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天才詐欺師と魔術探偵  作者: カツ丼王
第二章 怪盗VS名探偵
12/27

11. 名探偵の休息

 警視庁から三越デパートに掛けた昴と二十人殻の戦いは、翌日の新聞に大きく取り上げられた。今回は街中が追走劇の舞台となったため目撃者が多く、記事にはあることないこと好き勝手書かれる始末だった。特に二十人殻が警察へと盗みに入り、それを取り逃がしたということもあって、警察不要論を提唱する雑誌まで現れたほどだ。


 まんまと逃がす形になった昴と警察だったが、少しでも証拠や痕跡はないかと夜通しで調査を行い、事態のあらましを掴むことが出来た。


 まず証拠品管理室の鍵を管理していた中村警部であるが、彼は何者かに電話で『偽札について重要な情報がある。今すぐ会いたい』と連絡を受け、警視庁を後にしたらしい。彼は極秘事項である偽札関連についてのタレコミだったため、無視できなかったとのこと。タイミングを考えれば、電話主は二十人殻に違いないだろう。


 盗みの現場たる管理室は、見る影もないほどに荒らされ回っていた。Hのルーンが刻まれた跡があったため魔術師、つまり二十人殻が入室したのは間違いない。残念ながら無茶苦茶になった室内で魔術痕跡を調べるのは難しく、正体特定につながるものは見つからなかった。


 また騒動の最中、濡れ衣を着せられた佐々木巡査部長は、相手は若い男だったと証言している。しかし認識阻害術式の可能性を考慮すると、この情報を鵜呑みには出来ない。


 三越デパートでは警察官の制服一式、眼鏡などの小道具、そして南部式自動拳銃が発見されている。特に拳銃は流通経路から手掛かりになるかと考えられたが、銃の製造番号などはすべて消し去られ、期待する成果は得られそうになかった。


 総括すると、二十人殻は若い男らしく、偽札事件について情報を持っているらしい、という不確定な情報しか得られなかった。


 昴は一夜明けた翌朝、帝都の街角を歩きながら、先ほどまで刑事部で繰り広げていた中村警部とのやり取りを思い出していた。


「全くもって遺憾だ! 何としても奴を逮捕しなければ、警察の威信は地に落ちる!」

「そうですね。私としても、このままでは到底引き下がれません」


 苛々している昴と同じく、警部の声音はいきり立っていた。彼はまんまと出し抜かれたという心持であったためか、額に青筋が走っている。


「あんのキザな怪盗のせいで、私の立場はますます厳しいものになった! 本来ならば今頃、愛すべき家族と熱海で温泉にでも浸かっていただろうに! 本当に腹立たしい限りだ!」

「そ、そうですか……」


 思いのほか個人的な怨恨を持ち出してきたことに眉をひそめるが、昴はこの際気にしないことにした。


「しかし彼が偽札事件について知っているというのは意外でした。何か関係があるのでしょうか? どこからか聞きつけて興味を持ち、我々の持つリストを狙った?」

「うーむ、容疑者リストは私と君が共同で調べたものだから、外に出たはずはないんだが……現実的に漏洩したと認識するしかない。ヤツが偽札と関係しているかは分からんが、もしかしたら偽札の製造に関わっているのかもしれないな」


 警部の意見に昴はわずかに頷いた。偽札の製造に噛んでいるのだとしたら、多少なりとも理は通る。捜査の手がどこまで及んでいるか、それを知りたかったと考えれば自然かもしれない。


 だが腑に落ちない点もいくつかある。


「そうなるとリストを廃棄しなかったことが理解できません。管理室ごと火で焼き払えば、捜査の妨害まで出来たのでは? それに電話口で偽札事件のことを持ち出せば、馬鹿でもない限り盗みの狙いが偽札事件関連だと思い至ります」

「む、確かに! 君は相変わらず考えが早くて助かるよ。そうなると、うん……どういうことになるのかな?」

「彼は自分が偽札を探っているということを隠していない。自分の正体については徹底して隠匿しているというのに、目的に関してはそれがまるでない。つまりこれは、彼からの挑戦状と言えるのでは?」


 挑戦状という言葉を聞き、中村警部の眼光が一層鋭くなった。


「なら受けてやるとも! 奴を逮捕し、我が熱海旅行をカムバックさせるのだ!」

 憎い敵に業を煮やし、敢然とした物言いの警部の目に、美しい熱海の光景が映っているように思えたのは気のせいではない。欠伸をかきながら歩を進めている彼女は、その様を思い出して苦笑してしまう。


 ほとんど徹夜で作業を行っていたため、昴の目の下にはクマが出来ていた。そういえば、騒動のせいで糖分を全く接種できていない。これは由々しき事態だ。


(確か由佳里のバイト先の喫茶店は、この近くだったわね……)


 助手の由佳里が喫茶店「エチュード」で働いていることを思い出した昴は、腹ごしらえと様子見もかねて足を向けることにした。


「いらっしゃいませ――あ、昴さん! どうしたんですか?」


 店に入るとすぐにエプソン姿の由佳里を発見できた。


「近くを通りかかったから、顔を出そうかなって。徹夜で食事もまだ摂ってないのよ」

「そうなんですか? じゃあすぐにサンドイッチとコーヒーを持ってきますね」

「ありがとう。あと何か甘いものもお願い」

「分かりました。カステラが余ってたのでそれを。……食べ過ぎちゃダメですよ」


 昴の糖分制御に余念のない由佳里は、きっちり忠告を残して厨房へと戻った。


 店の中を見渡すが、出勤時を過ぎているせいか客の数は少ない。何度か来たことはあるが、そもそも客で埋まっている状況を見たことがない。常に空席が目立つ。


(大丈夫なのかしら、この店。まあ、あの子が働く分には問題ないか)


 店主に知られれば文句の出そうな感想を抱きながら、静かに注文を待った。


「ごめんくださーい! 由佳里ちゃんは居ますか?」


 昴が睡魔に微睡んでいると、誰かがら店内へと入ってきた。


 由佳里の名を口にしていることに怪訝な目つきになった彼女は、入ってきた男の姿を見た。彼が着ていたのは帝国奇術学校の制服で、どうにも自分の後輩にあたる人物らしかった。


「はーい。あ、飛鳥さん! こんにちは、どうかされたんですか?」

「いやいや、今日も由佳里ちゃんに会いに来た次第だよ! 何せ僕は先輩にあたるわけだからね! 後輩を気遣うのは当然のことさ」


 調子の良いことをポンポン並び立てる男に、昴はさらに目つきを鋭くした。どうにもこの軽そうな男は由佳里と知り合いらしい。それも明らかに彼女を狙っている。率直に言うならば悪い虫だ。これは看過できない。


「君、由佳里とはどういう関係なのかしら?」


「はい? どなたですか?」


 少年は何事かとこちらを振り返った。ほんの一瞬だけ表情が固まったように見えたが、すぐに元の笑顔に戻った。


「びっくりした! 明智昴さんではないですか! 噂は聞いてますよ!」

「へえ、私のこと知ってるんだ? 君はどこのどなたなのかしら?」


 昴の事を知っているらしい少年は、佇まいを直して一礼した。


「失礼しました。自分は帝国奇術学校二年に在籍しています、小林飛鳥と申します。由佳里ちゃんとは街角で偶然知り合ってですね、暇をみては口説いているという関係です」

「は? 口説くって……」


 小林飛鳥と名乗る後輩の言葉に、昴は面食らった。普通そういう野暮なことを公然とは言わないと思うが、目の前の男は自信満々だ。それも初対面の人間を前にして。


 チラッと由佳里の方を見るが、彼女の方はキョトンとしていた。


「え? 私、飛鳥さんから口説かれてたんですか?」

「そうだよ! 何だと思ってたの!? 僕は悪漢から助けた時から、これは運命だと思っていたんだ。君に事件の協力を申し出たのだって、つまりはそういうことだよ!」

「そ、そうだったんですか。御免なさい、全く気づきませんでした」


 焦る飛鳥とは対照的に、由佳里の方はただただ驚くばかりだった。幸いにも彼女の方にその気はないようだ。これは一安心である。


「残念だったわね、小林君。うちの由佳里は天然よ。色恋なら他を当たるのはどうかしら?」

「はあ……へこみますね。じゃあこちら失礼しますね」


 ため息を吐きながら目前の椅子に腰かけ、昴はギョッとした。


「ちょっと、何そこに座っているのよ? 他にも席は空いてるでしょう?」

「いやだって、他を当たれって言うから。ならご本人に行くのが礼儀かなって」

「は? 何よそれ。私を口説こうってことかしら?」

「はい、とりあえずは」


 満面の笑みを見せる飛鳥に対し、昴は額に青筋を走らせた。帝国奇術学校から今にかけて、男達から声を掛けられることはままあった。自分の容姿を鼻にかける気はないが、これほど雑なナンパを受けたのは生まれて初めてであり、正直ムカついた。


 昴の機嫌が悪くなっていることを察したらしい由佳里は、顔を引き攣らせた。


「わわ、私、厨房に戻ってお料理作ってきますね!」

「あ、なら僕にも昴さんと同じやつを持ってきて」


 当の飛鳥は気にもかけていないらしく、笑顔で注文を頼むほどだ。これには尚のこと昴の怒りのボルテージは上がった。


(怒ってはダメよ。ここは年上の余裕をみせなければ!)


「小林君、そんな軽そうな態度じゃあ、女性は振り向かない。もう少し真面目になるべきよ」

「そうですかねえ、僕ほど真面目に努力を積み重ねる魔術師はいないと思うんですが?」


 魔術師という言葉に、彼が帝国奇術学校の学生であることを思い出した。


「あなた奇術学校の二年生って言ってたわね? 私のことは学校で知ったの?」

「ええ、まあ。新聞でもよく見かけますから。そういえば今日の朝刊にも載ってましたね。なんでも二十人殻を逃がしたとか、残念でしたね」


 逃がしたという言葉に、昴は非常に気分を害した。しかしながら事実であるため、言い返す言葉が見当たらず、苦し紛れに話を変えることにする。


「由佳里との関係だけど、詳しく教えてもらえないかしら。これでもあの子を助手として雇っていてね、心配なのよ。それに事件がどうたらって言ってたわね」

「ああ、偽札事件のことで協力を申し出たんですよ。帝都の危機ですからね」


 偽札事件というワードに息を詰まらせる。帝都においてごく一部の人間しか知らないはずの

情報を、魔術師とはいえ一介の学生が、一体どこから知り得たのか。


「由佳里から話を聞いたのかしら?」

「いえ、元から知ってたんですよ。立花校長から話を聞きましてね。調べてみろって言われたんですよ、面倒だったんですけど」

「立花さんが? あなたに?」


 立花校長から依頼を受けたと聞き、瞠目した。自分も初めは彼が情報源となって偽札事件について知るに至った。目の前の少年も同様の事情らしく、そう考えると学生ながらに相当信頼されているということになる。


「驚いたわ。あの人が目を掛ける腕利きが居るなんて。調査不足だった」

「無理もないですよ。なんせ魔術の成績は学年最下位ですから。昴さんが僕を歯牙にも掛けなかったのは当然の事です」

「最下位? 冗談でしょう?」


 間の抜けたジョークに肩を竦めるが、本人はそうではなく至って真面目だった。


「本当に最下位ですよ。他のヤツが手を振ればできるような術も、僕は陣を描いて、呪文を口にして、多くの手順を踏んで半分の効力が出せるかどうか。魔力生成器官チャクラも貧弱で、魔力マナの保有量も平均的な魔術師の十分の一ぐらいでしょうかね」

「そんなんじゃ、入学すら出来ないんじゃないかしら? 入学試験には魔力マナのチェックがあるでしょう? 十分の一じゃあ絶対にパスできないわ」


 帝国奇術学校は推薦制の入学形態であるが、実際に試験官が立ち会う試験も存在する。その一つが魔力マナ試験だ。


「試験官の目の前で魔力マナを使い続け、その絶対量を計測する。容量を持っていないのなら、あなたがここに居るはずがないわ」


 魔力マナは魔術を起動するための燃料であり、これが少なくては術者として大成のしようがない。先天的な才能で、努力ではどうしようもできないものだ。


「そうですね。まあ、その話は良いじゃないですか。それより大事なのは偽札事件でしょう? 実は僕なりの手がかりを見つけたんですよ」


 そこでサンドイッチとコーヒーが由佳里によって届けられ、空腹の昴は視線を泳がせた。脇には当時流行だった滋養飲料カルピスが添えられている。


「飛鳥さん、手掛かりを掴んだって聞こえたんですけど、何か吉報があるんですか?」

「そうなんだよ。割と大事な……って、えっと昴さん、話をしても良いですか?」


 二人からの目線を感じた昴はハッとなって意識を戻す。


 偽札事件も重要だが目の前に運ばれてきたトレイ、その異常こそが今は重要だった。


「ゆ、由佳里……私のカステラはどこにあるのよ?」

「そこにあるでしょう? ほら、サンドイッチの影になってますけど」


 よく見ると、トレイの端にパン屑のように小さな塊が見える。


「そんな!? これじゃ鳩に上げるエサぐらいしかないじゃない!? お願いよ、由佳里さん。私にもっと甘い物を恵んでください!」

「駄目です。知ってるんですからね、この前、戸棚のお菓子を半分以上消費したこと。だから今日はカルピスで我慢してください。それで飛鳥さん、話の続きをお願いします」


 圧倒的な威圧感の前に、昴の申し出は却下されてしまった。


 絶望に打ちひしがれた彼女は、死人のような顔つきで鳩のエサを見る。そして大事そうに指で掴み、口へと放り投げる。そして口内に広がる甘味に涙した。

「感動しているところ悪いんですが、話を続けていいですか?」

「え、ええ、御免なさい。手掛かりがあるなら、是非とも伺いたいわ」


 恥ずかしいところを見られ、咳ばらいしてお茶を濁す。目つきを鋭くするが、少年は微笑ましいもの見たと言わんばかりの顔である。何だか馬鹿にされているような気がする。


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