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第四部

 今までに何度朝を迎えただろう、十七年も生きていればかなりの数を迎えているに違いない。鳥のさえずりが心地よい、目覚まし時計のうるさい音も今日は鳴らない、こんなに爽快な気分で目を覚ましたのは数えられるほどしかない。

 僕は一度大きく伸び、一気に身体を起こす。起きるときの苦が全くない、ここまで気分が良いと逆に悪いことが起きそうな気もする。なぜか人はそんなことを考えてしまう。

 別に学校があるわけじゃない、このまま寝ていても良いのだが、昨晩風呂に入らなかったのはまずかった、何となく気持ち悪い。仕方ないのでとりあえずリビングに行くことにしよう。服もそのままだったのですぐに部屋を出て、階段を降りる。いつもは身体が重くて降りにくい階段も今日は軽快だ。

 リビングのドアを開けるとそこには誰もいない、藍もしくは舞はまだ寝ているのだろう。誰もいないならすることも無い、今の内に風呂に入ろう。僕はリビングのドアを閉め、バスルームへ向かった。

 バスルームの鏡を見ると昨日頭を怪我したことを思い出す、包帯をほどくともう腫れも引いていて、痛みも全く感じない。大事に至らなくて良かった。そして僕は朝風呂と洒落込むことにした。


 これ以上に気分が良いときは無い、朝の目覚めが最高、朝から風呂、次は何をしてやろうか。これ以上ない些細な贅沢を出来る限りしてみたいという気分になったが、ふと些細な贅沢って何だろうと考えると思いつかないのでやめた。

 すぐにすることが無くなる、元から趣味が豊富とは言えない。休みだからといってすることも無い。そんなときは大抵ダラダラとテレビを見る。気分の良い日でもそれは変わらないのか……。

 バスルームを出て、リビングへ戻る。

 リビングに入ればすぐにテレビをつけて適当に面白そうな番組を探す。バラエティ、スポーツ、ニュースといった様々な番組がやっている、こんな時ははずれの少ないニュース番組を見るのが吉だ。

『昨日、午後九時頃、飛行機事故で生き残った秋月栄凛さんが殺害されていました』

 ――殺害?

『市内の某病院で午後九時頃、看護師によって見つけられました。被害者は体に叩かれた跡や突かれたような跡、えぐられた様な跡が多く残っており、所々肉片が飛び散っているという状況でした。警察が調査中ですが、証拠が全く無く、捜査が困難しています。視聴者の皆様に情報提供を呼びかけています、情報のある方は画面下に表示してある電話番号にご連絡ください、二十四時間受け付けています、多くの情報をお待ちしています。……次のニュースです』

 ――死んだ? 栄凛が? 何言ってるんだ? 誤報だ、誤報に違いない、新聞を見れば分かる。

 リビングを飛び出し、すぐに郵便受けの中に入っている新聞を取る。リビングで落ち着いて読んでいる暇なんて無い、その場で三面記事の見出しを読む。

『飛行機事故の生き残り、何者かによって殺害、謎の死』

 書かれていることはニュースで上手に要約されていた、栄凛が死んだなんて……舞が……殺したのか……。

「おはよー」

 後ろには寝起きの藍か舞が居た。

「おはよう、今日は良い天気だな」

「そうだね、洗濯日和だよ。今日は優兄が洗濯担当ね」

 このしゃべり方は藍だ。舞は藍の中か……

「新聞ならリビングで読みなよ、もっと優雅な朝を堪能しようよ」

 そう言って藍はリビングに消えた。玄関で立っているわけにもいかない、僕もリビングへ戻る。

「今日は起きるの早いね。いつもは起こさないと昼まで寝てるくせに」

「体調が良いんだよ、今からフルマラソンでも走れるくらいな」

「なにそれー」

 他愛もない会話、いつも藍は笑ってくれる。辛いときも無理に笑いを作る、悲しみから逃げるために。

「今度、また有紗と一緒にメシでも食べないか?」

 舞と食事をしていた時の事を思い出し、藍に持ちかけてみる。

「お姉ちゃんまた来るの!? 嬉しいな、今度は私もお料理手伝うね」

「じゃあ明日誘ってみるよ」

 藍はやはり喜んだ、このままの流れで眼鏡を外させる。どうしても舞に聞くことがあるんだ。

「じゃあそのときにでも眼鏡買いに行こうか?」

「それ良いよ、優兄も良いこと言うなあ」

 藍は満面の笑みで褒めてくれる、嬉しいことだが眼鏡を外してくれた方がもっと嬉しい。

「どんな眼鏡が欲しいんだ?」

「んー……似合うのなら何でも良いよ」

「それもそうだな、自分らしいのが一番だな」

 ずっとずっと笑っている。眼鏡を外すチャンスが無い。――そう思っていると、藍が自ら眼鏡を外した。

「これも思い出が沢山詰まってるけど、これからの思い出を詰めるにはもう一杯だからね。本当に嬉しいよ」

 しばらく藍は感傷に浸っている。だが、舞になる気配が無い……舞が出てこない。なぜだ、この前はすぐに気を失ったのに……どうして、舞が出てこない……。

「優兄どうしてぼーっとしてるの?」

「大丈夫だ、藍こそ大丈夫か?」

「いや、何言ってるか分からないよ?」

 身体に異常は無いようだ。

「何か今日の優兄は変だよ、さっきも玄関にいたとき裸足で新聞読んでたし」

 藍は話しながら眼鏡をかけ直す、これでもう舞に会える手段はカレーくらいしか残っていない。でも今からカレーを作るなんて奇怪過ぎる。

「今日の夕飯はカレーで良いか?」

「カレーはお姉ちゃんが来たときにしない? みんなで食べるカレーは美味しいよ」

 有紗が来たときにカレーか……それじゃあ遅い、最短でも明日だ。それに有紗が来たときに舞の姿を見られたら絶対に混乱してしまう。

「折角の客人をもてなすときにカレーじゃ物足りないだろ」

「そんなこと無いよ、お姉ちゃんだってこの前みたいに豪華な食事だと気を遣うでしょ」

「……それは無い」

 有紗に遠慮なんて文字は無いと思う、いや絶対無い。

「そうかな?」

 どっちにしても今日はカレーを作ることは許されない様だ、ならどうする、どうやって舞と接触する……。

「じゃあお姉ちゃんが来たときはカレーに決定だね。楽しみだな、美味しいカレー作ってね」

 そう言って藍はリビングを出て行った、僕はどうしたら良いか分からず床に身体を大の字にして寝る。

 どうすればいい、何をしたらいい、栄凛が死んだ、舞が出てこない。

 そう、舞が出てこないのが一番不可解だ。やっぱり栄凛関係なのだろうか、栄凛が死んだことなのだろうか。

 だけど僕はそんなこと気にしてない、栄凛が殺されることを覚悟していた。何があっても舞には文句を言わないつもりだった、だから栄凛が死んだのは怒っていない。

 でも、何で舞は僕に嘘を付いたのだろうか。しかも出てこない、顔を合わせようとしない。

「何でコソコソしてるんだよ……そんなの舞らしく無いだろ……」

 ついつい独り言が漏れてしまう、しかも愚痴。でもこの言葉は本性……僕の正直な気持ち。

 もうこのまま眠ってしまいたいが爽快感が邪魔して何かしていないと落ち着かない。

 こんな時は何をしたらいいか分からない。何をするわけでもなくただ天井を見つめている。

 ――ずっと、ずっと見つめていた。そしてゆっくりと視界が狭くなっていった。


 どれくらいの時間が経ったか、そんなことはどうでも良い。目を覚ますと目の前には藍がいた。

「優兄、起きて」

 外は暗いのに僕の寝ているリビングは電気も点いてなく、薄暗い部屋の中で大の字のままだった。

「もう夜だよ、寝過ぎだよ」

「……ん?」

 朝と同じく身体は簡単に起きあがる。

「やっと起きたよ、気持ちよさそうだからそのままにしてたらずっと寝てたでしょ」

「多分ずっと寝てた」

「明日からまた学校なんだから、休日くらい有効に使いなよ」

 またいつもの生活が始まる、栄凛の件はもうこりごりだ、でも舞とのあの一時はずっとずっと続いて欲しかった。こんな事を考えられるんだ、僕の脳はもう働き始めている。

「仕方ない、今日のご飯は私が作ってあげよう」

 無い胸を叩いて見栄を張る。藍の料理もなかなか美味い、素朴でいかにも母の味というヤツだ。

 藍はキッチンに行った。冷蔵庫を開けて中身をチェックしている姿が見える。

「何も無いよ……」

 こっちに振り向き寂しい言葉を投げかけてくる。

「買いに行くか」

 というより買う以外の方法がないだけでもある。近所のスーパーまで歩いても十分かからない、手軽に行ける。外は暗いがまだこの時間なら営業中だ。

「私も行くよ」

 藍が行くなら僕が行く必要は無いと思うのだが、この流れは多分一緒に行くと言うことだろう。

「じゃあ行こうか」

 家計を支える財布を持ち、外に出て鍵をかける。

「久しぶりに二人で出かけるね」

「そうだな、藍と二人でどこかに行くなんて最近してないな」

 確かに藍と一緒に出かけたのは久しかった。舞となら昨日出かけたばかり。

 その後、別に会話もなくただただ薄暗い夜の道路をスーパーに向かって歩き続けた。


 スーパーに着くと、人はまばらで店内に雑音が少ない、その上あらゆる商品に値引きのシールが貼ってあった。

「閉店間際だとこんなに安くなるんだな」

「そうだね、家に食材が無くて結果オーライだよ」

 僕がカゴを持ち、藍の後ろについて行く形で店内を回る。そこまで大きくないのですぐに見て回れる。

「お総菜が安いね、これなら作らなくても良さそう」

 そう言ってぽいぽいとカゴの中に商品を入れていく。

「結構買うんだな」

「安いからいつもの倍買ってもほとんど同じ値段だよ」

「半額だからな」

 カゴに入っているのはすべて半額の商品であって、定価の物や三割引止まりの商品は入れていない。

「節約上手な妹を持って、優兄は幸せだね」

「ケチな妹の間違いだろ」

「意地悪なこと言うな」

 そんなやりとりをしてる間にも、半額商品はカゴを占領していった。

「これで四日は何も買わなくても良さそうだね」

「賞味期限が……まあ食えれば問題ないだろ」

 野菜と肉と総菜で飾られたカゴをレジに持って行く。

 レジで待たされることなく会計が済み、すんなりと外へ出た。

「今度から買い物は夜行こうね。節約、節約」

 半額が凄く気に入ったようで、スキップしそうな勢いで歩いている。

「でも総菜ばっかりこんなに買うのはこれで最後な」

 少し納得のいかない顔をしているが、藍はうなずいた。


 家に着くと、藍はすぐにキッチンに向かい調理を始めた。調理と言っても総菜を炒め直したり、サラダを作る程度なのだがそれでも栄養をとれる献立を考えている藍はしっかりしていると思う。

 慌ただしく作業をしているようで、スリッパがフローリングに当たる音が鳴り響いている。

「手伝おうか?」

「大丈夫、すぐ終わるー」

 返答の声を聞く限りそれほど忙しそうではない様なので、僕はリビングでただテレビをつけて待っていた。

 待っている間は暇なものだ、特にやることもなくこんな時に限って面白い番組もやっていない。

「和室で待ってるよ」

 くだらない番組を見ているくらいなら和室でくつろいでいた方が良い。藍に準備を任せて僕は楽をさせてもらうことにしよう。


 和室に置いてある刀を見るとあの日が自然と思い出される、ほんの少し舞と会っていないだけなのにとても心に空虚感が漂っている。

 なぜだろう、心が空っぽになったから脳みそも空っぽになってしまったのだろうか、どうも最近メンタル面が弱い。

 僕は刀を手に取り、鞘から抜く。刀身はいつもと変わらない美しさを持っている。

「こんなに軽かったかな?」

 つい口に出してしまうほど刀は軽かった、そして僕の手になじんでいた。見れば見るほど取り込まれていく、やはり舞に執着しているところがあるのだろう、こんなに人恋しいのは初めてかもしれない。この思いを生きている人間に残すんだ、やはり死人は最も罪が重い。

「料理出来たからドア開けて、重いんだから早くしてー」

 藍が料理の準備を終えて和室に食事を運んできてくれたようだ。

「今開ける」

 刀を戻し、和室と廊下を遮っているドアを開ける。

「半額でもこんなに美味しそうに出来てるんだよ! ちょっとした手間を加えると料理は化けるんだよ」

「ちょっと変わった料理評論家の台詞みたいだな」

 藍は冗談を交わしながら着々と配膳している。僕も少しは手伝うがそこまで大した作業ではないので、藍はしなくて良いよと言ってくれた。

「それじゃあ食べようか、私が頑張って作った料理は最高だよ」

「半額の総菜を炒め直しただけだろ」

 炒め直したと言っても、なかなかに美味しそうなものがある。僕は回鍋肉に箸を走らせる。

 ……これは美味い、ピーマンを追加して量を増やしシャキシャキ感が残るくらいで火を止めている。

「――腕を上げたな」

「私の作り出す料理は優兄をもうならせる、これは私が料理人として認められた証拠! そう、まさに私は料理の鉄……」

「一人で盛り上がってろ」

「ちゃんと最後まで聞いてよ!」

「どうせくだらない話だろ」

「くだらない話はご飯につきもの、言ってみればくだらない話は無くてはならないもの。そう、やはり私はアイアン……」

「確かにそうかもな」

 大笑いをして藍の台詞を阻止する。

「だから聞いてよ!」

 この笑いはただの妨害工作では無い。藍の言っていることは間違いじゃないことに笑った。今まで何が足りなかったか、たった一言でそれに気づけた。

「それじゃあ、楽しく食べるために挨拶といきましょうか。お手を拝借」

 藍はしきり直し、両手を胸の前で合わせる。

「「いただきます」」

 美しい旋律がちゃぶ台を囲んだ。


 夕食がこんなに盛り上がったのはとても久しい。楽しいからだろうか食が進む。「今日はよく食べるね」と藍に言われる位だ、それだけ暴飲暴食していたのだろう。

 その後、僕は風呂に入り、自室に戻ってベッドに寝転がり天井を見ていた。

 静かに、静かに、天井を見つめ。そのまま眠りに落ちていく。昼間と同じ様に。



 またいつもの朝が始まった。

 昨日と変わらず体は軽い、今ならフラメンコだってコサックダンスだってカポエラだって軽快に踊れる様な気もする。


 いつもの準備をして、朝食のために一階に降りれば、和室の方から声が聞こえる。

「ご飯できてるから早く」

 もう藍は準備万端の様で、僕のことを待っていた。

「遅い! 早く食べよ」

「あっ……制服」

 中学校の制服に身を包んでいた。

「今日からちゃんと学校行くよ、不良少女は卒業だよ」

 まだ妙によそよそしいが、藍が時間をかけて導いた答えなのだ、ショックから立ち直る準備が着々進行中なのだろう。

「不良少女の兄なんて嫌だからな、休んだ分善意的な行動に善処しなさい」

「さー、いえっさー!」

 敬礼、僕らは笑いながら朝食を味わった。目玉焼きにトーストと牛乳といったオーソドックスなメニューだが、いつもの朝食より断然美味しかった。


 朝食が終わればすぐに学校へ行く、高校は授業開始時間が遅めなので先に家を出るのは藍だ。中学指定の鞄に制服、これが本来の正装なのだ。

「それじゃ、いってきまーす」

 大きな声で挨拶、自分に活を入れている様な気もした。時間に余裕のある僕は玄関まで見送ってやった。

 僕も数十分したら家を出ることになる、今日は有紗を誘いパーティーだ。冷蔵庫の中身をチェックして足りない物は帰りにスーパーに寄って買い出してくることにしよう。

 冷蔵庫の扉を開ける……ほとんど作れる物が無かった。昨日結構買ったのに、ほとんど総菜だったから仕方ないか。ニンジンだけはあったので、メモをとらない方が早かった。

 そんなことをしている間に時間になった。荷物を持ち外に出た。鍵も忘れずにかけて自転車で学校を目指した。


 月曜日の学校には二種類の人間がいる。休みを有意義に使ってすっきりとした顔をして登校してくる人と、休みを有意義に使ったが使い方を間違えて気怠そうに登校する人。

 僕のクラスでは前者が多かった。「おはよう」と言う声が頻繁に行き来している。そんな賑やかな中、僕が席に座ると有紗がやってきた。

「おはいよー」

 朝の挨拶はいつの間にか地名に変わっていた。

「ついに日本語を忘れたか?」

「何だよつまんねー。優ちゃんはもっと華麗なツッコミの持ち主じゃないか、ちゃんとしてくれないと困るよ」

「いつから僕がツッコミになったんだよ」

「おいおい優ちゃんらしくないって、ここは『じゃあつっこんでやるよ』って言って、私が『エロエロだね』って返すところでしょ?」

「朝から厳しいネタだな……」

 爽快な朝から、一気に微妙なテンションへと変わる。

「こんな美人からエロエロなんて言葉を聞けるんだよ? 優ちゃんもしかして……」

「大丈夫、健全だ。だがしかし美人が聞き捨てならない」

「美人だよ、校内人気トップは誰? 校内美人ランキング一位は誰? 校内付き合いたいランキング一位は誰? 女子から尊敬する女子ランキング一位は誰? 一億円のスマイルランキング一位は誰?」

「……有紗」

「こんな美人とお話しできるなんて光栄だと思わないかな?」

「昔から仲良かっただろ、今更そんなこと思わないよ」

「さて、少々生意気なお言葉をいただいたので反撃しちゃおうかな」

 にやりと不気味な笑みを浮かべ、目薬を取り出した。目薬の使い道なんてただ一つ、有紗は目に液体を垂らす。

「優ちゃん頑張ってね」

 そう小さく一言つぶやき。少し大きめな声で泣き真似を始めた……やばい!

「違うんだ! 僕は何もしていない!」

 もう遅かった、僕の隣で泣き真似をする有紗にみんなが注目している。そして有紗が一言。

「……ひどい」

 そういって有紗は床に膝をつく。注目の目が一気に殺意と変わる……

「月森君が御堂さんを泣かせた……」

「優が有紗ちゃんを……な、泣かせた……」

「おい! 違うって!」

 弁解など有紗の涙の前では全くの皆無。

 もう手遅れだった、クラス中の男子が僕を囲み、女子は有紗を保護した。

「何しやがった! 白状しろ!」

「何もしてないって、有紗が嘘泣きをしているんだ、本当だって!」

 もみくちゃにされて誰も僕の言葉が耳に入っていない。倒れる形になり、胸を圧迫され息苦しくなってきた。

「ちょっと、まて、死ぬ……」

「目のゴミとれたー」

 僕の虫のような声は誰にも届かなかった。その代わり有紗の言葉がクラス中に響いた。

「御堂さん、目にゴミが入って泣いていたの?」

「そうなの、勘違いさせちゃってごめんね。男子もごめんね」

 僕からは見えないが多分ウィンクか投げキッスでもしているだろう。

「いや、俺たち月森と遊びたかったからちょうどよかったよ。むしろ御堂さんありがとう」

 一人そう言えば、つられてみんなが「ありがとう」と声をそろえて言う。もう信用できる友人はこのクラスにはいない。

 騒動はすぐに収まり、ちょうど良いタイミングで先生がやってきた。

「起立、礼」

 今日の日直が挨拶をする。先生は連絡事項などを淡々と話している。そんなとき有紗と目があった、有紗は満面の笑みでごめんねと合図をしてきた。有紗にからかわれるのも慣れたものだ、僕も有紗に笑みで返した。



 一日の折り返し地点、昼休みになった。

「ちょっといいか?」

 有紗に今日の都合を聞くためだ。

「朝はごめんね優ちゃん。それで何の用事?」

「たびたびで悪いけど、また夕飯食べにこないか?」

「藍ちゃんを良いように使って私とご飯食べたいんだね、予定なんて全然無いから問題無し」

「藍がやっと気持ちがしっかり固まってきたんだ」

「そうか無視か。まあ、でも藍ちゃん元気になったんだね。また元気なロリロリが見られるならなんとしても行かないとね」

 藍が元気になった、それから舞が出てこなくなったんだな。何か関係あるだろうか?

「んーどしたの? 人と話すときは目を見て話さないとだめだよ」

「ああ、ごめん」

 つい舞のことを考えると他のことに思考が回らない。藍は元気を取り戻したというのに、僕がこんな様子では一家を守ることは無理かもしれない。

「優ちゃんの家には何時に行けばいいの?」

「基本的にいつでもいいけど……夕食を作るから七時くらいは大丈夫か?」

「おっけー。それじゃあおやつは食べないで楽しみにしてるよ」

「おう、最高に美味い料理作ってやるよ」

 そう言って僕は廊下に出た。屋上に向かうためである。

 屋上にはいつも通り誰もいない、コンクリに大の字で寝ころんで太陽に照らされながら考える。今日カレーを作れば舞は出てきてくれるだろうか、あのとき言った言葉本当なのだろうか、カレーにすべてがかかっている。

 舞に会えるかもしれないというだけで、胸が高鳴るこの高揚感。授業なんか受けていられそうにない。僕はこのまま何となく授業をサボろうと決めた。

 屋上から空を見上げると地球が丸いことに気付き、驚かされる。こんなに大きな地球に僕がちっぽけと大の字を作ったところで、誰も何とも思わないのだろう……

 僕は眠気に忠実に従った。


 鳴り響くチャイムの音、日はまだ落ちていないから五限の授業が終わった頃だろう。僕は立ち上がり教室に戻ろうとした、だがそこには有紗がいた。

「授業をサボるなんて不良だね」

 そう言って僕に近づいてくる、長い髪の毛が風に靡かされている姿が太陽でライトアップされているようだ。

「そういう有紗だって授業抜け出したんだろ、同罪だ」

「だって屋上に行って帰ってこなかったんだもん、何かあったかなとか思っちゃって」

「こんな平和な学校の何が心配なんだよ」

 笑って返答をする。

「優ちゃん気が抜けてる様に見えたからね」

 といって僕のすぐ近くまで来ると、香水の香りだろうか柑橘系の香りが漂う。

「あれ、香水つけてるのか?」

「……どして?」

「柑橘系の良い香りがしたからさ」

 有紗は首をかしげる動作をしてからコンクリに座り込んだ。

「香水つけたっけな? つけたような……つけてないような……」

 わざとらしく腕を組んで考えている、香水をつけたかどうかくらい覚えていないのだろうか。

「そんなに悩むなよ、別に嫌なにおいってわけじゃないんだ」

「そうだね、こんなに天気も良いから私もお昼寝しよっと」

 両手を思い切り伸ばし、空と向かい合う様に空を見る。僕も立ちながら空を見上げた。

「地球ってまんまるだよね……」

 誰に問いかける訳でなく、独り言の様にぼそっと口から漏れる様に言葉を発する。

「僕もさっき同じことを思ったよ」

「それでさ、私たちって小さい存在だなとか思ったでしょ」

「その通り、よくわかったな」

「そりゃ、幼なじみだからね」

 あまり関係ないが、今この時間だけはそれでも良いなと思える。


 それからしばらくの間、風の音だけが僕らの鼓膜を振動させていた。

「――優ちゃん」

 急に沈黙を破り有紗が話し出した。

「悩みがあるならいつでも聞いてあげるからね、一人で抱え込むのは辛いこと、厳しいこと、悲しいこと。クラスでも体調は良さそうなのに生気が抜けてるって言ってる子もいたよ……」

 僕はそんなに追いつめられていたのだろうか、舞と一度話ができればそれで良い、たったそれだけのことで周囲が心配するようなことをしてしまったのか……

「優ちゃんは名前の通り優しいから、周りに相談しづらいと思うけど。相談しなければ周りがこうなるってことも考えてね、あまり人のこと悲しくさせちゃ駄目だぞ」

 有紗は優しく、いつも通りの口調で助言をしてくれた。僕の最も嫌いなことを僕自身がしているんだということを。

「それじゃあ。優ちゃんはもうちょっとここにいた方が良いよ」

 空とのにらめっこを終わらせ、すっと立ち上がり何も言わず屋上を出て行く。

「――ありがとう」

 僕の口から出たのは思っていたよりも小さな声だった、有紗に届く前に風でかき消されそうな本当に微細な声。

 そんな声でも有紗には届いていたようで、振り向かず親指を立ててグッドの合図をくれた。

 僕は本当に良い友人を持った、自分の過ちを気付かせてくれる友人。そしてそれを優しく包容してくれる……心の底から感謝と反省をしたい。


 僕はその後、今までの軽率な行動をとっていたことを反省した。有紗にもクラスのみんなにも沢山の迷惑をかけてしまったのだ、これからの行動を改めなければならない。

 とにかくこれからは舞に執着することをやめる、今夜カレーを食べに現れなかったらすべての出来事は夢にする。舞と出会ったことも、栄凛を殺したことも、あの楽しかった一時もすべて無かったことにする。

 ――今夜ですべて覚悟を決める。



 チャイムが放課後になったことを告げ、校内の人々は帰宅したり部活に精を出している。僕は先生に見つからないように少し遅れて教室に戻る、教室には有紗がまだ残っていたので目で感謝の気持ちを伝えておいた、多分伝わっただろう。先生と顔を合わせてもいけないので、すぐに学校を出てスーパーに向かった。

 自転車ならスーパーはすぐに着く、前は閉店間際だったので安かったが、今はまだ夕方なので値引きシールは全く貼っていない。

 僕はニンジン以外の食材を求め店内を歩き出した。

 ジャガイモ、タマネギ、豚肉をカゴに入れ、他に入れたら美味しそうな食材を探す。だが特に何も見つからなかったのでレトルトのルーの売り場へ足を運んだ。

「うわっ」

 あまりに大量の種類につい驚いてしまう。レトルトだけでもこれだけそろえているだなんて……この店のオーナーはカレー好きと見て間違いないだろう。店主のことなどどうでも良い、問題は何を買うか、コクがまろやかなカレー、熟成させたようなカレー、リンゴにハチミツを加えたようなカレーと様々な種類。もうどれも同じに見えてきた、適当にコクと熟成のやつを買うことにした。

 僕は自然と辛口のルーを選んだ、あの時の食事が今でも忘れられないのだろう……だがそれも今日までだ。

 レジには主婦が結構並んでいたが、それほど待たずにレジを終えた。後は家でこれらを調理すれば立派なカレーパーティーだ。

 僕は店を出て我が家を目指した。


 家に着いたのは六時半ちょうど、鍵が開いていたので藍はもうすでに帰ってきているのだろう。

「ただいま」

 少し声を張って帰ってきたことを告げる。

「おかえりー」

 二階にいるのだろう、小さな声が僕を出迎えてくれた。着替えるのが面倒なのでそのままキッチンに入って作業に移る。

 キッチンで野菜を切り始めると、二階から降りてくる足音が聞こえ、もちろんのように藍がキッチンにやってくる。

「今日はお姉ちゃんくるんだよね?」

 相づちを打ち肯定の意を伝えると、藍は喜んで近寄ってくる。

「私にも手伝えること無いの?」

「別に簡単だから良いよ」

 カレーは簡単だからキャンプなどでも作られるのだ。

「えー、なんか手伝わせてよ」

 あれ、また柑橘系の香りを嗅覚が嗅ぎとる。

「有紗が来るからって、オシャレでもしたのか? そんなことしなくてもいつも通り迎えればいいのに」

 僕は笑ってやった、いつも通りになるために有紗を呼んだのだから、普段の格好で迎えてやった方が良い。

「別にオシャレなんてしてないよ? 私はいつだっていつも通り」

「香水つけてない?」

「つけてないよ」

 有紗と似ている香水かと思ったら、別につけていないのか……僕の気のせいか。別に大したことではないので僕はカレー作りに集中することにした。

「お鍋準備するね」

 僕が野菜を切っていると、藍は積極的に手伝ってくるので結局は二人で作ることになった。

 心のどこかで藍が舞に変わってほしいという願望があった、僕はあの時の言葉をずっと信じていた。


 鍋の中身がぐつぐつと煮え、見事にカレーの完成だ。

「うわー、シンプル……」

「何事にも気取っては駄目だ、物の本質を見抜きそれを生かす。それを難なくこなす人が国のトップになる!」

「熱弁したところで中身は変わらないよ……」

 そうなのだ、具が素っ気ない。この一言に尽きる。

「仕方ないだろ、夏野菜カレーもシーフードカレーもこの時期は微妙、ならば王道という王道を貫いて見せようと考えただけだ」

「だから熱弁しても……」

「ごめん、適当すぎた」

 素直に頭を下げることにした。

「本当だよ、せっかくお姉ちゃんが来てくれるのにこれは無いと思うよ……」

 反論できない。前回はあれだけ豪華だったのに今回はカレーだけ、しかも王道カレー。楽しみにしていたようだし、これは怒られることを覚悟した方が良いかもしれない。

「ところでお姉ちゃんはいつ来るの?」

「一応七時に来てくれとは言っておいたけど、もうすぐ来るだろ」

 時計は六時五十分を指しているので約束の時間までもう少しだ。カレーは火にかけたまま、和室で食事ができるように炊飯器とカレー皿を運び、いつでも夕食を食べられる様になった。

 そんなとき、リビングで電話の音が鳴り響く。

「もしもし? ……あ、お姉ちゃんか、どしたの?」

 有紗からの電話らしい、時間は後三分で七時になるというのに何で電話なんてしてくるのだろう。

「はーい、優兄に替わるね」

 僕に用事、もしかしてキャンセルだろうかと不安になる。藍から受話器を受け取る。

「もしもし、どうしたんだ?」

『それがね、藍ちゃんに復活おめでとうプレゼントをあげようと思って、駅前のロシアンに買い物に行ったんだけど……』

「そこって怪しげな小物とか雑貨が多い店だろ、何でそんなのプレゼントするんだよ」

 一度行ったことがあるが、脳みそキーホルダーや動物の死骸をモチーフにしたアクセサリーなどが多く取り扱っていて、店員は全員ゴスロリ風の制服を着用しているという、とにかく変な店だった。

『最近新しい物が入荷されてね、結構人気出てきたよ、昔は近寄りがたいお店だったのにね。それより本題なんだけど、ロシアンで買った可愛いぬいぐるみが多すぎて運ぶのに苦労してるのよ、そこで男の子の優ちゃんにヘルプミーコールをしたってわけ』

「多すぎるって……どれくらい買ったんだよ?」

『大きな袋にいっぱい』

「それくらいだったら有紗一人でも……」

『それを三つ』

 電話越しにため息が出る。

「どうしてそんなに?」

『私の分も入ってるもん、全種類集めてるからさ』

 有紗が全部集めるということは、ロシアンのオリジナルグッズなのだろうか。昔から限定とかオリジナルに目がなかったからな。

「とりあえず状況は分かった、どこに行けばいい?」

『駅から優ちゃんの家に行く途中にある公園、結構用具が充実してる所』

「あそこか、分かった。すぐ行くよ」

『あいーよろしくー』

 電話を切り、受話器を元に戻してから藍に有紗を迎えに行ってくると告げる。ただ荷物持ちがほしいだけの様なので、手ぶらで家を出た。


 公園まではそう遠く無いし、自転車で行っても荷物を運ぶことに適していない。だから僕はそれほど暗くない夜を一人歩いていた。

 月が綺麗に街を照らす、街灯の明かりなど電力の無駄遣いにしかすぎない。そして涼しい夜風が何とも心地よい。

「結局舞には会えなかったか……」

 一人愚痴をこぼした、夜の雰囲気が僕を素直にさせてくれたのだろう。

 しばらく歩くと公園に着く、辺りを見回すとベンチに腰掛けている有紗がいた。

「おーい、来たぞ」

 歩み寄るとベンチの上に大量のぬいぐるみが詰まっているであろう大きな紙袋が置いてあった。

「これか……」

「うん、ご苦労ご苦労。私はまだちょっと疲れてるから休憩、優ちゃんも座りなよ」

 言われるままにベンチに座る、公園にも街灯があって月明かりだけを見ることができず少し悲しかった。

「何でこんなにいっぱい……全部ぬいぐるみなのか?」

「そう、全部ぬいぐるみ。『ロシアンズ』の新作が出ててつい買っちゃった」

 有紗は嬉しそうにロシアンズについて語り出す。

「最新作は兎がモデルでね、このナース服を着て包帯でぐるぐる巻きにされてる兎なんて超可愛い! 他には軍人風兎、迷彩服でライフルを装備してるところが格好いいの」

 珍しく乙女チックな表情で袋からお気に入りの人形を出している。

「ロシアンズは種類が少ないから私が個人的に買ったの、藍ちゃんへのプレゼントは別物」

 そう言って他の袋を開け、中から大きいぬいぐるみの顔だけ出す。

「これが本命、おっきなクマ。このクマはね、ロシアンズの初期販売の中で一番人気があったからサイズを大きくして商品にしたの。結構高いんだからね」

「丁寧にご説明ありがとうございました」

 確かに脳みそよりは可愛い、だが斧や銃を持っていたり、血のにじんだ包帯を身につけている様なぬいぐるみはやっぱり少し趣向が変わっている。だが贈り物はどんな物でも気持ちがこもっていれば喜ばれる、有紗には強いメッセージの様な気持ちがこもっているので大丈夫だろう。

「僕には女の子の喜ぶプレゼントなんて分からないから助かったよ、本当に感謝してる」

「そんなのいいって」

 有紗は笑いながら、手をパタパタさせて気にしていないという動作をとる。

「あともう一つ言うことがあってね、今日屋上で香水の話になったでしょ? あれ今でも気にしてる?」

 藍もあの香水と似たような香りがした、気にしてないと言ったら嘘になるだろう。

「少しは気になるよ、何となくだけど隠してる様な気もしたからな」

「ははっ……そうだよね、私は嘘が下手だな」

 少し自嘲気味な薄笑いをした。

「実は……香水をつけてることが気付かれないと願いが叶うってキャッチフレーズで有名なブランドなんだ」

 だから少し挙動不審だった、理由が分かればどうして有紗と藍があんな態度をとったか分かる。

「だから藍も知らないふりをしたのか、販売会社もおもしろいことを考えたな」

 女子はおまじないなどの部類が好きなんだな、高校生になってからはそんな話は聞かなかったけど意外といるのかもしれない。

「あれ?」

 有紗は黙り込んでる。

「願いが叶わないくらいでそんなに落ち込むなよ」

 軽い口調で言ったことが気に触れたのだろうか、まだ有紗は黙り込んでる。

「ごめん、なんか悪いこと言っちゃったな。今度有紗にお返しするよ、ぬいぐるみでも何でも買うよ。そう落ち込むなって」

「は、はは……」

 苦笑いがぼそりと聞こえる。

「本当に悪かったよ……いつもの有紗に戻ろうぜ」

「――いつもの……いつもの私か……」

 様子がおかしい、有紗は小さな声でぶつぶつと「いつもの」と繰り返している。

「いつもの……いつもの……いつもの……いつもの……いつもの……いつもの……いつもの……」

 ずっとずっと開いてる口から自然と漏れてくるように、壊れたレコードの様に同じ単語を連発している。

「あり……」

「黙れ! うるさい、うるさい、うるさい!」

 両手で頭を抱えながら叫びだした、足は大きな貧乏揺すりの様で、綺麗な髪の毛をくしゃくしゃに掻きむしっている。

「どうしたんだ! やめろ!」

 僕は全力で有紗の腕を掴み、止めさせようとする。……だが有紗の力は僕などでは歯が立たない。

「触るな! どうして……私はこんなこと望んでいない……嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、いやだいやだいやだやだやだやだやだやだやだ……」

「どうしたって言うんだ! 何とか言ってくれ!」

「何で……何で私は……嫌だ、もう嫌だ! 何でみんないなくなるの? 何でみんな消えちゃうの? 何で! どうして! 私は悪いことなんてしてない、守ってきたよ。誰にも気付かれなかった、でもよりによって何で優ちゃんなの! 結局は……結局は全部無くなっちゃう、全部壊れる。もう失うのは嫌なの、こんなことなら死んでればよかった!」

 何を言っているのか分からない、掴んでいた手は髪を掻きむしることを止め。僕の手を握りしめた。

「私……優ちゃんのこと好き……」

 有紗の目から自然と涙が流れ、目は溜まっていた涙で潤んでいる。

「大好きなの!」

 こんなにくしゃくしゃの顔なのに有紗は笑った……なぜか心に針が刺さったようにちくちくと痛くなる。

「……優ちゃんは……私のこと……好き?」

「好き……だよ」

「でも、恋愛の意味では無いよね。分かってるよ、でも言わなきゃやってられないの……」

 有紗の言うとおり、有紗を恋愛対象として見たことは無かった。

「……ごめんね、もう暴れないから……」

 でも、固く繋いだ手を離そうとはしなかった。顔はずっとうつむいて、しゃっくり混じりの嗚咽が静かな夜を悲しい夜へ変貌させた。


 ガバッと顔を上げ、繋いだ手を離して涙を拭う。そうすると落ち着いた表情の有紗がいた。

「うん、これでケジメがついた」

「ケジメ?」

 有紗の表情は少しずつ冷淡に変わっていく。

「そう、優ちゃん。今から冗談抜きで難しい話をするよ」

「なんか変だぞ? 落ち着いたなら説明してくれ、どうして急に泣き崩れたりしたんだ」

 さっきまでの混乱状態は見る影も無く、硬い表情で声もトーンが下がっている様に聞こえる。

「さっき、藍ちゃんから私と同じ様な香りがするって言ったよね? それは能力者から放たれる独自のオーラの一つ」

「能力者って……」

「そう、私は舞と一緒の能力者……」

 有紗の口から能力者なんて聞くとは思わなかった、まして舞という単語が出てくるとは予想もしていなかった。

「……舞を知ってるのか?」

「能力者で知らない人の方が少ないくらいの人気者。人情に弱く、その弱点を逆手にとって殺すが、殺しても殺しても何度でも蘇る悪魔。人によっては神とあがめる人もいるくらい極端な存在」

「舞はそんなに凄かったのか……」

 僕は会いたいという欲求が激しくなる、人というのは不思議なことに自然と惹かれていくのだ、まさに今僕は知識を探訪する探検家の様だ。

「ということは有紗も能力が使えるのか……」

 有紗は僕を殺すつもりだと直感的に分かった。

「生まれ持った能力者では無い、人間実験で開発された能力。栄凛の能力開発実験によって才能を開花した一人」

「栄凛も知っているのか……」

「栄凛は私のことをアテナと呼ぶ、栄凛は私を最強と言う、たった一人だけ私を神と崇める」

 病院で言っていたアテナとは有紗のことだったのか、最強の能力と豪語していた。舞でも勝てないくらい凄い能力なのだろうか……舞は出てこないし、僕の死は決定したようなものだ。

「僕を……殺すんだろ?」

 頷いた。

「僕に……能力を使うんだろ?」

 頷いた。

「僕は……悲しませたんだな?」

 頷いた。

「ごめんな、気付いてやれなくて」

 有紗は僕に歩み寄って、僕の頭を両手で固定する。首でも捻るのだろうか、落ち着いて考える辺りが僕らしいなと自嘲した。

「私の能力は悲しみが生んだ。子供の頃栄凛が家にやってきた、大量のお金を置いて私を連れて行った。今でもあのときを思い出すと私は恐くなる、誰も助けてくれなかったあの時を……」

「有紗の両親は?」

「栄凛の部下に気絶させられたの、お金と一緒に脅迫状が置いてあって。情報が漏れたら私を殺すと書かれていた、最初はもちろん警察に電話しようとしたそうだけど、見張りの部下に能力を見せつけられて口封じをされたの、もう従うしかなかった……今でも両親は私のお願いは全部聞いてくれる、それくらい自分たちの過ちを認めている、でも私から普通に生活しようと言って今じゃこの話題はタブーだよ」

 なんと返事をして良いのか分からず、僕は何も言わなかった。

「研究所は酷かった、精神的ストレスで頭がおかしくなっている子をいっぱい見た。私はただ怒りと悲しみだけを心にためて、ずっと解放される時を待った……そして、この能力が生まれたの」

 有紗の唇が僕の唇に接触した。近づく時に目を閉じ、何とも可愛い動作に僕は見とれていた。つまり……キスだった。

「……え?」

「苦しまないようにすぐに殺してあげる、優ちゃんは知らなくて良いことを知りすぎた、知るべき必要のないことを知っていると今後の人生どんなにあがいても幸せになれない、それなら早く死んだ方が良い……」

 紙袋の中からぬいぐるみが一匹、二匹と次々に出てくる。きちんと自らの足で地を踏み、足下まで来ると僕の足を掴む。

 ぬいぐるみが足を掴んだことを確認して、有紗は一番大きなクマのぬいぐるみを持って僕の手の届かない所に離れた。

「悲しいとき、そばにいたのはぬいぐるみ。私の怒りと悲しみを救ってくれたのはぬいぐるみ。特にこのクマに似てた、藍ちゃんにあげたら絶対喜ぶと思った。悲しいときにはぬいぐるみを抱いて寝るのが最高に落ち着くの。でっかいぬいぐるみ……それが私の能力。優ちゃんを殺して、悲しみのクマさん……」

 ぬいぐるみにキスをすると大きいクマが立ち上がる。キスした物でキスした者に攻撃するのだろう。

「優ちゃん、その小さい子たちでも足なんて動かないでしょ、能力は気持ちに左右されるの、それだけ私の気持ちは強いってこと」

 ――死ぬ、僕はここで死ぬのだ。周りの人々に悲しみを与え、それに気付かせてくれた有紗を悲しみに包み、ここまで悩ませた。一番人にしてはならないことをした、殺されて当然だ。 当然か……最後に舞に会いたかったが無理だろう、今頃美味しく煮えたカレーの匂いが我が家を包んでいるのだろう。あの時の笑顔、一緒に過ごした時間。脳に刻み込まれている。

「やっぱり、舞が好き……」

 僕は有紗の反応が見たくないので目を閉じた。まぶた越しに月明かり、冥土の土産はこれで良い。

「――だから優ちゃんのことが好きなんだよ」

 何で今更有紗はそんなことを言っているのだろうか?

「やっぱり、一筋縄でいかない。恋もそうだったからもう慣れっこだ」

 つまり邪魔が入った、とてつもなく悪質な邪魔が……。


「――言ったよな、夕飯がカレーだったら何が何でも出てくるって」

 聞き覚えのある声。

「でも、あのカレーは王道にもほどがあるだろ」

 カレーにはうるさい。

「愛の告白なんてされちゃったの初めてだよ」

 聞かれていたのか……だが、生涯初めての告白が舞でよかった。

「……もう会えないかと思ってた」

「もう会うつもりなんて無かった」

 ぶっきらぼうに吐く台詞が懐かしい。

 徐々に近づいてくる足音、同時に自然とまぶたが軽くなる。

 うっすらと開いた目から見えるのは大きなクマと有紗の姿、大きなクマの拳が僕の鼻先すれすれで止まっている。小さなぬいぐるみでさえ、これほどの力があるんだ、ましてそれより大きいぬいぐるみなら僕の頭はボールのように飛んでいってしまっただろう。

 舞が有紗の目の前まで歩み寄る、僕からは後ろ姿しか見えない。

「優に酷いことするなよ、悲しむのはお前もだろ。ミドーナンバーの木偶」

「栄凛か……余計なことを……」

 舞は居合い抜きができるように常に刀に手を添えている、だが有紗は戦闘の術が無いのだろうか、それとも舞を恐れていないのか堂々としている。

「さて、木偶がアタシに勝てるかな?」

「別に舞に勝利するつもりはないよ、ただ刀を抜いた瞬間に優ちゃんの頭を吹き飛ばす」

「あはっ、所詮木偶は木偶でしか無かったな。何で栄凛もこんなやつにすべてを託したのか分からないよ」

「それは勝手に栄凛がしたこと、私には関係ない! どれだけ辛かったか! どれだけ苦しかったか! 能力に対する異常な執念が生んだ歪んだ心、ミドーナンバーなんてもう一生聞きたくなかった……」

 また僕の知らない単語『ミドーナンバー』おそらくミドーは有紗の名字、『御堂』が由来だろう。有紗と栄凛が研究所で何かあったことは何となく分かった、栄凛が有紗に溺愛していたのだろう、病室でアテナと言っていたから間違いなくそうだろう。

「殺しの依頼を受けたのは研究所を出てすぐだったな」

「ずっと願いが叶うのを待っていた。仕事が迅速で有名だったのに、私の依頼はずっと叶わなかった。挙げ句の果てに始末をしないなんて酷すぎる!」

「始末をしないって、話が繋がらない……」

 舞は栄凛を殺さなかったという意味にとらえられる。殺していないのならなぜ僕の前に出てこなかったんだ、てっきり僕に嘘をついたから顔を合わせづらいのだと思っていたのに……違うのか?

「アタシは栄凛を殺してない、殺したのはこの木偶だ」

「優ちゃん……嫌いになった? 私が栄凛を殺したの、許せなかった……人生を壊した栄凛が許せなかったの……」

 死とか殺すとかは聞き飽きた、殺される人には何らかの罪がある。有紗がどれだけの苦痛を受けたのかなんて僕には到底分からないだろう、だが僕は間違いなく有紗を悲しませた、ならばあの時僕が殺せと言っていたら……そう考えると僕はまた罪の意識に押しつぶされそうになる。

「嫌いになるわけが無い……やっぱり僕がすべて悪いんだ……」

「優ちゃんは悪くない! 全部舞が悪い、みんなのことを救ってきたのに私だけ救ってくれなかった……」

「仕方ないだろ、木偶の言うことより優の方が大事だ。こんなに美味いカレーは食べられないぞ」

「巫山戯ないで! 藍ちゃんの身体じゃ無かったら、今頃生ゴミになってるところだ」

 何でこの二人は仲良くできないのだろうか……。

「アタシと戦って勝てるとでも言うのか? 一番相性が悪い能力だぞ? 戦略も策略も無い木偶に勝てるわけが無い!」

「やらなければ分からない……策略の一つくらい持ってる」

 互いが互いを罵り、殺し合う……そんなことになるなんて思ってもいなかった……。

「木偶には荷が重いぞ、自分の身体を大切にしろよ」

「もう私の居場所が無いこんな所に未練なんて無い!」

「……優を見てみろ」

 舞が僕を見ろと促す、僕がどうかしているのか? 有紗が僕を見て驚き、すぐに舞と向き合う形に戻る。

「な、何でこうなっちゃったの……」

「だからアタシは二度と会わないと決めていた、木偶も木偶の坊らしくいつも通りの生活をしていればよかったんだ。どこで弾倉を込めたのか……もう暴発寸前だ」

 何だろう……身体が熱い。

「ど、どっ……」

 声が出ない。喉の奥に何か詰まっているように苦しい、鼓動が高鳴り、血の流れを感じることができる。

「さて、暴発よりは引き金を引いた方がまっすぐ弾丸が飛ぶ。どうする? どちらを望む?」

「共同戦線なんて……」

「優に対する愛情が足りないようだな。本当に好きなら、本当に愛しているならここですることは一つしかないはずだ」

 だから何を言っているのか分からない……有紗が小さく頷いている、舞振り向きこちらを見る。

「優、楽になれ」


 身体が軽いを通り越して、身体に重みを感じない。僕には重力が働かないのだろうか、少し空が近くに感じた。

 目の前には、刀を抜いた舞とぬいぐるみに囲まれた有紗が立っていた。舞はいつものぐるぐるとした気持ち悪い目で僕を睨む、有紗は心配そうに怯えた様な印象を覚えるが意志ははっきりしていそうだ。

「さて、桜の生まれ変わりはどれだけの力か……」

「これがゼウス……」

 二人の声はしっかりと聞こえる、だが歩くことも言葉を発することもできない。ただ視覚と聴覚が働いているだけ、それ以外の感覚は何も無い。

「桜は能力をコントロールすることができたが優には難しいだろう。何が起きるか分からない、そのときはできるだけ距離をとって対応しろ」

「そもそも近付けると思えない……」

(僕が、能力を使っている?)

「あはっ、優には言葉が届いているようだな、声に反応して形を変えやがった」

「優ちゃん、落ち着いて! 今助けてあげるから!」

 助けるって言われても、さっぱり状況が把握できていない。刀を持った兎のぬいぐるみが僕の方へ向かって歩いてくる。よちよちと僕の足下に来ると、持った刀で僕の足を斬りつける。痛みが全く感じられない。

「あはっ、一体で何ができる? 全部飛びつかせても無意味だよ」

 舞が有紗を煽る。

(いい加減仲良くしてくれ、二人とも僕の大切な人なのだから……傷つけあうなんて見たくない)

 僕の周りにぬいぐるみが溢れかえる、僕のことを殴っている人形もいれば、武器を使うぬいぐるみもいる。だが痛みは感じない……ただ人形劇を見ている様な感覚、なぜか悲しい茶番劇を見ているようで悲しくなった。

「逆効果だ! 離れないと喰われるぞ!」

「そんなこと言われたって! 何であんなあり得ないことになってるの!」

「優の能力の形が見えてきた、木偶でもたまには役に立つ」

「優ちゃんが戻ったら本気で殺す!」

(だから二人とも落ち付けって……もう喧嘩は止めてカレーパーティーしようぜ)

 僕の願いは通じるのだろうか、気持ちを伝えることができない不甲斐なさに僕自身を恨んだ。

「タイプが違うだけか……」

 舞の大きな独り言に有紗は首を傾げている。

「さて、やっぱりアタシがやるしか無いわけだ」

 舞はそう言いながら軽い準備運動の様に、身体の筋をのばす運動をしている。

「能力者ってのは、精神的な部分が能力に影響される。意志が強ければ強いほど強力な力を生む、逆に意志が弱ければ力が無くなる。つまり、能力の源を断ち切れば良い、だからアタシが優を斬り殺す。悲しみをすべてアタシがもらってあげよう」

 舞は有紗に手を振る。そして一気に僕との間合いを詰めて刀を抜く。

「アタシに斬れないモノは無い、アタシは優の悲しみを断ち切ってやる!」

 刀は僕の首を狙っている。反射的に危険を感じて後ろ下がる。

 ――そう、後ろに下がれたのだ。僕のコントロールしている部位が増えた、足を動かせるどころか手まで動くようになっている。

「それで良い……ついに覚醒したか」

 次第に身体の束縛は解けていった、感覚が戻ってぬいぐるみに斬られたと思われる足に痛みが走った。

 その痛みがさらに束縛を解く、ついには匂いを嗅ぎ取れる様になり、血生臭い匂いが僕の鼻を襲った。

「優ちゃんが悶えてる、何をしたの?」

「さっきの一撃が優の覚醒を決め手になった……これから最強の化け物になるよ」

 徐々に身体に感覚が戻ってくる、自分の腕を見ると筋肉が増強し、腕がはち切れそうなくらい膨張していた。

(なんだよこれ? どうして僕の身体がこんな風に……)

 脈の流れが速い……いや、速いなどといったレベルでは無い、常識の範疇を超えた速さ。ドクドクと流れる血、浮き上がる血管。もう僕は人間の形をしていないのかもしれない。

「優はずっと悲しんでいた、それが今解き放たれただけ……」

 舞と目があった。気持ち悪い目が僕を睨み……挑発する。

「ちっ!」

 手が勝手に舞を殴っていた。けれど舞は守ろうとせず、刀で僕の二の腕を切り落として空を切らせた。

 腕を切り落とされても痛みは感じなかった、ただ単に切り落とされただけ、痛みを与えるような切り方をしていないからだろう。

 だが両断面から細い糸のようなものがゆっくりと伸びて、糸と糸が互いに絡まるように結びつき僕の腕は元通りになった。

「だからゼウスは最強」

「再生能力まで一緒か……」

 暴走した僕の意志はまた舞に殴りかかり、同じように切り落とされ空を切る。片方を失ってももう片方の左腕で舞を狙う。だが結果は同じ、片方が切り落とされる頃にはまた腕は元通りになり、ただ単調な作業の様に殴り続ける。

「面倒だな」

 舞の刀を振る速さが増した。僕の腕を千切りにするように何度も何度も切りつけ、再生するまでの時間を延ばした。

「断面にぬいぐるみを入れろ!」

 何もできず傍観者だった有紗に命令をしている。すぐにぬいぐるみは僕の腕に張り付き、再生の邪魔をする。

「これで良い?」

「今から動きを止めるぞ」

 舞を殴ってもきりがないと思い、僕の身体は有紗めがけて走った。たった数メートルの距離などすぐに間合いを詰められる。だがそこに舞の邪魔が入る。

「できるだけ離れろ!」

 左足首を斬られ、バランスを崩してそのまま勢いよく地面に倒れ込む。

「油断するな、死ぬぞ」

「分かってる!」

 足首にもぬいぐるみがくっつき思うように動けない。右腕もまだ復活していない……そこに舞の刀が容赦なく僕を斬りつけた。

「少し大人しくしろ」

 僕の全身を細かく分解するように切れ目をいれられ、腹部に蹴りをくらう。さっきの様に切り落とされるだけなら痛みは無いが肉片が飛んでいくところを見ると痛みがある。

 このままでは殺されてしまう! だが逃げようにも手も足も分裂しているので何もできない、再生するのを気長に待っていたら遅すぎる。

 そこに大量のぬいぐるみが断面部分に張り付き、さらに追い打ちをかける。

(殺されてたまるか! 幸せな日々を送る、もう一度みんなの笑顔が見たいだけなんだ……)

「苦しんでる! 今のうちにとどめを!」

「苦しんで無いよ……悲しんでいるんだ……」

 僕から逃げるように舞が遠ざかっていく、僕の身体は追いかけようとするが動かない……力がもっとあれば、そう強く願った。

「後ろ!」

 有紗が叫んだときは遅かった、一気に舞まで距離を詰め、そのまま倒れ込むようなタックルで舞の脚を掴む。

「――優はこんなやつじゃなかった」

 舞は身動きができないのに焦りも動揺も見せずただ口を開いた。

「優しくて、料理上手、何かあったときは力になるいい男だったよ……」

 小さく舞の声に嗚咽が混じっている。

「それが今はどうだ? 強がって結局自分を責める、もっと自分に素直になれよ……桜が死んでからずっと悲しかったんだろ? そこの木偶なら分かるだろう、自分以上にお前を愛していたのだから、お前が見るに堪えない姿になってしまったから殺したくなったんだろうな。……アタシも優を殺してやりたいよ、そんな優は見たくない」

 僕が悲しんでいる……ずっと強がって悲しみを煙に巻いていた……舞はそう言った。

「泣いているのは一人じゃない、アタシもそこの木偶も泣いている……」

 有紗を見ると顔も隠さずにぽろぽろと涙をこぼして泣いている、今日で泣かせたのは二回目になるのか……。

「ごめんね、私どうにか元気になってほしかったの……でも駄目だった、屋上で殺していれば良かった、藍ちゃんの話を聞く前だったらもっとすんなり殺せたのに……」

 僕はいつから周りに迷惑をかけていたのだろう……。

「藍ちゃんも気付いてたよ、この前遊びに行ったときに心配そうに相談してきたから……もっと早く何とかしてあげられればこんな風にならなかったのに……」

「妹さんは相当悩んでいた、だから私が取り憑くことができた。桜のことが気になっていたのかと思っていたら違っていた、優への心配の方が強かった。毎晩苦しそうにしていたからな……」

 みんな僕のことを……。

 目頭が熱くなる、今まで溜まっていた涙がダムを解放した様に流れ出した。

「……アタシがその能力を消してやる」

 舞を掴む手を放し、僕は一人涙を流し。その間に舞は立ち上がり僕を見下ろす。

「――悲しみは全部アタシがもらってあげる」

 声を出して感謝したい……「ごめん」では無く「ありがとう」と言いたい。

「アタシが斬るのは悲しみ、優は斬らない」

「そんなことできるわけ無い!」

「まあ見てろって、アタシの優に対する思いの力は半端じゃない……よっ!」


 ――さよなら。


 涙が一粒こぼれ落ちる……。

 さよなら? さよならってなんだよ……。

 ――刀が振り下ろされ、意識が飛んだ。

次回最終話です、ここまで読んでくださった方がいらっしゃったら最後まで読んで頂けると嬉しいです。

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