/7/遊仕和子
誤字脱字、その他指摘よろしくお願いします。
次の日、というと月曜日。
学校もあるのでいつも起きる時間に起き、隣でぐーすか寝てる馬鹿の鳩尾に拳を叩き込む。
「ぐぁああ……ごぉおお、おおおお!!?」
「起きろアホ。睡眠必要ないんだろ?」
「……妖精なのに、なんか扱いが酷い……もう慣れたけどねっ!」
カムリルが飛び起きる。
昨日はあれから俺たちのテンションは回復しなかったが、1日経てばそんなものはどこへやら、だ。
「リビングで母さんが朝飯用意してる……と思うぞ」
「大丈夫、無かったら真和の分食べるから良いよ」
「そうか。母さんに頼んで、俺の朝飯をグリセリンにでも変えてもらっておくよ」
「やっぱり遠慮させていただきますっ」
ビシッと決まったカムリルの土下座。
今日は清々しい朝だ。
学校とは退屈である。
やる気もない勉強をして将来なんの役に立つのか。
そんな事考え出して哲学者ぶってみたって現実に変化はない。
退屈は退屈として受け入れるしかない。
「今気付いたけど、私は他の人に見えないからしゃがんだだけで机の下から女子のパンツ見えるのよね」
こいつも受け入れなければならないというのはなんとも過酷な現実である。
そんなどうでもいい事に頭を使って楽しいのかこいつは。
「お前はホント、生きてるだけで楽しそうだな」
「希望の妖精ですからねっ」
「……あっそ」
時は3時間目の国語の授業。
後ろを向けば大半の生徒が眠っているのに、こいつはと言えば起きている。
寝てれば良いものを。
「真和も生きてるだけで幸せになれればいいのにっ」
「お前みたいに狂ってねーから無理だ。」
「わははは、私を馬鹿にするなぁああ!!」
……俺も寝てもいいかもしれん。
ブーブー!ブー!
「……ん?」
スラックスのポケットに入った携帯がバイブで揺れる。
バイブが短いし、メールだろう。
友達のいない俺にしては珍しい。
「あー、真和が携帯鳴らした~。いけないんだぞー、電源は切らないと~」
「この学校公立だし、そんなに厳しくねぇよ」
「ちぇっ」
「できるならお前の玄関すり抜けた時の写真を知り合い全員に一斉送信してもいいんだぜ?」
「ふ、甘い!この前削除したよ!」
この前、というと待ち受けを変えられた時だろう。
それならこいつは知るはずがないな。
「世の中にはSDカードという便利なものがあってな、そっちにも保存してある」
「ホブォッ!?」
「お前の事知ってるやつはいないだろ?安心しろ、送ってもネタ画像として処理されるだけだ」
「私の内面はズタズタだけどね!」
それはまぁ結構な事だ。
と、会話もよそに机の下で携帯を開く。
先生の方はもうこのクラスに呆れてか、一人で授業をやってるので気付く様子もない。
来てたのはやはりメールだった。
差出人の欄には、遊仕和子と書かれている。
…………。
本文は簡潔にまとめられていた。
[お久しぶりです。今日の昼休み、4階の空き教室に来てください。待ってます]、と。
「……告白イベント?」
「多分その逆だな」
「え?」
「昨日は、ライムが死んだ曜日だったからさ」
「…………」
言いたい事がわかったのか、カムリルは黙った。
それでも確認をする。
「……行くの?」
「行くさ。どうせ暇だからな。お前もヒントが欲しいんだろ?」
「まぁ、そうだけど……」
「お前がしょげるなよ。これは俺の決める事だ」
「……そうだね」
カムリルは所詮、部外者だ。
俺にこうしろああしろという指図はしないだろう。
「ではでは、残った時間で何かする?」
「授業聞く。お前は黙ってろ」
「うん!」
元気な返事だ。
できれば行きたくない、というのが本音である。
腹の底から嫌だと言ってもいい。
しかし、今の俺はアイツらの鬱屈を晴らしてやるぐらいしか役に立たないから、何もしないよりはアクションを起こした方がいいだろう。
「真和、ちょっと待って」
「……なんだよ?」
4時間目の授業は終わった。
購買に飛び出す者たちに混ざって廊下に出る俺をカムリルが呼び止める。
「手、繋いで」
「……なんでだよ?画鋲でも仕込んでんのか?」
「そんなんじゃないからっ、いいから繋いでよ」
「……別に構わないけどさ」
カムリルが差し出した左手を、俺は右手で握る。
第三者視点だと意味不明な行動だろう。
なんて可哀想な俺。
「……行くぞ」
「うん……」
暖かさのあるカムリルの手を引き、廊下を歩みゆく。
4階まで上がって、金曜日にも来た空き教室の中を見る。
電気も点いてない薄暗がりの部屋に、和子はいた。
後ろ姿でもわかる。
真ん中当たりの机に座り、足をぶらぶらと遊ばせていた。
「……入るぞ」
「待って」
「うん?」
「“同調”」
カムリルが呟くと、手から暖かさが全身に染み渡った。
不思議な穏やかさだった。
前回“同調”したときのように強くない、自然な暖かさ。
「……ありがとうな」
「いいの。これが私の役割だから」
「……行くぞ」
「うん」
返事を聞くと、俺はドアをスライドさせ、室内に侵入し、釣られてカムリルも入室する。
音に気付いた和子がショートボブの黒髪を揺らして振り返った。
「……来たんだね。随分根が座ってるじゃない」
普段大きく開いている目を鋭く光らせる和子。
俺は平坦な様子で言葉を返す。
「じゃあ来なければ良かったのか?」
「ううん、言いたい事があったからさ……直接言いたかったから、来てくれて良かった……」
「…………」
今更、言いたかった事か、と思う。
どうせ碌な事じゃないのはわかり切っている。
「……言いたいって、何をだよ?」
「昨日、ライムのお墓に行ったでしょ?」
どうやら見られていたらしい。
もともと同じ地区に住んでるのだから、いつか見つかるかもしれないと思った事はあったが、3ヶ月後とは結構な確率だ。
「……そーだな。行ったよ」
しかし別に慌てる事でもなく、俺は素っ気なく返す。
すると和子は瞳孔を絞り、犬みたく歯を噛み締めた。
「真和が、真和が殺したのに……なんでそんな事ができるの!?」
湧き上がった怒りを爆発させ、和子は叫んだ。
張り上がった声は俺の体を震わせるが、それでも平静でいる。
「なに言ってんだよ……墓まで作ったのは、俺だぞ?」
「それだけでもライムの事貶してるのに、本当に最低だよ!」
本当に最低。
こんな言葉をよくも吐けるものだ。
「別にいいじゃねぇかよ。個人主義の今、人間は割と自由だ。俺が何しようとお前には関係ない」
「ツッ……!!」
俺も良くこんな事が言えたものだ。
自分で感心しながらも、言葉に詰まったのか、和子は涙を流し始めた。
なんで急に泣き出すか、とは言わない。
ただ裾で涙を拭う彼女を見ていた。
「……酷いよ、真和……昔は、こんなん、じゃなかったのに……」
「誰だって変わらずにはいられない。そんな当たり前の事、俺に言わせるなよ」
「……最低。ほんと、最低……」
「…………」
本当の犯人ではない俺からすれば、なんて腹の立つ光景なんだろう。
こんな俺を作ったのはお前たちなのに、俺にイラついて泣いている。
……まぁ、こいつは知らないだけだし許せる。
そう思う事で、俺は心を落ち着けた。
「俺は俺のしたいようにする。それについて文句が言いたければ勝手に言ってりゃいい。話はそれで終わりか?」
「……酷い……私、たち、“幼馴染”、だった、のに……」
「…………」
酷いのは泣きじゃくるこいつの方だ。
よりにもよってそんな言葉を選んで、俺の心を揺さぶって、酷いにも程がある。
「……終わりならもう俺は行く。購買行かねぇといけねぇからな」
「…………そう」
「……じゃあな」
止める気もない返事に、俺は踵を返す。
その時に捻れて、暖かなカムリルの手がパッと離れた。
いや、彼女が離した。
「……?」
「真和は先に行ってて。私は少し、この子に希望を与えて行く」
「……勝手にしろ」
カムリルを止める術は俺にはない。
だから俺はそのまま、教室の扉をガラリと開けた。
「……どうして皆で仲良くできないんだろうね」
カムリルが最後にそう呟いたが俺は答えなかった。
答えられなかった。
そんなものは、俺が一番訊きたい。
「真和……」
彼は行ってしまった。
その小さな背中に大量の積荷が背負っているように見えたけど、今は彼よりも優先したい人がいる。
「……真和、馬鹿……許さない……うっ……」
「どうか彼の悪いところに囚われないで。本当の彼は、とっても優しいんだから……」
聴こえないだろう声をかけながら、手を繋ぐ。
そして、私にしかできない、私がすべき事をする。
「“同調”」
記憶は診させてもらう。
絶望している人は他にもいる、私ももう時間に余裕がない。
でもその対価として、人一倍の優しさを与えよう。
願わくば、真和の事を受け入れられるように――。
続く