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笑う門出に夢来たる  作者: オオケラ泰道
第一章 夢よ、ただ狂へ
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2 退屈の居場所

 …………ジリジリと一匹のひぐらしが啼いている。


 雲ひとつない青空を眺めながら、少しささくれ剥げている縁側に寝そべりながら――

「…………と、何度も言うが、超自然現象としか言えないだろう? とてもじゃないが僕の頭には負えないんだ……自己の本質だ、魂の存在だあ、ボクは猫か、キミはボクか。この現象には何か意味がある筈なんだよ。他に代案は無いのかよお……頼むよお……」

 縁側の猫と寝そべり勝負をするでもなくしながら彼に問いかける。

「………………」

 本を読んでいるのが見えるだろうに、私の神聖な時間を邪魔しないでくれ給えよ。

 とでも言わんばかりの、というかそう言っているんだろうけれども、いつものように彼とボクの無言の会話の幕が切って交わされた。

「……考えても(はて)の無いことだと君は言うんだろうが、ボクには大問題なんだ。少しはボクの身にもなってくれよ蒲生くーん……」

 猫撫で声ならぬ、猫撫で顔で、猫と一緒になって哀願するのであるが、ぱらりと頁をめくる音が聞こえるばかりで、一向に耳を貸さない蒲生君にでフンっと鼻で笑われる始末。やれやれといった感じで彼女(ネコ)を見やると眼が据わっていた……どうやらお気に召さないようだ。

 こうなるとどうしようもないので気を取り直し、別の切り口で話しかける事にする。

「ふーん、『人類は地球人だけではなかった』……。なんだか蒲生君らしからぬ本を読んでいるね――極秘資料に示された衝撃の事実初公開! ハハア……オカルトに宗旨変えでもしたのかい……? しかし、意外だなあ、そんなものにも興味があるなんて」

 いつもはボクなぞにはとても読めないような分厚い本を読んでいるくせに、こうしたものを読んでいるのは実に珍しかった。とは言っても、彼の読む本をこうして適当におちょくるというのが慣例になっていたりもしている。

「………………」

 やはり口は横一文字を保ったままであるが、どうにかして彼を喋らせようとするのが、この退屈な世界での唯一無二の楽しみになってしまっているのであるからしてお構いなしに語りかけるのだ。

「そうだそうだ、どこそこで事件が起こったらしいね。殺人だったら僕等の退屈しのぎになるんだけどなあ。何か情報はないのかい」

 彼は自治体の葬儀に関わりがあるから何かしらの雑報を持っているはずだ。

「…………不謹慎な……一所にしないでくれ給え」

 本に眼をかざしたまま、口角の下がった不機嫌な口がようやく開いた。


 この少しジジ臭い喋り方をする彼の名は、(かも)()(はる)(あき)と言う。

 当年とって十五歳の中学三年生。いまや同い年ではあるが、かつてはボクの三ツ上だった。

「退屈してるから本を読んでいるのだろう? それにつけても顔がこわいよ蒲生君。ひょっとして君が犯人じゃあるまいね……」

「…………人相で犯罪の生来性を決め付けるのは好ましくない。そういう風潮によって流言飛語が生まれるのであって――――」

 なんだかわからない講釈と相変わらずの三白眼に皺の寄った眉間とがボクを睨み付ける。とても中学生には見えないその鋭い眼光は、なかば怒っているようにも見えるが、本人にそんな気色は皆無である。

「ははは、わかったよごめんごめん。その事件について何か知らないのかい」

 猫との(ねい)比べをやめて、本題の話に身を乗り出そうとしたが答えはあっけないものだった。

「……ただの事故だろう。君が望むような事件はそうそう起きないという事だ」

「そうかもしれないけどなあ。なんだか退屈だよこの世界は……残念だ……」

 はぐらかされた気がして独り言のように呟きながら居間に戻ると、ムッとした顔だちの蒲生君が本を閉じて待ち構えていた。

「……退屈退屈と君はいつも言うが、もう少し安楽のありがたみを(おもんばか)るべきだと思うよ私は」

「……キミだって退屈だろう? 夏休みに入ってから……入る前であってもずうっと本を読んでいるだけじゃあないか。ボクからしたら退屈以外の何物でもないわけだよ。口に出すか出さないかの違いだけじゃあないのか」

 彼は眉と口角をひとしきり動かしたあと、口を衝いた。

「退屈なのは認めよう。……だが、君のそれとは(かど)が違う。時節柄、読まざるを得ないだろうし、こういったものは何であれ、いずれ役に立つ時が来る。すべてが繋がり身になる時がいつか来るものなのだよ」

「そんなことを言ったって何時の話になるんだい。()()()()()を越え、()()()を越えてまでも暑い中じっと本を読んでいられるというのか……? 変だよ変態だ……」

「……君はいささか(はや)りすぎだ。そんな未来の事は知ることなど出来ないし、あれこれ言っても仕方がない。大事なのは今この時であり、今を生きていれば退屈などというまがい物はないのだよ。何度もそういっているはずなのだが君は――」

「なにもかもが現実(うつつ)でありであり(いず)れも正解である――というんだろう。耳にアザが出来たよお……しかし、理屈ではわかるけども、やっぱり腑に落ちないんだ。納得いかないよ……」

「納得してくれとは言っていない。過去が無いならば現在か未来かのどちらかを行くしかないだろうに……君の方が私なんかよりよっぽど理解の(はん)(ちゆう)にあると思うんだがなあ。何故退屈という言葉が出てくるのか……それが気に喰わんのだ」

 そう言う彼はやはり怒っているように見えた……。うな垂れていた頸をあげたボクは、上目がちに恐る恐る蒲生君を覗き込んだ……。

「……ボクが何者だかわからないと……今も未来も生きれないじゃあないか?」

「……過去を知ったからといって君は君じゃなくなるのかね。そうじゃないだろう。きっと、それすらも否定し、絶望するに決まっている。それで死なれでもしたらそれこそ退屈というものだ。だからこそ忠告をしているのだよ」

 すっかり威圧されてしまったボクは、降伏の旗を上げるようにしてゆっくりと肩をすぼめた。その様子を察した蒲生君は、なだめるように静かに続ける……。

「……過去や未来に振り回されていては甘露の雨も降りはしない。しっかりと今を見据え、未来の種を蒔き、辛抱強く待つ。人はそれを苦労や退屈と喚ぶのだろうがね。たとい日蔭者だったとしても必ず成熟する時がくるものなんだ。人生楽あれば苦もあるというが、種も蒔かず楽ばかりしていたら土が枯れ、成るものも成らなくなると言っているのだ」

「……そんなのは……ただの屁理屈だよ。土台となる土の質も家柄で決まるだろうし、実を結んだとしてもそれが甘露になるという保証はないだろうさ。キミと違って何物でもないボクにとっては過去を知るということは…………」

 と言いさすうちにボクは消え入るように身を抱き込んだが、蒲生君は返事をしなかった。

 一文字に結んだ口を不満そうに(ひず)ませながら、達磨のように鋭い眼光でジロリと片目でボクを見据えた後、本を開いて沈黙のまにまに続きを読み始めた……。


 縁側では、ボクを嘲笑うかのように猫が呑気にあくびをしている。

 セミの鳴き声がいつの間にか止み、ちょろちょろとした石清水の音が庭から響いてきた。


 何ものにも暮れずに、こうして今日もまた気怠い一日が流れ往くのだ。

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