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天才詐欺師と魔術探偵  作者: カツ丼王
第四章 二十人殻
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20. 怪盗の正体

 ホールを見渡すが、全員漏れなく倒すことが出来たようである。


「いやあ、流石のお手並み。それでこそ二十人殻のライバルですね。うんうん」


 嬉しそうに頷く飛鳥だが、見慣れた黒の鳶マントを身に着けた彼を見て、怪訝な目を向けずにはいられなかった。


「小林君。確認させてもらうけど、君が二十人殻なのよね?」

「ええ。あなたと戦いを演じたのは正真正銘この僕ですよ。いやあお恥ずかしい、こんな形で正体がバレるなんて。本当はもっとロマンチストな雰囲気で、この仮面を外したかったんですけどね」


 誤魔化す気もないのか、彼は懐から白いペルソナを取り出した。紅い笑みが描かれた仮面を見るに、彼の言葉は真実なのだろう。


「……」


 確信していたはずなのに昴は何ゆえか釈然としない。彼の言うロマンチストな場面を望んだわけではないが、もっとこう探偵とその敵役らしく、雌雄を決した後に正体を知りたかった、というのは秘密だ。


 昴が不満げな顔つきでいると、突如エミリアが飛鳥の顔を勢いよく殴りつけた。


「ぐあああ!? 一体何するのさ、エミリアちゃん!?」

「こんのウンコ野郎! 私はアンタが二十人殻じゃないって信じてたのに! 乙女の純情を踏みにじるなんて、このクソウンコ野郎! 今すぐホルマリン漬けにしてやる!」


 半泣き状態で怒り心頭のエミリアは、倒れた飛鳥に追撃を加える。


「ちょ、ストップ! 痛い痛い、マジで痛い! マウント取って顔を殴るのは止めて!」

「あわわわ! エミリアさん、落ち着いてください!」


 激しい剣幕で拳を振るうエミリアを由佳里は止めに入る。


 一方、それを傍観する昴は盛大な溜息をつくばかりだった。


「そうよ、殴るのは後で良いわ。まだ片付けなきゃならない問題が残っている。そうでしょう? 怪盗騒ぎを起こした方の二十人殻さん」

「え、どういう意味です?」


 言葉の意味が分からないエミリアと由佳里は首を傾げる。


 彼女たちの下で鼻血を流す飛鳥は、同意するようにコクコク頷いた。


「怪盗騒ぎなんて目立つ行いをしていたのは、彼を炙り出すのが狙いだったんでしょう?」

「ええ、仰る通りです。流石は名探偵」

「あ、あの……私にはお二人が言っていることがさっぱり……」


 どうやらエミリアと由佳里はまだ理解が追い付いていないようだ。説明しなければ、再度飛鳥は殴られる羽目になるだろう。


「小林君は確かに二十人殻なんだけど、偽札事件なんかとは関係がない二十人殻なの」

「は? ちょっと言っている意味が――」


 するとそこでホールの扉を開く音が、静かな場内に響いた。


 一同が何者かと顔を向けると、まず杖をつく音が耳に届いた。


「立花校長!? ど、どうしてここに!?」


 ダンスホールに現れたのは帝国奇術学校の校長たる立花蒼月だった。以前と同じ紳士服に山高帽子を身に着け、引きずる片足を補うため杖をついていた。


 彼はホールに点在する阿藤を含めた黒服達が沈黙しているさまを見ても、動じる気配がまるでない。むしろ興味がないと言わんばかりに、一瞥しただけだった。


「相変わらず滑稽な姿だな、小林よ。颯爽と危機に瀕した娘達を助けたと思えば、何故か顔を腫らしている始末。それでも帝都を騒がせた怪盗か?」

「ぬう、キツイお言葉ですね。どうしてこの場にいらしたんです?」

「分かっているだろう? 黒幕とは最後に現れるのが相場だ」


 立花は彼には珍しく、ほんの少し愉快げに口角を吊り上げた。


 飛鳥は鳶マントで口元の鼻血を拭いながら進み出る。その横顔は余裕と笑みが映し出されていたが、体に緊張が走っていると分かった。


 信じたくはないが、そういうことなのだろうと昴は推察する。


「立花さん。この場に現れたということは、あなたが二十人殻ですね。裏社会で手広く悪事を行い、阿藤に接触して偽札騒動を引き越した……もう一人の二十人殻」


 挑むような昴の発言にエミリアと由香里は大いに驚く。

「に、二十人殻が二人!? そ、それも立花校長が!?」

「ええ。この場に現れた以上、それ以外に考えられないでしょうね」


 だが当の立花は反応を示さず、こちらを見据えた。


「小林よ、お前はどうやってこの場に辿り着いた? 私はてっきり探偵団の一員になってここに来ると思っていたのだが?」


 立花のその疑問は昴も気になっていたことだった。彼は由佳里が誘拐されてすぐ助けに向かったと言っていたが、思えば場所を割り出した方法が分からず仕舞いだった。


「僕がここをを探り当てられたのは、由佳里ちゃんの髪飾りがあったからですよ。コイツは僕が作った呪具でしてね、彼女の場所は手に取るように分かるって具合です」


 飛鳥の言葉を聞いて、髪飾りを身に着けた由佳里は驚きに包まれる。どうやらリボンの髪飾りはプレイボーイよろしくプレゼントしたのではなく、保険として用意したものらしい。


「本当は昴さんの行動を把握する小道具として用意したんですけど、思わぬ形で効果を発揮することになった。いやあ、ラッキーラッキー」


 衝撃的な事実を言ってのける飛鳥だが、聞いた立花は笑みを零した。


「抜かったな。攫った時に身ぐるみを剥いでおくべきだった。そのような小細工が仕掛けられているとは、私も随分と腑抜けてしまった」

「そんな非人道的で羨ましい手に出ていれば、僕が絶対に許しませんけどね」


 口振りからやはり立花が二十人殻だと分かり、一同は表情を硬くする。


 長きに渡って頭を悩ませた怪盗の正体だが、昴の内では全てが繋がっていた。


 一年以上前から麻薬や盗品、そして武器に至るまでを扱い、闇社会で暗躍し続けていたのは、眼前に立つ奇術学校の長たる立花蒼月だったのだ。


 そして警察が二十人殻の存在を察知してしばらく経ったある日、今度は怪盗騒ぎが帝都で巻き起こった。すでに知っての通り、これを起こしたのは二十人殻の名を借りた小林飛鳥であり、立花本人は全く関わっていなかった。


 つまり怪盗二十人殻とは、本物の名を騙った偽物だったのである。


 二十人殻の行動に一貫性がないのは、二人の人間が一人を演じた結果だったのだ。分かってしまえば単純だが、事情を知らない第三者が混乱してしまうのは必至。


「こんな初歩的な事実に、私だけでなく警察もずっと悩まされ続けていた。でもまさか同一の名を使う人間が二人いて、両者が互いの顔を知らないとは思いもよらないわ」


 理解が及んだらしい由佳里は飛鳥の方をみやった。


「そ、そういうことだったんですね。でもどうして飛鳥さんは二十人殻の振りをして、怪盗稼業なんて始めたんです?」

「そ、そうよ! 飛鳥、アンタまで悪事に手を染める必要がどこにあるのよ!?」


 彼女の疑問はエミリアも同じらしく、飛鳥は彼女達を見て答えた。


「二十人殻を名乗って目立つ行動を取れば、他人には勘付かれず、本物にだけはメッセージを送れるだろう? 普通は馬鹿げた怪盗が現れたと思うだけだが、当人は自分の偽物が登場したんだから焦るに決まってる。それに裏社会の影に隠れて活動する人間にとって、名前が表舞台に出てしまうのは都合が悪い」


 飛鳥は意地悪そうに笑い、本物の二十人殻を流し見する。


 立花はそれを受けて自嘲するような口振りで続けた。


「二十人殻という名に未練も愛着もありはしない。だが挑戦状を叩きつけられ、馬鹿げた行動ばかり取る偽物を見れば静観は出来ない。実際私より阿藤のような協力者の方が、慌てふためく始末だった」


 結果として二十人殻は有名人となってしまい、手玉に取られた警察は躍起になって彼を追うことになった。捜査の手は当然だが、本物の二十人殻とその周りにまで及ぶ。警察が動けば、立花達もじっと見ていられるはずがない。


 つまり帝都そのものにペテンを仕掛けることで、飛鳥は二十人殻を炙り出したのだ。


「ククク、我々は一人の詐欺師にしてやられたということだ」


 本人に取ってみれば怒り心頭の事態に思えるが、立花は愉快気な声を漏らす。まるでこの状況を楽しんでいるかのように思え、全く底が知れない。


 昴はそんな道化染みた師の姿を見て、ついに我慢の限界が訪れた。


「立花さん! どうしてこんなことを!? あなたは私の知る中で最も優れ、最も高潔で、最上の魔術師であると私は疑わなかった! そんなあなたが、何故!?」


 普段の落ち着いた様子から一変して、昴は年相応の少女のようにか弱く、ともすれば悲鳴にも近い声音で迫った。自分が師と仰ぎ目標としていた男が堕落したと、彼女は頭で理解しながらも納得が出来なかった。


「国家のために軍属に入り、危険な任務に誰よりも多く従事し、その全てを完璧にこなしてみせた。帝都に戻っても改革を続け、政府に魔術なんていうオカルトまで認めさせ、後進の魔術師の育成に努めた。他の者にこんなことは決して真似できないわ!」


 彼女は泣きそうな顔だったが、立花はただ黙って耳を傾けるだけだった。


 長い沈黙の後、彼は杖の先で床を突き、ゆっくりと返答した。


「そうだろうな明智。お前の言うように私は、他の者が考えはしても、決して真似できないようなことばかり実行してきた。帝都のため国家のため、それが最も正しいことなのだろうと思い、多くの事を成した」

「だったらどうして、それまでの偉業に泥を塗るような真似を?」

「簡単だ。私はこれまでの所業を、一度たりとも誇りに思ったことがない。下らないことに時間を使ったのだと結論し、全てをリセットしようと考えたのだ」


 立花の声には、初めてはっきりとした感情が籠っていた。


「きっとこれが正しい事だ、きっとこれが必要な事だ。少しでも立派になりたい、自分を誇りに思いたい。そうやって私は露ほども興味も、関心も、情熱も抱くことなく、ただ他の者には出来ないからという理由だけで困難に身を投じ続けた。その末にようやく分かったのだ。すべては無駄だったとな」

「そんな……」


 昴には輝いて見えた彼の過去だが、本人にとってみればそれはガラクタ同然だったという。それは探偵小説の主人公を夢見て、彼の下を巣立った少女には酷な現実だった。


「我が愚かなる弟子よ、夢を見るのはもう終わりだ。お前が追いかけ続けたのは、空虚で、無意味で、内に何も宿らぬハリボテに過ぎない。恋よ夢よという時分は、とうの昔に消え失せていたのだ」


 無感情な視線を受け、昴は沈黙せざるを得なかった。


 騙された、裏切られたと言いたいぐらい、彼の本性は心を抉った。


 しかし返す言葉など在りはしなかった。


 傍に居ながらもその実態に気付くことなく、仮面を見抜くことが出来なかった者に、糾弾する資格などなかったのだ。


「お前は、私を見損なった多くの人間……その一人に過ぎないのだ」


 狂人はその文言と共に、闇色の感情を辺り一面に滲ませた。

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