心恋
「ニーナ・メイビスってさ、女の欠片も無いよな。絶対にあんな女は無理」
恋心を抱いていた人物に自分の悪口を言っているのを聞いてしまった。けど、
…そんなのとっくに知っている。
ニーナの家は闇組織。幼い頃から武術を教えこまれ、女性としての可愛さやテクなどは教えこまれなかった。
武術に関してはニーナを抜ける者はいなく、何時も戦闘服を着ている。ニーナが恋心を抱いていた人物があんなことを言うのは仕方が無いこと。
心では分かっているが、黒曜石の様に大きな瞳から大粒の涙は止まらなかった。
自分が近くにいることをバレない様に足音を立てず来た場所に戻る。
ニーナが恋心を抱いていた人物は、カール・ヴァルガス。頭が良く、カトレアになる為に世界一、頭が良い学園。ティアード学園に入学希望。ティアード学園は多くのカトレアを生み出している学園だ。カトレアとは、知力、体力、学力共に優れている者がなれるという。王様の騎士。
「私に、少しでも女性らしさがあったら…」
壁に凭れて、自分に女性らしさがあったら…と仮定を作ってしまう程に結構、ニーナは弱っていた。
「姫」
ニーナから見て右から『姫』と、小声で言いながらニーナに抱きついた癖の無い碧銀の髪に紫の瞳を持っている青年がいた。
「…っ、リード…」
「どうしました?珍しく涙なんか流して…」
リードの碧銀の髪が首にかかり、聞こえる優しい声色に、また涙が溢れてきて頬を伝う。
涙が二月の半ばなのに暖かく感じた。
「私、女性、らしくっ…なれ、ないかしら」
まだグスッと鼻水を啜りながら掠れ声でニーナが言った。
「姫はそのままで愛らしいと思いますよ。」
「『女の欠片も無い』って言ってたのを聞いたもの…っう…」
先程のことを思い出し、肩を震わせしゃくりあげる。
ふわっと、大きな手がニーナの背中に優しく当てられた。
「可愛いですよ…」
何時もと少し崩した言葉に、なんだか落ち着けた。
「姫、ドレス…着てみたらいかがですか?」
「へ?ドレス…なんて、私に似合う訳が無いでしょ」
すっかり涙は止まったが、何時もはニーナに意見しないリードが意見し、どう考えても似合いそうもないドレスを勧めたことに驚いた。
「自分に自信を持って下さい。姫はとても可愛らしいですよ。」
花が綻んだような笑みニーナに見せるリード。
「分かった…着てみる…わ、ね…ドレス…」
少し照れた様な仕草をし、コクンと頷く姿には絶対に『女の欠片も無い』なんて言えない程、可愛らしく、男を惑わせる『何か』があった。
「…帰りましょうか。」
「うん…」
リードはニーナに手を差し伸べ、軽々とニーナを持ち上げ、ニーナも拒まずに白く細い腕をリードの首にまわした。
「あ、ドレスの方は私が見繕いますからね。」
「えぇ!?」
「屋敷の趣味の悪い侍女になんて任せられませんから。」
スタスタと馬車まで歩きニーナを下ろす。
「では、私は馬で帰りますので。」
「えぇ。」
リードは、一緒に馬車に乗ろうとしない。ニーナとは、何処か一線引いている感じがあるのだ。
「姫。お手を…」
屋敷に着き、馬で帰っていたリードに手を引かれる。
「では、早速ドレスを着てみましょうか。」
手を引かれるまま、ニーナに拒否権は無かった。
「では、姫。これを着て下さい。」
ニーナの部屋に連れられ出された物は肩と胸の辺の露出が多い…薄い緑色のミニドレスだった。
「え?これは、少し…レベルが高いと言いますか…じょ、冗談ですよね?」
「姫、着替えを手伝って欲しいのですか?」
花が綻ぶ様な笑顔とは対象的に、リードの笑顔の後ろには悪魔がいた…
「ひ、1人で着れます…」
ひぃゃぁぁぁ…肩丸出しだし、この胸の前のクロスになってる紐ってなんなのよ。
ヒラッとドレスを前に持ち上げ、ドレスの作りを見る。
取り敢えず、着替えないと本当に手伝わされそうなので渋々着替える。
「あれ。どうなってるの?これー」
後は首の後ろに紐を結ぶだけなのになんだか入り組んでいて上手く結べない。
「姫、着れました?」
ノック無しにリードが入ってくる。
今のニーナの姿はニーナが持っている紐を取ると、胸が露わになりそうな危機的状況だった。
「全く、姫は。」
スッとニーナの後ろに行き紐を結ぶ。
「美しいですよ。姫。」
何時もの、花が綻ぶ様な笑顔。
「皆に見せるのが勿体無いくらいに」
「ありがとう…リード。お世辞でも嬉しい」
「お世辞なんかじゃないですよ」
ニッコリと微笑むリード。
…ん?
変な空気が部屋に広がった。
「ニーナお嬢様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ばぁん!と大きな音を立てて開くドアの先に居たのは、侍女服を着た、ココ・ラムだった。
「コ、ココ…」
「お、お、お、お嬢様ーー!どうされたのですか!?」
ふわふわの赤毛が後ろに一纏めにしてあって、茶色のクリクリの瞳が魅力のココだが、この性格でまだ独り身だ。
「や、やっぱり…変、かしら…」
「とんでも御座いません!お似合いです!そうだ…折角ですから、そこら辺の雄共に見せつけに出かけましょうか!」
「え。お、雄?いゃ…それは」
「さぁ、そうと決まれば行きましょう!準備をして来ますので、少々お待ち下さいね」
嵐の様だった。
「私、あの侍女は苦手です」
シーンと静まった部屋に、リードの声が響いた。
ニーナは引き攣った笑顔を作るしか無かった。
「ハ、ハハ…」
*****
「おい…アレ、本当にニーナ・メラニンか?」
「全然違うぞ…」
「つーか…可愛い…」
「スタイルってか…胸でかっ!」
リードの片眉がピクリと動く。
ココに連れられて来た場所は、先程いた、競技場。
なんか…見られていて落ち着かない。
ニーナはギュッとリードの背中を掴む。
「リード…やっぱり、変だよ…」
「姫。大丈夫ですよ…」
ニーナの額に小さなラップ音がした。
「へ…?」
ラップ音と共に周りの男達の悲惨な叫びが聞こえた。
そんな男達の間から顔をだし、ニーナに声を掛けてきた男がいた。
「あ、あの…ニーナ・メラニンさんですよね…?」
ニーナの身体がビクリと跳ねた。
ニーナに話しかけたのは、ニーナが恋心を抱いていた相手だった。
『女の欠片も無い』『絶対にあんな女は無理』影で悪口を言っていた相手…。その悪口は今でも、ニーナの耳に根強く残っている。
カタカタと震えが止まらなかった。
「姫、自信を持ってください。今の貴方は、とても美しいですから。」
コソッとリードに耳打ちをされ、手を握られた。
大きく息を吐き、前を向く。
「な、何か用でしょうか…?」
「実は、ずっと好きでした!俺と付き合ってくれませんか?」
思ってもみなかった告白…それが、嬉しい筈なのに…その告白は、私が変わったから?と、変な気分にもなってしまうものだった。外見が良ければ良いの?大体この人、そこまで良い男だったっけ?人の悪口を影で言って、私の外見が変わったら告白…しかも、好き。でした?
沸々と悲しみとは正反対な怒りが込み上げてくる。
それに、自分よりも弱い男に惚れてたなんて…それなら、リードの方が断然良い。リードの方が…
「カール・ヴァルガス様。
『絶対にあの女は無理』では、ありませんでしたかしら?」
ニーナは極上の笑顔で小首を傾げて言う。
「え、えぇ!?なん、で知って…」
ニーナの言葉に急に慌てだす。
「先程の件ですが。私も、『絶対に貴方は無理』なので」
カール・ヴァルカスの整った顔が悔しみに歪む。
それを見て、品の良い笑みを残し、リードを連れてその場を離れた。
歩き方は怒りを床にぶつけるようだったが。
ちなみにココは近くの仕立て屋に物凄い勢いで入って行ったので、置いて行った。
「はぁぁぁぁぁ…」
ペタンと地面に力無く座り込んだ。
「私、変な事言っちゃった…どうしよう…周りの男性もドン引きだよね。ごめん…リード。折角見たててくれたのに…失敗に終わっちゃった。」
「ニーナ…」
え?バッとリードの方に振り向く。
「今、呼び捨てで…」
「ニーナの可愛さは俺が知ってれば良いんだよ。本当は、誰にも知られたくは無かったけど…あの男、こんなに可愛いニーナに酷い事を言ってるの聞いたから、見返してやろうと思って。」
リードはニーナを正面からきつく抱き締める。
ニーナは混乱していた。待って、待って…目の前にいる男は一体、誰?
紫の瞳がニーナを映す。
「ニーナ…これは俺の本音。ずっと前から好きだよ。手放したく無い程に」
「え?」
急な展開過ぎてよく頭が回らない。
「俺は、ニーナに拾われた時からニーナに恋心を抱いていたんだよ」
*****
当時12歳だった俺は、腐った街から間者となるよう依頼された。
何時もは俺を気味悪がる癖して、必要な時は俺に頼る。
敵国に来て、誰も通らない様な薄暗い路地で城にどう入ろうか練っている所、近くの方から剣を交える音が聞こえた。
俺は、こんな賑やかな街でもこう言うのは、いくらでもあるんだな…と座り込み、目を地面に向けた。その時だった。
カチャ…とした音と共に何かが俺の首の横を突き抜けた。右下に目を向けると日光で光る銀の剣があった。動くと切れるだろう位置で、俺の喉笛を狙っていた。
「貴方、間者よね?」
優しい声色とは裏腹にその眼つきが俺を動けなくした。
この国は凄いな、と密かな感心さえ持てた。こんな子供が気付かれず、間者を殺せるのか…
リードは自分と重ねて思った。
その頃のニーナは僅か6歳ながらも体術、剣術を所得し、家の仕事もこなしていた。王の側近のユナから敵国の間者が来たと、報告があり、ニーナは間者を探している最中だった。リードを見つける前に、盗賊を見つけ、殺すまではしないが動けないようにして、周りの者に任す。
ニーナはふと、辺りを見渡した。すると、見知らぬ子がいると思って見ていたら、あの目…この国にはいない子だと分かり、敵国となる間者だったリードに、迷い無く剣を突きつけた。
ニーナの判断力は素晴らしいものだろう。
リードはニーナを見上げ、黒曜石のような瞳から何を考えているのか読み取ろうとしたが、分からず、少女の顔を見ると白い頬には返り血だろう物がべったりとついていた。
先程の剣を交える音がこの少女が起こしたことだと分かる。
碧銀の癖の無い髪が風に揺られた。
「…好きにしろよ。どうせ終わる命だ。」
リードは半ば諦めていた。
「そう…」
キィンと剣が引かれた。ニーナの行動に唖然とするリード。
「なんの真似だ?」
「好きにして良いと言ったのは、貴方じゃないかしら?」
ニーナは少し笑みを見せ、黒曜石の様な瞳をリードに向ける。
「私の騎士にならない?」
至って真剣のニーナの顔に笑いが込み上げてくる。
「ぶっ、あっはははっ…何の理由からは知らねぇが、良いよ。元々お前に生かされた命だしな。」
「私、お前って名前では無いのだけれど?」
「失礼、お名前をお聞きしても?」
「ッアハハ、何処の軟派男よ。私の名前はニーナよ」
自然に笑った姿が、とても愛らしく見えた。
「俺の名前はリードだ。宜しく。姫」
たしか、この時だった。ニーナを姫と言い出したのは。
ニーナが16歳になったとき、身体は大人でもう、女としか見れなくなって距離をとることにした。でないと、理性が持たない。
敬語で話すようにした。最初ニーナは不貞腐れていたが、『敬語で話さないと建前がありますからね。』と言ったら、渋々了承した。
18歳になったニーナはますます綺麗になったが、その強さ故に恋心を抱いていた人物に酷い事言われた。
ニーナを悲しませた事に怒りが芽生え、その男に本当のニーナの可愛らしさを見せてやろうと実行した。
想像以上、ニーナは美しく、可愛らしく、色気があった。
これであいつがニーナに告ってニーナが了承したら…と自分の考えの甘さに絶望した。
絶対に了承するだろうと思っていたがニーナはまた俺を惚れさした。
良い女だと思える。強く凛々しく、俺を驚かす。
俺は、ニーナの強い力を持っている瞳に惚れたんだ…
*****
「好きだよ…ニーナ。外見が変わったからとかじゃない。俺はニーナの心が欲しいんだ」
「ッッ…はい」
リードは私の返事を聞くとまた、私を抱きしめキスをした。
リードのキスは優しくて、嬉しかった。
-end-
少女漫画みたいな王道の短編です。
途中、リード視点になってしまいましたが、楽しんでいただければ嬉しい限りです。