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噛み合う意地


普段なら、このような時間に誰一人いるはずのない神社。その境内の中心で対峙し合う人影が2つ。


2人の間では、互いの屠物が鈍い音を立てながら擦れ合っている。


ーー 鍔迫り合い、とでもいうのだろうか。だが実際は、仔麦の圧倒的な力に負けまいと琴羽が必死に押し返そうとしているに過ぎない。


「貴女の力はその程度ですか?よくそんな腕で、今まで生き残ってこれましたね」


「くっ‼︎」


やはり押し切られ、大きく仰け反る琴羽。

そこへ仔麦の容赦ない斬撃が降り掛かる。


「ーー っ‼︎」


瞬時に体勢を立て直した琴羽は素早く後退し一撃をかわす。

間髪入れずに襲い来る連撃。

しかし、琴羽は紙一重で回避していく。


「ほう、フットワークだけは中々のものですね」


「当たり前よっ!伊達にテニスしてたわけじゃないんだから…!」


「でも、逃げ回ってばかりじゃ勝負には勝てませんよっ」


緩やかに構えてからの素早い踏み込み。

さすがに戦い慣れている仔麦の絶妙な緩急には、琴羽も対応し切れず…その身に傷を増やす事になる。


「まずい、このままだと…

仕方ない」


そう呟いた琴羽は仔麦との間合いを開き、おもむろに『八相』の構えを取る。

そして。


「…!、なに⁉︎」


琴羽の周囲の砂が舞い上がり、彼女を中心にして外側へと吹き流れてゆく。


(この女、霊氣が急に…濃くなった⁉︎)


予想外の『強化』にたじろぐ仔麦。完全に格下だと思い舐めてかかっていたが…

一体どうやったのか、今やその『格下』の相手は自分と並ぶ程の霊氣を纏っている。


(でも、ほんのちょっぴり霊氣が増しただけで、この私に敵うわけが…!)


鼻で嗤う仔麦が構え直した瞬間 ーー

眼前に琴羽が迫って来ていたっ!

そして放たれる、横一文字。

仔麦は咄嗟に軌道から逃れたが、切っ先は彼女の腕を捉え裂傷を残す。


「フッ…面白い。勝負というものは、やはりこうでなくては」


手傷を負いながらも、仔麦の表情にはまだ余裕が満ち溢れている…


そんな一進一退の攻防を繰り広げる2人を物陰から見つめる人物。


「プスコったら、いつの間にあれ程の霊氣を身につけたの?

でもあの有沢って女、本当の実力はあんなものじゃないはず…

プスコ、大丈夫かな…」


しきりにソワソワしながら戦況を見守るのは…好美。

放課後、琴羽と別れた後は連絡を取り合ってなかったのだが…


『今夜、神社で待つ』という仔麦の台詞がどうしても頭から離れなかった。

他人事とは思えなかった、居ても立ってもいられなかったのだ。

…気がつくと、自らも神社へと足を運んでいた。

そして、悪い予感は的中してしまった。


「屠爪さえ…あれさえあればっ!プスコを助けられるのに…‼︎」


安易に屠物を手放した事をひどく後悔する好美。

だが、今自分が飛び出していっても何の役にも立たない。むしろ足手まといになり、琴羽に迷惑をかける事になるのは明白だった。

歯痒い思いが好美の全身を駆け巡る…


「そんなに霊氣を発散してたら、隠れてる意味が無くなっちまうぞ?」


「あっ…」


背後から急に話しかけてくる声。好美にとっては聞き慣れた声。


「後は俺に任せろ。お前はもう帰れ」


「うん…

プスコを、お願い」


悔しさを振り切り、声に従う好美。

彼女は決して振り返らず、己の無力さを痛感しながら走り去っていく…



睨み合いになってから、かれこれ3分程経つだろうか。

琴羽と仔麦は両者共に息を荒げながら屠物を構え向かい合う。

衣服は所々が裂け、そして裂けた箇所の皮膚も裂け、その周囲を鮮血が染める。


琴羽の執拗な粘りにさすがの仔麦にも疲労の色が見え始め、肩で息を始める。

しかし、それは琴羽も同じだった。もしこれ以上長引けば…限りなく勝ち目は無くなる。


そして沈黙を破り、先に仕掛けたのは…琴羽。

低い姿勢からの踏み込みから、刺突攻撃を繰り出そうと屠刃を手元で引っ込める。

それを判断した仔麦は、打ち落とすべく屠物を高々と振り被った時。


「かかったっ!」


一瞬ニヤリとした琴羽は、引っ込めた刃を横に傾けてガラ空きになった仔麦の腹部を狙うが…


「 ーー ⁉︎」


あと僅かで刃が届こうとした時。

仔麦の屠物の柄が突如として伸張し、琴羽の一撃を難なく受け止めてしまった。


「残念でしたね。。

実はこれ、『薙刀』なんです」


再び押し返されると懸念した琴羽は、そうなる前に自ら屠刃を引き間合いを取るが…それが仇となってしまう。


(は、疾いっ!)


リーチが延びた仔麦の屠物が容赦なく琴羽に降り掛かる。

攻撃速度も格段に速くなり、屠刃で受けるのも困難を極めた。


「まさか…」


琴羽の脳裏によぎるのは、仔麦も自分と同じく霊氣を引き上げた可能性があるという事。


現在の仔麦の顔はというと…

疲労の色は完全に消え失せ、最初に見せた見下したような目付きに戻り、乱れかかっていた呼吸もしっかり整っている。


ーー ヤバイ


この三文字が琴羽の脳内を駆け巡る。

自分に出来た事が仔麦に出来ない訳がないのはわかっていたのだが、またこうして実力に差がついてしまうと…

はっきり言って、どうしようもなくなってしまった。


どうしたものか…琴羽が思案していると、不意に仔麦の口が開く。


「その太刀筋…似ている、あいつに。

もしかして貴女は、眞嶋好美?」


「…はあ⁉︎私の名は伏間琴羽!

マジコじゃない‼︎」


なぜここで好美の名が出るのか…

突然の人違い発言に思わず憤る琴羽。


「まあいいでしょう。どちらにせよ貴女を消す事には変わりはありませんから。それに、もうそれ以上は霊氣を上げられないようですからね。

…終わりにします」


勝ち誇ったような表情をしながら屠物を高く掲げ、まるで横を向いた『懸垂』のような姿勢を取る。


「この構えから放つ一撃を見切った者は、未だかつていません。貴女は…どうでしょうか⁉︎」


霊氣がまた一段と増した仔麦が、今にも斬りかかって来ようとしたその時だった。


仔麦の背後から2本の腕が現れ、両脇を通って胴の前で交差。

そしてガッチリと仔麦の身体を捕まえた。


「なっ…何、を…っっ」


急に脱力して声が震え出す仔麦。

なぜなら、彼女を捕らえたその手は…

見事に両胸の『膨らみ』を鷲掴みしていたからだ。。


「や、やめて…下さいっ、胸だけは、胸、だけはっっ!」


屠物は既にその手から落ち、必死に逃れようとする仔麦。

だが完全に力が抜け切っている為、ただ単に悶えているようにしか見えなかった。


「プスコちゃん!今だっ‼︎」


聞き覚えのある声。これでようやく、助けてくれた人物が誰なのか判別出来た。

力強く頷いた琴羽は、屠刃の柄を仔麦に向けて一直線に駆け出す。


「う゛っ!」


小さく呻き声を漏らす仔麦の腹部には、深々と食い込む屠刃の柄。

琴羽がそれを引き抜くと同時に、彼女はその場に崩れ落ちてしまった…



「ふぅ…危なかったな、プスコちゃん」


「…眞嶋先輩…」


薄明かりの中でも、吾大の笑顔ははっきりとわかった。だが琴羽は恥ずかしさの為か、目も合わせられずに俯いてしまう。


「俺がちょこっと教えただけなのに、もう構えも振り方も身に付けてしまって。大したものだ」


「いえ…そんなことっ」


顔を紅潮させて余計に下を向く琴羽。嬉しさと恥ずかしさが半々といった心境だった。


「それにしても…なんでこの女が、君の命を狙ったんだ?そもそもコイツが『ここ』にいる理由もわからねえ…」


卒倒した仔麦に目線を向ける吾大。

琴羽は目を丸くして彼の顔を覗き込む。


「彼女の事、知ってるんですか?」


「ん?いや…ちょっとな」


頰を指で掻きながらそっぽを向く吾大に、琴羽は不思議そうな表情を浮かべた。

そして間も無く、2人の目が合う事になる。


「先輩、どうしました?」


「霊氣の増幅法は例のあの娘に教わったのだろうが…ちゃんと『副作用』も教わったのか?」


「副作用…?」


顎に手を添え、首を傾げる琴羽。どうやら知らないといった反応を見た吾大は深く溜め息を吐く。


「ったく、ダサコの奴…どうせ教えるならそこまで責任を持って欲しいものだぜ」


「え、今…なんて?」


琴羽が思わず訊き返す。吾大があの銀髪少女の事を言っているというのはわかっていたが、出てきた名前に疑問を持ったからだ。


「ダサコって、あの極悪霊の事じゃ


突然、琴羽の台詞を遮る程のけたたましい慟哭が、2人の耳に飛び込んでくる。

しかもその数は一つ二つではない。幾十にも重なったその声は、次第に大きくなってゆく。


「こりゃあ、ちとヤベェ事になったかもな」


何かを感じ取った吾大は、急ぎ仔麦の身体を担いで物陰に寝かせる。


「…さっそく副作用の効果が出たか。悪いが説明は後だ。

プスコちゃん、まだ動けそうか?」


腰の屠刃に手を掛ける吾大。それが何を意味するのか、琴羽はすぐに直感した。


「…いけます、全然っ」


琴羽も同じく屠刃を構え、抑えていた霊氣を再び引き上げる。吾大は、そんな琴羽を穏やかな目で見つめた後…

瞬時に表情を引き締め、抜刀。


「よっしゃ、久々に一暴れしてやるかっ‼︎」


四方八方から迫る慟哭との距離はもうすぐ近く。

神社の周囲が妖しく霞み出す…

琴羽達の夜は長くなりそうだ

ーー






つづく

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