崩れた。

 男は咄嗟に地面に手を着き体勢を立て直そうとするも、その弾みで一瞬、マグダレンを手放してしまった。

 小さなマグダレンの体は簡単に暴風に攫われると、あっという間に荒れ狂う川の中に落っこちてしまった。

 

「マリー!!」

 

 激しい水流に攫われ、川に飲み込まれる瞬間、マグダレンは確かに自分を呼ぶ声を聞いた。

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