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笑う門出に夢来たる  作者: オオケラ泰道
第一章 夢よ、ただ狂へ
2/17

1 或るように成る

 『世界』がはじまって二年、ボクは平生な非日常をしかつめらしく過ごしていた。

 非日常ならびに白昼の悪夢と名だたるこの世界はどこか狂っていて現実味が無い。……まずはそんな所からこの世ならざる彼等の違和感について、手前勝手に語り()るとしようかなあ……。


 ――遡ること二年前、当時中学一年生だったボクこと『(はね)(つき)(みち)(やす)』はこの世界に『生まれた』。この名前もその時分に和尚さんから戴いた有り難いもので、気付いたらこの世界に居坐り、のんべんだらりと村の中を彷徨(うろつ)いていたんだそうだ。

挿絵(By みてみん)

 中学一年生のまま生まれたってそんな訳はない。語弊があるかもしれないから――来たといっておこうかな。だけども、来たといっても来る前の記憶が無いもんだから『生まれた』といった方がやはり近いかもしれない。やっぱり『生まれた』と言った方がしっくり来るねえそうしようか。

 そいでこの狂った世界で生まれたボクは、元気はつらつたる日常を年相応に子供らしく過ごしていたように思う……んだけども、この時はあんまり意識していなかったから朧気(おぼろげ)にしか覚えていない、そんな不条理にも気付かずにそれなりに楽しくやっていたように思う。

 今でこそ異常だと感じる理由というのは、彼こと『(かも)()(はる)(あき)』は歳をとらない。

 ああ、彼に限ったことではなかった。クラスの皆も、学校の先生も、村のお爺さんもお婆さんもみんな歳をとらない。そして、いつの間にかボクだけが成長して、年上であったはずの彼と同い年になってしまうという、よくわからない現象に邂逅したわけだ。

 歳をとらない故に、学年もクラス替えも何も変わらず仕舞いなわけで、そんな無間地獄に落ち込んで――地獄よりかはむしろ極楽か――その無限極楽なるものに浸っているわけだけれども、2年が過ぎた頃にはオドロオドロした日常になんだか恐ろしくなってしまって、狂ったこの世界の究明をしよう、とそんな塩梅に程なく躍起になって行きまして今に到るというわけなのでございます……へへい……。


 そんなわけで彼らの時間は停まったまま、いや、この村全員の時間が停まってしまっているという怪奇現象が起こっているにも関わらず、彼等に言ったところで取り合ってくれよう筈はなく、ましてや何処の誰とも知れないボクなぞは気狂いあつかい愚の如し。御覧のありさま狂言回しの自己問答を誰とも無く演じている訳でございまして……そうしてここがどこなのか、いろいろ考えたその節もつらつらと(うろ)(めい)じていこうと思う次第……。


 曰く――『記憶』はどこか

 記憶喪失及び健忘症ではないのは確かだろうと思う。この世界に生まれてからの二年間、記憶の断片なるものは一向に思い出す様子も無く、記憶も子細無くハッキリと刻まれている。あいや小難しいことや細かいことはすぐ忘れるけれど、これは多分そういう性分なのだろう。最初は自分が誰かなぞと不可解に思ったりもしたけれど、これといった喪失感も感じずに何だか風呂上がりのようにサッパリとしていて――あ、あとで蒲生君を連れて銭湯に行こうかなあ――と、その彼が言うには……。

「およそ原因によって様々に分類される、例えば――」と何時ものように小事を言っていた。

「ストレスフリイか、トラトウマはどうか、トウフノカドは怖いか」なんぞと色々と聞かれたけども、どの症状にも当てはまらなかったみたいだ。多重人格障害なる別の人格が表れて、本来の人格は内部に眠っているのではないか、と漫画みたいなことも言われたけれど、ここ二年間おかしい挙動は見られず又これでも無いようだ。やはり『生まれた』と言った方がしっくりくるという不始末……神妙不可思議奇々怪々というやつだ。

 ここ(おん)(もり)村の人たちもボクの事なぞ知らぬと言っている。よそ者には優しくないみたいで、あまり口を利いてくれない有様だけれども……ああ、両親についてはどうやらこの村には居らず、警察の人たちが目下捜索中、いまだ目処立たずらしい。孫悟空のように石の卵からこんにちは、なんて事はもちろんないだろうから、両親が居るのは確実だろうとは思うんだけど……これも定かではない。だけども記憶がないことによって艱難辛苦を味わうこともなく、もうひとつの怪奇現象が顕わになるまでは、のんびり惰眠浄土を貪っていたんだナ……。


 而して、昭和五十九年のこの世界に、剣や魔法、超能力なんて(もつ)てのほか、ゴブリンやドラゴン等その他愉快痛快超絶無縁のモンスターにはお目にかかれないもので、ここが俗に言う『異世界』ではないことは一目瞭然。けども、宇宙人や未来人、超能力者ぐらいなら居るかもなんて思ったりする自分の有耶無耶加減にはイヤになるけれども、アイ・ハブ・ア・ドリームの精神でやっていきたい所存でございます……なあんて何をいっているのだボクは……エエト。そいでもって、記憶が無いのはもしや元いた世界から転生した為か、行く末には記憶を取り戻してゆき、元居た世界に帰れるのかも知れない……なぞと思っていた時期もあったけど、そんな(おん)()設定のドリームファンタジーに考えを廻らすのも実に楽しからずや、これまた断じてペケマークなので御座った……。


 超現象にせしめれば、神の()(たま)や即身仏においたがすぎるよ空即是色、なにが何だかわからないけれども、せっかくだからもうちとばかし幻想夢想怪奇譚を取り繕っていこうかな……と、このとおり、脳髄が悲鳴を上げはじめたけれど踏み込んでイキマショソウシマショ。

 

 曰く――『時間』は停まったか

 生まれ付きの楽天家なのか、記憶が無いことについては大して気にも留めなかったのだけれど、ダダダの大問題は、彼らの時間が停まっている――世界全体の物質的な時間が止まっているという訳ではない――という点だ。

 いま迄の二年の間際も春夏秋冬朝昼晩と世間は流れて行くにも関わらず、彼らの言わば精神的時間……といったら良いのかこうしたものが停まっている。逆説的に(かんが)みるとボクだけの精神的時間が停まっているとも考えられ()るが、しかしそうなると、認識や無意識などの諸問題の袋小路に陥ってしまって、たちまち僕の頭はトンチンカンになってしまうから――

 およそ記憶喪失による何かしらの合併症(パラノイア)だろうという無難の無の字に落ち着いた……それでもかれこれ割り切れないでいるのだ……。

 ならば、別の切り口から解剖していくに当たっては、空想世界へひも解いては見てみれど……当て()ない虚構の世界に狂ってくる(どうでもよくなる)こと間違い無し。今日こそはなぞと息巻いた所で、うさん臭さの総決算にうな垂れてしまうのも時間の問題なのだけれども……実際に起こっているのだから仕様も無い。浅はかなるもののあわれな考えを巡らすべからず……。


 時に、走馬灯のように次々と移り変わる幻影――ファンタスマゴリアと呼ばれるそれは、ここが異界でなければ『精神世界』なのではないかという仮説を立ててみる。

 要するに、死の危機に直面したときに脳髄の裏で展開される、総天然色青春連続トーキー映画さながらの幻世界なのではないか。そうなると実は臨死の彼岸で云々……などと、こうなってくるとやりたい放題だ。思考が止まりにとまって切りがない。

 他にも『並行世界』『仮想現実』『天国地獄』『虚構世界』なぞと有象無象の可能性を考えたけども、どれも現状の理解を助くるものは無かった……。


 そういえばこの間、三蔵法師の異名を持つ村長さんに、辻説法を受けたのが記憶に新しい。

「すべての色は胡蝶(こちょう)の夢じゃ、取るに足らない」などと言っていたかな。

 よくわからずに聞き()ってしまったので、その後、彼に聞いてみると……荘子という、中国の偉いおじさんが見た夢のお話で――蝶になってひらひらと舞う夢を見て眼を覚ましたけれど、はたしていま起きた自分は『蝶になった夢』を見ていたのか、それとも今現在が『蝶の見ている夢』なのか……というお話らしく、まさしくこれだと喉をうならせた。

 もし、今現在が誰かが見ている夢ならば――もしくは自分が見ている夢ならば――記憶が無いという不可思議な状態、時間が停まるという如何わしい超常現象。ましてや、異世界だの並行世界だのとそれら空想の類いの一切のすべてに合点がゆく。ボク自身寝る事が好きなことも相成って、この何かしらの『夢』を推したのだが、されどもそんな決起にまたしても彼は――

「どちらであっても主体としての本質に云々――」といつものようにしち難しい理屈を並べ立てられたあげくに大体を聞き流してしまったけれども……答えが出ず終いであった……。


「なにもかもが現実(うつつ)であり()()であり、(いず)れも正解である」、と彼は云う。

 ボクよりも物知りで勉励する彼がそう言うのならそうなのだろうけど……なんだか腑に落ちぬ……などとイタチごっこの徒然ながむる繰り返しの日々に早二年……。

 在るのか無いのかわからぬ記憶を取り戻すことが、ただ一ツの足掛かりにして関の山。


 悔し紛れに眼をつむって眠ることだけが、ボクに出来る唯一の解避法なのであった……。

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