小さな絆の形
僕は耳の軟骨、右耳のへリックスに当たる部分を念入りに消毒をしました。
そして手元にある軟骨用のピアッサーにも消毒をします。
消毒し終えると僕はピアッサーを耳にあて、ガシャリと音をたててピアッシングをしました。
一瞬の痛み、ピアッシングが終わるとしっかりとキャッチが外れていないか確認し僕はまた消毒液に手をつけました。
すると、一部始終を見ていた少女が僕に声をかけます。
「ねえ、あと何個ピアスあければ満足するの?痛いのに?なんで?」
大きな眼で純粋な眼で僕に問います。
「理由なんてないよ。ただ開けたいだけ。耳を飾りたいだけ、開ければそりゃ痛みも伴うけど僕はそれでいいんだ。」
「…ふーん。」
彼女の頭を撫でながらそう答えると、彼女はとても興味のなさそうな顔をしてまたじっと僕の耳を見つめました。
僕はそれでも彼女を愛しいと思った。
彼女と僕の関係は、傍から見ればおかしいのでしょう。
僕は自立してから暫く一人暮らしです。そして僕は一人っ子で兄弟と言うものがいませんでした。
ある日、とある孤児院の近くを擦れ違った時彼女を見つけたのでした。
彼女は一人、施設のブランコに乗っていてずっと耳を触っている不思議な子でした。
たまに施設の先生でしょうか。20代後半くらいのエプロンをした女性の耳を見るのです。
女性の耳には左右のロブに1つピアスがあるのです。
“あの少女はピアスを開けたいのだろうか”
そんな疑問が思い浮かび、僕は何故だか少女に惹かれ彼女を引き取ったのでした。
義理の娘としてではなく義妹として。
彼女を引き取った時、彼女は僕の耳を見て驚き口をあんぐりと開けていたのを今でも覚えている。
その当時の僕の耳は、右耳にはインダストリアル、トラガス、ロブに3つそのうちの一つは拡張していて、左耳はへリックスにたくさんのピアス、ロブは右耳より大きく拡張されたピアスをしていたのでした。
そして今に当たります。
僕と彼女は義理の兄妹になるのです。
あまりにもずっと僕の耳を見るので、僕はずっと疑問に持っていたことを彼女に聞くことにしました。
「ピアス、開けたいの?」
「うん。」
聞くと即答したので、唖然としました。
でも何故だか愛しいのです。
そして買い置きのピアッサーを探す事にしました。
「じゃあ、開けようか。」
「…怒られるかと思った。私みたいな年齢で開けるんじゃないって。」
「怒らないよ。だって、君は僕の妹だもの。妹は兄に似るものです。」
「…変なのー。」
ようやく見つけたロブ用のピアッサーを2つ見つけ、コットンを消毒液に浸します。
「後悔しない?」
「全然。」
「じゃあ、開けるよ。」
消毒液に浸したコットンで念入りに彼女の小さな耳たぶを消毒します。
そして躊躇なくピアッサーでがしゃりとピアッシング。
同じように片耳も消毒し、ピアッサーでピアッシングしました。
彼女はぽかーんとうっすら瞳に涙を浮かべて宙を見つめていました。
「はい、終わり。痛かった?ごめん。」
「痛かったような痛くなかったような気がする。でも、なんかじんじんしてやだ…。」
「そのうち慣れるよ。ニードルだったら血がいっぱい出たかも。これから毎日消毒してあげるから」
「…うん。」
もう用のないピアッサーを拾い、僕は片付けます。
僕は幸福感に浸っていました。
彼女の耳にピアッシングしたことによって。何故でしょう。
やっと、彼女との繋がりが、絆が出来た気がするのです。
彼女は孤児院育ちのせいか、人見知りはしなくあっさりとしてさばさばした性格でした。
僕に引き取られても、すぐ家に馴染んで他人と接するような壁はないのですが、やっぱり心がもやもやと嫌なのでした。
血の繋がりも、なんの係わり合いのない二人が兄妹になったのです。
ピアスで。
とってもおかしいと奇妙だと思います。
でもそのピアスで彼女に近づけた気がするのです。
片付け終わると彼女は嬉しそうに、鏡で自分を見ていました。
「ありがとう!お兄ちゃん!」
初めて“お兄ちゃん”と呼ばれ、僕は目を丸くしました。
彼女を引き取ってから、一度も“兄”とは呼ばれたことがなかったのです。
呼ばれる時は対外“ねえ”か“貴方”だったのです。
僕はそれが嬉しくて泣いてしまいました。
きっと、きっと君も僕と同じ気持ちなんですね。
「…どういたしまして。」
「泣かなくてもいいじゃん!変なお兄ちゃん。」
「…しょうがないよ。」
「何がしょうがないのー?…。これからよろしくね。」
「うん。よろしくね、僕の可愛い妹。」
僕は小さい君を抱き締めました。
小さな絆の形
(また君の耳にピアッシングしてあげましょう)
(思い出の数だけ、幸せの数だけと思いましたが、きっと数え切れない位になる)
(君が望んだ時、僕はピアッシングします)
(君への絆として、愛として、忠誠の証として)
(ああ、僕は愚かでしょうか)