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天才詐欺師と魔術探偵  作者: カツ丼王
第一章 帝都東京
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02. モダン都市 東京

 この時代、帝都の花形はどこだったかと問われれば、それは銀座だと答えても差し支えない。関東大震災後、商業や娯楽の中心として発展したのが銀座周辺であり、特に銀座赤煉瓦街は当時の最先端として脚光を集めた。


 盛り場として有名なのはカフェーだ。現代の喫茶店という意味合いの店ではなく風俗的、つまりはエロを兼ね備えた空間だ。仄暗いボックス席には煙草の香りが充満し、蓄音機の音楽をBGMにして、エプロン姿の女給からいやらしいサービスを受ける。この時代で『カフェ行かない?』と問うのは『スケベしに行こう』と言っているのと同義であった。


 女の子に目がない飛鳥にとってみれば、まさに天国。だが小心者の彼は意外にも純喫茶、つまり軽食やコーヒーを振る舞う店にしか足を運べなかった。成人したらあの艶めかしい世界の門を潜る、と壮大な誓いを立てたのは帝都にやって来てすぐの話だ。


 彼は黒塗りのフォードA型を走らせて、銀座の街を当てもなく巡っていた。自動車というのは庶民からすればとんでもない高級品であるため、自慢するためにドライブするのが日課だった。


 電気灯が立ち並ぶレンガ街の一角で車を停め、車を降りる。


 すると空から一匹の白い鳩が真っ直ぐに跳んできた。奇妙な挙動をする鳩は周りをパタパタと飛び回り、やがて飛鳥の肩にとまった。


「ご主人、今日も仕事をつつがなく全うしてますぜ」


 驚くべきことに白い鳩は人語を話し始めた。実の所このえらく行儀の良い鳩は、飛鳥の使い魔である。使い魔とは魔術師が使役する小動物・魔物・精霊の総称で、術者は彼らと主従関係を結び、自らの力の一部を授けることができる。人語を解せるのもこれによるものだ。


「ご苦労様、P君。それで首尾の方はどうかな?」


 飛鳥は欠伸をしながら使い魔の鳩に返事をした。

「ええ、帝都の平和を守るため、ご命令頂いた見張りの仕事は怠ってないですよ。まあいつも通り何も起きてないですが」

「そっか、ならまあOKだ。次の仕事に取り掛かってね」

「了解」


 P君と呼ばれた鳩は翼をはためかせ、大空へと戻って行った。


 ポケットから懐中時計を取り出すと、すっかり昼時になっていた。エミリアと一緒にデパートのちょっぴり豪華な食事を摂り、銀ぶら(銀座をブラブラ巡ること)と洒落こみたかったが、一人寂しく過ごす他なさそうだ。


 適当な店で昼飯に有りつこうと考え、当てもなく街角を巡る。


「あ、あの先を急いでいますので……と、通してください」


 ぼやけた思考で歩いていると、少女のものらしき声が耳に届いた。


 うら若き乙女の声であると理解した所で、機械のように身体がそちらを振り向いた。


「おいおい、そんな冷たいこと言うなよ。な、ちょっとで良いから。本当にちょっとの間だけ俺達にお酌してくれるだけで良いからさ、なあ付き合ってくれよ」


 視界に飛び込んできたのは一人の少女と、それを取り囲む三人の男達の姿だった。


 事態を理解するのに時間はほとんど必要なかった。乙女のピンチであることは明白で、三人のむさい男は今まさにその毒牙を少女に向けている。


 最重要なのは目を付けられた少女の容姿にあった。桃色のかすりの着物、赤い女袴、そしてブーツを履いているという情報がコンマ一秒で入り、髪をポニーテールに結んだ美少女だと理解するのには、さらに半分の時間で十分だった。


「お、お願いします……大事な用があって……」

「オイオイ、俺達との時間だって大事だろう? 目の前の困った人を見捨てるなんてあんまりだぜ、なあお嬢ちゃん?」

「そ、そんな……」


 図体のでかい三人組に詰め寄られ、少女は今にも泣き出しそうである。

 可愛い女の子は人類の宝と言って憚らない飛鳥は、すぐさま行動に移った。


「オイオイ、こんな往来でか弱い女の子に詰め寄るとは情けねえ。テメエらそれでも金玉ついてんのか!? ああ!?」


 親の仇のような目つきで飛鳥は怒号を轟かせた。


「ああん? 何だテメエは!?」


 男達が一斉に獰猛な面をこちらに向けた。彼らの顔が少し怖かったのもあるが、思いのほか大きい声が出てしまったことにブルってしまう。


「ああ、と、彼女も嫌がってるし、無理強いは良くないという意見を表明させていただきます。何卒よろしくお願い申し上げます」


 大男の視線にビビってしまい、明後日の方を見ながら口上してしまう。


「はあ!? どこが無理強いだよ!? 俺らは親切にお願いしてるだけだ! どう見たって紳士的に接してるだろうが、このクソ野郎!」

「紳士って言葉辞書で引いたことある? クソって言っちゃってるし、原始人だってもう少しまともなアプローチ掛けると思うんですけど」

「ああ!? テメエ調子に乗ってんじゃねえぞ!? このウンコ野郎が!」

「いや、クソをウンコに言い直しても意味ないでしょ!」


 頭に血が上ったらしい大男は、相撲の張り手のように飛鳥を度突く。


 まさかこんな人目に付く所で手を挙げられるとは思わなかった彼は、易々と街灯の柱に叩き付けられてしまった。


 少女の悲鳴が聞こえたが、苦悶の声を漏らすことしか出来ない。


「出来もしねえのに、恰好つけようと出しゃばりやがって。おととい来やがれってんだ。このウンコ野郎!」


 大男は蹲った飛鳥を見下ろし、もう終わったと唾を吐き捨てる。事態を見守っていた観衆も、最早これまでと誰もが諦めた。


 しかしながら、当のウンコ野郎はまだ完全に堕ちてはいなかった。


「誰がウンコ野郎だ!! このクソデカウンコ野郎!!」


 隙が出来た背後を取り、飛鳥は大男の股に目がけて蹴りを見舞わせた。


 金玉から肛門に掛けてきれいにクリーンヒットさせた一撃に、クソデカウンコ野郎は泡を吹いて倒れた。


 男の急所を的確に潰す一打を見て、残り二人の男は目を覆った。


「な、何てことしやがる!? 不能になったらどうすんだ!?」

「知るかバーカ! 一発やられたからお返ししただけだろうが! さっさとこのデカブツを連れて僕の視界から消え失せろ! じゃないと体にもう一個穴を増やすぞ!」


 飛鳥は上着から南部式小型自動拳銃を引き抜き、男達に突き付けた。


「テメエ汚ねえぞ! 拳銃なんて往来で振り回すんじゃねえよ!」

「うるせえバーカ! 勝てば何ぼのもんじゃい! こっちには美少女救出という大義名分があるんだ! 二、三発撃ったって大丈夫でしょ!? ねえ、君もそう思うよね!?」


 血走った眼で少女に同意を求めると、彼女は引き攣った表情になった。


「え、あ、ちょっとやり過ぎな気が――」

「OKだってさ!! 彼女の同意も頂けたし、紳士的に二、三十発撃ちこませてもらうよ!」


 常軌を逸した様子の飛鳥は、マガジンを装填して本気で発砲しようとする。


「やべえよコイツ! 早く逃げろ!」


 二人の男は倒れて泡吹く仲間を抱え、猛烈な速度で逃げて行った。


「待ちやがれクソが! 蜂の巣にしてやる!」


 当初の目的を失念した飛鳥は、中々引けない拳銃の撃針(ストライカー)に声を荒げる。


「あそこです! お巡りさん、銃を振りました男が居ます! 早く捕まえてください!」


 気づくと周囲を人が囲んでおり、警官を呼ぶような声が聞こえて来た。


「は? 何で僕が!?」


 悪者扱いされてしまっていると理解した頃には、時すでに遅し。早くこの場から逃げないと犯罪者として処理されることだろう。しかしこのまま去れば、何のために出しゃばったのか分からなくなってしまう。


 慌てて拳銃を仕舞った飛鳥は高速で少女に詰め寄った。


「一緒に逃げよう! 僕の体に掴まって!」

「え!? 私もですか!? できれば遠慮した――」

「OKだね!! 心配要らないよ! 大丈夫、僕を信じて! ちょっとだけ付き合ってくれれば良いから、本当にちょっとだけで良いから!」


 有無を言わせず少女を抱えた飛鳥は、身体全体に魔力(マナ)を籠めてその場から跳んだ。


 飛鳥本人は颯爽と少女を救ったと自負していたが、当の少女は誘拐されてしまったと思わんばかりに悲壮な顔つきになっていた。


****


 あわや銃乱射事件に発展しそうだった騒動から半刻。怯えきった美少女から名前や住所なんかを無事聞き出すことに成功した飛鳥は、目的地に送るという名目で彼女を助手席に座らせ、自慢のフォードを走らせていた。


 飛鳥の助け出した少女の名は西条由佳里(さいじょうゆかり)。とある著名人の家に住ませてもらい、昼間は純喫茶の方で働いているとのこと。勤め先がカフェーであったなら誓いを破ってでも指名したのに、と彼は歯痒い思いに駆られた。


「じゃあ、飛鳥さんは帝国奇術学校に通ってる魔術師なんですね?」

「そうなんだよ、由佳里ちゃん。魔術を学び、世のため人のために頑張っている所さ。さっき君を颯爽と助けたのだってその一環なんだ」

「あ、ああいうのを常にやってるんですか? 凄いですね……」


 先ほどのやり取りを思い出したらしい由佳里は、苦笑いを浮かべた。


「もう、褒めても何も出ないよ! でも驚いた。由佳里ちゃんも帝国奇術学校の生徒とはね」


 飛鳥がやや無理やりに聞き出したところ、由佳里は来年度から彼と同じく奇術学校の生徒として、魔術の修練に明け暮れるらしい。共学とは言え男子生徒が多数を占める学び舎である以上、彼女のような可愛らしい後輩は大歓迎な所である。


「運が良かったんだと思います。私の家は古くから占術を嗜んではいたんですけど、名家ではないですから、入学の話を持ち込まれた時は驚きました」


 由佳里の言う通り秘術に絡んでいようと、知名度の低い家系から入学を果たすのは難しい。


 奇術学校の選抜試験というのは志願制ではなく推薦制で、調査員が日本各地に散る魔術の家系を探し、子供達の適性を密かに数か月単位で査定する。認められればそこで初めて本人に入学の話が行き、帝都にて魔力(マナ)量測定や面接試験を行って合否を出すのだ。


「才能があったんだねえ。先輩として喜ばしい限りだよ」


 会ったこともない調査員のナイスな働きぶりに感心し、うんうんと頷いた。


 自分のことのように喜ぶ飛鳥を見て、由佳里も釣られて笑みを零した。


「飛鳥さんだってご入学されてるんですから、同じですよ。学校の課す修練は大変と聞きますし、一年以上やり遂げられたならもう一人前なんじゃないですか?」

「あーそれは、どうだろうね。多少進歩もあるけど、これから次第みたいな……」

「でも選抜試験だけでも相当な難関で、一流と評される家の出でも不合格になるって聞いた覚えがあります。入ってからも厳しい訓練に音を上げる人も居るから、そんな環境でやれてる飛鳥さんは凄いですよ!」

「ああ、いや……やれているかどうかは定かではないな。僕なんかまだまだだよ」


 同級生の中で最下位だということを思い出した飛鳥は、歯切れの悪い返答しか出来ない。おそらく目の前のか弱い少女と比較しても、自分の才能は格下も良いところだろう。


「……謙虚なんですね、飛鳥さん。私も頑張らなくちゃ」


 彼の態度を勘違いしたらしい由佳里は、思いの外感心してしまった様子。


 そうこうしている内に到着地点が近づいてきた。もう少し遠回りして楽しい時間を続けたいところだが、さきほどの件で時間が押しているらしく、別れはやむ得ないだろう。


 日本橋近くの通りに差し掛かり、由佳里をそこで降ろすことになった。


「ありがとうございました。わざわざ送って頂いて」

「いいんだよ別に。まあ遅かれ早かれ会うと思うから、その時はよろしくね! 行きつけのお洒落な純喫茶があってね。そこで楽しく談笑しようじゃないか、二人っきりで!」


 最後の所を特に強調した飛鳥を見て、由佳里は苦笑した。


 重ね重ね頭を下げてお礼を述べた後、彼女は街中へと姿を消した。『花よ夢よ』という言葉が相応しい可憐な少女だったな、と飛鳥は心の底から思った。


 寂しいがいずれは再会できる。悲しむ必要はないだろう。


 飛鳥は後ろ髪が引かれるような思いを振り切り、真っ黒なフォードを走らせた。

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