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ハーメルンの狼男

作者: 赤砂糖

いつかのことですが、とある山間の町で、大変な数のニホンザルが市街地まで下りてきて、人々をたいへんに困り果てさせたことがありました。

猿たちは食べ物を求めて畑を荒らし回り、通行人を襲い、ときには住宅に侵入することもありました。

猿に遭遇した人はみな、引っ掛かれたり噛みつかれたりして、ひどい傷を負いました。

そうして猿を恐れ、引っ越してゆく人さえありました。

人々もあれやこれやと考えて対策を練ったのですが、悪知恵の働く猿たちを完全に追い払うには効果がなく、町の人々は手を焼き、いつ猿に襲われるかと日々、おびえて暮らしておりました。


そんなある日のこと、町の自治会の会合に、けばけばしい、サイケデリックなシャツを着て、色とりどりの絵の具で汚れたズボンを履き、紫の中折れ帽を被った怪しい青年が乗り込んできました。

青年は勝手に講壇に上り、自治会の偉い老人たちに向けてこんなことを言いました。


「僕なら、皆さんを困らせる猿たちの退治を、今夜にでもやってみせることができます。」


青年は自信たっぷりに、出席者の顔を見回して続けます。


「どうですか? 百万円で引き受けますが」


青年はそこまで言うと、講壇を下り、一枚の名刺を会長の前に置いて去りました。


自治会の老人たちはすぐに話し合いを始めました。百万円は高すぎる、自治会で用意できっこない、猿退治にそんな金がかかるなんてぼったくりにもほどがある、という人たちももちろんいました。

何より、素性もわからない怪しい青年に仕事を頼むのは危険だという意見が根強くありました。

しかし、老人たちも含めて、町の人々は猿にたいへん辟易していましたから、そんな怪しい青年の提案でも、頼るしかないのでした。

老人たちは、青年の正体が何でも、猿さえなんとかしてくれるなら構わないと、青年に猿退治を依頼することを決めました。


自治会の会長が、名刺に書かれた番号に電話しました。会長は、電話に出た青年に言いました。


「それではあなたに猿退治をお願いしましょう。しかし、お金は効果があるとわかったあとにお支払します。もし、退治のあとも猿の被害があったときには、お金は一円も払いません。それが納得できないのなら、あなたに依頼することはできません」


青年は会長の言い分を飲むことを約束し、言いました。


「それでは猿は今夜にでも退治しましょう。きっと明日からは、人里に寄らなくなりますよ、それが確認できたらすぐに料金をお支払ください。一週間後にそちらへ参りますから、それまでに百万円を用意しておいてくださいね」




青年がどんな魔法を使ったのかは誰も知りませんが、その日の夜を境に、猿たちはぱったりと町に姿を見せなくなり、町の人々が被害をこうむることもなくなりました。

ただ、山のふもとに住む住人の中には、獣の遠吠えを聞いたというものが多くおりました。


人々は大喜びです。

どうして猿たちがいなくなったのか、町の人々は全く知りませんでしたが、長い間悩まされた猿たちからやっと解放されたことを素直に喜びました。

もう外出するとき怯える必要もなく、夜も安心して眠れるのです。

自治会のひとたちは、あの怪しい青年のことは他の町民たちには告げず、画期的な策を講じたとだけ言いました。

町の人々は、自治会の老人たち、特に会長に、たいへん感謝しました。


さて、一週間後、宣言通り、あの奇妙な青年が自治会の会合に現れました。

青年は先週と同じく勝手に講壇にのぼり、声高に報酬を要求しました。

たしかに、青年が何らかの方法で猿を退治し、町の人々が助かったことは、紛れもない事実でした。


しかし、自治会の老人たちは、やはり喉元過ぎれば熱さ忘れるとでもいいましょうか、こんなわけもわからない青年に、百万円を払うなんてもったいない、と思いました。

そのため、老人たちは青年に、どうやって猿を退治したのかを厳しく問い詰めました。

もしかしたら猿がいなくなったのは偶然や他の要因かもしれない、退治の方法を教えなければ、青年が退治した証拠がないからお金は払わないとまで言いました。


青年は、しかし、猿退治の方法についてだけは、どうしても口を割ろうとせず、企業秘密だから教えることはできない、の一点張りでした。


自治会の老人たちは、方法を言えないならお前はいんちきしたにちがいないとばかりに、お金も払わず青年を追っ払ってしまいました。


また、町の人々は、てっきり猿をなんとかしてくれたのは自治会の老人たちだと思っていましたから、この奇抜な格好の青年を不審に思い、邪険にしました。

奇妙な青年は、町の人々の冷たい態度にふれると、悲しそうな眼をして、町から出ていってしまいました。


さて、青年が町からいなくなったその晩、満月の煌々と輝く夜、どこからか、犬の遠吠えのような怪音が、しきりに聞こえてきました。

自治会の老人も町のひとも、それがなんの音か、見当もつきませんでしたので、不気味に思いながらも、あまり気にとめずに眠りにつきました。


翌日、朝を迎えて起き出した町の人々は、にわかにあちこちで騒ぎ始めました。

彼らの飼っていた犬が、忽然と姿を消したのです。

室外犬はもちろんのこと、室内飼いの犬たちさえ、鍵の掛かっていない窓や扉をあけて、逃げてしまったようでした。


犬の飼い主たちは、必死になって、張り紙をしたり、呼びかけをしたり、保健所に押し掛けたり。

中にはペットさがし専門の探偵を雇ってまで、犬の捜索を続けるものもいましたが、何日かかっても、犬たちの足取りは一向につかめず、ついには一匹たりとも見つかりませんでした。


いったい、どのような理由で犬たちが消えて、戻ってこないのか、不思議に思った学者が調べにきましたが、原因はわからないままでした。


ただ、後日、山のふもとの住人たちが、猿が消えた日にも、犬が消えた日にも、一晩中似たような遠吠えを聞いたと証言したそうです。

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