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最終章

 あの夜、また気絶をしてしまった。だが生きているということは舞は僕の悲しみだけを斬ってくれたに違いない。

 腕を持ち上げるとそこには見慣れた両腕、血管も筋肉も正常できちんと動く。身体は重たかったが寝起きだからだろう。

 まだ脳が寝ていたいと訴えている、遅刻でも何でもしろ僕はもう一度目を閉じて夢の世界を旅する。

 階段を駆け上がる音、スリッパの音と混じりドタドタパタパタと朝から愉快な音が耳に届く。

「ぐっもーにん! 起きろ、脱がすぞ、見るぞ! それが嫌なら起きろ!」

 ドアを開けて入ってきたのは有紗、なぜ有紗が僕の家で、しかも制服にエプロン着用して何しているんだ?

「早く起きて、朝ご飯冷めるでしょ」

 無理矢理僕の身体を起こし、部屋を出て行った。仕方なく僕も起きるしかない。


 面倒だったので制服には着替えず、そのままリビングに入る。

「おはよーやっと起きた。優ちゃんっていつもこんなだらしないの?」

「優兄は気分屋だからなあ、私が起こしたり起こされたりまちまちだよ」

「朝から僕の悪口か?」

 二人とも首を横に振って笑った。

「和室のちゃぶ台……」

「こっちに移したの、朝食運ぶの面倒でね」

 ちゃぶ台は和室にあるからこそ趣が出るというのに、これでは和洋折衷の悪いお手本だ。

「とにかく食べちゃって」

 藍に急かされたのでとりあえず床に座りちゃぶ台を囲む。

「今日はお姉ちゃんが作ったんだよ、いつもとは少し違って新鮮で美味しいよ」

 メニューは定番の目玉焼きにご飯とみそ汁、質素だが朝はこれくらいがちょうど良い。みそ汁は我が家伝統のみそ汁とは違い、具沢山で少し濃いめの味になっている。

「美味しい? 美味しいって言わなかったら怒るよ」

「なかなか」

「朝から捻くれてるな」

 朝食に華がある、何とも微笑ましい朝の風景だろう。

「そうだ、大事な話があるんだよ」

 有紗の言葉に藍が頷いている。何か悪い予感がする。

「今日からここに泊まるね」

「は?」

 思わず口から漏れた素直な言葉、なぜ有紗がここに泊まる必要があるんだ?

「いや、藍ちゃんが寂しい寂しいって私に泣きついてくるから……仕方なく?」

「ちょ!」

 有紗の右手が藍の口をふさぐ。

「そんなわけで今日からどれくらいになるか分からないけどよろしく! 一緒に登校だってさ、ゲームとか漫画の世界でしかあり得ないと思ってたよ。嬉しいな、こんなチャンス一生に一回あれば良い方だよ」

 藍は口をもごもごしながら「ふぉ、ふぉぐ」と解読不可能な言葉を発していた。

「おっと時間だ、中学生は登校の時間だ。本当なら私たちも一緒に行きたいけど、お姉様の愛の時間を邪魔されたくないからね」

 そう言って藍を玄関まで運んでいった。

「寂しいなんて言ってないぞ!」

 玄関からは虚しい遠吠えが聞こえたがすぐに治まり玄関を出る音がした。それを見送り有紗が戻ってきた。


「さて、もっともっと大事なお話だよ」

「やっぱりそうだよな……」

 有紗の目つきが変わる、僕も箸を置き姿勢を正した。

「昨日の夜、どこまで覚えてる?」

「舞が僕を一刀両断しようとしたところまでは大体覚えてる」

「じゃあ、私が能力者で栄凛を殺した犯人で、優ちゃんを殺そうとしていたことも全部覚えているんだね……」

 改めて聞きたく無かったがこれは事実、僕は頷き覚えているということを伝える。

「あの後の話をするよ……」

 固唾を飲む。

「結果から言うと優ちゃんの暴走した能力を止めることに成功した。本当に凄かった、舞の刀が優ちゃんの頭の上で止まったんだ、それを何とか振り下ろそうとしている舞の姿は見るに堪えなかったよ……歯を食いしばって涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃ、でも必死に優ちゃんを守りきった。そう、守りきって舞はいなくなった……」

「いなくなったって……」

「優ちゃんの身体が元に戻って、舞に近付いたとき、すでに藍ちゃんに戻ってた。能力者独特のオーラが消えていた……」

「つまりもう舞はいないのか?」

「少なくても藍ちゃんの身体にはもういない、ちなみに優ちゃんからもオーラは消えてたよ」

 僕に能力が無くなるのは良い、けど舞にもう会えないと思うとやはり少し悲しい気持ちになる。

「ちなみに、私も能力が無くなったの」

「何で有紗まで?」

「もう優ちゃんを守る必要が無くなったからだと思う、この能力はずっと優ちゃんの為だけに使うための能力だった。でも周りに憎い人も危ない人もいなくなった、安心して気を抜いたらもうぬいぐるみは動かなくなってたよ」

 栄凛も舞もいなくなれば、有紗にとって僕と関係のある能力者は誰もいなくなる、有紗は有紗なりに答えに行き着いたのだろう。

「でも別に関係ないよ、能力なんて使えない方が幸せだもん。私はむしろ無くなって良かった、優ちゃんが狙われる心配も無くなったから、もう最高!」

 本当に嬉しそうに笑う、僕も喜ぶべきなのだろう。死ぬこともなければ、有紗と藍の三人で暮らせる。これほどの幸せは無いだろう。でもあの瞳が目に焼き付いて離れない。

「……やっぱり舞に会いたいの?」

「会いたくないって言ったら嘘になる……」

「私も藍ちゃんもあれだけ頑張った……それでもやっぱり駄目なの?」

 あくまでも強くは言わなかった、静かに僕の本当の心に問いかけるように有紗は聞く。

 ――しばらくの間有紗は言葉を発しようとせず、ただ静かに僕の返事を待っていた。これだけ時間をもらっているのにまだ気持ちが揺らいでいる……。

「そうだな……」

 やっと気持ちを整理できた。

「もう舞には会えない、確かにそれは嫌だが会えない人を思っても無駄……そう、無駄だ」

 自分でこの言葉を発するのにどれだけの勇気と時間がかかっただろう。

「今までのことは無し、全部リセットしてやり直す!」

 もうここまで出たら後には引けない。

「今日からは新しい人生を共に送るぞ!」

 有紗の目には涙、僕の目にも涙。やっと元に戻る、もう誰も悲しませない。

 ――この出来事を忘れず、この世から悲しみを消すと誓った。

「優ちゃん!」

 有紗が僕に抱きついてくる。

「ずっと、ずっと優ちゃんのままでいてね……」

「本当に今まで悪かったよ、あの夜の約束覚えてるか? 今度プレゼントするよ」

 だが有紗は首を横に振る。

「これが一番のプレゼント、ありがとう優ちゃん……」

 有紗が無性に可愛く思えて、ついつい抱きしめてしまう。

「……本当のキス……して?」

 目を瞑り、僕の返事を期待している。この顔がまた可愛らしい、これで良いんだ。

 ――これが僕の望んだこと。


 (アタシという女を差し置いてこの木偶と接吻か! 見てないとでも思ったか? 身体奪って切腹するぞ?)

「え?」

「ん?」

 頭の中からハスキーな声が聞こえる。

 (早く離れろ!)

「あ、はい」

 怒鳴り声が聞こえる。いや、ここでは聞こえるというより感じるの方が近い感覚。

「優ちゃんどうしたの?」

「いや、ちょっと……」

 もしかしたらもしかする。

「舞?」

 (ご名答、とりあえずお詫びとして今日の夕飯はカレーで頼む)

 面倒なことになったものだ。

「有紗、よく聞け……」

 僕の目をまじまじと見つめてくる。とても言いたくない、絶対言ったら怒られる……。

「僕の身体に……」

 これは言えない、けどこれも宿命なのだ。

「えっと、その……」

 (早く言ってやれ)

 もうこの現実からは逃れられない様だ……。

「舞に取り憑かれた」

 (よく言った、やっぱり優はそれくらいの器を持ってないと困る)

「優ちゃん……冗談もいい加減にしてよ……」

「ごめん、そんなに怒るなよ。本当なんだ、頼むから信じてくれ!」

 (血管浮き出てるよ、これは重傷だな。でもいい気味だ、アタシの優に手を出そうとしたからこんな目に遭うんだ)

 明らかに怒っている……女の怒りは恐い、昨日身をもって体感したから間違いない。

「優ちゃんの悲しみが消えた所に潜り込んだな?」

 (よく分かってるじゃないか、これからは優の悲しみは全部アタシと半分にして生きていこう)

「有紗……褒められてるよ?」

「殺す、優ちゃんさよなら。来世で会おう」

 立ち上がりキッチンから包丁を持ってくる。もういっそのこと死んだ方が楽なのかもしれないと思えてきた。

 (危ないな、少し身体を借りるぞ)

「ちょっと! 勝手に!」

 時すでに遅し、昨夜と同じ様な感覚に襲われ、腕も脚も動かず。ただ視覚と聴覚だけが僕の身体とリンクしている。

「今日からアタシと優、それと妹さんと木偶で一緒に暮らすと思うと嬉しいよ」

「黙れ!」

 有紗は包丁を振りかざすが能力を失い、身体能力が下がったのだろう。有紗は全く歯が立たず、そのまま包丁を奪われ一気に形勢逆転。

「さて、家族同士殺し合いは止めよう。大丈夫、アタシはそれほど身体を奪ったり、邪魔もしない。だから楽しく過ごしてくれ」

 (舞……)

「ただ一つ優に言っておく、お前は悲しがる必要がない。優に取り憑いて分かった、お前は最高の幸せ者だよ」

 ふっとすべての感覚が戻る。

「舞はまだいるの?」

 ……返事がない、消えてしまったのか?

「いないかも……返事が無くて分からない」

「一言だけ言っておく、約束は守る、だからそっちも守れ」

 リビングに僕たちの笑い声が響き渡る。いつもの月森家に戻った瞬間だった。

 舞からの返事は無い、だが返事など聞かずとも答えは分かる。

「分かっただって」

 もちろん舞は一言も喋っていない、僕に返事をしろということなのだろう。だから僕は自分の気持ちをしっかりと伝えた、ただそれだけのこと。


 その後、舞の声は一度も聞いていない。今では幻聴と幻覚が同時に起きていたのではないかと思うほど、舞は存在を一瞬たりとも現さなかった。

 でも、いつも僕のどこかに潜んでいることは感じられた。

 笑うときは一緒に笑い。

 泣くときは一緒に泣き。

 怒るときは一緒に怒り。

 悲しいときは一緒に悲しんだ。

 近くにいる存在を再認識しようとすることは難しい、まして近すぎる存在ならなおさら。


 ――僕らはこれくらいがちょうど良い。


 You are nearby.

終わりです、ここまで読んでくださった方々本当にありがとうございます。

もし宜しければ感想、評価などいただけると光栄です。

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