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取り込みと読書

作者: ちょっぺ〜

 彼女が出かけていくとき、畳んどいてね、と言われていたのを思い出し、彼は取り込んだ洗濯物を丁寧に畳み始めた。しかし実際のところ、彼女からしたら彼の畳んだ洗濯物は丁寧な作業がもたらした結果の見た目とは思えなかったし、それは一般的に言っても、丁寧な畳み方であるとは言えなかった。でも彼はそれをできる限り丁寧にやっていた。彼の畳んだ洗濯物の見た目に対して、彼は彼女から何か文句のようなことを言われたことは一度もなかった。彼女は、大きな枠組みとしての彼の性質や能力といったものをちゃんと把握していた。どこまで行ったら枠の外に出てしまうのか、枠のかたちはどのように変形しどこまで伸縮拡大するのか、といったこと。

 とはいえ、彼が畳まなければいけない洗濯物の数はそんなに多くなかった。洗濯物をぜんぶ畳んでしまうのに長い時間はかからなかった。五分かそこらだ。最初の方は要領が掴めず、一度畳んだ洗濯物を畳み直すこともあったが、いくつかやり方を試すうちに、以前こなしていた洗濯物の畳み方を彼は思い出した。そのやり方を一時期的にぽんと忘れてしまうほど、洗濯物を畳む習慣が彼にはなかった。

 洗濯物をすべて畳み終えたときに彼を満たしたのは小さな達成感だった。でももう一度やれと言われたら絶対にやりたくはなかった。その作業を繰り返したいとは彼は思わなかった。彼はその場ですっと立ち上がると、畳んだ洗濯物たちをみんな所定の位置に納めた。

 小腹が空いていたので、彼は台所を物色した。調理する必要のない物や簡単な調理だけで済む食べ物はいくつか見つかったが、どれも彼の気を惹く物ではなかった。商品パッケージを見て、それを食べる自分の様子を想像しても、なんだかぴんとこないのだ。まあいいさと彼は思った。夕食にありつくまでの残り数時間、食欲の方に向いてしまわないように他のことに気を散らせておけばいいのだ。

 彼は横になって本を読むことにした。最近買ったばかりのもので、まだ冒頭部分をほんの少し読んだだけというところだった。結末はもちろん、その物語がどういうふうに展開していくのかも知らない。何について書かれた本なのかも知らない。概要のような物もわからない。誰が書いた物なのかもわからなかったし、何語で書かれた物なのかもわからなかった。彼は日本語と英語の文章は一通り読むことができたが、その書物はそのどちらの言語でもなかった。本に書かれた文字は彼が今までに見たことのないような形をしていた。その文字はロシア語でもないしギリシャ文字のような見た目でもない。それは漢字でもなければハングルでもなかった。中東の文字にも似ていなかったし歴史の教科書の中で見た象形文字のような古代文字でもなかった。その本を読んでいて彼はときどき、まるで意味の持たない記号の羅列をテスト問題の暗記をするためだけにその本を読まされているような気分になった。でも彼は自分の意思でその本を読んでいたのであり、誰かに強制的に読まされているといったことはなかった。実際のところ、彼にはそこに書かれていることの本当の意味はわからなかった。それでも彼は本を読み続けた。文の構成は基本的には一方向的で、彼の普段見かけるような文章とは大きな違いはなかった。彼は読み進めていく上で以前に見かけた記憶のある記号には意味を持たせた。時間が経つにつれ、少しずつ物語の輪郭が掴めてきていた。彼はその本を読むための研究ノートをつけていた。そこには言葉や構文の意味、物語の要約、読解の進捗具合などが神経質的にきれいな筆跡でこと細かく記載されていた。今日は十ページ進んだところで彼は作業を終えた。ちょうどそのとき彼女が帰宅した。二人は些細なことを数言話してから夕食の話題に移った。

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