第一章 第2話 ポヨンに魔封波を使った結果・・・その1
◆ ◇ ◆
戻りの電車がひどく遅く感じてイライラした。
いろんな想像が湧き出てきて、言い知れぬ不安を想起させる。
二駅が過ぎ、ようやく中森駅が近づいてきた。
夕べの荒唐無稽な状況が現実かもしれない。
つまり僕は、美少女ナンチャラにならなければ本当に「死ぬポヨ」かも知れない。
そんな確信が芽生えてきた。
ちょっとまってよ。
本気でイヤなんだが!
中森駅到着。
車両のドアが開ききらないうちに飛び出した。
目の前にある縄文土器オブジェにぶつかりそうになるのを直角左折で回避し、ホームを走り、階段を二段飛ばしで駆け上がる。
スイカのタッチを食い気味に改札を突破。
駅から飛び出し、上り坂を全力坂。
いつ以来だろう、この坂を駆け登るのは。
移動の基本操作が「はしる」だった小学生以来な気がする。
坂を上り終え、自宅マンションの前を通り過ぎ、隣の中森貝塚公園へ向かう。
この公園、管理人小屋に管理人のジイさんがいて、朝九時にならないと開門しないのだが、子供の頃より自分の庭としている俺は、背丈くらいの高さの未だ閉鎖中の門を華麗に登攀してスルー。
忍びのごとく優雅に降り立ったところで、門まわりを箒で掃いている管理人のジイさんと目が合った。
「コンジイ! おはよう!」と声をかけてスルー。
「おう」、管理人のジジイことコンジイも俺を華麗にスルー。
不法侵入歴十年オーバーの俺はもはや注意すらされない。
コンジイ、有能。
今日も緑ジャージにヤク◯トスワローズキャップと竹ぼうきが似合ってるぜ。
好きな選手は杉浦享らしい。渋い。
そして、なんでコンジイと呼ばれているかは知らん。
本名は確か上野金三とかだった気がするので、名前由来なのかもしれない。
でも、だったらキンジイとかでいいはずだ。
つまり真実は謎である。
ただ、この謎は世界で最も解かなくて良い七つの謎のうちの一つであるので解きません。
昔はよく飴玉くれた。
・・・今も時々くれる。
黄金糖、美味いよね。
「あ、シンイチ!」、後ろから声をかけられた。
「え?なに! 急いでんだけど!」、その場駆け足で振り返る俺。
ちなみに俺はシンイチではなくシンタロウ。
コンジイはちょっと険しい顔になり、小声で言った。
「なんかよ。向こうのほうで、ガキっぽいわめき声がきこえるんだわ・・・」
「お、おう」
「でも、行っても誰も居ないんだわ・・・」
「そ、そうなんだ?」
やばい。
あいつを見られたか?
「気をつけろ、シンイチ・・・」
コンジイは急に怖い顔をして、
「 れ 、 霊 的 な ア レ か も だ ぞ っ ! 」
うん。
大丈夫だった。
さすがだ、コンジイ。
朝っぱらからそのイマジネーション、素敵。
◆ ◇ ◆
貝塚やら地層やらをモチーフにしたオブジェがあったり、貝塚の発見者である考古学者エドガー・モーセのブロンズ像があったり、霧の出る噴水があったりするメインの広場を抜け、散歩コースのある雑木林の一番奥に行くと、土手のような斜面になっており、その下に先ほどの線路がある。
その土手に生えている、背の高い木の張り出した枝に、霊的なアレの正体はひっかかっていた。
短い尻尾なのに、枝にぐるぐる巻き付いていて取れないようだ。
コイツ、よく伸びるみたいだしな。
全く、どういう状況でそうなったのか。
きっと高速回転した状態で飛んできて、尻尾だけが枝に引っかかって遠心力で回転しながら巻き付いた状況で間違いなさそう。
姿を見たら、なんかちょっと安心して、笑えた。
木の下から見上げてみた。
引っかかっているソレは、怒りと哀しみの入り混じったような目でこちらを見ている。
その視線に耐えられず、ちょっと半笑いのまま、俺は目をそらした。
「・・・寒かったポヨ」
「・・・・・」
返す言葉もない。
「・・・っおっせぇポヨ。シンタロ」
すまん。
ていうか、こいつ俺の名前知ってんのか。
やばいな。
俺の個人情報、どこまで知ってるんだ?
「一晩中・・・。 取れないし・・・尻尾・・・」
いや、ちょっと哀れ・・・。
すまんて。
「回転で酔って、宙吊りのまま、ゲロも吐いたポヨ・・・」
う。マジか。
それは、ホントかわいそう。ちょっと。
「・・・テレパストーン壊れて、仲間に連絡取れなくて・・・。
大声で呼んでも、全然・・・シンタロ、来ないし・・・グス・・・」
だって聞こえねぇもん。
この公園、9時~6時しか入れないし(俺は入るけど)。
ああもう、涙声とか、やめてください。
ていうか仲間って何?
そんなのいるんだ?
「・・・あー。まぁ、なんだ・・・」
適当な言い訳と反省の言葉を探しながらようやく口を開く俺。
「えーと、なんというか・・・アレだよね。
・・・いろいろあるよね。人生はね・・・。
お前は人じゃないけどね?
不幸もスパイスっていうかね。誰が悪いとかじゃなくてね。
禍福は糾える縄の如しっていうか・・・。
つまりちょっと位は、俺の方も、ゴメンゴ・・・的な要素が、微レ存?
ハハハ・・・ハ?」
ジトっとした目の宙吊りのピンク。
やっぱ、この謝り方は気に障りましたかしらん。
ゴメンゴってなんだよ!
元ネタが野球選手のドミンゴだって知ってんのか!
・・・と言ってこないしね。
「・・・下ろせポヨ」、吐き捨てるように言った。
やぁ、なんだか声が無表情。
顔も・・・なんかすごいよ?冷徹の面?
「いや、うん。
下ろすよ。下ろすけどもさ。
一つ確認しときたいのだが、・・・下ろしたら、どうなる?」
とりあえず笑顔で確認。
えーと、こいつの俺に対する殺意の有無をね。
「ハッ? 即座に殺すポヨ」
やっぱりな!
「いや、違う・・・」
お? 殺さない方向ですか?
「まず、ポヨン流格闘術で全力攻撃して、泣いて許しを請うまで傷めつけ、ほっといても一年くらいで死ぬ程度の深刻なダメージを内蔵に与えたあとに、四肢を少しづつ切り落としながら治療しつつ、最終的にだるまにしてから、皮を剥いで炎天下にさらし、もう痛みを感じなくなる寸前まで精神を追い込んでから、満を持して殺すポヨ!」
おおう、コミカルでファンシーなデザインのフォルムから放たれるにしては、激しく殺伐として残酷な言葉だ。
昔の中国の処刑法かなにかですかそれは?
なんか「県」って文字は台の上に生首おいて晒している状態を文字にしたらしいよ?
「目」が頭で、下の部分は台座と流れてる血だってさ。
死刑場の近くには野次馬が集まってだんだん人が増えていって、県になったとさ。
ちなみに昔の中国の皮剥ぎの刑は、皮剥がれて苦しみながらも一週間以上生き続けないといけないんだって。
早く死んだら皮を剥いだ奴も殺されるんだってさ。
おおチウゴク、コワイコワイ。
そんな話を昔古文のセンセが言ってた。
ホントかどうかは知らん。
で・・・攻撃手段は格闘術ですか。そうですか。
じゃあ近接戦闘は悪手ですな。
距離を取らねば、おおコワイコワイ。
その2へつづく