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天才詐欺師と魔術探偵  作者: カツ丼王
第二章 怪盗VS名探偵
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09. VS名探偵

 時刻は昴が異変に気付く数分前に戻る。


 制服に着替えた飛鳥は、眼鏡にカツラを身に付け、顔料を洗い落とすことで至極真っ当な警察官へと姿を変えていた。


 岡持ちをトイレに捨て、彼は証拠品管理室に足を踏み入れていた。


 以前からP君には中村警部の動向を監視させていた。出来るならばライバルである昴に付けたい所だったが、勘が鋭く魔術師としては向こうが優れている以上、それは諦めるしかない。


 幸いなことに、警部を監視させてすぐ朗報が届いた。偽札事件の容疑者を洗い出し、数十人単位までその数を絞り込んだというのだ。自動電話を通じて昴へと話していたのをP君から聞き、即座に行動に移ったのが経緯である。


 偽札事件は限られた人間にしか知らされていない。そうなると捜査で得た情報や証拠は、秘密裏かつ厳重に扱われる。


 飛鳥は証拠品管理室で、容疑者をまとめたリストを探し回った。デスクにおいそれと置くような真似はしないはず。外に出せない情報なら、自然と警部だけが触れられる場所に保管するだろう。


 段ボールや木箱の中身を荒らし回ると、真新しい筐体と書類が目に入った。


「ビンゴだ!」


 口笛を吹きつつ、彼はお目当てのモノを探し当てた。収められていた書類には予想通り、容疑者の名前を連ねたリスト、各人の来歴と顔写真を載せた詳細資料もあった。挙がっている人物には陸軍の将校、内閣印刷局の職員、著名な政治家、おまけに帝国奇術学校を卒業した魔術師の名まであった。


「これは確かに外には出せないな。しかしこれだけ調べているとなると、かなり危険な橋を渡っているに違いない。あのおっさん、意外とやるじゃないか」


 真面目一辺倒な男だと思っていたが、存外型破りな手段を取ることも厭わないらしい。


 おかしな場面で警部を称賛した飛鳥は、上着の奥から一冊の本と魔方陣の描かれた羊皮紙を取り出した。羊皮紙を床に引き、その上に書類の束と本を置く。よく見ると持ち込んだ本は、中身が何も書かれていない空白ページで構成されていた。


「複製開始」


 飛鳥が魔方陣に触れると陣は薄く発光し、閉じていた冊子が勝手にページを捲り始めた。何も書かれていなかった空白に、先ほどのリストや資料の内容が書き出されていく。まるで印刷機のような光景は、数分で終わりを迎えた。


「よし完了。あとは元に戻し、鍵を返しておさらばするだけだな」


 事が完了し、飛鳥は自分の手並みに満足感を得ていた。


 だが次の瞬間、それは脆くも崩れ去った。


『職員二告グ。庁舎内ニ賊ガ侵入シテイル可能性アリ。白ノ作業服ニ岡持チヲ所持スル者ガ居レバ、即座ニ拘束スベシ。繰リ返ス。庁舎内ニ――』


 耳に飛び込んできた内容に、飛鳥は悲鳴を上げた。


「え!? 嘘でしょ!? 何でバレたんだ!?」


 狼狽を隠せない飛鳥は、何故に自分の犯行が露見したのかを考えたが、すぐそれが無駄な思考だと判断し、逃走へと頭を切り替えた。


 所持していた小型万能ナイフを取り出し、床にHのルーンを刻んだ。


 飛鳥が好んで使用するルーン魔術は、北欧由来の魔術である。ゲルマンのルーンという古い文字体系を用い、木片や鉱物に文字を刻むだけで術を行使できる。用途は限られるが、非才な彼にも扱いやすい魔術である。


 ルーンを刻んだ彼は足早に部屋を出て、鍵を閉めた。数秒後、室内から衝撃と荷崩れするような音が響いた。Hは『天から突如降ってくる氷』、転じて災いを示すルーンだ。雹を作ることなど飛鳥には出来ないが、部屋を荒らすことぐらいなら可能だ。


 盗んだ鍵をポケットに仕舞い、刑事部とは逆方向の階段から裏口へ抜けようと考える。


『職員ニ要請スル。ソノ場デ作業ヲ中断シ、全員付近ニ居ルモノト警察手帳ヲ提示シ合イ、身分を確認セヨ。不審ナ者ガ居レバ、ソノ場デ拘束セヨ。賊ハ備品庫ノ鍵ヲ所持シテイルト考エラレル。繰リ返ス――』


 スピーカーから流れた要請に飛鳥は青ざめた。警察官を装うために制服は用意したが、警察手帳までは準備していない。急場のことで用意出来なかったのである。


 廊下に出ていた職員達は半信半疑ながらも、命令に従っておのおの手帳を見せあい始めた。今この場で逃げようとすれば間違いなく目立ち、疑念を抱かれるだろう。しかしこのままじっとして居ても、手帳を持ち合わせていないことが露呈してしまう。


 どうにか逃げねばと焦っていると、背後から誰かに話しかけられた。


「何かあったみたいだな。とりあえず俺らもやっとくか」


 振り返った先で、スーツの中年男性が飛鳥に確認を求めた。


「全く面倒なことになったもんだ。まさか警察に盗みに入る輩がいるとはな」

「ほ、本当ですよね。どうせすぐに捕まりますし、こんな確認なんて要らないでしょう」

「確かに。しかし命令された以上、一応やっとくか。あとで何か言われたら堪らないしな」

「はは、は……そうですね」


 乾いた笑い声が出てしまう。誤魔化すのは無理のようだ。


 苦肉の策で、飛鳥は男性から先に手帳を出すように促した。


「ほらよ。総務部文書課の佐々木だ」


 開かれた警察手帳を見ると、男性が言った所属と名前が書かれていた。


「さ、次はお前さんの番だ」


 胸ポケットに手帳を仕舞った男は、当然のように飛鳥に催促した。そうは言われても出せるものなどない。まさに絶体絶命だ。


「ちょ、ちょっと待ってください。今見せていただいた手帳、少し変じゃないですか?」

「はあ? 変って、どこがだよ?」


 憮然とした態度の男に対し、飛鳥は近寄って再度手帳を求めた。おかしな点など別段ないが、てきとうに手帳のページを捲り、汚れているだの印刷が不鮮明だのと難癖をつける。


「ほらあ、よく見てください。名前の文字が滲んでるでしょ? 装丁も雑だし、それに――」


 次から次へと、あることないことを耳元で並び立て、時間を稼ぐ。


 だが男性は徐々に不審な目つきでこちらを見始め、ついにしびれを切らした。


「おい、悪い冗談はよせ! コイツは正真正銘本物だ! さっさとお前も手帳を見せろ!」


 相手のイラついた顔から、これ以上の引き延ばしは不可能だと分かった。おまけに荒げた声によって、周りからの注目が集まりつつある。


「おい、どうかしたのか?」


 しばらくすると近くに居た別の男性が、何事かと近寄ってきた。


「聞いてくれよ、コイツが――」

「この人が盗人です! 間違いありません!」


 男性が口を開いた瞬間、飛鳥は割れんばかりの声で叫び、彼が犯人だと指さした。


 当の男は彼の言動に、目を剥いて驚く。


「な、何言ってやがる!? 俺が盗人なわけないだろ!? むしろお前の方が怪しいだろう!?」

「言い訳は止めてください! 僕は見たんですよ! あなたが備品庫から出てくるところを!」

「はあ!? んなわけないだろうが!? 証拠でもあんのか!?」

「もちろん! あなたのポケットに備品庫の鍵があるはずです。それが証拠だ!」


 鍵を忍ばせていると言われ、男は馬鹿馬鹿しいとポケットを探る。


 すると余裕に満ちた顔が一転し、彼は恐る恐る、あるはずのない物を上着の右ポケットから出した。


 掘り出されたのは『証拠品管理室』の札が付いた鍵だった。


「ど、どうして、こんな物が俺の服に――!?」

「か、確保だ! この男が賊だ!」


 周囲に集まりだしていた職員は、一斉に鍵を持った男性に襲い掛かった。無実の男は必死に潔白を主張するが、騒ぎ声と怒号でかき消されてしまう。


 飛鳥はその様子を見守りながら、こっそりと場を離れた。


「悪いねえ、あとで見舞金ぐらいは送るよ」


 事態を上手いこと切り抜けた飛鳥は、通路を足早に進む。ついでに擦れ違った職員たちに、不審者は無事に拘束されたと宣った。裏口から出ると却って怪しまれると考え、来た時と同じように正面玄関から逃げようと急ぐ。


 それにしても誰が異常に気付いたのだろう。もしや中村警部が戻ってきた? いや、時間的にそれは考えられない。それとも観察力に長けた人間が他に居たのか? 


「そこ、止まりなさい! どこへ行くのです!?」


 正面玄関を潜ろうとした矢先、聞いたことのある声に呼び止められた。


 悪い予感がしながらゆっくり振り返ると、見知った姿がそこにあった。鹿撃ち帽にインバネスコート、輝く紅い髪を持つ乙女。二十人殻の宿敵たる名探偵。


(……君もここに来ていたのか、明智昴!)


 見据えた先にいる昴の目には、疑念がありありと現れていた。


「先ほど放送されたはずです。その場を動かず、職員同士で身分を確かめるようにと」

「ああ、そのことなら問題ありませんよ。さっき上の階で怪しい人物が確保されたみたいです。何でも備品庫の鍵を持っていたとかで」


 犯人が確保されたと聞き、昴はわずかに反応を見せる。だが少し考えたような素振りをした後、すぐに鋭い視線を戻した。


「だとしても、その人物が犯行を行ったとはまだ確認されていないのでしょう? となると庁舎から出ることは許可できません」

「そうは言われましても、運ばなければならない書類があるのですよ。ああ失礼、私は総務部文書課の佐々木と申します。これでよろしいでしょう? 急いでいますので」


 先ほどドサクサに紛れて失敬した手帳を、自分のモノだと自信をもって示し、この場を去ろうとする。


「待ってください。一つお願いがあります」

「……何でしょうか?」


 食い下がる昴に対し、半身で応えた。


「眼鏡を取って、顔をよく見せていただけませんか?」


 最後の要求に、彼は思いのほか困り果てた。


 先ほど店員から警察官へと変装した際、顔料などの小細工は削ぎ落としている。眼鏡に掛けた認識阻害の魔術だけが役立っている状態だ。二十人殻の顔は割れていないが、眼鏡を外し、素顔を昴に晒すのは今後の危険につながる。


「どうしました? 簡単なことでしょう?」


 昴は表情を崩すことなく、一歩一歩近づいてくる。確証はないが何か勘付いた様子だ。探偵の勘というのは馬鹿にできない。もしかすると自分の正体と帝都を騒がせている怪盗、この二つの像を脳裏で結び付けている可能性すらある。


 飛鳥は詰め寄ってくる昴を見て笑みを零し、両手を上げた。

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