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笑う門出に夢来たる  作者: オオケラ泰道
第一章 夢よ、ただ狂へ
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5 達磨には火蓋

「しかし、死が怖い……か……さっぱりだ。話してもらおうか」

「……君が言い出したんだろうに……嫌だと言っても聞かないだろうね」

「ウン……自殺だ。それしかわからない。しかし妙だろうそんな前触れはなかったと聞いている」

 どうやら今朝方起きた事件について話し始めたようなので、居住まいを正座にただして、彼らの一挙一動を見守る体制に入る。

「…………駐在の生方(うぶかた)さんに直接聞いたが、正確には自殺ではなく病死だ。しかし……おかしな点が二ツあったと言っていたね。そのひとつが、亡くなったお婆さんは足を悪くしていたのにも関わらず、必要以上に部屋が荒らされていたという点」

「空き巣に襲われて殺されたのかなあ……アレ……でも」

「フフン。侵入の形跡はあったにしろ、金目の物は盗まれていなかったんだろう」

 蒲生君が深くうなずき、言った。

「その通りだ。なのに殺されてもいないという奇怪な状況になっていたらしい」

「もうろく婆さんさ殺す必要はないだろう。死因は判明しているのか?」

「詳しい事はまだわからないが、肺炎による心不全じゃないかと言っていたね。お歳を召していらしたから当然と言えば当然なんだろうが……もうひとつの可笑しな点は、死に絶えるすんでの処まで声をあげて笑っていたそうだ……」

「笑っていた……。アッハッハッ、愉快ではあるが笑うほどのものだったのか」

「……これについては、身体が悪くなって動けなくなるにつれ、娘の負担にならまいとして自殺した……という美談の体裁をとって処理したみたいだがね……」

「なるほどなあ。そういう胡散臭い情緒感は嫌いじゃない。しかしだ、部屋が荒れた原因と、笑っていた理由はどうしたい?」

 福洗君は円卓に身を乗り出して、鋭い視線で尋ねた。

「……ウム……それらしい証拠もないもんだから、あらかた動物の仕業だろうということで話はついたみたいだがね……」

「ほうれ見ろ怠慢は御免だとね。これだからいけないよ探究心がないんだ畜生……証左がないと働きゃしない。いいかげん僕らのほうが健康的だってわかったろう……君はどう考える」

「…………現状では推理しかねるだろうね。君の方こそ話したくて仕方ないのだろう話してみ給えよ」

「手堅いね。思うにだ……過去のダルマ事件と繋がる……。野犬に喰い殺された被害者に……不殺(ころさず)の侵入者さ……。どうだ面白いだろう」

 蒲生君とボクは目が点になった。

「…………ン……どう繋がっているのかまるきりわからんのだが……。もう少し具体的に御願いしたい」

「オイオイそれは君の十八番だろう。ムッシュ……君がわからなくて誰がわかるというんだ! これは連続殺人事件なんだぞ!」

「……連続殺人事件……そうなの蒲生君……?」

 そう問いかけると、彼は眼を閉じ眉間に青筋を立てて考えはじめた――青筋といっても怒っている訳じゃあないのだろうけど、なんていうのだろう青筋が立ちやすいタイプとでもいうのか……考えるときはよく眼をつぶっている。

「……論より証拠ということか」

 蒲生君は、眼を半開きにして(あき)れたようにうな垂れた。

「アア話半分出鱈目(でたらめ)さ、少々あらが過ぎたね。君の言うとおりスパイスが足りなかったか、しかし、安楽椅子探偵じゃあるまいし、身体を動かすべきだと思うね。飽くまでも(かいこ)……虫ではないということさ」

「……蚕か……ハハ……まさか君に諭されるとは思わなかったよ……仕方ない付き合おうじゃないか」

 蒲生君は立ち上がり、座布団が重ねられた横にある投げやりの外套を手に取り、軽い身支度をはじめた。

「おおかた想像はついてはいるがね。何時になるんだ?」

「いますぐさ」

 状況が飲み込めず、アタフタしていると福洗君は微笑しいしい言った。

「もちろん君も行くだろう?」

「ア……ウン」

 なんだかわからないけど何処かへ行くというのなら付いていくのが、ボクこと(はね)(つき)(みち)(やす)のポリシイなのであるからして、その宛てがわからないというのなら殊更だい歓迎。アア……そうだった……。

「帰りのついでに銭湯に寄っていこうよ」

 夏場は――ましてやこの酷熱の毎日にゃあ湯船に浸からないと手足が腐りそうでたまったものじゃあないのだ。福洗君は返事代わりに軽く手を上げ、蒲生君は言われなくともタオルを抱き込んでいた。

「ここから歩いて二〇分ぐらいだったか」

「ソ……」


 素っ気ない福洗君の返事とともにハッとした。

 ……そうだ……そうだったのだ……福洗君は……始めから……その事件についての話を聞くことを目的としていたんだ……。その口実として、構想中の原稿を持ってきては流れをつくり、現在との事件に結びつけたのだ……。普通に誘ったのであれば蒲生君はテコでも動かない……とんでもない策士だ……。それなのに、ボクが蒲生君から聴きそびれ、あしらわれていたのをいとも容易く聞きだしてしまったのだ……恐るべし福洗…………そうなのか福洗……?

 何はともあれ、年を同じくしたといっても、何だかんだといいながらボク等の関係は変わらず不変だ……。だからこそ、この不可思議な世界の謎を――過去を――時間を――解いてみたいのだけれども、なかなかどうしてうまくは行かない……。ボクには、蒲生君のような記憶力や整然とした相手の(うち)(かんがえ)る能力なんてものはないし、ましてや福洗君のように飛躍する破天荒な思考能力や、構成力もない……そんなボクにいったいどうして何物でいられるのか……。


 二匹のひぐらしが雑じって、三匹のひぐらしが三重唱を奏でる。


 眼をつぶり、喧騒のなかで孤立する蝉の音だけに耳を傾ける。

 ……この鳴き声がなかったら気が狂っていたかもしれない……最近はそう思える。

 しばらくしてひぐらしが鳴き止むと……がらりと玄関の戸が開き、(まみ)えぬ目的地へと歩を進めた……。

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