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笑う門出に夢来たる  作者: オオケラ泰道
第一章 夢よ、ただ狂へ
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4 くたびれた鸚鵡

 蒲生君は苦虫を噛み潰したように福洗君をにらみ返すが、彼はもろともせず話を続ける。

「……いいかい、昔にダルマ事件があったのは覚えてるだろ。アレはどうだろうか」

「…………構わないだろうが……いうに、事件性が無いとされて事故として解決されたのではなかったか」

「アア、そういえばそんな事件があったねえ。野良犬だかが喰い殺したんだったっけ……」

 たしか去年あたりに起こった事件だったかな。

「……ウン……あれは当初、飼い主が犬に命令し殺したのではないかという話だったが、そんな能力を犬の頭に求めるのはあまりにも非現実的すぎる……ということで、結局飼い主は不起訴、犬のみが殺処分されて解決したはずだ……いったい何を参考にするというのかね」

「そこだよ。不自然も不自然……違和感のわだかまりだ。野良犬ならまだしもだよ、飼っている犬がそうそう人様を喰い殺すようなことがあるのかナ」

「飼い慣らされた動物といえども根は(けもの)だ。人の気持ちならばいざ知らず……犬の気持ちなどわかったものじゃあないよ。考えすぎて阿呆になったか」

 蒲生君が鼻で笑うが、福洗君はなにかに頷きつつニンマリとしていた。

 ボクにもあの事件に不満があったのを覚えていた。

「けども、なんだか腑に落ちない事件だったじゃあないか。ボクも当時は何か裏があるんじゃないかと頭をひねったような気がするよ」

「…………不起訴に納得いかないのはわかるがね、とどのつまりは警察の方々が解決と見なしたのだからそれでお終いだろう……。君達がやっているのは当て()ない不満を妄想に変えて、それらを解釈するなり面白可笑しくしているだけだ。真実がどうなのかは知らないがね……真相がそうなのだから仕方なく事実として受け止めるべきだ」

「ハハハ……警察だって見落としはするだろうさ。ましてや僕らのほうが鼻が利く、頭も速い、何よりも若いときてる。老いた彼らに譲る義理などあるか! 犬のように喰ってかからねばと至極思うね。しかし妄想と言ったか……それ抜きで語れといわれたら帰るぞ」

 福洗君はニンマリした表情で冷たく語尾を切った。しっぺ返しを食らったように眼を閉じた蒲生君。意中を探るようにして、しゃべり始めた……。

「……平たく言えば、喰い殺した犯人は、ほかでもない君だろうね。凶器は、野心……動機は好奇心……トリックは無関心……とこんなところかね」

「……フフン。面白い当て推量だ。残念だがそうじゃあないよ的外れだ。ボクが言いたいのは……今日び起こった事故――事件の話さ」

「アア……。そうそうボクも気になっていたんだよ。どうなんだい蒲生君」

 そう蒲生君に問いかけるも、遙か向こうを見詰めるようにして……溜め息の代わりに眼を閉じてしまった。


 何かまずいことを聞いてしまったのか……今回の事件で何かよくないことでもあったのだろうか……彼は眼を(つむ)ったまま押し黙ってしまった。そんなことを考えていると……福洗君が話しかけてきた……が……ふり向くと彼の顔が目前にあった。

「気にすることはないさ。君はどうだい、思うところはないのかい」


 ボクはゆるやかに後ずさったあと、福洗君の(もえ)()色の瞳に眼そらしつつ答えた。

「イヤア……てんでわからないよ。ボクには聞いているだけで精一杯だから……」

「ダメだダメだ、思考を止めたらダメだ。……ウム、物事というのはだね、常に……こう……脳みそ的に……取り組まなくちゃイケナイんだ。君にはその……魂みたようなものがないもんだから、カラカラ人形になってしまうのだ。目ん玉で釘を打ち付ける気持ちでいなきゃあイケナイよ。はじめは痛いかも知れないけど、ナアニ……慣れ給えよ」

 ハッハッハと腕を組んで、眼をつむりながら蒲生君の真似をして滑稽に話す福洗君。言うことがヤタラにまともだからこれまた心が痛い……。

「……そんなことを言われても、ボクなんかにゃ手に負えないよお。折り合いつけて、せいぜい浅瀬にノンビリ浸かるぐらいがお似合いなんじゃないかと思うんだ……そうだろう?」

「ああ、確かに! 君は大喰らいの食い倒れ人形だからなあ。そこら辺は僕を見倣って欲しいところだね。やはり思考は大胆と不敵に彩るのをオススメするよ。蒲生のような几帳面づらに影響されると、お利口に禿げあがってお仕舞いだぜ」

 眼をつぶっていた蒲生君が、伏し目がちにつぶやき出した。

「…………また勝手なことを言うね。……善悪じゃあないんだから、彼を君のような変種と一緒にしてしまったらどうなるかわからんでもない――たちまち(そく)(しん)()()(ぶつ)になるのは目に見えている。その人となりにそぐう教えがあるというのに君という奴は本当にけしからんな。たしかに……大食で貧乏というのは的確だ。手当たり次第に手は出すが、やり遂げることなどてんから無いときてる。何よりも覚えが悪いのが頂けない。教え諭すとわかったような振りをして呆けて満足するだけだ……ウーム……実にけしからん……」

「ハッハッハ……蒲生、そう自虐するのは止したほうがいいぜ。君も暇がない暇がないと言ってはいるが、それは君も貧乏だからさ。御存じの読書はなかば強迫観念に違いない――それなら考えなしの羽槻のほうがまだ可愛げがあると思うね。年相応のしゃべりをすれば良いというのに、なんで老いたしゃべり方をするのか。これも、思うところに無知……いわゆる死が怖いのだろうね」

「フムフムご賢察ご苦労様……よくもまあそう思い遣ることが出来るね感心だ。しかし、それは君の専売特許じゃあないだろう」

「ああ、僕には誰がなにをどう考えるか――考えているかなんて興味はないんだよ。ただ愉しければそれでいいという人類の代表さ」


 何だかただの口喧嘩になっているような気もするが、話に花が咲いたようでなにより、と……彼等の口論を聴いている間に掛け時計は二時を指していた。日中の酷熱と熱中の彼等を癒やしてくれるのは、庭池に流るる(みず)(おと)と……(かざ)(おと)を拾う風鈴に……あくびばかりの猫が一匹いるばかり……。彼らと板挟みに囲まれているボクは、あくびにつられつられつ悦をかみ殺そうとしていると……二人はボクをにらみ付けた。


「君のために言っているんだぞ!」


 同時に発せられた声は思いのほか大きくて、癒やしの万物も押し黙った。ボクは笑みの眉を隠しつつ謝ろうとしたが、間を置かずして口論は続いていった……。

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