/20/過去
ものすごくハブられてる気がする。
なにが“2人で勉強したいから”、だ。
矢張りリア充は爆発すべきである。
「なんだって?」
「俺が明葉にフられた」
「あー、そう……」
パチンとガラパゴス携帯電話を閉じ、カムリルの質問に答える。
時は金曜の放課後。
いつも通りというか、カムリルと2人で教室に残っていた。
「仕方ない。昨日宣言した通り、帰って勉強するかな。1人で」
「最後の一言が切ないね」
「うるせぇよ……」
1人なもんは1人なのだから仕方がない。
本当に仲直りできているんだろうか?
一回ぐらい引っ叩きに行った方がいいのだろうか?
テスト終わったら殴ってやろう。
明葉の下腹部を。
「てかさ、てかさ」
「あん?」
「私と一緒にお勉強しない?1番賢い方法だと思うんだけど……」
「…………」
妙案といえば妙案だ。
しかし、こいつに教えを乞うというのは屈辱極まりないし、昨日か一昨日あたりからやたらとベタベタしてくるんだから少しは距離を置いた方がいい気もする。
……仲が良くて悪いことなんてないのに、距離を置くというのも変な話だが。
「ダメだ。お前は本でも読んで休んでろ」
「え〜……えっちな展開とか期待してないの?」
「してねぇよ。微塵も」
「おまけの一言に泣きそうになります……しくしく」
口で擬音を表現するあたり、まだ余裕らしい。
「さっさと帰るぞ」
「はーいっ」
鳴き真似をすぐに終え、カムリルを連れて俺は家に戻った。
部屋に1人、というと集中はいつまでも持続していた。
他に考えることもなかったし、勉強だけしてれば良かったから。
だが、他に人がいるとどうしても気になってしまう。
5分か10分置きぐらいに、チラチラとカムリルの方を見てしまう。
机に向かう俺の後ろではカムリルが床に寝転がって本を数冊開きながらルーズリーフに何かを書いていた。
何を書いているのかまでは読めないが、読んでも俺にはわからないことを書いているのはわかる。
そしてーー
「…………」
「…………」
「……な、なに?」
「……いや、なんでもねぇよ」
たまにふと目が合う。
するとカムリルは恥ずかしそうに肩を竦めるから俺もすぐに机に向き直る。
まったくもって奇妙な光景だ。
そんな反応をされてはボケの一つもできない。
結局勉強は集中できず、9時過ぎには切り上げた。
カムリルも俺が勉強を辞めると手を休め、何を思ったかリビングから飲み物をもってきてくれた。
「はいどーぞっ。自分の好きな方注いでね」
「……どーもっ」
持ってきたのはコップ2つにペットボトルに入った麦茶と伝説の飲み物、祀茶いるど。
俺はガシッと両方のペットボトルを掴み、キャップを外して2つのコップに各々注いだ。
そして俺は麦茶の方を飲む。
「ふぅ、美味い」
「え?私これ飲まないとダメ?ほんとに?死んじゃうよ?」
ファミレスで飲んだ時死んでなかったのに嘘を吐くカムリルさん。
じゃあなんで持ってきたんだよ。
「やっぱり麦茶は最高だな」
「じゃあなぜ私に麦茶を注がないぃい!!」
「言わせんなよ。お前は抹茶が飲みたかったんだろ?」
「なんて酷い勘違いを!?」
なんか凄い勢いで食いかかってきてる気もするが、おそらく気のせいだろう。
ふぅ、今日も麦茶が美味い。
「……真和って真性のSなの?」
「なんだ?マジな話か?」
「うん。さすがにドSだったらちょっと引くなーって……」
別に引かれたって構いわしないが、なんとなく勘違いされるというのは嫌なものだ。
棚上げ?自分でもわかってる、うん。
「楽しけりゃSでもMでもどっちでもいいよ」
「……ならもっと優しくしてくれてもいいのに」
「……なんだと?俺が優しくないと?」
「あぁ、うん、私のコップの中見てから言ってね」
コップの中。
おぞましい色の抹茶が入っている。
「優しくねぇな」
「自覚した?」
「いや、まったく」
「なんでっ!?」
どこまでいってもネタが終わらない気がするからなのだが、そろそろ本気で怒りそうなので訂正を加える。
「じょーだんだよ。でもお前がそんなお茶持ってくるからだ。明らかにネタ振ってるだろ」
「グッ……確かに」
「自覚した?」
「してない」
ペットボトルを開け、カムリルのコップに祀茶いるどを増水してやる。
「これ飲んで目ぇ覚ませよ?」
「100%刮目するね!」
勝手に刮目していてくれ。
そして俺は自分のコップに麦茶を注ぐ。
「……真和、自分に甘くない?」
「何言ってんだ?麦茶より抹茶の方が甘いだろ?」
「そういうことじゃないよっ!?」
違ったらしい。
いやはや、女性というのは何を言いたいのかよくわからん。
いつまで経っても駄弁は尽きず、時間もいい頃だったので俺とカムリルは交互に風呂に入ってきた。
またしても俺のぶかぶかな服を来て、しかも俺のベッドを占領するカムリル。
「髪乾いてねぇのに寝っ転がるとボサボサになるぞ?」
「フッ、私が人体改造を施してないとでも思ったのかっ」
「知らんがな」
一方俺は椅子に座ってパタパタと団扇を仰いでいる。
部屋にはエアコンがあるからそんなに暑くないが、まぁ気分的に仰いでいる。
「……暇だな」
「勉強は?」
「お前がいるとやる気しねぇんだよ……」
「え?つまりそれは、私が気になるという……?」
「そりゃ部屋に2人だからな」
「! おうおうっ♪どんどん興味持っちゃってっ♪」
俺の枕を抱え、ベッドの上でごろごろ転がるカムリル。
嬉しそうな事で。
「興味、興味ねぇ……」
「なんか気になることでもある?」
「そーだな……」
前から気になっていたことがあるかというと、ある。
しかし、カムリルはこれを聞かれたいかどうかというと、嫌だろうと思っていた。
……でも、実際はどうだかよくわからない。
人を喜ばせるのが大好きな奴だから。
「……お前の前世って、どんなだったんだ?」
訊いた俺はおずおずとした態度だったと思う。
俺と同じように、カムリルの反応もおずおずとしていた。
「……前世。前世かぁ……」
カムリルは懐かしむように目を細めた。
聞いた限りだと職に困るほど研究していて、そして死んだ。
何をどんな風にして、そんな生涯を成したのだろう?
「……酷い病気が流行ったんだ」
病気が流行った。
それは前世における話だろう。
「……どんな病気だ?」
「人を愛したら死ぬ病気。感染要因は、好意を持つこと、その対象に触れること。誰も気付かないうちに感染する最悪な病気」
「…………」
なんともおっかない話だ。
好意を持っていて、触れたら感染?
好きな人だから触りたくなるようなもんだろうに、触ったら死ぬのか。
「……好意って、いうのも曖昧だったよ。個人差があるというか、手抜きというかっ」
「……お前はよく生きてたな」
「好きな人が居なかったからね。抗体作ってたのは私だし、1人だったからね」
「…………」
1人で研究、妖精でも10年1人。
一体どれほど寂しかったことだろう。
「でもまぁ、救われたんだよ。みんな」
「……お前は?」
「……さぁ、どうだろうね。今じゃ自分でもよくわからないよ」
「……そうか」
救われたかそうでないか。
それは本人の感じ方によるもので俺がどうこうできるものでもない。
「……過去を見せることも、“同調”でできるよ?」
「……便利だな、“同調”」
「ね、私も思うよ」
感情や身体の授受、共有だったか。
記憶の共有を行う、ね。
「俺のは見れないのに、できるのか?」
「やってみなくちゃわからないよ。それに、なんとなく真和の記憶が見れなかった理由は察しがついてるんだ」
「……理由?なんだよ?」
訊くと、なんともあっさりした答えが返ってきた。
「真和は人に心を閉ざしてた。今はもう、私に心を開いてくれてるよね?」
「…………」
「ふふふふー♪」
俺に言わせたいのか、コイツは。
しかし、陽気に笑うカムリルを咎める気にはなれなかった。
「なんにしても、“同調”しよう、真和」
「……わーったよ」
俺は手を伸ばし、カムリルがそっと握る。
暖かく、柔らかい指が俺の指に絡んでくる。
「……そんな握り方しなくてもいいだろうが」
「私がしたいんだから、いいのっ」
「はいはい……」
指と指を交えて繋ぐ。
こそばゆいことだが、それはお互い様のようでカムリルの頬は桃色に染まっていた。
「あ、そうだ。“同調”する前に言っておきたいことがあるんだけど……」
「?」
少し恥じらった様子で、口をもじもじさせながら、カムリルは意を決したかのように言った。
「私に、親切にしてくれてありがとうっ」
「はーー?」
なぜそれを今。
などと口にする前に、同調が始まる。
「“Tuning”ーー」
そこから先、俺の意識は静かに遠のいて行った。
続く