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第三章

 ここ最近、ずっと良い朝を迎えることが出来ていなかった、それは現在進行中のようだ。

 いつものように気持ちいい朝日が僕の身体に活力を与え、小鳥のさえずりが今が朝だということを教えてくれる。だが、気分は混迷……不安が拭いきれなかった。

 今日は制服には袖を通さず、私服を着る。どんな出来事があるか分からないけど動きやすい方が良いと思い、着慣れた服を選ぶ。

 着替えが終わり、自室を出て、藍の部屋に向かう。ドアを二度ノックする。

「朝だぞ、起きろ」

 返事が無い、もう起きたのだろう。藍がいない事を確認して、急な階段を降りてリビングへ向かう。

 リビングのドア開ければ、しっかり着替えたいつもの藍が笑ってテレビを見ていた。

「おはよう」

「優兄おはよー」

 朝のアニメ番組を見ていた、中学生にもなってもまだ子供だな。なぜか今の僕にはそのことが微笑ましかった、つい小さな笑いがこぼれる。

「朝からにやついてどうしたの?」

「ちょっとな」

 藍の隣に座り、一緒にテレビを見ることにした。舞を呼ぶためのきっかけを作るためだ、普段は眼鏡を取らないし、僕から取ろうとも思わないので不自然かもしれない。出来るだけ自然を装って眼鏡を外さなくてはならない。

「あのさ……」

「今良いところだから静かに」

「はい」

 怒られてしまった。アニメ番組は後少しで終わるので大目に見よう。

 そういえば、眼鏡も古くなってきた。買い換えを提案したら眼鏡を外してくれるだろうか、いや分からない。舞は眼鏡に強い思いがある様なことを言っていた。でも、方法はそれくらいしか思いつかなかった、ならばこれを実行するのみ。アニメ番組の終了を待つことにした。


 数分後、やっとエンディングテーマが流れてきた。

「話があるんだけど……」

「次回予告がまだだから静かに」

 話を切り出そうとしても出せない。

 もう数分経つと次回予告が終わり、間違いなくすべてが終わった。

「それでどうしたの?」

 藍の方から話しかけてきた、これは良い流れだ。

「プレゼントでもしてやろうか?」

「誕生日はまだだよ?」

 食いつきが悪い。

「最近不幸な事が続いてるだろ、新しくスタートするために何かきっかけを作ろうと思ってな」

「な、何か怪しいよ……」

 どうもまだ食いつきが悪い。

「眼鏡も古くなってきたじゃないか、ちょっと見せてくれよ」

「えー、嫌だよー。眼鏡取ると目つき悪くなるんだもん」

 実力行使しか無いのか……

「仕方無いなあ、新しい眼鏡買ってよね」

 半ば諦めていたときに良い返事が聞けた。藍は眼鏡に手をかけて、ゆっくりと外す。

「はい、優兄。でも眼鏡をどうするの?」

 藍は僕に眼鏡を手渡し、数秒経つと気を失ってしまった。

「こんなに早く気を失うのか」

 ふらふらと気絶するのでは無く、一瞬で身体の力が抜ける様に気絶してしまった。

「ん……優か」

 そしてすぐに舞が現れる。

「おはよう」

「おう」

 舞独特の挨拶、これから栄凛を殺そうというのにいつもと変わらない。むしろ嬉しそうに言葉を返すところが舞なんだろう。

「さて、今は何時だ?」

「大体九時ってところかな」

 正確な時間は時計を見ていないので分からない。

「まだ時間はあるようだな」

「作戦とか戦術とかはいらないのか?」

 僕が言うと舞はわざとらしく手をぽんとたたいて。

「それだ! どうせなら戦術を立てて格好良く殺そう」

 ……心底呆れた。

「殺すっていうことを芸術か何かと勘違いしていないか?」

「栄凛は変人だから気にするな」

「そういう問題では無い」

 やはり舞とは住む世界が違う、長いものには巻かれろと言われるが、舞に巻かれるのはごめんだ。

 だが舞は、僕の言葉なんて聞きもせずに一人で考え込んでいる。ぶつぶつと恐ろしいことをつぶやいている。

「やっぱり細切りかな……いや、千切りも捨てがたい。でもぶつ切りも良いな……」

 聞くに堪えなかった。

「面倒だから早めに行かないか?」

 僕は病院の場所も知らないし、時間も何も聞いていない。

「備えあれば憂いなしだな。刀と金を持て、金は大量に頼むぞ」

 何に使うのか分からないが大人しく舞に従う。リビングに置いてある財布を手に取り、中身を確認。五万円も入っていた。

「五万円もあれば十分だよな?」

「おう」

 返事をして舞は和室に向かった、すぐに舞は戻ってきて刀を僕に渡した。

「斜めにして背中に隠せ、金は持ったようだから……準備は万端だな」

 背中にぴたりとガムテープで固定された。地肌にガムテープを貼ると剥がずときに痛いことを知らないのだろうか。

 そんなことも気にせず舞はすたすたと外へ向かった、僕もそれを追う。


 靴を履き、外に出て鍵をかける。

「よし、行くぞ」

 舞は歩き出した、僕も歩き出すが背中の刀で動きにくい。それに今からどこへ向かうかも聞いていない。

「どこに行くんだよ?」

「花屋だ」

 なぜ花がいるのだろうか。

「栄凛を殺すのに花が必要なのか?」

「今から病院を訪ねるのだ、お見舞いを装う必要があるだろ。だから花を持っていけば怪しまれない」

 確かに舞の言うことに一理ある。花くらいあった方がカモフラージュ出来て良い。

「以外と考えているんだな」

「おう!」

 小さい身体で小さい胸を張って意気揚々と答える姿はすごく舞らしい。


 多分、舞はあらかじめ調べておいたのだろう、花屋への道も、かかる時間も正確だった。

 『花屋華』と大きな看板が掛けられている店に到着した。

「花屋『か』?」

 舞に尋ねる。

「花屋『はな』だな」

 店主はどこかおかしい感性の持ち主だと思われる。

 それにしても怪しかった、花屋華の看板を見ると地下二階と書かれている。

「地下二階っておかしくないか?」

「別におかしくは無いだろう」

 舞がおかしな感性の持ち主だとは知っていた、だがこれほど酷いとは思わなかった。

「ため息なんてついてどうした?」

 自然にため息をついてしまっていた。それほど呆れていたのだ。

「気にしないでくれ、早く花を買いに行こう」

 外は明るいのに、異様に暗い階段を、舞が先陣を切って降りていった。

 意外にもそこまで狭く無い階段を少し降りるとドアがあった、どうやらここが一階の様だ。そこは静寂、ただコンクリートの階段を降りるときに鳴るコツコツという音しか聞こえなかった。

「本当に花屋なんてあるのか?」

 僕が喋ると、声が跳ね返ってきて、小さな声でもエコーがかかって聞こえる。

「もう少し心にゆとりを持て、せっかち過ぎるぞ」

 エコーのかかった声で、説教された。

「着いたぞ」

 また少し階段を降りると、一階と同じドアが有り『花屋華』と書かれていた。

 躊躇うことなく、舞はドアをノックした。すると中から近づいてくる足音が聞こえる。

「今開けます」

 低めでドスのきいた声の返事が返ってくる。

 ドアがきしみながら開いた。そこには、スラリと背が高く、黒いスーツ姿に店のエプロンを着用した、オールバックで強面の男がいた。

「どこのガキだ、チビ共の来る場所じゃねえぞ。さっさと帰れ」

 そういってドアを閉めようとする、そのとき舞が口を開いた。

「そんな接客だと店をたたむことになるぞ」

「うるさいガキだな。帰れ、今日は店じまいだ」

「やはり姿が変わると分からないものか」

「ガキが何言ってやがる。さあ、帰った帰った」

 といって、スーツの男はドアを閉めた。

「花屋に来たのに、花が買えなかったぞ」

 舞は僕の言葉を無視して、再びドアの向こうの男に話しかけた。

「おい、さっきはすまなかった。アタシだ、舞だ」

 地下での声はよく響く、だがその音をかき消すようにドアの奥から騒ぐ音が聞こえた。

「舞さん!」

 ドアが壊れんばかりの力で、さっきのスーツの男が出てきた。

「舞さんなのか! 本当に舞さんなのか!?」

 男は不安そうだが嬉しそうな曖昧な顔をして聞いた。

 そして、舞はズボンの中にあるカッターを取り出してドアに突きつける。カッターの刃を振り下ろし、振り下ろした刃を少しずらしてまた上に上げる。すると刃で斬った部分が斬り取られた。

「これで信用したか?」

「舞さん……また会えるなんて思ってませんでした……」

 スーツの男は膝をつき、小さな身体に抱きついて泣き出した。それに対して、舞もスーツの男の頭をなでていた。

 この二人はどんな関係なんだろう、スーツの男は舞を慕っているようにしか見えない。多分過去に何かあったのだろう、それにしても異様な光景だ。有紗を超えるだろう身長で、小さい舞の身体に抱きついている姿は端から見たら変態にしか見えない。

「そろそろ本題に移らないか?」

「そうだな。よし、離れろ華」

 スーツの男は華というらしい。花屋の名前はここから来たんだな。

「はい!」

 良い返事をして、すぐに立ち上がり軍人のようなポーズを取る。まさに忠犬、舞のペットだな。

「質問があるのですが、こちらの男性は誰なんですか?」

 僕のことを見てきょとんとした顔をしている。

「月森優と言って、アタシの借りている身体の持ち主の兄貴」

「よろしくお願いします」

 僕は頭を軽く頭を下げる。

「こちらこそ、俺は柊華って言います」

 話していると、柊さんはいわゆる体育会系なのだろう。話し方が体育教師にそっくりだ。そして単純なところもそっくり、僕が誰なのか分かると何も無かったかの様に強面の顔に戻った。

「懐かしい思い出に浸りたい気持ちで山々です」

「駄目だ、用事があってここに来たんだ」

 この二人面白いコンビかもしれない。特に柊さんは舞と話していると、全く違う人間だ。そのギャップが笑いを誘う。

「お見舞いの花を買いに来たんだ。適当に見繕ってくれ」

「誰のお見舞いですか?」

「優の両親を殺したヤツだ」

 舞は嫌な微笑みを浮かべて言った。

「じゃあとびっきりの物用意させて頂きます」

 柊さんも舞によく似た笑い声。奇妙な二人だった。

 その後、柊さんは店の中に入っていった。その後を追って、僕らも店の中に入る。

 店の中は薄暗く、生花を保存するための冷蔵庫の様な物が大半を占めていて、他に見当たる物といえば、換気扇と店の奥の一角にテーブルと椅子が二つあるくらいだ。

「お二人はテーブルで待っていてください。すぐに持ってきますので」

 言われたとおりに椅子に腰をかける。

「良い店主に良い店有り、ここの花は綺麗だぞ」

 様々な種類の花が冷蔵庫らしき物に保存されている、見たことのない美しい花もあった。確かにこの花屋、店主は少し変だが良い花屋かもしれない。

 椅子に座りながら周りに目を向けると、薄暗い中に花が持つ独特の美しさが心を揺れ動かす。いや、揺れ動かすより動揺に近い感覚が襲う。薄暗い中での綺麗な花々は異様な力を放っているようにも魅せる。

「優さんどうかしましたか?」

 柊さんが両手に花を抱えて戻ってきた。知らない間、長く花に魅せられていたようだ。

「大丈夫です。 それよりその花は何ですか?」

「バラですよ、様々な種類で花束を作らせて頂きました」

「流石だな。華の腕は落ちていないようだ」

 白のバラと赤のバラが大半を占めていて、所々に他の色が混ざっているバラの花束だった。

「舞さんのイメージにピッタリです」

「そんなに美しいか、照れるな」

「トゲがありますからね、しかもこれだけの数を集めれば量が半端じゃないですよ」

 ついつい笑いがこぼれる。

「笑ったな?」

 地雷を踏んだようだ。舞が僕のことを睨んでくる。元々睨んでいるような目をしている、その目で睨まれたら一溜まりもない。

「その……ごめん」

「許す」

 ここは舞の素直さがありがたかった。


 明るい笑いに満ちていた。舞と柊さんは長年付き合った親友の様に話し合っていた。

 暖かい雰囲気、舞の変な笑み以外の笑いを初めて見られて新鮮だった。

「二人ってどんな仲なんだ?」

 僕は気になった、柊さんは能力を持っているように見えない。ならばどうやって知り合ったのか。

「恩人ですよ」

「恩人?」

「そう、恩人。舞さんのおかげで今の花屋と俺が在るのです」

「そんな大したことはしていない。華は大袈裟すぎる」

 舞が柊さんに対して恩を売ったのだろう。

「どんな偉業をしたんだ?」

 二人が顔を見つめ合い、沈黙が起きる。聞いてはならない事柄、もしくは言いにくい事柄。

 柊さんがアイコンタクトを送り、舞は一つ頷く。

「ごめんね、舞さんにも守秘義務が有るから」

「いえ、言いたくないならいいです」

「すまんな、いずれ話すさ。今話すと長くなるしな」

 それもそれで良いと思う、柊さんが言ったように守秘義務が有る。言いたくないことに深入りすることはあまり良い結果を招かない。

「それじゃあ代金はいいので、気をつけて行ってくださいね」

「ああ、すまないな。また来るよ」

 僕の質問が会話の境目になり、舞は椅子から立ち上がり、バラの花束を持って外へ向かう。僕がそれについて行く。

「あっ、これ名刺です」

 なぜか柊さんに呼び止められた。

「何で名刺なんですか?」

「口コミでこの店の宣伝を……」

 抜け目のない人だ。だが、花の代金も無料だったことだし喜んで引き受けた。

「出来る限りの範囲でやらせて頂きます」

「ありがとうございます。予約などのときは名刺に電話番号がありますので、そこにお願いします」

 そういって柊さんは頭を下げて、見送ってくれた。


 花屋を出た後、僕は舞に花束を渡され荷物係になった。刀が背中に収まっているのに容赦無い。

 さっきの質問のせいだろうか、舞は黙々と歩いた。僕は話題を振ることも出来ず、ただ後を追った。


 少し歩くとバス停に着いた。

「ここからバスで病院に直行だ」

 バスの時刻表を見ると、数分でバスがちょうど到着する時間。行き先は近くの総合病院、リハビリなどの設備が良い環境で整っていると頻繁に聞くところだ。

「本当に入院しているのだろうな?」

「調査済みだ、間違いない」

 全部が舞の手のひらの上で進んでいるような気もするが、ここは従うしかないのだろう。

 バラの香りが鼻孔をくすぐって数分、バスが到着する。僕らは乗り込み、空いていた席に二人で座る。総合病院まで結構時間がかかりそうだ。

 その間、僕はこの大きなバラを持って痛い視線を浴び続けると思うと……。

「なあ……これは目立ちすぎじゃないか?」

「そうか?」

 舞に同意を求めたことが間違いだったようだ。


 バスは軽快に総合病院へ向かっている。栄凛を殺すんだ……舞を悲しませないためにと思っていたが、落ち着いて考え直すとやはり殺すということは絶対にしてはならない。かといって舞を今から説得するなんて不可能だろう、やっぱり最後は殺すんだろうな……何とも言えないこの気持ち、総合病院が近付くにつれてモヤモヤ感が増していく。

「あのさ、ちょっとお願いがあるんだ」

「ん? 何だ?」 

 今のままでは舞の自己満足だ、僕が喜ぶわけでもない。だから提案を持ちかけた。

「栄凛と話がしたいんだ。両親を殺した理由とか色々……」

「優がどうしてもって言うなら別に良いが」

 舞は良い奴だ。だがもう一つ約束が欲しかった。

「それともう一つ……殺すなって言ったら、殺さないでもらえるか?」

 ……無言、バスに人がいるのにこんな会話不謹慎だ、分かっている、でもここで確かめておかないと舞は確実に殺すだろう。

「…………無理だ」

「分かった……諦める」

 舞はこくりと頷いた。栄凛は確実に殺せると豪語していた、舞の言っていることは正しいだろう。

 それから総合病院前に着くまで無言、舞に至っては呼吸の音も聞こえないくらい静か。バスの走る音、他の利用者の喋り声、全部聞こえたが耳には入らなかった。

 ――僕は覚悟を決めた。


「よし、作戦開始だな」

「おう」

 問題無い、いつもの舞だ、これで良い。

 総合病院の自動ドアをくぐり、大きく分かりやすく書いてある案内図を見る。病室は二階から五階の間のようだ、お見舞いの際にはナースセンターにお立ち寄りくださいとも書かれている。

「ナースセンターか……これは危ないだろ?」

「記録でも残るのか?」

「残るだろうな、栄凛の死体がそこで見つかれば、僕たちが真っ先に犯人扱いだろう。どうするんだ?」

 いくら何でも警察に見つかったら終わりだ。刀も有るし、僕が嘘を突き通せるとも思わない。

「どうするも何も、部屋番号が分かるから心配はいらないぞ」

「は?」

 拍子抜け、何の変哲もない顔をして凄いことを言う。

「問題が有るとしたら監視カメラだ。病室の方には付いていないだろう、プライバシーが有るからな。でもナースセンターの近くには有るだろう?」

「何でも分かっているのですね。感心しました」

「照れるだろうが」

 こんなヤツが今から殺人行為を行うのか、やはり気にくわない。だが表情に出さないように気をつける、覚悟は決まったんだ。

「それにしても凄い情報網だよな。どこから仕入れてるんだか」

「秘密」

 可愛く言っても目が恐いんだよ。

「何か思ったか?」

「何も思ってないけど」

 コイツはエスパーかよ。うわ、睨んだ。

 とりあえず案内図の前にいるのはまずい、流石に総合病院だけあって人通りが多い、その中にこの花束を持つ僕はとても目立っている。

「まずは人が少ないところへ移動だな」

「おう」


 僕らは適当に歩き始めた。だが、どこへ行っても人が多い。

「もう面倒だ、病室に行くぞ」

「ちょっと待てよ、大丈夫なのか?」

「そんな花束もってるほうが怪しまれる」

 それもそうだ、早めに行くのが吉かもしれない。

「三階の三百六十二号室だ。階段とエレベーターどっちが良い?」

「階段の方が良いだろう、臨機応変に対応できる」

「分かった、それじゃあ階段を探そう」

 広い、階段を探すのも一苦労。案内図でおおよその場所は分かるが、歩いてみると意外と違うので困る。だが舞がいる、舞は性格に案内図を理解して階段まで僕を導いてくれる。


「本当に頼りになるよな」

 一階と二階の間の階段の踊り場で人が少なく、声が通りやすくて楽だ。

「何がだ?」

「しっかりと案内図を把握していた事だよ」

「慣れだろ、敵の周囲のことまで知ることが大事だ」

 舞の真剣さが伝わってくる、柊さんと話していた柔らかな雰囲気ではなく、本気だ。

「二階にはナースステーションがある、気にせず三階に行くぞ」

「あ、ああ」

「雑念を捨てろ、返事はきちんと」

「おう」

 舞はそれで良いと言うようにうんうんと頷き、階段を上る。

 二階に上がると、そこには視界一杯にナースステーションと出ている。だがそんなことは関係ない、舞はそのまま三階へ直行。僕も躊躇ってはならない、舞に続く。

「監視カメラは無かったな」

「そんなところまで見てるのか……」

「当然だ」

 舞の観察力、当然だと言うが一般人の僕には到底出来ない。能力者というのはこんなにも凄いのか、それとも舞が場数を踏んでいるからなのだろうか。それは分からない、ただ間違いなく言えること、舞はただ者じゃない。こうなると栄凛も恐くない、舞がいれば何でも出来ると思える。

「三百六十二号室。そこに栄凛が居るんだな」

「おう」

 栄凛の場所を確かめ、僕らは向かう。何が起こっても僕の覚悟は決まっている。



 栄凛の入院している個室の前、もう少しで一つの命が終止符を打つことになるだろう。僕の復讐、望んでいない復讐。今の舞は真剣な顔つきだが、楽しんでいる、間違いない。たった数日間、そのうちの数時間しか舞とは会っていない、それでも分かる。分かりやすいヤツなんだ、素直なヤツだよ本当に。

「いよいよだ、アタシが栄凛を一瞬で殺せる範囲に入ったら尋問でも拷問でも何でもしていい。ただ、優は絶対に何があっても殴ったり、蹴ったり、殺したりするのは禁止。それはアタシの仕事だ、絶対だぞ」

 小声だが、力のこもった言葉。初めてあった頃と同じ変な感じ、この感じは舞から出ていると思われる。舞の殺気なのだろうか、詳しいことは分からないが僕の鼓動が高鳴るのは分かる。

「分かった、刀を取ってくれ。僕が先に入るから後ろに隠れて入ってくれ、それなら刀を隠せる」

「危ないだろう、アタシが一気に攻める」

「別に危なくても良い、乗りかかった船だ最後まで乗ってやるよ」

 嬉しそうに僕を見てくる舞の瞳がぐるぐると回っているように見える、これは錯覚なのだろうか、僕の鼓動はどんどん高くなる。

「格好良くなった、惚れちまうぜ。じゃあ刀取るぞ、ガムテープ痛いぞ」

 背中をめくって一気にはぎ取る。

「おまえ! ちょっとは優し……」

「静かにしろ」

 歯を食いしばって、痛さを堪える。ガムテープは反則だ。

「よし、作戦開始」

「間違っても僕の愛しの妹の身体で死なないでくれよ」

「行くぜ」

「「おう!」」

 息もバッチリ、僕はスライド式のドアを開ける。あくまでも静かに、怪しいそぶりを見せない程度に。

 部屋の中はカーテンが掛かっていてベッドが見えない、だが物音がするので栄凛は間違いなくいる。どうやら一人だ。後ろに舞がくっついていることを確認してカーテンにそっと手をかける。

「おや、誰かな?」

 栄凛の声だ、男の声にしては聞き取りやすく、透き通っている様だ。

「どうもこんにちは」

 ちょっと良い声を出し、カーテンを一気に開ける。舞は刀を抜いて栄凛に向かって飛びかかった。

 急な出来事、勿論栄凛は対処できない。舞は首元に刀を当て、殺す準備が出来た。僕はバラの花束を栄凛の元へ投げた。

「君たちは誰かな?」

 全く動じない、予想外だった。いくら能力者でも、いきなり刀を持った少女が飛びかかってきたら驚くと思っていた。だが栄凛は首元に刀身を当てられても動じない、これが能力者の器なのか。

「人斬りの『舞』だよ」

「何だ舞か、元気だったか?」

「ああ、とっても元気だ、栄凛を殺せるくらいな……あはっ」

 面識があるのは聞いていた、誰か分からないということは今の面影が無い舞に会ったのだろう。それにしても全身包帯だらけ、右腕と目から口までの間しか肌が見えない。

「そちらの青年は誰かな?」

「月森桜の息子だ」

「ゼウスの息子さんですか、面白いですね」

 栄凛は母親の事をゼウスと呼ぶのか、何かの神話でそんな名前を聞いたことがある。

「息子さんが何の用ですか? 舞にただ付いてきただけかな?」

「栄凛、お前に聞きたい事がある」

「ゼウスの事ですか?」

 僕は無言で頷く。

「ふむ、面倒です。そんなどうでもいい事は喋りたくないですね。ゼウスはどうせもう死んでいる、故人の事なんてつまらないですよ」

「首元には刀がある、いつでも殺せるんだ。無駄口を叩いていないで話せよ」

「優、熱くなるな、いつも通り落ち着いて話せ」

 どうも調子が狂う、刀に動じない、能力を使ってくるわけでもない。落ち着け、殺そうと思えばすぐに殺せる、明らかにこちらが有利なんだ。

「いいから話を聞かせてくれ」

「嫌だって言ってるだろう、それより君の事が知りたいな。ゼウスの息子さんの名前が知りたいな」

 僕の手は自然と握り拳を作っていた。あざ笑うかのように僕を見るその瞳、隣で刀を構えてる舞には目もくれず、ただ僕を凝視してくる。怒りを隠しきれない。

「おい、黙れよ」

 口を開いたのは舞だった。そして舞は刀で栄凛の小指を斬った。

「舞こそ黙ってくれないか?」

 栄凛は動じない、小指が綺麗に斬れて床に落ちている。血も垂れているのに動じない。

「今、優は握り拳を作った。つまり殴りたいって事なのさ、だからアタシが優の代わりに痛めつけた」

 そこまで言って刀をまた首もとまで戻して、僕と視線を合わせた。

「そういう約束だったはずだ、優には手を出させない」

 目つきの悪い目で、瞳は渦を巻いているように見える。舞は僕に何かを訴えているようだった。

「優って言うのか。それじゃあ優君話を戻そうじゃないか」

 まだ言うか、しかも軽々しく僕の名前を呼びやがる。

「優君は何歳なのかな? 多分学生だと思うんだが」

「そんなこと関係ないだろう。話を戻すなら母親の話に戻せ」

 栄凛は困ったなと言うジェスチャーを取り。

「仕方ない、君が答えてくれたら俺も答えよう。これで五分五分、それならいいだろう?」

 明らかに間違っている、質問しているのは僕。こちらが有利、あちらはいつ殺されてもおかしくない状況。なのに何であんな事が言える、気が狂っている。

「そんなの……」

「優! 条件を飲め」

「舞……」

 言葉を遮るように舞が怒鳴った。今の舞は信用できる、腑に落ちないが仕方ない。

「高校二年」

「青春だね。恋人はいるのかな?」

「いない」

「勿体ない、そんな良い顔立ちをしているのに」

「答えたんだ、こっちの質問も答えろよ」

「まだ早いよ、こんなの質問の内に入らないよ」

 ペースにはまりそうになる、舞がせっかく崩してくれたんだ、持って行かれては困る。

「じゃあ質問をしろ」

「仕方ないな……じゃあ質問だ、俺のことをどう思ってる?」

 何について質問するかと思ったら、くだらないこと。

「むかつく野郎で、頭のネジが飛んでる野郎で、気持ち悪い野郎だ」

「ふむ、分かったよ」

 反応が無い、何がしたいのか分からない。今度はこちらが質問する番。

「何で両親を殺したんだ?」

「『何』というのは動機かな? それとも武器かな?」

「動機だ」

「動機か……」

 小さいことを気にする野郎だ。

「ゼウスはとても凄い能力を持っていた。ゼウスは恐怖の対象であったり、憧れの対象でもあった。俺はそんなゼウスを殺したかった、名声が欲しかった。ゼウスを殺した男として皆から崇められたかった。ゼウスを倒そうと思った人々は沢山いた、だが皆返り討ち、その中でゼウスを殺したら名前も知られるしそいつらから名声をもらえると思ったからだよ。自己満足の殺人だよ、ゼウスに個人的な恨みは無い」

 名声か……くだらないことで両親を殺して、藍を傷つけたのか。本当に最低な野郎だ。

「じゃあ次の質問だ、俺のことを『むかつく野郎』と言ったね、それはなんでかな?」

「それはあなたが質問に答えなかったり、話を聞こうともしなかったからだ」

「なら俺も優君の事がむかつくよ、俺はあんなに詳しく説明したのに、優君は一言二言で返す。質問はもっと詳しく答えてくれないかな?」

 オウム返しされる。質問の内容はひねくれているが間違ったことは言っていない。

「質問には答えたはずだ」

 僕の答えを無視して栄凛は話し続ける。

「よく考えてごらん、優君は俺に対して腹を立てていない。事が上手く進んでいない状況に対して腹を立てている。もしくは、事を上手く進められていない自分に対して腹を立てている。そうだろ? 違うかな? どうなんだ、さっきの答えにくい質問を取り消して、三択の質問に変えてあげよう」

 三択目はどちらでもない、もしくは答えられないということだろう。ここで三択目を選んではならない。栄凛の思うつぼ、手のひらで踊らされるだけだ。

「別に三択になったところで変わらない、僕は僕自身にもこの状況にも腹を立てていない。腹が立つのは栄凛お前だよ」

 そう言いきった。惑わそうとしたって無駄、相手の話を真に受けるから惑わされる、最初から聞き流せばいい。

「確かに君は質問に答えた。はめようとしても無駄か……それでこそゼウスの息子さんだ」

 栄凛はまったく動じない上、ピンチだというのに僕をはめようとした。どうしてこんな命知らずな行為を出来る、それに舞の刀にも全くおびえていない。

「あの飛行機事故で大勢の人々が死んだ、そんなことを犯してあなたには罪の意識とかは無いのですか?」

 相手がなぜおびえないか、そんなことは後回しだ。

「俺だって人間さ、小さい子供が迷子になっていたら親御さんを探したくなる、お年寄りが道を尋ねてきたら丁寧にお見送りもしたくなるさ」

 罪の意識はあるようだ、まだまだ善意の心を失っていないだけ救いようがある。

「ただ、能力者同士の殺しは別、互いにリスクがある。確かに乗客には悪かったがこっちも命をかけていた、俺だって死ぬ可能性があった。飛行機事故に件については全く罪の意識は無い。それにゼウスが能力を使用しなかったから乗客の大半は死んだ、俺の能力だと自分を守るのが精一杯、大量の死人が出たことが気に食わないのならゼウスを憎め」

「能力を使わなかった!?」

 今まで何も喋らなかった舞が突然口を開いた。能力を使わないことはそんなに大変なことなのか?

「何一つ使用しなかった。大勢の乗客が泣き叫び、嘆き苦しんで、みんなしどろもどろになりながら助けを求めていたのにゼウスは力を発動させなかった」

「どうして! 桜がそんなことするわけ無い!」

 息が荒くなり、今にも栄凛を斬り刻んでしまいそうな勢い。

「落ち着け!」

「黙れ! これはアタシの問題だ!」

 元から酷いのに今の目は今まで見た中で一番酷い。

「何でだ、なぜ能力を使わなかった、理由を言え! 早く言え!」

「理由なんて知ったこっちゃ無い。確かにゼウスが能力を使用しないのは不思議に感じた、だが理由までは分からない。とりあえずその恐い顔やめろ、可愛い顔が勿体ない」

 こんな状況でも冗談を言う栄凛、そんなこと気にもせず理由と問いただす舞、訳も分からず入り込めない僕。どうしろって言うんだ、話が訳の分からない方向へ進んで行くのもう勘弁だ。

「アタシより頭良いだろうが、理由ぐらい考えやがれ!」

 無茶苦茶だ。

「考えられるのは二つだけ。『使わなかった』のか『使えなかった』のどちらか」

「使えなかった……どういう意味だ?」

 不思議そうな顔をする、さっきまでの怒りは消え、母親の不可解な行動の理解するための苦慮へ変わった様だ。

「どうして能力を使わないと変なんだ?」

 母親が優しい人だとは知っている、でも自分がピンチなら人を助ける事は無理じゃないだろうか? すると舞が口を開く。

「桜が困っている人を助けないなんて……」

「「あり得ない」」

 声がハモる。

「だから俺は飛行機という閉鎖空間を選んだんだ、隙が生まれるからさ。でも、ゼウスは簡単に死んだ。能力を使わず、他の乗客と一緒にボロボロのバラバラ、肉の塊で燃えるゴミになった」

 栄凛が飛行機を選んだ理由が分かった。納得だ、母親の考え方を読んだ上での行動、理屈っぽい栄凛にはピッタリ合っている。

「何だってんだ……桜が能力を使わなかった……二十年前はあれだけ伝説を作りまくったのに、こんな糞弱いヤツに負けやがって……」

 誰かに言っているつもりは無いのだろう、歯を食いしばりながら小さく言葉を漏らす舞を見ていると、悔しさが痛いくらい伝わってくる。

「ゼウスはあのときには能力を失っていたのかもしれない、その可能性が一番高いと思われる」

「能力を失う?」

 僕はつい言葉が漏れた。そんなこと思いもしなかった、能力は永遠にその人に宿り続けるものだと思いこんでいた。

「生まれる事も失う事もある、俺は物心付いたときにはすでに使えていた。俺の教え子の三割は開発することに成功した、俺は能力開発集団を作ったことがあるんだよ。俺のアテナは最強だった、今度会ったら殺されないように気をつけないといけないよ」

「栄凛……栄凛、お前はそんなことまでしていたのか……」

 人を殺せる能力を開発する、そんなこと許されない……

「能力開発集団の話は後にしよう、それより能力が消えるという話だ」

 そうだった、あまり怒ってはならない。冷静に栄凛の言葉を聞き取り、理解しなくてはならない。

「能力を使う人々には何らかの野望、願望といった望みがあるはずだ。それを実現するための思いが強ければ強いほど能力が生まれることが多い、これは俺の実験でほぼ確実だろうと言うところまで立証されている。だが、失うという思考は最近になって生み出された、俺の能力開発集団は能力を失うという実験も行い始めた。実験台は俺を使って、実験は成功した。能力を失うということはあり得るのだ」

「今、自分を実験台にしたって……」

「ああ、言ったよ」

 重要であろうことをペラペラと平坦な口調で言う、自分が能力を失ったことも……

「俺はもうただの一般人だ」

 栄凛は能力者じゃない、舞に殺されそうになっても動じなかったのは諦め、もしくは死なんてどうでも良いことなのだろう。

「優君には観察力が足りないね、俺の指が切れ落ちてる、この時点で弾丸に出来る物があったんだ。隙を見てそれを舞の腕にでも打ち込み、腕を一時的に麻痺させることも出来る、だがそれをしなかった。いや、出来なかった。それに気が付かない優君はまだまだお子ちゃまだね」

 言われてみればその通り、舞はずっと刀を構えていたけれど隙がなかったとは言えない。能力者ならば狙えないこともないタイミングがたくさんあったはずなのに、栄凛は行動に移さなかった。ヒントは十分に出ていたのにもかかわらず僕は何も気が付かなかった。

「そんな事はどうでもいい、桜は何で能力が消えた」

 黙っていたり、質問したり、行動に落ち着きが見られない。

「少なくても二十年前は使えていた、だが俺が殺したときは使えなかった。その間、ゼウスが身を隠していたときに何かがあったのだろう。まだ能力が失われるということしか分かっていない、俺の様に望みが叶うと能力が消えるというパータンしか立証されていない。ゼウスがどうして能力を失ったかはそんな安易に理解することは出来ない」

 望みを叶えるか、栄凛の望みは母親を殺すことだったわけだ。もうこれ以上栄凛は人を殺さないということか……

「桜の望みは人々を救うって事だとアタシは思う、なら理由は『アレ』しかないか……」

「分かるのか!?」

 初めて栄凛の動揺が見られた。あそこまでクールだったのに、舞のこの一言で過剰反応を見せるなんて意外だった。

「おおよその推測は出来た、桜らしい理由だな」

「頼む、少しだけでも教えてくれないか?」

 これが栄凛の本性なのだろうか、首元に刀身があるので動けないが必死さが言葉から伝わってくる。

「お前には一生かかっても理解できないさ、一生もそろそろ終わるけどな」

 悩みながら死ぬなんてこれ以上酷い事は無いだろう、悔いが残ったまま死ぬなんてな……

「能力開発集団のためにも、昔のよしみで教えてくれ。頼む」

 昔のよしみ、舞と栄凛の過去によしみなんてあるのだろうか? 戦いあった事しか聞いていないから分からないが栄凛は言葉遊びのような冗談を言う奴じゃない。

「昔のよしみ? 知ったこっちゃねえ」

「忘れたとは言わせなっ……」

 舞が刀の柄で栄凛ののど仏を突く。

「何してるんだ!」

「黙らせたんだ、ちょっと五月蠅かったからな」

「……何か隠しているのか?」

 この行動、いくら何でも変だ。舞の話になってからすぐこれ……何か隠しているようにしか考えられない。

「隠してない」

「後ろめたいことでもあるんじゃないのか?」

「無い」

 いつもの舞、だけどどこか違う。

「ごぼっ! ごほっ!」

 栄凛は首が斬れないように反るようにして咳をする。

「おい、苦しそうだぞ!」

「どうせ殺すんだ、関係ないだろう」

 結末は一緒でも、舞の能力は人を苦しめないで殺せる利点があるのに、これじゃあ生き地獄だ。

「殺すなら苦しめないで殺せよ!」

「栄凛は飛行機事故で大勢の人を苦しめた、それの報いだろ」

 咳が止まらず、苦しそうにしている栄凛。死ぬのは覚悟していた、だが苦しい姿を見ているとやはり辛い。

「いっそ殺せよ、早く殺した方があっさりいけるだろう!」

「優は殺しについて、口を出しちゃ駄目だ」

 殺しには口を出さない代わりに貰ったこの時間、約束は約束なのか……

「そうだろ、口出しは無しって約束だったはずだ! 忘れたなんて言わせないぞ、優はお利口だもんな」

 舞は僕の約束を守った、なら僕も守るしかない。

「栄凛、色々な事が分かった、本当は舞に殺さないでくれって頼むつもりだった。でも、無理っぽいごめん……そしてありがとう」

 やっぱり本心は殺すなんて嫌だった、栄凛が最低な野郎じゃなかったら泣き寝入りして舞に生かしておいてもらうつもりだった。人の死は悲しみをもたらすから人が死ぬのは嫌いなんだ。

 栄凛は咳をしながらも分かったと言う様なアイコンタクトを送ってきた。

「あはっ、優に良い知らせがある」

 良い知らせと言うのに、気味の悪い笑い方。

「……何だよ」

「栄凛は殺さない」

 聞き間違いではない、殺さないと言った。舞が栄凛を殺さない、どういう事だ?

「栄凛は半殺しにして生かしておく、ボコボコにしてぐちゃぐちゃにしてみじん切りにして生かしておく」

「何でそんなえげつないこと……」

 殺したがる舞が何で半殺しなんて方法をとるのだろうか、でも殺さないという言葉が聞けて驚きと安心感があった。

「別に殺してもいいのだが、優が嫌がるじゃないか。それともう栄凛は能力者じゃない、アタシが殺すヤツは能力者だけ、一般人のヤツらは殺さなくていいが栄凛は元能力者だから別だ」

「ごほっ! それなっ……ごっ殺さなっ……」

 咳混じりで命乞いをしている。ここまでされると流石の栄凛も混乱状態になる様だ、あれだけクールだった栄凛が苦しんでいる姿は滑稽だ。

「五月蠅い」

 また柄で栄凛ののど仏を叩く、叩く、叩く、叩く、叩く……。

「おい!」

「殺しには口出すな!」

 舞の暴行は止まらない、ずっと、ずっと、ずっと、殴って、叩いて、殴って、叩いて、栄凛への暴行が絶えない。

「でも!」

「そんなに甘く無いんだよ!」

 ――大嫌いな目だ、これが嫌だから眼鏡を買い与えた。何でまたこの瞳を見てしまったのだろう……何度えぐり出してやろうと思ったか、何度握りつぶしてやろうと思ったか。

 鼓動が異様に高鳴る、血管が浮き出るのが分かる、頭痛が襲う、吐き気が襲う、手の震えが止まらない……。

「舞……止めてくれ……」

「死ね! 糞! ゴミ! 屑! 消えろ!」

「止め……ろって……」

 小さくつぶやく、こんな声じゃ伝わるわけがないのに……。

「もう一生その減らず口叩かせてやらねえ! お前の無駄話で迷惑してるヤツらだっているんだよ! 死んでしまえばいいんだ!」

 血が出てるって、柄が汚れてるって、本当に死んじゃうって……。

「泣けよ、叫べよ、嘆けよ、悶えろよ」

「だからもう……」

 やめてやれよ……。


 ――そこで気を失った。



 まぶたが重くて目が開かない。冷たくて硬い床に転がっている状況にあるのは分かる。意識が朦朧としている、頭がズキズキ響く。何が起きたっけ……何でこんなところにいるんだっけ?

 気を失う前の記憶があやふや、栄凛を殺すために来て、舞の目が大嫌いな目になって半殺しにしようとしていた。でも、何で僕は気を失ったのだろうか。

「痛っ!」

 時間が経って脳が働きだしたからなのか、額に痛みを感じた。

 何だこれ、触ってみると腫れていた。何でこんな事に……

 相変わらず目が開かず、状況が把握できない。せめて舞がいればどうにかなるのに。

「おーい舞、どこかにいないか?」

 返事がない、僕は一人のようだ。

 すると、ドアのスライドする音。

「起きたか、どこか痛いところは?」

「いるなら返事くらいしてくれよ」

「悪いな」

 安心した、ドアの開く音が聞こえたから、あの人通りの少ない三階の廊下、栄凛の病室前だろう。

「額のところが腫れて、まぶたが重くて目を開ける気にならない」

「それだけか?」

「それだけだ」

 いつもの舞の口調、どんな目をしてるだろうか。いつもの目だろうか、あのときの忌々しい目なのだろうか。

「頭に包帯巻いてやるからじっとしてろ」

 言われたとおり大人しく、舞に身体を預ける。首の後ろに手を回され、膝の上に頭を置かれる……膝枕だ。くるくると包帯を器用に巻かれていくのが感じられる。

「大人しくて可愛いな」

「身体を動かすのが疲れるからだ」

 本当は恥ずかしい、子供の頃に戻ったような感覚。赤ん坊は首を押さえてだっこされる、その感覚に似ているのかもしれない、妙に落ち着く。

「まだ目は開かないのか?」

「もう少しで開きそうかな」

 もうまぶたの重みは無くなっていた、だが身体はひどく疲れている。全身を舞に任せ、もう少しこうしようと思った。

「目が開かないならその間に刀をしまうぞ」

 そう言って僕の身体を転がす。また冷たい床とご対面だ。

「ガムテープが無かったから、包帯にするぞ」

 僕の上着を脱がし刀を背中に当てる。これが冷たい……そんなことはお構いなしで背中に包帯を巻き付ける。

「腹の方が通せないな、少し浮かせろ」

 だるい身体に鞭を打って身体を軽く浮かせる。

「しばらくそのままにしていろ」

 無理矢理な要求、飲めるわけがない。

「これくらいでへこたれるな!」

「疲れてるんだよ!」

「それならこうする」

 包帯が腹に食い込む、あまりの痛さに目を開けてしまう。

「やっとお目覚めか、これで刀が落ちないぞ」

「人を人形みたいに扱うな……」

 強く結んで落とさないという魂胆か、もう少し良い考えは無いのだろうか。

「アタシも疲れたな……」

 大きなあくびをして、廊下の壁にもたれかかって身体を預けている。僕も疲れているけどそろそろ動けるだろう。

「早く家に帰って休みたいよ、そろそろ戻らないか?」

 舞が催促してくる、僕は残り少ない体力で頑張って起きあがる。

「長々と寝転がっていて悪かったな」

「気にするな、それより家に帰るのが先決だな」

 僕らは外へ向かって歩き出した。


 病院独特の匂いというのか、あの雰囲気とは違う外の空気はすがすがしく、もう栄凛を半殺ししたことなどどうでも良くなっていた。

「――気持ちいいな」

「半殺しってのも悪くない、助けを求める時の仕草がたまらなかった」

「前言撤回だ。人が良い気分の時に殺しの話とかするな」

「半殺しだ」

「どっちも変わらない」

「生きているか死んでいるかの違いがあるのに?」

 もう面倒臭くなった。頑固なヤツに刃向かっても無駄に決まっている、特に相手が舞だから尚更だ。

 バス停に行こうと思い歩き出すと、途中に時計があった。

「もうこんな時間か、腹空かないか?」

 時間は約二時半、かなりの時間気絶していたのかもしれない。

「確かに減ったな、アタシもあれだけ騒いだからな」

「なら決まりだ、何食べる?」

「カレー」

 そういえば舞はカレーが大が付くほど好きだった。

「じゃあ適当にファミレスにでも行こうか」

「いや、カレー専門店だ」

「もう好きにしてくれ」

 何でそんなにカレーが好きなのだろうか。舞でもカレーに毒を盛られたら簡単に殺すことが出来そうだ……いや、そんな縁起でもないこと考えてはいけない。

「じゃあ行くぞこの近くに一軒あるはずだ」

「どんなことも知っているんですね」

「おう」

 簡単な返事、もうカレーしか頭に無いのだろう。僕は黙って舞について行く、また凄いところに連れて行かれるのだろう。

 総合病院を出て、バスに乗らず街の中心部を歩いている。こんなところに柊さんの様な店があるとは思えないな。

「どこにあるんだよ?」

「あそこに黄色い看板が見えるだろう、そこだ」

「あそこって……まさか……」

 僕でも知ってる、友人も大半は知っているだろう。有名なカレーハウスだった。


 店にはいると時間も時間なので人はまばらで、適当に席に着き、僕は適当に注文した。

「フライドチキンカレーで米は二百円増し、辛さは六、トッピングに半熟玉子で頼む。あとポテトサラダも頼む」

 舞の注文が終わり、店員は厨房へ戻って行く。

「……慣れてるな」

「まあな」

 何で胸張って、鼻を高くしているかが分からないが、これで満足するなら安い物だ。

 食事が運ばれてくるまでの時間は退屈なものだ。舞は興奮しながら目を輝かせている、笑っている目はそれほど酷い目じゃないということに気が付いた。

「やっぱり、笑って食事が一番だよな」

「そうだな良いことを言ったぞ。自然に笑みがこぼれるこの食事というのはとても素晴らしい」

「舞の場合はカレーだからだろうけど、確かにそうだな」

 僕と藍と有紗で食べたあの食事を思い出す、有紗が来てくれたおかげで月森家に久々の笑みが生まれた。また呼んだら来てくれるだろうか、今度誘ってみよう。

「この待っている時間が店の陰謀の様に思える」

「それは違う」

 自然に溢れる笑み、弾む会話。ずっと続けばいいと思った。

 そんな事を思っていると注文が届く、テーブルの上に並べられた食事は決して豪華な物では無かったが、美味しそうな香りを漂わせて自己主張していた。僕のだけは……。

「舞……赤黒いぞ、そのカレー」

 ここでこんなに珍しい物を拝めると思わなかった。

「そうか? ヒ素でも入ってるのかな?」

「それは言っちゃいけないぞ」

「冗談だよ、軽いジョークさ」

「それはブラックジョークって言うんだ」

 それにしても凄い色をしている。カレーに赤黒いトッピングがされてる、見ているだけで涙が出てきそうだ。

「冷めないうちに食え、それが食の神に対する感謝の印だ」

「食の神ねぇ……」

 よくあんな赤黒い物食べられるな……絶対辛い、というか辛いのレベルを超えていそうだ。

「美味いな、やっぱりカレーはここに限る」

 平然と食べているとそんなに辛く無い様にも見える、意外と大丈夫かも。

「ちょっと一口くれないか?」

「代わりにアタシにも一口な」

 といって皿を交換する。近付くと分かる、これは違う、あまりに凄いカレーの香りで目が痛くなる。

「これも美味いな、今度来たときに頼んでみようか。……どうした? 早く食べてくれ」

 急かされ、おそるおそるカレーをスプーンですくい口に運ぶ。

「ぐ!?」

「ぐ? 具は食べてないだろうが」

 舞は笑ってるけど、これは笑い事じゃない辛さ、急いで水を飲む。

「おい! これ人の食べるものじゃない!」

「失礼なことを言うな、店員が見てるぞ」

 確かに言い過ぎかもしれないけど、とにかくこれは食べられない、辛すぎる。

「辛いとかのレベルじゃない、痛いぞ!」

「これで辛いのか? もう少し辛くても大丈夫だが……」

 味覚が狂っているんだ。そうだ、そうに違いない。

「今からでも遅くない、病院に行こう」

「また栄凛でも殴りに行くのか?」

 もう何を言っても無駄、まだ口の中が熱いので水を飲む。

「食欲が無くなった……」

「じゃあ代わりに食べよう」

 皿を奪われる。もう好きにしてくれ。満面の笑みでカレーを食べている、子供のように純粋な顔だ。

「そうだ、栄凛に復讐したよな」

 きょとんとした顔をして、カレーを食べながらうなずいた。

「舞はこれからどうするんだ?」

 口にほおばったカレーを飲み込み。

「別にどうもしない。妹さんが死ぬまでこの身体に取り憑くしか無いだろう、もしくは成仏するという事もあるが考えられないな」

「藍はどうなるんだ? このまま舞に乗っ取られた状態が続くのか?」

「別に用事が無ければアタシは出てこないよ、夕飯がカレーだったら何が何でも出てくるけどな」

 笑いながら答えると、またカレーを食べ始めた。

「理由がなければ会えないのか……」

 誰にも聞こえない様にぼそっとつぶやいてしまう。少し寂しい気もするが舞がそうするならそうするしかない。


 舞は食べることを止めない。二皿目に突入して初めて水に口を付けた。

「よくあのカレーを水無しで……」

 恐怖カレー女あらわる。

「サラダも美味いぞ、カレーカレー野菜の順で食べなければ身体に良くないからな」

「カレーが二回ある時点で身体に良くない」

「シーフードカレーだって野菜カレーだってあるんだぞ」

 何で胸を張るんだ。どこに誇らしいところがあったんだよ。と言いたいが満面の笑みで主張されるとその気も失せる。

「まあいいさ、食ったら帰るぞ」

「おう」

 返事をしてまたカレーに口を運ぶ。

 僕へ幸せを運んだのは辛さだというのが皮肉で仕方ない。


 僕らはカレーを食べ終えてバスに乗ってすぐに帰宅。背中から刀を外し、和室に丁寧に戻す。その際舞がきちんと手入れをしていた。

 家に着いてみれば時計はもう四時を指していて、何をするにも微妙な時間であった。

「アタシは寝る、もう妹さんに身体を返すからフォローよろしく頼むぞ」

「残念だ、僕も寝る。僕が寝た後に寝てくれ」

 そう言ってすぐにリビングを出て、自室へ向かう。もう身体が重く、階段を上るのも苦しい。ベッドが恋しいなんて久しぶりの感覚。

 自室に入った瞬間ベッドに倒れ込む、今日一日の疲れをじわりじわりと身体で感じる。今日の寝付きは良さそうだ。

 目を閉じるとすぐに寝てしまうだろうと思ったが、意外にも栄凛の事を思い出してしまった。最初は冷静沈着で何事にもクールに答えていた栄凛、徐々にその皮が剥がされて終いにはあの始末。決して面白いものでは無いのだが思い出すと笑ってしまう。栄凛は頭が良くてあらゆる知識があったのだろう、だがそれ故に知らないことに過剰反応してしまう、知識の探求者だったのだ。僕はそう思う。それが崩れ、舞にボコボコにされ、その後はよく覚えていない。

「何か引っかかる、何で気絶したのだろうか」

 前にも舞がテーブルを斬り刻んだ時も意識が飛んでしまった、あのときの事もほとんど覚えていない。

「なぜか大事なところだけ抜け落ちてる」

 都合の良い記憶だ、もう少し役に立つところを頭にたたき込んでくれ。


 ――そんなことを考えている間に睡魔がやってきた。

ここまで読んでくださった方ありがとうございます。

少し独り言でも書いてみようと思います。

私が初めて書き上げた作品で、プロットも中途半端ですし文章も稚拙です。

でも色々と思い入れがある作品で、私自身がこのような「特別な力」といった作品が好きで、このような作品ばかり頭に浮かぶのです。

その中でも上手くまとまった方のプロットを文章に起こした作品です、気に入る方いらっしゃるかな?

兎に角、あと二章で終わりです、続きが気になる方は読んで頂けると光栄です。

長々と独り言を吐かせて頂きました。

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