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天才詐欺師と魔術探偵  作者: カツ丼王
第一章 帝都東京
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01. 帝国奇術学校

 百年とは言わないが、結構な時間を遡った時代の日本。そこは江戸時代からの風習や文化が残り、一方で西欧から輸入された先進的な技術や流行が舞い込んだ、言うなれば玉石混合とも言える世界。


 刀の携帯は制服を着た警察や軍人のみが許され、武士という身分の代わりに華族やら士族なんて身分が出来た。袴や着物姿の男女が街中を歩いていると思いきや、紳士服やスカートを着こなす紳士淑女もいらっしゃる。下町風情溢れる木造家屋があるかと思ったら、白塗りの塀に囲まれた近代建築も発見できる。東京は様変わりし、中心には赤煉瓦の東京駅がシンボルとして居座っている。


 大正ロマンとか昭和モダンだとか、後の世の人々はこの時代に名を付けることになる。


 そんな帝都の一画に、国家が秘密裏に創設した教育機関があった。帝国(ていこく)奇術(きじゅつ)学校(がっこう)と銘打たれその施設は、日本全国から才能溢れる若人を集め、集中的な教育と研究を実施している。


 何の教育機関かと言うと、胡散臭いことにこれが魔術という物だ。


 今日も今日とて奇術学校の講義室では、新進気鋭の若い魔術師がその道のプロフェッショナルに成るべく精を出していた。


「はい。それではエミリアさん、水銀を操作して何か作ってみてください」


 広々とした講義室には生徒達が規則正しく着席し、黒板の前に立つ金髪の少女に視線を注いでいた。講師に指示されて魔術の実践を行う――それが熱視線の理由だが、少女の容姿も決して無関係ではない。学校準拠の制服を着用しているが、外人特有の白い肌と洗練された色気が隠せていない。実際男子生徒達の目つきは、過分に熱すぎる様な気がする。


 エミリア・ベネディクトはそんな男達からの目など気にも留めず、水銀を詰めた試験管を掲げ、魔力(マナ)の操作を始める。詠唱によって集中力を高め、魔力(マナ)を練り上げて式を起動する。


 試験管から水銀を床に零すと、水銀は生き物ようにニュルニュルと動き回り、一か所に集まってある物へと変化した。


 完成した物体は一丁のリボルバー拳銃だった。彼女はとりたてて何も思わなかったのか、無表情でそれを拾い、ガシャガシャと撃鉄の動きやらトリガーの動作を確認する。


「出来ました。これで人を殺せます」

「大変結構です。発言の一部は感心しませんが、水銀の造形については文句のつけようがありません。さすがは錬金術師(アルケミスト)。ただもうちょっと違う物を作って欲しかったですね、はい」

「すいません、日本の文化にはまだ慣れなくて。次は日本刀を作ります」

「エミリアさん、殺すことから離れて下さい」


 講師の引きつった笑みを見ても、エミリアは鉄のように表情を変えない。


 すると最後尾の座席から野次が飛んだ。


「へいへい、先生を困らせるなよエミリアちゃん。独逸(ドイツ)から来てもう一年になるのに、いつまで留学生のスタンスを取るつもりだ。それと君は表情筋が麻痺してるの? いつも無表情で何考えているか分かんないぞ。もっと笑えよ、その方が可愛いぞ」 


 ケラケラと笑い声を出したのは少年だった。顔や身長、肌の色に至るまで日本人の平均からそう外れない容姿の彼は、黒の学ラン、両手に手袋という風貌だ。


 エミリアは彼の言葉を聞き、眉をわずかに吊り上げた。


「ちょっと銃の動作テストに付き合ってもらいないかしら? 飛鳥(あすか)が相手なら躊躇なく引き金を引けそうなの。可愛い私からのお願いなんだけど、了承してくれる?」


 飛鳥と呼ばれた少年は立ち上がり、両手で静止のポーズをとる。


「それは困る。僕は午後からデートの約束があるんだよ。わざわざ車も用意してるし、プレゼントだってあるんだ。死ぬわけにはいかないなあ」

「あら、いつもの口八丁はどこに行ったのかしら? 大丈夫、ケガをしてもすぐに治してあげるわ。錬金術は治癒にも応用できるから、銃創なんてちょちょいのチョイよ。まあデートとやらはご破算かもしれないけど」


 銃口を彼に向けたエミリアは、なおも彫像のように無表情のままだ。


 また始まったと諦観が流れ始めた教室の空気を他所に、飛鳥は顎に手を当ててどうしたものかと考える。そして何かに思い至ったのか、指をピンと立てた。


「君の気持は分かったよ。僕を痛い目に遭わせたいっていうのがね。何せ僕は、君の心を踏みにじってしまったんだから」

「は? 何言ってるのアンタ?」


 急に訳の分からないことを言い出した飛鳥に対し、エミリアは疑問符を浮かべる。


「だってそうだろう? 他の女の子に僕を取られたくない。振り向いて欲しくて過激な行動に出てしまうなんて、涙ぐましい限りじゃないか。前から気づいてたよ、君の気持ちは」

「何よその勘違い。何で私があんたに嫉妬しなきゃならんのよ」


 眉間にしわを寄せたエミリア。今日一番の感情の発露が窺える。


「でも同級生の間では、僕らはデキてるって噂になってるみたいだよ? 実際よくつるんでたし、周りから見ればそう解釈されても仕方ないよね」


 飛鳥は額に手をあて『参ったな』とわざとらしいセリフを零した。


 事態を見守っていた講師や生徒達は、二人のやり取りに困惑するばかり。ただエミリア嬢が拳銃の引き金を絞れば、少年がデートとやらに行けないらしい。


 ニヤニヤと口元を動かす飛鳥を見て、彼女は溜息交じりにゆっくりと銃を下ろす。手に収めていた拳銃は形を崩して液体に戻り、試験管の中へと吸い込まれた。


「はい、先生。これでよろしいですか?」

「え、ええ……お二人の蟠りも解消できましたか?」

「はい。これ以上関わっても疲れるだけだと結論しました」


 彼女は後腐れすることなく悠然と席へ戻った。


 そこでチャイムが鳴り、講義は滞りなく終了するに至った。


 生徒達が次々に席を立つ中、飛鳥は早々に教室を出て行ったエミリアを追いかける。


「待ってよエミリアちゃん。怒んないで、冗談だよ冗談!」


 ひときわ目立つ金髪少女に向かって、開口一番謝罪の言葉を述べる。


 彼女は意外にも声掛けに応じ、飛鳥の方を振り返った。


「別に怒ってない。ただ余計な野次に反応してしまった、と反省しているだけよ」

「やっぱり怒ってるじゃないか。そうだなあ、お詫びに食事でも行かない? 食堂でも外のランチでも構わない。無論僕のおごりさ」

「結構。というか、デートの約束があるんじゃないの?」


 怪訝な目を彼女が向けると、飛鳥は照れた顔つきになった。


「それは君との食事のことだったのさ。フ……どうだい、今の気分は?」

「ええ、キモ過ぎてやっぱり撃ち殺せば良かったと思ったわ」


 馬鹿を見る様な目つきのエミリアは、静止も虚しく飛鳥の前から姿を消した。


 廊下にポツンと残された彼を見て、周囲の生徒達はクスクスと笑いだす始末である。


「チクショウ、見世物じゃないんだぞ!? ラブロマンスやら喜劇を見たいなら、浅草六区にでも帝劇にでも行けばいいだろ! こっち見んなバーカ!」


 顔を真っ赤にして腕を振り回し、少年は癇癪交じりに声を上げた。それは惨たらしく残酷で、何よりも滑稽な姿だった。


 小林飛鳥(こばやしあすか)、十七歳。帝国奇術学校に通い、国家から期待された若き魔術師。ジャンルに分けされた魔術科目から専攻を決め、魔術の修練に明け暮れるのがあるべき姿。


 だが今の彼は道化よろしく、子供のように駄々をこねて泣き叫んでいる。


「相変わらず騒がしい奴だな。大人しく勉学に励むことは出来ないのか?」


 渋い男性の声が耳に届き、飛鳥は愚図るのを止めて立ち上がる。視線を声の方に向けると、三十代くらいに見える男性が立っていた。


立花(たちばな)校長! ああ、これは恥ずかしい所を見られてしまいましたね。いや面目次第もないですよ、ハハハ」

「そうだな、普通あまりの醜態ぶりに外を出歩けない程だと思うが、貴様はどうも羞恥心が欠けているらしい」


 辛辣な感想を述べるこの紳士は、立花蒼月(たちばなそうげつ)という帝国奇術学校の責任者である。校長という肩書に加えて政府や軍にも顔が広く、他の魔術機関との橋渡しと統制を担っているほどの人物。おまけに最高の魔術師と評される程の技量も誇る。


 紳士ご用達とも言える杖をつく立花に対し、飛鳥は思わず姿勢を正す。


「酷いですよ立花さん。僕ほど謙虚という言葉が相応しい人間は居ないと、常日頃から思うくらいです。それに最近は成績だって上り調子なんですから」


「ほう、学年最下位だと聞いているが?」


 痛いところを突かれた。だが飛鳥は瞬時に言い訳を吐き出す。


「相対的に見ればそうですけど、魔術の腕自体は向上しています。学校という枠だけではなくもっと広い視点で観察すれば、僕の成長を実感できると思います。特に呪術は最近良い具合に仕上がっているんですよ」

「また得意の嘘か? それともハッタリか? 貴様は魔術師以外の道を模索した方が賢明だと常々思う。望むなら帝国大学か士官学校への進路を用意してやるぞ?」


 体のいい厄介払いだ、と飛鳥は思った。確かに自分は魔術の才能に少し難があると言わざるを得ないが、追い出されるというのはあまりに酷だ。なにせ他の教育機関は男女共学ではない。それこそが問題だ。灰色の青春なんてものは御免こうむる。


「魔術師として大成するという大志を抱き、僕はここに来たのです。見ていて下さい、いずれは帝都一の魔術師になってみせますよ。もし僕を今ぞんざいに扱えば、あなたはきっと後悔することになります」

「ハ、それは楽しみだな。私の見立てが外れたことはないが、もし覆した時には素直に賛辞を送ってやろう。まあそれはどうでも良い。今日は貴様に用があって来たのだ」


 一笑に付した立花は、廊下の窓から外の景色を眺める。どうも話したいことが有るらしい。


「最近帝都に偽札が出回っているという噂を聞いたことはあるか?」

「偽札? 偽造された紙幣が流通しているということですか?」


 飛鳥の言葉に立花は頷いて見せ、持っていた煙草をふかし始めた。


「ここ数カ月の話だが、造幣局の供給量以上に一円札が流通しているという情報が届いたのだ。偽造紙幣の存在はまだ確認されていないが、個人的には間違いないと見てる」


 一円札とはこの時代に流通していた紙幣のことで、現代の価値に直すと三千円程度になる。一円札一枚で利用できる円本という書籍や円タクというタクシーが存在するくらい、帝都において一円札はありふれた通貨だった。


「はあ、偽札事件ですか。それがどうかしたんですか?」


 他人事のような感想を漏らす飛鳥だが、本当だとしたら国家を揺るがす事態だと理解できた。通貨の信頼が崩れれば、それは即ち経済の混乱を招くことに繋がるからだ。


「私は立場上動きが取り辛くてな。そこで向いてそうなヤツにこの話をしているのだ」

「ん? つまり僕に偽札の調査をやれってことですか? 嫌ですよ面倒くさい。僕はこれからデートなんです。暇ではないのです」

「どこが忙しいのか皆目見当がつかんな。ベネディクトに振られた挙句、児戯を晒していただけだろう」


 先ほどの失態は全て見られていたらしく、ぐうの音も出ない。


「とにかく気が向いたら調べてみろ。何もお前にだけ頼んでいるわけではない。生憎、優秀な人材とのツテはいくらでもある。貴様はあくまでもついでだ」

「あ、何かやる気出て来た。その能面のような面に一発かましたくなりましたよ」


 好き勝手言われて腹が立った飛鳥は、売り言葉に買い言葉状態だった。


 そんな彼を見てほくそ笑んだ立花は、煙草を窓から捨てて話を切った。


「伝えはしたが、期待はしていない。話した通り貴様よりも優れた駒が居るのだ。そいつは偽札生産を行っている人間の目星まで付け始めている。まさに雲泥の差と言えるな」

「さっきから煽り過ぎじゃないですか? 温厚な僕でも限界があるんですが」


 杖をついて去ろうとする後姿に愚痴を零す。立花は随分前に足を悪くした聞いているが、それを加味しても背面に蹴りを食らわせたいと思った。


 右足を引き摺るようにして歩く彼は、思い出したようにこちらを振り返った。


「可能性の話だが、かの怪盗もこの件に関わっているかもしれん。知っているだろう? 帝都においては噂に上がりっきりの有名人だ」

「二十人殻のことですか? でも予告状を送り付けて宝石や美術品を盗むだけで、偽札なんかに関係あるとは思えないんですけど?」

「あくまで可能性の話だ。どうだ、興味が沸いてきただろう?」

「……さあ、どうですかね?」


 そう返答し、飛鳥は立花を見送った。


 急に現れて偽札だの二十人殻だの話したいだけ話し、用が済んだら忙しいと言って去る。物寂しいおっさんというのは本当に厄介だ。


 だが彼には世話になった恩義も一応はある。入学からこれまで色々あったが、非才な身で何とか続けられたのはあの強面の力添えもないことは無い。


「はあ、腹減ったし銀座にでも繰り出すか」


 少々の疲れと空腹を感じた飛鳥は、煙草臭いその場を後にした。

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