交わった異端
いつもと変わらぬ学校の昼休み。
教室の一角で、琴羽と好美が机を挟んで向かい合い弁当を食べる。
「でさ、来週にでもテニス部再開なんだって!
めっちゃうれしくない⁉︎」
「そだね、いつまでも臨時帰宅部なんてやだもん」
悪霊が消え恐ろしく伸びていた爪も元に戻り、すっかり自我を取り戻した好美は普段と変わらず琴羽と接していた。
まるで悪霊に取り憑かれていたのが嘘だったみたいに…
「ん?プスコ、どうかした?」
好美の胸を凝視する琴羽に問いかける。
「胸…痛そうだなって思って」
「あ、これね。どこで怪我したか、全く記憶にないんだけど…いつの間にか切れてたの。
てかさ、なんでプスコが私の怪我の事知ってんの?」
「え、いや、さっきから胸ばっか触ってるからさ、
ついね…」
咄嗟に言い訳をする琴羽。
取り憑かれてた時の記憶がない好美に、その間に起こった出来事を話す勇気はなかった。
ましてや、悪霊に操られて琴羽を殺そうとしたなどと。
「まあ、いいや。
そうそう、プスコみたいに普通の人は見えないものが見えるっていう子がD組にいるんだけど、知ってた?」
「え?私と同じような人が?」
同じ学校に自分と似た体質の人がいる。
なんだか複雑な気分になる琴羽。
「相良小冬って名前なんだけど、これがまたすっごく目立たない子なんだって。
私、同級生にそんな子がいたなんて初めて知ったよ。プスコも知らなかったでしょ?」
「うん…
私、その子に会ってみたいな」
「昼休みはいつも図書室にいるみたいだから、今から行ってみようよ!」
好美の誘いに喜んで頷いた琴羽は手早く弁当箱を片付け、好美と共に教室を後にする。
「あ、いたいた!ほら、あの子だよ」
図書室に入るなり、椅子に座り本を読む女子生徒を指差す好美。
その姿は眼鏡に三つ編みの、いかにもガリ勉少女という雰囲気を漂わせていた。
「それ、何読んでんの?」
好美に急に声をかけられて驚いたのか、慌てて本を閉じ両手で抱える小冬。
「何ですか…?あなた達…!」
慌てふためき2人の顔を交互に見渡す。
そんな小冬の向かいに座り、本の表紙を見る琴羽。
タイトルには『陰陽道と霊媒術の歴史』と書かれていた。
「あなたは、確かB組の伏間さんね?
噂は聞いてます」
「有名人じゃん、プスコ」
「良い意味じゃないだろうけどね」
あははと笑う好美、苦笑いの琴羽、まだ表情が硬い小冬。
「相良さん、だっけ?あなたも霊的な物が見えるらしいじゃない?」
琴羽の質問に、彼女は黙って頷く。
その目線は常に下を向き、琴羽には合わせようとしない。
「私…自分だけだと思ってました。
自分だけが周りと違う…変な人間だとずっと思ってたんです」
「私もよ」
チラチラと琴羽と机に目線を往復させる小冬をじっと見つめる琴羽。会話に入れない好美は側で欠伸をする…
「あ、そうだ!こうやって知り合えたわけだし、あなたにもニックネームつけてあげるね!」
「え?ニックネーム、ですか?」
急に身を乗り出し提案する好美に、小冬は動揺する。
嫌な予感しかしないと言いたそうな表情の琴羽。
「『さがらこふゆ』だから…『ガラコ』っていうのはどう⁉︎」
なぜかドヤ顔の好美に対して小冬は唖然とし、琴羽はあちゃ〜、やっぱりという表情をしていた。
某撥水コーティング剤を彷彿とさせるが、一切関係はない。
「決まりね。よろしくね、ガラコっ」
「あ、はい、よろしくお願いします…」
握手をする好美と小冬。
ついさっきまで面識も無かった人間とこのわずかな時間で接近し、さらにあだ名までつける好美をちょっぴり羨ましいと琴羽は思った。
校内外に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「んじゃ、またね!ガラコ」
「はい、また」
手を振り合い、それぞれの教室に戻ってゆく3人。
その後はいつも通りの時間が流れていった…
放課後。
好美の元に駆け寄る琴羽が嬉々として話しかける。
「マジコ、今日はガラコちゃんも誘ってみようよ」
こうして毎日のように連れ合い、下校途中にカフェに寄るのが彼女達の日課だった。部活が再開するまでのちょっとした贅沢だと思って…
「ごめん!今日は用事があるからパスで。ガラコと2人で行って来なよ」
「そうなの…しょうがないね」
小走りで教室を出て行く好美。
琴羽は小さく溜め息を吐き、D組の教室を覗くが…
「あれ…ガラコちゃんもいないや。
もう帰ったのかなあ…」
今度は大きく溜め息を吐く。
ひとりでカフェに行っても仕方がない…今日のところは真っ直ぐ家に帰ろうと決めた琴羽が振り返ると。
「何かあったの?」
「ひっ!出た‼︎」
例の銀髪少女がすぐ目の前にいた。
あまりの急な登場に思わず変な声を上げ、周りにいた生徒達が好奇の目で琴羽を見る。
「ちょっと、こっち来てよっ」
琴羽は手招きをして、人気のない場所まで少女を誘導する。
「もうっ学校には来ないでって言ったでしょ⁉︎」
少女に向かってがなり立てる琴羽。
しかし少女は表情一つ変えず、ふくれっ面の琴羽を凝視しながら屠刃を手渡す。
「え?何これ」
「何って…屠刃じゃない。もう忘れたの?」
「そうじゃなくてっ!」
ふくれっ面の上に地団駄まで踏む琴羽だが、少女は相変わらず真顔だ。
「だってお母さんとマジコに取り憑いた悪霊は成仏したんでしょ⁉︎
だからもうこれは必要ないの!ほら、返すよ」
琴羽が返そうとした屠刃をグイッと押し返す少女。
「そうはいかないわ。
あなたは既に一度屠物を使用した。それは、正式に屠霊師になったという証なの。
屠霊師になったからには、それ相応の活動をしなくてはならない。あなたには拒否権はないわ」
「そんな…
嫌よ、もうあんな怖い目に遭うのは…‼︎」
頭を抱えて泣き出しそうになる琴羽。
なぜ自分と関わりのない悪霊にまで干渉しなくてはならないのか。そうまでして命懸けで悪霊と戦うのはまっぴら御免だった。
「大丈夫よ。基本的に悪霊は、自身が恨んでいる人間しか襲わないし、今のあなたには殆ど見向きもしないと思うから」
何か引っかかる言い方に琴羽は首を傾げるが、渋々頷き屠刃を両手でしっかり握る。
「で、何をすればいいわけ?」
「二丁目の郵便局付近で目が真っ白の人を見たっていう情報を掴んだの。
悪霊に憑かれてる可能性が圧倒的に高い、被害が出る前に屠るわよ‼︎」
「え⁉︎ちょっ…」
琴羽の返事を聞かず、踵を返して走り出す少女。
またもや壁をすり抜けて行ってしまい、琴羽は本日3度目となる溜め息を吐きつつ回り込みながら後を追った…
既に日は傾き、夕日に染まった二丁目に辿り着く琴羽。
肩で息をしながら散策し、ふと路地裏に入った時…
なんとも異様な光景を目の当たりにする。
「ホラ、もっといい声出してみなよ。
可愛がってあげるって言ってるじゃないか…」
三つ編みに眼鏡姿の女性が、縄を引っ張りながらそう言い放つ。
そして、その縄で縛られた白目の中年男性…
おそらく縛られた男性に悪霊が憑いているのだろうと判断したが、琴羽の興味は縛っている女性の方に向いていた。
ーー どこかで見たことあるような…でも違う。
あの子は、あんな事言わない。
思案する琴羽の背後から近付く人影。
「どうやら、先客がいたようね」
振り向くとそこには銀髪少女。彼女の目線も縄を持つ女性に向いていた。
「ねえ、あの人も屠霊師なの?」
「そう考えて間違いなさそうよ。こんな所であんな過激なプレイなんて普通はしないもの」
少女の発言のせいで変な想像をしてしまう琴羽だが、顔をぶんぶんと横に振り再び例の2人を眺める。
「じゃあ、あの手に持つ縄みたいなのは…」
「彼女の屠物ね。
おそらくあれは『屠鞭』と言って、鞭のような形状をした屠物なの。扱いは難しいけど、慣れればああやって縛り敵の動きを封じる事が出来る」
少女の淡々とした説明を聞きながらも、目線は三つ編み屠霊師に釘付けの琴羽。
彼女の方もこちらに気付き、縄を解いて琴羽達に歩み寄る。
「あら、プスコじゃない。アンタなんでここにいるの?
そんなにアタシのお遊びが見たかったわけ?」
「え…私の事、今なんて…?」
彼女は確かにプスコと言った。
琴羽をそう呼ぶのは、親友の好美だけなのだが…見た目が全然違う。彼女ではない。
あと、あだ名を知ってる可能性のある者…
ガラコこと、相良小冬。
確かに見た目はそっくりだが…あの内向的なガラコがこんな過激な言葉遣いをするだろうか。
「えっと…もしや、ガラコちゃん?」
意を決して尋ねる琴羽。三つ編み屠霊師は琴羽に顔を近づけ、まじまじと見つめる。
「そうよ、ガラコよ!
今頃分かったの?とことん鈍いのねえ」
顎を上げ見下すような目線を送る小冬に萎縮してしまう琴羽。
「うそ…本当にガラコちゃんなの?
性格が全然違うじゃない!」
「知ったような口訊かないで。今日知り合ったばかりのアンタに何が分かるのよ?
これがアタシの真の姿なの!どう、驚いた?」
鞭を両手で引っ張りながら鼻唄を唄う小冬を、信じられないといった目で見る琴羽…
直後、暫く蹲っていた白目男が急に立ち上がり、小冬目掛けて駆け出して来た!
「ガラコちゃんっ後ろ!」
琴羽が大声で叫び警告を促すが、小冬はちっとも焦る素振りがない。それどころか、鞭をくるくると収め出してしまった。
「心配ご無用。奴は既に屠ってるわ」
「えっ…」
意味不明な小冬の発言に思わずキョトンとする琴羽。
すると白目男が突然立ち止まり、頭を抱え苦悶の表情を浮かべる。
男の身体が崩れ落ち、霧状の霊体が出現。
てっきりそのまま襲い掛かってくるかと思いきや…けたたましい悲鳴を上げ消えていった。
「一体、どうなってんの?
霊体を攻撃していないのに、勝手に消えていくなんて」
さらに目を見開く琴羽の顔を再び覗き込む小冬。
「え、まさかアンタ、霊氣も知らないの?」
「霊氣…?」
またもや初耳の専門用語を出され、困惑する琴羽に銀髪の少女が近付く。
「霊氣。屠霊師が身に纏う、オーラのようなものよ。
その霊氣を屠物に乗せて攻撃することで、人間に憑依中の悪霊にも直接ダメージを与える事が出来るの。
つまり、御清め塩で一旦剥離してから霊体を攻撃する従来の手間が省けるってわけ」
少女は相変わらず淡々と解説するが、ついていけない琴羽はポカンとしている。
「な、なぜ、あなたがここに⁉︎」
少女の姿を見た途端、急にかしこまる小冬。
琴羽に対する態度とはまるで別物だった。
「ちょっと野暮用でね、こっちに来ているの。
久しぶりね、小冬」
「いえ、こちらこそ…ご無沙汰しております」
自分より明らかに年下の少女に頭を下げる小冬。
さらに置いてけぼりを食った琴羽が2人の顔を交互に見渡す。
本当にこの少女は何者なのか ーー
つづく