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天才詐欺師と魔術探偵  作者: カツ丼王
第一章 帝都東京
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05. 二十人殻

 夕暮れ時。泣きそうなほどに紅く染まった帝都は、所々電気灯やネオンが点灯し始めていた。

仕事を終えたサラリーマンたちが円タク、地下鉄や市電などを乗り継いで我が家へと帰る姿が見受けられる。人によっては居酒屋や料亭に出向く者、あるいは夜の街へと飛び出して風俗店の集まる赤線地帯やカフェーへと消える野郎共も居ることだろう。


 喫茶店『エチュード』で由佳里との楽しい時間を過ごした飛鳥は、フォードを運転して奇術学校の学生寮へと帰るところだった。えらく上機嫌であった彼は、鼻歌を歌いながら調子よくハンドルを回す。


 しばらく車を走らせていると、窓から使い魔の鳩であるP君が車内へと入って来た。彼はパタパタ羽をはためかせてシフトレバーにとまった。


「ご主人、首尾はどうですか?」

「偽札の件については多少なりとも進展があったよ。協力者もできた」

「そりゃあ良かったです。自分も散々人の道を外れる行いをした甲斐があります」

「人の道って……君、鳩じゃないか」


 人語を当たり前のように扱うP君に苦笑する飛鳥。


 彼はフォードを曲がり角で止め、近くにあった赤色の自動電話ボックスへと入った。ハンドルを回して交換手を呼び、三銭を投げ入れるとしばらくして電話がつながった。


「はい、エミリアですけども。何か用?」


 電話先で気だるそうな声を出したのは、学友のエミリア・ベネディクトだった。


「ああ、エミリアちゃん。急で悪いんだけど、明日君の魔術工房を借りたいんだ」


 飛鳥は手を貸して欲しい旨を伝える。工房とは魔術師が使用する仕事場であり、特にエミリアのような錬金術師ならば、試験管や薬品を置いた実験室のようなものになる。


「はあ? 何でアンタを私の工房に招かなきゃいかないのよ? 嫌です」


 術者にとってみれば工房の管理は初歩中の初歩であり、他人を容易に踏み込ませる真似はしない。よって彼女の拒否反応は当然のものだ。


 だが事態は帝都全体に及ぶ。エミリアには何としても協力してもらわなければならない。


「そんな事言わずにさ、お願い。これは帝都の危機なんだ。君の力が必要なんだよ」

「……帝都の危機って? 何か胡散臭い事でも起きてるの?」

「そうなんだよ、流石は僕のエミリアちゃん。実は今帝都に一円札の偽札が出回っているらしくてね、それで君の錬金術の力が必要なのさ」


 飛鳥は偽札の件を憚ることなくエミリアに教えた。元々この話は秘密厳守とは言われていない。隠すこともないだろうと考えたのだ。


 立花から聞いた話を告げると、さしものエミリアも真剣な声音になった。


「ふーん、ちょっと面白そうだけど、それ私の力要るのかしら? 一円札って紙幣、つまりは紙でしょ? 硬貨なら金属だから分かるけども」

「いやむしろ紙幣だから、治金や金属加工の技術が必要なんだ」


 紙幣を大量に印刷するには、原版と呼ばれる札の文字・模様・人物画を紙面に反映させるための金属板が必要になる。飛鳥曰く、この原版を作成するには金属に精通した人間の知識や技術がなければならないらしい。


「偽造犯たちは必ず印刷の拠点になる工場か倉庫を持っているはずだ。資材を手に入れ、必要な人材を集め、紙幣をどこからか流通させている。そこで彼らの手口を知るため、偽造紙幣の製造方法について調べようと思った次第なんだ」


 偽造犯達が具体的に何をやっているのか知れば、何らかの手掛かりが見つかるだろう。聞き込みや流通経路を洗う捜査はすでに昴がやっているはず。今更取り組んだ所で無駄骨に終わる可能性が高い。


 何よりどうやって偽札を製造しているのか、飛鳥は単純に興味が沸いていた。


「なるほどね。まあ不愉快ではあるけど、工房を使わせないこともないわ」


 事情を理解したエミリアは、渋々ながらも飛鳥の申し出を承諾した。


「サンキュー、愛してるよエミリアちゃん。じゃあ明日の朝そっち行くから」

「下心を見せたら炉に突っ込んで錬成してやるから、そのつもりで」


 女の子にだらしない飛鳥の性分を知っているエミリアは、そう釘を刺して電話を切った。どうにも彼女は飛鳥に対して態度が硬い。錬金術師だけあってまさしく鉄の女だ。


「よし準備はこれでOK。あとはどう詰めていくか考えないと」


 電話ボックスから車に戻った飛鳥は、後部座席に置いていた革鞄を取り出す。


 鞄をひっくり返すと、出て来たのは明智昴についての書類だった。中身は経歴が記載された履歴書、彼女が関わった事件の新聞記事、奇術学校在籍時の成績・素行評価など。


 飛鳥は以前から偽札事件とは別に、明智昴について調べていた。分かったのは彼女が帝都でも指折りの魔術師であること、奇術学校の卒業生であり立花とは師弟関係にあったこと、探偵業を始めて以来、警察とは蜜月の関係である等々。


 だが奇妙なことに彼女の生家については一切分からなかった。奇術学校の門を潜った以上、学校側に資料が残っていると思っていたが、卒業生名簿や学務課の書類を失敬しても該当する情報はなかった。おそらく処分されたのだろうが、何か不都合でもあったのだろうか。昴のルーツを辿ろうと考えたのだが、やや不十分な結果となった。


 一連の諜報で収穫として上げられるのは、昴が助手を雇っていると突き止めた点にある。これは新聞社の記者すら知らないことで、どうも昴の方も露見しないように努めていたようだ。中村警部を筆頭に警視庁関係者を洗っていたところ、偶然にも西条由佳里の名を聞くことが出来たのだ。


 飛鳥は散らかした書類の束から、由佳里についてまとめたものを手に取る。


 存外由佳里のことを調べるのは難しくなかった。住まいを昴の探偵事務所にしており、アルバイト先は帝都の純喫茶『エチュード』、関東の片田舎にある巫術や占術を嗜む家系の生まれであることも分かった。


 そして奇術学校に入学予定であることも判明した。流石に入学前の生徒についての情報は学務課になかったため、魔術師としての技量は定かではない。


 しかしこれまでのやりとりを考えるに、才能はあるもののまだ未熟だと判断していい。何せ一般人に絡まれるだけで困惑してしまうほど。出自を鑑みても、戦闘に転用できるような魔術でないのだろう。


「ご主人。どうしてこの二人についてそこまで調べるんです? ここ何日かは自分に彼女達の尾行までさせるし」


 飛鳥がペラペラと書類を捲っていると、P君が心配そうな声を上げた。


「明智昴は僕のライバルだからね。出来得る限り正確な情報が欲しかった。それと助手である由佳里ちゃんとも接点が持ちたかった。役に立つだろうからね」


 実際彼女たちが偽札事件を調べているということが分かったのだ。これは飛鳥にとって見れば、棚から牡丹餅と言えなくもない。


 昴と由佳里の両人をずっと尾行し、逐一報告していたP君は、主人の悪びれないな態度にあきれたようである。


「しかし、何も悪漢まで雇わなくても良かったのでは? あやうく警察沙汰になるところだったじゃないですか?」

「あー、まあちょっとやり過ぎたかもね」


 用意していた茶番劇を思い返した飛鳥は苦笑する。


「でも悪漢達を撃退したおかげで、由佳里ちゃんとも仲良くなれたじゃないか。手の込んだナンパとみたいなもんだよ」

「ナンパというかストーカーみたいな気がするんですが……」


 法に触れているような気がするが、両者ともそれ以上言及しなかった。あの純粋無垢な少女は助けられた恩は忘れないだろう、という読みが当たっただけの話だ。


「あの髪飾りで騙したことは許してくれるでしょ」


 本当に若干であはあるが気が引けていた飛鳥は、そう言って天の神様に祈る。


 車を発進させるためエンジン掛けてハンドルを握り、ふと自分の手を見た。何度か閉じたり開いたりして、痛みが無いか確認する。そして手袋を外した。


「大丈夫ですか? まだ随分と傷が残っているようですが」

「痛いのは我慢できるんだけどねえ、見た目が悪いのがネックだよ。こんなの見られたらエミリアちゃんの言う通り、炉に突っ込んだのかって言われちゃうよ」


 手袋の下の右手は包帯が巻かれ、皮膚が焼けただれているようだった。かなり深い熱傷らしく、見るだけで悲鳴を上げたくなるほどだ。


「麗しい明智昴嬢にはこの手のお返ししなければ、と思っていた。そこに偽札事件が舞い込んで来て、おまけに彼女もそれを調べている。これは使えるよ」

「復讐というやつですか? でも何をするんです? 捜査の邪魔をするんですか?」

「違う。僕が明智昴よりも先に偽造犯を捕まえるんだ。獲物を盗られるなんてさぞかし悔しいだろうね。それを新聞社やらラジオで流してしまえば、彼女の面目は丸潰れ。おまけに僕は帝都の危機を救ったヒーローってわけだ」


 帝都の有名人たる昴よりも先に偽造犯を捕まえれば、それだけで話題になるだろう。しかもそれが飛鳥によるものなら尚のこと拍車がかかる。


 彼の考えを理解したP君は、感嘆を漏らした。


「ははあ、流石ご主人! 的確に人の嫌がることを思いつきますね!」

「それって褒めてるのかな?」


 イマイチ賞賛された気がしない飛鳥だったが、気にせず車を発進させた。


 太陽はすでに沈みかけており、まもなく夜の時間が始まる。


 悪事を働くには持って来いだ。烏のように黒い鳶を羽織り、弁舌と奇術を使って人をかどわかす。正体不明の怪盗が、闇夜で黒い翼をはためかせる刻限となった。


「二十人殻が伊達ではないことを教えてやるよ」


 神出鬼没、変幻自在、喜劇の王。帝都の人々がこぞってそう呼ぶ少年は、顔に笑みを張り付けまま静かに闇へと消えていった。

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