第一章 第1話 かなみがエロい結果・・・ その5
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青色の電車が程なくしてホームに入ってきた。
高校のある田ノ町駅まではたったの三駅。
時間にして10分少々だが、俺とかなみの大切な青春タイム。
電車が動き出す。
僕らが今しがた歩いてきた坂は線路と並行していて、電車は来た方へ走り出す。
そして、程なく僕らの住んでいるマンションの横を通過する。
子供の頃はせっかく歩いてきたのに戻る感じがして嫌だった。
どうにかして駅まで行かずに電車に飛び乗れないかとか考えていた。
今は流石にそんなこと考えていないが、帰りの時は、自分のマンションの辺りで電車が緊急停止すればいいのに、そうすればわざわざ長い坂を登らなくて済むのになどと考えたりしている。
つまり思考はたいして変わっていない。
僕らのマンション横を通るとき、僕もかなみもいつもそちらを見る。
正確には自分の家のバルコニーを見る。
たまに母親やかなみのお母さんがたまに洗濯物を干していたりする。
別に向こうから見えるわけじゃないし、見えたところで何だというわけでもないのだが、なんか見てしまうんだよな。二人とも。
そして、そのマンション隣の貝塚公園を通り過ぎた時。
みつけた・・・。
あった・・・。
いや・・・いた。
俺の目は皿のように丸くなり、額に嫌な汗が浮き出てきた。
貝塚公園の、線路脇の斜面の木の枝に、ピンクの・・・アレだ。
バタバタと動いている。
もがいているのか。
昨日のアレがほんとは夢じゃなかったのはなんとなくわかっていたけどやっぱ夢じゃなかった。
俺はそのピンクの球体に釘付けになった。
こっちを見ているような気がする。
ポヨポヨ言いながら、怒鳴っているような気がする。
「死ぬポヨ」が、やっぱり気になる。
怒りに任せてぶん投げたが、よく考えればなんか色々やばいんじゃないか?
俺はハッとかなみを見た。
アレをみている?
いや、この距離から見てもアレが謎の生物とは思わないはず。
やたら動いているけど、風船が風に揺れているくらいの認識にしか至らないはず。
でも昨夜のことを一部始終見ていたらどうだろう。
俺が、ピンク色の何らかの未確認生物を投げたと認識していたら、それが木に引っかかって動いていると思うだろうか?
「ねぇ?」
かなみが窓の外を指さして言った。
「な、な、な、な、な、なに?」
すっごいどもった。
ここ数年にないくらいキョドった。
かなみがこちらをじっと見る。
じーっと見ている。
笑ってない。
怒ってもいない。
かわいいけど、何だろこの表情。
「いま・・・」
「いいいいい、い、いま?」
「いま、シンのお母さん、ベランダいたね」
「へ?」
「ちょうど、出てきたよね?」
「は、そう?」
「見てたんでしょ?」
見てなかったよ。
あのピンクのに釘付けだった。
とりあえずかなみはアレを見てなかったか。
なんとなくだが、かなみには、あのピンクのことを知られてはいけない気がした。
だって、冷静に考えて、夢じゃなかったんならアレは一体何なんだ。
姿はファンシーかも知れないが、危険性は保留しておくべきだ。
生物学上意味分かんないし。
俺、「死ぬ」とか言われたんだし。
とりあえずいなくなってくれたらいいが、もし帰りにまだあそこにいるようなら、回収しよう。
そうしよう。
そしていろいろ確認しよう。
その後、俺にとって無害なら全力で廃棄しよう。
「ねぇ、シン!?」
心ここにあらずな俺は、ちょっと強い声で名前を呼ばれ、我に返った。
「あ、ああ!
見て、たよ。
うん、いたいた、母さん。いたわ」
「・・・・」
かなみが黙る。
なぜ黙る?
それからしばらくの沈黙。
車窓の景色は流れていく。
もう、公園もマンションも見えない。
かなみは何も言わず、じっと俺を見つめてくる。
な、なに考えてんのかな?
そこそこに混んでいる車内。
至近距離でかなみに見つめられるなんて普段ならエロい妄想が暴走するところだが、今は全く頭が働かない。
二人とも見つめ合って、黙ったまま。
駅はひとつ、ふたつ過ぎて、そして、田ノ町駅についた。
プシューと音がしてドアが開く。
ホームに降りたところでかなみは振り向いて、口を開いた。
「ゴメン」と謝るかなみ。
「え?なにが?」
「シンのお母さん、出てきてない」
「はい?」
アタマ、グルっとなった。
いや、俺、話しあわせて母親いたわとか言っちゃったけど?
「シンのお母さんは、出てきてなかったよ。ベランダに」
「あ? え? ウソぉ?
あ、そう? え?いい、いなかった? た?」
どもった。
キョドった。
どういうこと?
かなみは、真剣な顔で聞いてきた。
「ねぇ?シン。
・・・あの時、一体、何を見て、驚いてたの?」
「・・・・」
答えられなかった。
駅のホームは、うちの高校の生徒であふれている。
俺とかなみが一緒にいるのはここまでである。
頭の中では、かなみとつきあって三度目の春。
めちゃラブ、いちゃいちゃエロエロカップルなはずなのだが、現実は非情。
なんせクラスメートですらない。
かなみは同じクラスの女子と駅前で待ち合わせて一緒に登校するし、俺も適当な知り合いと一緒にいく。
でも、今日はなんとなくもう、帰りたい気分だ。
「シン・・・じゃ、わたし、いくね?」
かなみはホームに佇んだままの俺に軽く手を降って、数人のクラスメートと一緒に改札口へと向かっていった。
ふわっとなびいた髪の香りが、なんか甘かった。
そして、かなみの姿が完全に見えなくなった後、俺は向かい側のホームに来た中森駅に戻る電車に飛び乗っていた。
あのピンクを一刻も早く回収しなくてはならない!
いやな汗が、首を伝った。
◆ ◇ ◆
かなみがエロい結果・・・破綻の日々が始まった。




