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拙い歌を、  作者: Jack
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花咲きぬ 1



「うるさいなっ! もう良いっつってんだろっ」


思わずそう言ってしまってからすぐ後悔する。言いたい事はそれじゃ無かったのに、頭で思うのと口から出るのとでは、何故だか言葉が変わってしまう。別に暸は今、何も悪く無かった。寧ろ、最近彼に冷たく当たっている俺の方が、彼の優しさを突き放した俺の方が、悪いのはよく分かっている。それなのに謝ろうとしても上手く言葉は出てくれず、最近はこうして関係を拗らせるばかりだ。それは、彼に対してだけでは無い。

なにか取り繕う言葉を、と思うのに、今度はそもそも言葉が頭に浮かばず思わず俯向く。視界に映るのは俺と暸の靴だけだった。


「ごめん、じゃあ」


そう一言漏らし踵を返す彼に思わず手を伸ばしかけるも、掛ける言葉もない。躊躇いばかりが溢れて、彼の腕を掴み止める事は出来なかった。結局一人残って、力なく悪態を吐くだけで終わってしまう。


彼、早崎 暸は、俺の幼馴染の一人でクラスメイト。基本的に何でも出来て、正直な話、素直に尊敬できる奴。けれど最近......もっとはっきりいえば中二に上がってから、彼をはじめとする友達と上手く接することが出来ない。原因が何であるのかよく分からない。思春期、という一言で済ませれば簡単だけど、それだけで済ますのも何だか癪な気がして。今まで通りに話したり遊んだり出来ない苛々を俺は持て余している。

今だって、数日前に言い合いになった事を謝りに来てくれていただけだった。それだってきっかけは俺だったのだから、先に謝るべきは俺だったのに。其れが分かっていても、結局彼の目を見て話せない。心から悪いと思っているのに、それを言葉に出来ない。それどころか、口にしたのは「うるさい」なのだから、何を言われても言い返せないだろう。

他の友達とも上手くいかない。ちょっとした事で俺が切れるから、その場の和やかで、ふざけた様な楽しい空気を台無しにしてしまうのだ。それでも普通に話しかけてくれるのは彼らなりの優しさで、けれどそれだっていつまで続くか分からない。良い加減いじめられるかもしれない。


「ゆーうまっ」


高めの、どこまでも響きそうなハリのある声と共に訪れたのは首への負担。後ろから思いっきり背中をど突かれたのだと悟ったのはその直後。突然の事ではあったが、それほど驚きがないくらいに慣れているのが悲しいところ。そしてその時にはもう声の主は完全に特定できていた。


「羽衣、お前さあ、背後からどつくのそろそろやめよーぜ? そのうち入院沙汰になるよ。被害者は俺な」

「慰謝料ぼったくる気でしょ? 性格わっるいなあ。っていうか、私からこの楽しみを奪う気!?」

「それを楽しみとするお前はなんなんだよ」

「うっわ、ひっどいなあ。もう少しオブラートに包んで話したり出来ないの? 女子に対する態度じゃ無いよ?」

「俺にそれを望むのかよ。無理に決まってんだろ」

「胸はっていうことじゃ無いよ、それ。っていうか、諦めるのが早過ぎなんだよ?」

「そういうお前こそ、こないだ絵が下手なの自慢げに言ってたな」

「あれはネタでしょ。皆、私が絵を描くの苦手なこと知ってるもん」

「じゃあお前、俺が口悪いこと知ってるもんな?」


すると彼女は唐突に舌をベーッと出して威嚇してくる。ぱっちりしたその双眸で俺を睨んでくるが、正直それ程怖くない。これは彼女が口論に負けて言い返せなくなった時の手段だと、俺は知っている。こういう子供っぽさが面白くまた、彼女の魅力であることは間違いがないのだけど。それでも思わず笑ってしまったのは子供っぽさが強過ぎたからだ。少し、面白すぎた。けれどそれによって彼女の顔は一層険しさを増す。


「折角ねー? 私がねー? わざわざねー? 悠真をさー? 元気づけてやろうと思ったっていうのにさーあ?......その態度はないと思う訳なんだけどっ」


どう思うよっ?っと叫ばれても困る。

もう一人の幼馴染である彼女、風見 羽衣は暸とは違い今年はクラスが離れたものの、家の近さ、家族同士の交流の多さから今だに過疎化することのない友人の一人。勉強に関してはあまり先は望めそうにない成績ではあるけれど、運動神経と友達の多さ、優れた容姿と性格故に人望のある彼女は、暸とは違う意味でやはり尊敬できる。


「頼んでねぇよ」

「素直じゃないなあ悠真。本当は嬉しいくせに。......と、そろそろ休み時間終わるね。教室戻ろう」

「はいはい」


そう言って屋上のドアへと向かい歩き始めた彼女の背中を見ながら、俺は小さく笑った。

羽衣に片思いをし始めたのはいつからだったろうか。幼稚園とか、そんな昔からかもしれない。そうだとすると、少なくとも7、8年は恋をしている計算になる。それはそれですごいかもしれないと思いながら、報われない事も何処かで理解していて。俺のはきっと横恋慕だから、いつかは手を引かなきゃ、諦めなきゃいけないのはわかってる。いつもなら諦めの早い俺が、それでも諦めきれないのは、彼女を思った時間が長過ぎるせいかもしれない。


「早く! チャイム鳴っちゃうよー!」

「わぁってるよ!」


だからこそ誰にも言うことの出来ないこの秘密は、墓場まで抱えていこうと思うのだ。それによってこの苛々やモヤモヤが生じているのだとしても。

彼女を追って駆け出す。


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