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プロローグ

 五月三日、僕の両親月森守と月森桜は飛行機事故で死んでしまった。


 月森家でこぢんまりと行われていた葬儀に幕が下ろされた。

 堅苦しい喪服をまとった人々が、一人ずつ僕と妹の藍に頭を下げる。それに対して僕たちも頭を下げ返事を返す。

 一度も会った記憶が無い人も「元気に頑張ってね」と励ましの言葉を投げかけてくれたし、中には悲しみのあまり目の前で泣き崩れる人もいた。

 そこまで多くない人々が一人ずつ家から出て行き、やっと家の中が静かになってきた。


 もう家には叔父さんと叔母さん、それと僕と藍しか残っていない。僕を含めた四人でこれからのことを話し合った。

「優君、藍ちゃん。これからどうするの?」

 椅子に座り、テーブルの上で腕を組みながら叔母さんが僕らの生活のことを聞いてきた。

 叔父さん達の家で暮らすか、現在すんでいる月森家に残るか。僕は我が家に残りたいという意志を伝える。叔父さんや叔母さんに迷惑をかけると悪いし、引っ越しが必要になるので色々と手続きがあるからだ。そして一番の理由は叔父さんが嫌いだったから……太っていて、笑い方が気持ち悪い。そんなヤツと一緒に住む気なんて全くなかった。

「僕はこの家で暮らしていきたい、この家を守り続けたいです、藍には自分の意見を尊重してもらいたいのでもし藍が叔父さん達の家に引っ越しても、僕一人でこの家に残るつもりです」

「そうか……うん、分かった、優君は大人だね。藍ちゃんは、どうするんだい?」

 耳障りな気持ち悪い声で叔父さんは藍の意志も聞き、藍は真剣に黙って考えてから重い口を開いた。

「私は優兄と一緒に暮らすよ」

 少し躊躇うような口調、その口ぶりから藍にはまだ迷いがあるようにも思えた。

「本当に良いのか?」

 僕は念を押して聞いてみる、藍の幸せが本当にここにあるのか。藍自身のことなので意志を大事にして欲しいのだ。

「うん、優兄と一緒に住むよ、この家に残る」

「分かった、優君と藍ちゃんの好きなようにしなさい。でも、何かあったらすぐに連絡するんだよ」

「はい、叔父さん」

 これで猫を被るのも最後だと思えば、いい顔をしてうなずけるものだ。

「うん、叔父さんも叔母さんも元気でね」

 藍はおとなしくて、人見知りだが、ある程度の壁を越えるとそれも大丈夫な性格だ、超えられなかったらどうしようもないがのだが。そんな性格だから自然にあんな顔が出来るのだろう、僕にはあんな狸にいい顔を作るのは絶対に無理だ。

「藍ちゃんも元気でね」

 二人はゆっくりと立ち上がり、ハンガーに掛けていた喪服を着て、その足取りで玄関へ向かった。

 僕たちもその後を追って二人を見送り、またリビングに戻った。

 誰もいなくなり、やっと我が家には家族だけになった。いつもは四人いたのに、今では二人。いつもいる人がいなくなることはやはり少し寂しい、空間に空虚が生まれるような感覚で何か足りない様な気持ち。

 一軒家のリビングがとても広く感じる、四人用のテーブルとその周りにちょこんと置いてある椅子も二つは利用価値を失ってしまった。キッチンは長く従えてきた主を失い、新しい主を迎え入れることになり、食器棚も約半分はもう必要無い。

 家族の声を失っただけで部屋の中では声が響き、広さを感じさせる。そんな静かな広い部屋に藍の泣き声が響き渡った。

「優兄……」

 僕のお腹に顔を埋めながらいつもの相性を嗚咽混じりで漏らしていた。

 きっと恥ずかしがり屋で奥手な性格な藍のことだから人の前では泣けなかったのだろう、僕の服をちぎれんばかりの力で握りしめていた。

「藍……」

 そんな藍に僕はどうすることも出来なかった。中学生の藍には両親の死はとてもつらいものだったのだろう。僕と一緒に買いに行ったお気に入りの眼鏡も外さないで、ずっと、ずっと、ずっと、今までためていた涙を流し続けていた。

 滝のように流れる涙を見ても僕は何もしてあげられない。そんな自分が情けなかった、ただ藍の頭に手を添えてそっと抱きかかえて時間が過ぎることをただただ待っていた。

 この悲しみから藍を守ってやれるだろうか……両親の様に藍に笑みが溢れる生活を送らせることができるだろうか……不安な面は沢山あった。


 ――時が経ち、静寂が戻る。

 ずっと泣き叫んでいた藍が、すすり泣き程度になるまでどれだけの時が過ぎたのだろう。今ではすすり泣きも止まり、必死になって服で涙を拭き取っている。

「優兄ちゃん、ありがと」

 まだ少し悲しい様な寂しい様な声色で、うつむきながらまだ完全に拭い取れていない涙を気にしている様だった。

「もう、大丈夫か? 我慢しなくていいんだぞ」

 うつむきながらも首を縦に振り、少し間を置いてからもう一度嬉しそうに首を縦に振った。

「うん、そうだご飯にしようよ」

 いつもより少しおとなしい声で僕に言った。

「そう言えばもうそんな時間だな、簡単に作って食べようか」

 背はほとんど変わらないのだが、父親は筋肉質だった。なので胸の辺りが少し大きめの喪服を脱ぐ。喪服をハンガーに掛けようとすると、強く握られていたのでしわが付いていた。喪服にしわができるということは相当な力で掴んでいたのだろう。藍の方を一度見て、締め付けられる様な気持ちになり、ネクタイをゆるめた。動きやすい格好になったので僕はキッチンへ向かった。

 冷蔵庫の中身を確認すると色々な食材がある、これだけ種類豊富だと何を作ろうか迷ってしまう。

「こんな気分の時に重たい食事は嫌だ」

 フルコースを出されても食べる気分ではないだろう。そう思い、冷凍うどんを使って月見うどんを作ることにした。

 料理は僕も藍も作れる、普段なら二人で共同することが多いけどこんな時は兄らしく藍の負担を軽くしてやろうという僕の思いで自らキッチンに立った。

 水が沸騰するまでの時間が異様に長く感じる、料理を始めてから僕らの間に一言の会話もない。物静かな雰囲気は苦手、だから僕は黙々とうどんのだし汁を作った。

 沸騰したらすぐに調理を始める、調理といってもただうどんを茹でるだけなのだが、それでも調理は調理だろう。

 うどんはすぐに茹で上がり、熱々のだし汁に卵を落として完成だ。二つのどんぶりを両手に持って椅子に腰掛けている藍のもとへ運んだ。

「ほら、食欲が無くても食べられるように月見うどんにしたから食べて栄養摂取だ」

「別に体調が悪いわけじゃないけど……」

 藍は先ほどと変わらずおとなしい声だった。

 両手を合わせ食べられることに感謝の意を表し、僕らはうどんを食べ始めた。

 僕のどんぶりの中身はもう残り少なくなっている頃、藍は急に箸を休めた。そして僕を見つめてゆっくりと口を開く。

「……優兄はお父さんとお母さんが死んじゃって悲しくないの?」

 話し方は弱々しい、だが眼鏡越しに僕を見据えている目が少し恐かった。そして嫌な質問……なぜこんなことを聞くのだろうか。

「悲しいよ……でも、叔父さんに言ったようにこの家を守り続けたい。それに藍もこの家にいるんだ、家の主としてしっかりと藍を守らなければならない。だからあまり悲しいなんて思っていられないんだよ」

 悲しいに決まっている、父親は休日を僕らのために使ってくれるし、母親はいつも優しく接してくれた。幼い頃から愛情を沢山受けてきた……でもなぜか涙は流れなかった。僕の両親に対する思いはこんなに冷たいものだったのだろうか……。

「そうだよね、悲しいよね」

 藍はどこか辛そうだった、声はいつも通りの明るめの声に戻ったのだがおとなしさが残っているというか、冷たさのような感じが伝わってきた。

「気に障るようなことを言ったか?」

 何か悪いことを言ってしまったのだろうか、さっきの声が妙に頭の中で引っかかる。

「全然怒ってないよ? まだちょっと気持ちが整理できてないだけだよ……うん、そうだよ」

 むしろ死を思い出させる様なことを言ってしまった。でも、何となくだけど冷たい感じは残っていた。

「ごちそうさま」

 両手できちんと合掌を作る。藍のどんぶりには少しうどんを残っている。

「折角作ってくれたけど、食欲が無いんだよね……ごめんね」

「構わないよ、寝るのか?」

「うん、疲れちゃったよ……優兄、おやすみなさいだよ」

 そう言って立ち上がり、少し重たげな足取りでリビングを出て行った。

 両親の死がダメージを与えているのだろう、藍の生まれたときには祖父母はもう亡くなっていたから死への耐性が無いのだろう。藍を守るということは藍の痛みを和らげなければならないということ。僕にできるだろうか、たとえできなくても守る、自分を犠牲にしてでももう悲しい思いはさせない。

 不安はある、今にも恐怖で逃げ出したくなるときが来るかもしれない。妙にそわそわと落ち着かない、だが僕は覚悟を決めた。

 悲しい思いはさせないと心に誓った。

自分の文章が肌に合い、この続きを読んでみたいという方は続きを読んで頂きたいです。

評価や感想など頂けると更に嬉しいです。

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