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天才詐欺師と魔術探偵  作者: カツ丼王
第四章 二十人殻
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17. 詐欺師の正体

 帝都東京。文明開化のうねりに従って急速な近代化を遂げた街並みは、現代の我々から見ても華やかなものであった。街に引かれた道路では、黒塗りのフォードが珍しいものではなくなり、東京電気局の路面電車の姿も容易に探し出せる。今日と変わらないぐらい装飾を施したデパート群、白塗りの新聞社、鉄筋コンクリートの同潤会アパートなどなど、すでに現代日本の礎が見え隠れしている。


 そんな煌びやかな街角とは対照的に、明智昴の胸中は暗く、彼女は事務所の椅子の上で疲労の色を顔に浮かべて休息を取っていた。


 偽札工場での騒動の後、ボロボロの体に鞭打ち、帝都中を駆けずり回って由佳里を探し回ったが、成果は何一つ得られなかった。


 彼女が宿代わりにしていたベネディクトの邸宅を始めに訪ねたが、辿り着いた時にはすべてが手遅れだと分かった。和洋折衷のこの時代らしい文化住宅は、大砲でも撃ち込まれたのかと見まごうほどに荒らされていた。家中の者に尋ねたところ、突如大きな爆発が起き、その混乱に乗じて由佳里は攫われたのだという。


 犯人は白の仮面に、黒の鳶マント。二十人殻その人だと女中は証言した。


 由佳里が誘拐されたと理解した昴の選択肢は、必然的に限られた。中村警部の力を頼って警察による一斉捜査を行いたいところだが、当然そんな動きを察知されれば、囚われている彼女の身が危険に晒される。


 かといって単独で彼女が囚われている場所を割り出すのは不可能だ。偽札工場の拠点すらようやく分かったというのに、敵組織の根城を見つけるなど現実的ではない。


 藁にも縋るつもりで印刷局の阿藤を追ったが、彼の行方は終ぞ分からなかった。おそらく工場襲撃によって危険を感じ、身を隠したのだと思われる。


「本当に面目次第もないです。私がついていたというのに……」


 昴の傍らには襲撃の渦中にいたエミリアの姿があった。彼女は由佳里が誘拐された後、昴と共に行動を共にしていた。痛めつけられた昴が夜通し行動できたのは、エミリアが所持していた万能薬もどきの効能によるものだった。


 彼女は後輩を守れなかった悔しさを顔に滲ませ、頭を抱えた。


「あなたの所為ではないわ。奴の力量を測り違えた私の責任よ」

「で、でも……もしかしたら今頃、酷い目に遭わされてるかも……」

「それはないわ。あの子が邪魔なだけなら、襲撃した時に殺しているはず。誘拐したということは、由佳里を交換条件に何か要求してくるってことよ」


 残された道は、誘拐した敵からのアクションを待つ、という消極的なもの。だがこれは理に敵った選択でもあった。


 敵も自慢の偽札工場を発見された以上、事態を収束させるには捜査関係者の完全排除が求められる。由佳里を餌にして、捜査を行った人間を一網打尽にするのが狙いだろう。彼らとて急所を突かれ、切羽詰まった状況に陥っているのだ。


 冷静な口調で説明したが、エミリアの不安は拭いされなかった。彼女は先ほどから事務所に置かれた自動電話を眺め、何者かの連絡を待っているようだった。


「こんな時に、あの馬鹿は連絡がつかないし! どこで何やってるのよ!? こんな時にこそ、アンタのずる賢い頭が必要なんでしょうが!」


 苛立ち混じりに金髪を掻き、エミリアは行方知れずの相棒に文句を垂れる。彼女の言う相手というのは小林飛鳥に違いないだろう、と昴は推測した。


 彼と連絡がつかないのは問題だが、昴はそもそも彼の手を借りるつもりははなかった。


「エミリアさん。残念だけど、彼と連絡がついても協力するつもりはないわ」

「え? ど、どうしてですか?」

「彼が二十人殻だからよ」


 さらっと述べた昴の言葉に、エミリアは目を剥いた。


 しばらくの固まったままだった彼女は、有り得ないと首を横に振った。


「す、昴さん! 何を馬鹿なことを! あいつは確かに変なとこに頭が回って、口が減らなくて、面白そうって理由だけで汚いことに平気で手を染めます。でも誘拐みたいな、人を傷つけるようなことをする奴じゃないです!」


 エミリアは彼のことをよく知っているせいか、必死に弁護に回る。


 だが昴は彼を二十人殻だと断ずるに十分な、確たる証拠を彼女に見せた。


「これは以前、二十人殻が美術館を襲った時に手に入れた、彼の遺留品よ」

「? これは、手袋かなにかですか?」 


 昴が見せたのはボロボロになった手袋だった。彼女の雷撃魔術を食らったため一部炭化しているが、手袋には彼のものと思しき血痕が残っている。


「この手袋に簡易呪術を行使した所、小林君の髪の毛と反応があったの。類感呪術、感染呪術などいくつかルールはあるけど、対象者の一部だったものが呪具として最適なのは、あなたなら分かるでしょう?」


 接触の原理など呪術の原則に従えば、共通項を持つ物体同士は呪いの影響を受けやすいと言える。髪の毛と血痕が反応したのなら、それは同一人物の遺留品となるだろう。


 エミリアも当然理解はしているようだが、昴の話に憮然とした態度をとった。


「アイツの髪の毛? そんな物、どうやって手に入れたんですか?」

「前に由佳里が働いている喫茶店で偶然会ってね。その時、座席に抜けた髪の毛が落ちていたから、ひとまず回収しておいたの」

「なんでアイツの髪の毛を持ち帰ったんです? そんなの始めからアイツを疑って掛からないと、出来ない行動だと思うんですけど」

「彼が二十人殻の容疑者リストに載っていたからよ。立花校長から手に入れた物だけど、あなたも知っているでしょう? 何せ作成に加わったんだから」


 容疑者リストとの関係性を指摘されると、エミリアは目に見えて狼狽を示した。


「私、リストの編纂に関わってるなんて、誰にも言ってないのに……」


 二十人殻と思しき者を書き連ねたリストだが、昴はエミリアがこれに関与していることを掴んでいた。これは飛鳥と知り合うよりも前、リストを立花から受け取った時から薄々勘付いていたことだった。


「このリストは魔術の技量から、二十人殻の犯行が可能か判断したと聞いているわ。奇術学校の在校生の名も載っていたけれど、あなたの名前はなかった。これはおかしいわ。今の生徒で最も優れた魔術師はあなただと、私は確信していたから」


 最優秀と言われて笑みを零すエミリアだが、同時に疑問符を浮かべた。


「はあ、どうもです。でも名前が載ってないからって、私がリスト編纂の関係者だと気付けるとは思えないんですけど。どうやって分かったんです?」

「簡単よ。リスト製作の協力者は、確実に『二十人殻ではない』と裏が取れているということになる。これは絶対条件よ。だから編纂者は当然だけど、自分が該当する技量を持つ魔術師だとしても、リストに書き加えるわけがないわ」


 彼女の説明にエミリアは『ああ、確かに』と手をポンと叩いた。


 昴はもともとエミリアと面識があり、彼女が一門の錬金術師であることも、帝都にやって来たのが奇術学校の入学時だとも知っていた。二十人殻がフィクサーまがいの活動を一年以上前からやっている以上、日本に来たばかりの彼女に実行できないのは明らかだ。


「あなたは多分、奇術学校の関係者を洗うように立花さんから言われたんでしょう? 現役の生徒や教師を調べるのに一番適任なのは、学校関係者でかつ疑いのない者になる」

「はえー、言われてみれば確かにそうですね」


 昴の言葉に得心がいったエミリアは、観念して正直に話した。


「おっしゃる通り、立花校長から頼まれたんです。私が調べたのは主に生徒ですね。教員側からでは、どうしても見えないものがあるからって」

「それで在校生を調べて、あなたが小林君の名前もそこに書き加えたのね」


 先回りする昴の発言にいい加減慣れたエミリアは、苦笑いを浮かべた。


「ええ、確かにアイツの名前を加えました。二十人殻って怪盗騒ぎを起こしてるでしょう? いかにもアイツがやりそうな事だと思ったので。まあ、半分嫌がらせですけどね」

「ならどうして彼を庇うの? あなたは彼の術者として技量やその性格から、二十人殻に値すると判断したのでしょう?」


 昴は容疑者に挙げておきながらも、彼を擁護するエミリアを不可解に思っていた。


 この問いに対し、エミリアは先ほどと同じく首を横に振って見せた。


「飛鳥には大層な魔術は使えません。偽札工場で争った時に見せたという、修験道の業や魔術を無効化する得体の知れない術だなんて、それこそとんでもないですよ」

「? 彼は優れた魔術師だと思っていたのだけれど、そうではないの?」

「飛鳥は魔術師としては三流です、それは間違いない。でも頭が無駄にキレる。才能がないという弱点を他の方法で補ったんです」


 以前飛鳥と話した際、彼は魔術の才能に乏しいと零していた。あの時は冗談の類と思っていたが、エミリアの話によるとどうも本当のことらしい。弱点を補ったと言うが、彼女の顔を見るにどうもキナ臭い方法だと分かった。


「そもそもアイツは奇術学校に入学できるレベルではないんです。魔術の才能がない飛鳥は、不正を働くことによって入学に至ったんです」

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