表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

止まぬ悪夢

突如現れた人物と口裂け女が暫く互いの得物を交差させ合った後、双方バックステップをして距離を取る。


「ウソでしょ…⁉︎なんでここにいるの…?

…マジコ‼︎」


そう、その人物は琴羽の親友であるマジコこと眞嶋好美。

ついこの間まで霊の影すら見えなかった彼女がこうして悪霊と対峙している。

そのあまりの変身ぶりに琴羽は驚かずにはいられなかった。


「どう?プスコ、ビックリしたでしょ?」


顔だけ振り返り琴羽の方を見る好美。

その手には、かつて悪霊に憑かれていた時の鉤爪に非常に酷似した物が装着されていた。


「それ、どうしたの⁉︎」


「あ、これね。私の屠物だよ。『屠爪(とそう)』っていうらしいけど。

カッコイイでしょ〜⁇」


両手に着けた屠爪と呼ばれる鉤爪を琴羽に見せびらかす好美。

それを見た琴羽は、どうしても暴走したあの日の好美を思い出さずにはいられなかった。


「じゃあマジコも屠霊師に?」


「そゆこと。詳しい話は後だよ、プスコ!

奴が来る‼︎」


好美が屠爪を構えた直後、口裂け女は低い体勢でハサミを持ち突っ込んでくる。


『邪魔をするナラ、貴様からコロス‼︎』


「‼︎っっ」


先程よりもさらに速い突きが好美に襲いかかる。

片手に4本、両手で計8本の鉤爪を持つ彼女は琴羽よりも断然ハサミを捌きやすく、彼女のような危なっかしさは無かった。


「…これはどうっ⁉︎」


ハサミが迫る瞬間、屠爪を交差させハサミを受け止める。

ガッチリとハサミを固定され、抜く事が出来ない。


「プスコ、今だよ‼︎」


「うんっ‼︎」


口裂け女の背後に回り込んでいた琴羽が屠刃を振り被り、斬りつけようとするが…

女は空いている片手で素早く懐からもう1本のハサミを取り出し、琴羽の一撃を受け止めてしまった…!


「そんなっ⁉︎」


『フフッ…残念だったネ!』


圧倒的な腕力で屠刃ごと琴羽を跳ね返し、その2本目のハサミで好美に斬りかかる!

既に1本目のハサミを止めている最中の好美は移動が出来ず、顔だけ動かすのが精一杯だった。


「ぐぅっ‼︎」


好美の頰に一筋の裂傷が生まれ、血が噴き出す。

たまらず封じ込んでいたハサミを放し距離を取る ーー


「強い…なんなのコイツ⁉︎

こんなガキンチョなのに、力はまるで大の男並みだよ!」


傷付いた頰を押さえ、口裂け女を睨みつける好美。


『それこそがアタシの狙い。子供だと思って油断させ、スキを突いてブチ殺すのヨ!

それにガキの身体は軽くて動きやすいカラネ…アタシにとっちゃ最高の『殻』ナノサ‼︎』


両手のハサミを開閉しながら得意げな表情を浮かべる口裂け女。

二人掛かりでも歯が立たない…琴羽と好美が半ば戦意を失いかけていた時 ーー


「なるほど、殺した子供の死体に取り憑いていたのはそういう目的だったのね」


琴羽と好美が声のした方を見る。

そこにいたのは、あの銀髪の少女だった。少女はこちらに歩み寄りながらさらに続ける。


「生きた人間に取り憑いても、大なり小なりその人間の意識の干渉を受け完全に自由には操れない。

けれど死んだ人間ならば当然意思はないから、100%思い通りに動かせる。

ただ、死体特有の『弱点』も背負ってしまうけどね」


「その弱点って、まさか…⁉︎」


何かに感づいた琴羽に向かって少女が頷く。


「腐る、という事。いわゆる『死にたて』はまだ新鮮で使い勝手はいいけど、腐敗が進むにつれて身体がいう事を聞かなくなってくるの。

だから、完全に腐り切る前に次の『殻』を見つけて殺し、乗り換えを繰り返していた…そうでしょ?」


言い終わると共に、少女は口裂け女に向かって指を突き立てる。女は身体を仰け反らせて笑ったかと思えば、今度は刺すような目付きで少女を睨みつける。


『ガキのクセに、勘だけはイイジャナイ…

その通りダヨ、ガキは殺しヤスイし身体は使いヤスイ‼︎

服はさっさと捨てて自分の物を着続けてるケド』


「だから、見つかった遺体は服がなかったのか!

なんて奴…」


罵る好美に向かって、不気味な笑みをこぼす女。

そして再び銀髪少女に視線を戻すと。


『もうこの2人に用はナイ!

アタシゃアンタが気に入った。その身体、頂くよ…アタシの正体を知っててシャシャリ出てきたのが運の尽きだったノサ‼︎』


次の瞬間、ハサミを構え少女に向かって飛び掛かる女。あまりの疾さに琴羽と好美は一瞬見失い…


再び口裂け女を視界に捉えた時、なぜか女は少女の目の前で棒立ちしていた。

両手のハサミは粉々に砕け、蒼白の瞳は見開き、身体は尋常ではないくらい震えている。


『…、バ、バカな、こんな…事ガ』


「ちょっと調子に乗り過ぎたようね…相手の霊氣も見極められないなんて。

…消えなさい」


少女がおもむろに、口裂け女の顔面に掌をかざした次の瞬間 ーー


『ガッッ‼︎』


まるで後ろから思い切り引っ張られたように吹き飛んでいく女。

地面を何度も転がり、グッタリして動かなくなった。


「運が尽きたのはあんたの方だったわね」


女に向かって吐き捨てるように言い、好美に視線を向ける少女。

その目は口裂け女に対する鋭い目付きとは違って、柔和そのものだった。


「デビュー戦が対口裂け女じゃ、荷が重かったかしら?」


呆然とする好美は黙って頷く…

今度は琴羽に向かって冷ややかな視線を送る少女。


「あなたはちょっと気を抜き過ぎね」


そう言い、琴羽の元に歩み寄り屠刃を取り上げると…

いとも簡単に抜刀してしまった。

そして静かに間を置き…その場で刀身を振り子状に勢いよく振る。

するとどうだろうか。触れてもいない地面がバックリと裂け、少女の足元に大きな亀裂が生まれた。


「あ…あ…‼︎‼︎」


唇を震わせ戦慄する琴羽。少女のその圧倒的な力に恐怖すら覚えた。


「こんな立派な得物を持ってるのに…宝の持ち腐れとは、まさにこの事だわ…!」


刀身を鞘に納め投げ返す少女。

琴羽はあたふたしながら屠刃を受け取り再び少女を見やると…すでに少女の興味は琴羽にはなく、周囲をキョロキョロと見渡していた。


「ちょっと目を離した隙に、まんまと逃げられたわね」


よく見ると、確かに倒れていたはずの口裂け女がいなくなっていた…


直後に響き渡る悲鳴。

聞き慣れた声に琴羽と好美の2人は顔を見合わせ、声がした場所に駆け付けると…


「ガ、ガラコ…!」


そこに倒れていたのは…小冬。身体には痣や切り傷が数多くあり、手に持つ屠鞭は手元から千切れて先が無くなっていた…


「すごい怪我…一体どうしたの⁉︎何があったのよ⁉︎」


「もしや口裂け女がここに⁉︎」


琴羽は小冬を抱き上げ、好美は自分の服を破って小冬の傷口に巻き付けていく。

小冬は小さく呻き声を漏らしながら項垂れている…


「いや、小冬に限ってそれはないわ」


いつの間に側にいた少女が2人に向かって言う。


「小冬はあなた達のような駆け出しとは違って、もう何年も前から悪霊と戦っているベテランなのよ。

今更口裂け女如きに不覚をとるはずがない…!」



『ダレガ、口裂け女如きダッテ…?』


「⁉︎⁉︎」


背後から濁った声が聞こえ、3人が一斉に振り返ると…

姿をくらましていた口裂け女がそこにいた。

だが、何か様子が違う。


「コイツ、さっきの奴とは微妙に違う…!もう1体いたってこと⁉︎」


「いいや、さっきと同じ奴よ。霊体は個別に霊氣の濃度が違うから、同じ者か別の者かはそれで判別出来る」


少女の解説にも合点がいかない琴羽は首を傾げ、


「でも顔も背丈も全然違うし…」


「まだわかんないの?さっきの僅かな時間でまた子供を殺し、その死体を奪ったんだわ…

私達がさっさとトドメを刺さなかったばかりに、余計な犠牲者を出してしまったって事なのよ…!」


少女は歯を食いしばり、拳を握り締める。

懐から新たなハサミを取り出した口裂け女は、刃に舌を這わせながらゆっくりと少女に歩み寄る…


『ガキンチョが…さっきはヨクモやってクレタネ。

身体もこの通り新品になった事だし!

今度こそ覚悟、シ、ナ … 』


そこまで言い掛けた時、急に硬直し動かなくなる女。

そして小冬以外の全員の目線が口裂け女の腹部に集まる。


その腹からは…真っ赤に染まる『別の腕』が飛び出していた。

異様な光景に琴羽達は唖然とし、

口裂け女はその大き過ぎる口から夥しい量の血を吐きながらゆっくりと後ろを振り向く…


『人ノ縄張リデ好キ勝手ヤッテクレテンジャナイノ…

コノクサレ女ガッ‼︎』


口裂け女の背後に立っていた者が、貫いた腕をそのまま上に振り上げる。肉を引き裂く嫌な音を発しながら、口裂け女の上半身が真っ二つに割れた…


「あ、あ…あ…!」


ただただ怯えながらその様子を見守る事しか出来なかった琴羽と好美。少女は、至って冷静を装っていたが…その顔は非常に険しいものとなっている。


『サテ、次ハアンタ達ダ…』


口裂け女の死骸を横に蹴払い、こちらへ近付くその女は…踝まである白のロングワンピース姿で、足には何も履いていない。

それよりも琴羽達の目を引きつけたのは、異様なまでに伸びきった漆黒の頭髪だった。

側面と後方の髪は口裂け女と同じくらいの長さだが、その女は前髪も長く、顔全体をほぼ覆い尽くしていた。


『屠物、カ…アンタ達、屠霊師ダネ。ソコニイル、メガネ女ノ仲間カ?』


小冬の事を言っているとすぐに悟った琴羽は、今までにない程の憎悪の目付きで女を睨みつける。

そんな琴羽と女の間に少女が割って入る。


「こいつは…非常にマズイわ!

ここは一旦退くのよ‼︎」


少女が琴羽達に撤退指示を出すが、琴羽は無視して前に出ようとする。


「ちょっ…私の言葉が聞こえないの⁉︎」


「聞こえてるよ。でも、ガラコをやったのはコイツなんでしょ⁉︎何もせずに尻尾巻いて逃げるのは嫌なの‼︎」


すると、少女はいきなり琴羽に平手打ちを浴びせる。


「痛っ…!何すんの⁉︎」


「あなたがこれ程のおバカさんだとは思わなかったわ…

さっきの口裂け女戦で己の力不足を充分感じ取ったはず。その口裂け女を容易く仕留めるような敵に勝てるとでも思ってんの⁉︎」


少女が両腕を広げて琴羽を止めようとする。

少女の眼力に圧倒された琴羽は動けなくなってしまった。


『コノ私ヲ前ニシテ、ヨク呑気ニオシャベリ出来ルナ!

気ニ入ラナイ…‼︎』


女が右腕をゆっくりと後方に振り上げるのを見て、少女は。


「みんな!避けて‼︎」


大声で叫び、少女は琴羽を抱えて女の正面から逃れ、好美は小冬を抱えながら少女と同じ方向に跳ぶ。

その直後。振り上げた腕を今度は前方に思い切り振り抜くと同時に凄まじい烈風が巻き起こり、先程まで琴羽達がいた辺りの地面が一直線に(えぐ)れてしまった。

もし、少女が『それ』に気付いていなかったらと思うと…

琴羽の戦意は再び失われていった。


「これでわかったでしょ…!あなた達がどう足掻いても奴には勝てない事が!

だからお願い…私の言う事を聞いてちょうだい!」


懇願する少女に琴羽は黙って頷き、女に背を向けて撤退しようとするが。


『逃ゲラレルト思ッテンノ…?』


瞬時に琴羽の正面に回り込む女。顔を覆う前髪が恐怖をより一層引き立たせる。


「待って…!この人達はまだ新米なのよ。あなただって、もっと歯応えのある相手と戦いたいでしょ⁉︎」


再び琴羽の前に出る少女。

琴羽達に手を出さぬよう女に説得を試みるが…


『関係ナイネ…ドウセ私ニ敵ウ奴ナンザ、コノ世ニハ存在シナイ。イツ殺シテモ一緒サ』


目にも止まらぬ疾さで琴羽の首を掴む女。

もはや琴羽には振り解く気力すら残っていなかった。


『サアテ、ドウ料理シテアゲヨウカネ…』


もう片方の手の指をコキコキと鳴らす女の目の前に少女が駆け寄り…そして。


土下座 ーー


「お願い、彼女を見逃してあげて!この通り、もうとっくに戦意はないわ…!もちろんあの鉤爪の子も、私もよ!だから…!」


女は琴羽を放してしゃがみ込み、額を地面につける少女の顔を覗くように顔を近づける。


『ホウ…ソレジャ、ナニカ?アンタガ身代リニナルノ?』


「もちろん、タダでとは言わないわ」


少女が急に顔を上げると、いつの間にくすねたのか、その手には口裂け女のハサミを持っていた。

その先端を自らの顔に向け…



「 ーー ‼︎‼︎‼︎」



次の瞬間、思わず琴羽は顔を背ける。

なぜなら、ハサミの刃先が少女の左眼に飲み込まれていたからだ…

そして少女はゆっくりとハサミを引き抜き、女に差し出す。

先端には、血で塗れた少女の眼球が。


『……』


女は黙ってハサミを受け取ると、すっくと立ち上がり踵を返す。


『次ハ無イヨ…

今度会ッタラ、即刻八ツ裂キダカラネ‼︎』


こちらに背を向けたまま歩き出したかと思えば、その姿は薄くなっていき…やがて見えなくなった。


暫く呆然としていた琴羽が、左眼『があった部分』を押さえて踞る少女に駆け寄り、介抱する。


「なんで、なんでここまで…‼︎

私達なんかの為に⁉︎」


「離してよッ‼︎」


涙を流す琴羽を突き放し、ヨタヨタと歩き出す少女。

押さえている手から血を漏らしながら…


「今度会ったら八つ裂きですって…⁉︎

上等よ、その前に地獄へ叩き落としてやるからッッ‼︎」


とても子供とは思えない程の低い声で怨み節を発しながら立ち去っていく少女を、琴羽は…

霞んだ眼差しで見つめる事しか出来なかった ーー




つづく


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ