魔法戦士アルの誕生 #1-8
それから、ほんの何日か経過した九月二十一日。この日は、アルにとって一生忘れられない日の一つとなる。もちろん、武術の授業のテストとして竹刀を使っての剣の個人トーナメント戦が行われる、たったそれだけの日としてではない。そう、たったそれだけのはずのこの日に、それは起こってしまったのだった。
その日、九月二十一日は、日本ではないが日本晴れだった。この頃になると、さすがに夏の暑さもようやく治まり、蝉時雨ももう聞こえなくなっていた。逆に、紅葉で山々が黄色や赤に染まるようになっていたぐらいである。運動にはちょうど良い頃であることは間違いない。
さて、剣術トーナメントのルールはいたって単純で、審判役の先生が「これは勝負あった」と思ったところで終了、というものだった。本来なら、「どっちかが力尽きるまで」としたいところだ。だが、真剣じゃない故にどうしてもそうなってしまうのだ。だからと言って真剣で寸止めにすると、剣を持った生徒たちが制御しかねて大変なことになってしまうかもしれないから、やはりそれは無理である。
それはさておき、パーシヴァルの言う通りアルは剣術を習っていたが、それを差し引いても彼は優秀だった。それは結果として当然現れ、剣術トーナメントでも、一回戦、二回戦……と勝ち上がっていった。特に、準々決勝では有名な武術師の子と死闘を繰り広げた末に勝利した。それでも最後にはちゃんと、竹刀をその子の鳩尾にヒットさせて倒し、準決勝にコマを進めたのだった。
そして――。
「なんで、お前がここにいるんだよ!?」
アルはそう言わなければ、この疑問が喉に詰まって窒息死しそうだった。
「いや~、僕もファドゥーツで剣術は嗜んでいましたのでね」
レヴァンが、笑顔でそう答えた。嘘では無かった。それから、レヴァンは笑顔を保ちながら、
「ガントさんは、先に決勝進出を決めたようですよ。僕も決勝に行きたいですね。ガントさんには勝てないでしょうが、学年二位ですからね。これほど光栄なことは、無いでしょうし」
「レヴァンは、オレが相手だったら勝てると言うのか」と言ってやりたかったが、アルはその言葉を喉で飲み込んだ。レヴァンには、そんなアルの顔が一瞬曇ったかのように見えた。
アルの心情はこうだった。
学術では一生懸命勉強をしたのに、勉強を一切していないガントに負けた。それも、ガントから勉強でわからないところを教えてもらったから、余計悔しい。そして今度は、何ということだ。学術科で成績一番のガントが、武術科でもトップに立とうとしている。
おまけに、最近クラスメートや先生達が、ガントを信頼し始めているのに気がついた。何でも出来る天才の金髪好青年は、高潔ではあったが傲岸不遜な男ではなかった。そして、その人となりもまた、彼の魅力の一つとして人々の目には映るらしい。
不愉快だった。ガントのことが嫌いというわけではない。天才なのに驕らず、誰が相手でも対等に接するその姿は、寧ろ善人の鏡と言っても良いだろう。だが、いくら努力しても超えられない天才は、元来負けず嫌いのアルにとって大きな壁だった。しかし、親の敵討ちをせんとするアルにとって、ガントに負けるようじゃいけないのだ。
レヴァン曰く、「昔から、ガントさんは何でもやれば人より出来たから、僕には永遠に超えられない存在だね」とのこと。そんなのは違う。才能だけでは、すべては決まらない。努力で一パーセントは変わるのだ。
アルは決心した。レヴァンには悪いがこの勝負に勝って、ガントと決勝で戦わせてもらう。
「オマエが相手でも、容赦はしない」
そう言って斬りかかったアルは、小柄なレヴァンが、その斬撃をしっかりと受け止めたのに驚いた。
「では、僕も本気で行かせてもらいます」
レヴァンはすぐに反撃に転じた。剣では無く、蹴りで。
「オマエが本気を出したところで、結果は変わりやしない!」
アルは、レヴァンの蹴りをあっさりかわして後方へ退き、体勢を整えた。
「こんなすぐに退くとは、アルさんは随分と弱気ですね」
レヴァンが挑発したものの、アルが無視したので、両者睨みあう形となった。
「オレも、次の決勝の為に早々に決着をつけたい。だが、そんな手に乗って、オマエに隙を見せたりはしないぞ」
「僕も同感で、早めに勝敗をつけたいところです。お互い本気でしょうが、このまま伯仲していて決着がつかないでいると、決勝でガントさんに勝てませんからね」
そう話していても、二人の目線はぶつかり見えない火花を散らし続けている。硬直状態を打開すべく、二人が同時に攻撃に移ろうとした、まさにその瞬間、一人の男が彼らの間に割って入った。
「!?」
言葉にならない声を発し、二人は目を丸くする。
闖入者は、パーシヴァルその人だった。未だに目を丸くしている二人に、彼は提案する。
「突然邪魔して悪いが、もう授業時間ギリギリで正直ヤバいんだ。ほら、決勝戦って時間がかかりそうじゃん。だから、俺もまったくの不本意なんだけど、剣を一端鞘に収めて、居合から一発勝負というのはどうだ? 判定は、俺が公明正大にしてやるからさ」
これは妙案だろう。アルとレヴァンにとって、これほど有り難い提案はない。
「それで頼む」
「そうして頂けると、こちらも助かります」
了承を得たので、パーシヴァルは早速行うことにした。「では、準備してくれ。アルはこの線の上、レヴァンはこっちの線の上に立ってくれ」と、固いグラウンドに線を足で引きながら、てきぱきと指示する。直ぐに準備は整い、「俺の持っているコインが地面に落ちたら、始めだ」と言うと、パーシヴァルは親指の上にコインを置いて、それを力強く上に弾いた。
チャリン。
コインが落ちた音が聞こえた時には、アルの竹刀がレヴァンの心臓の手前で停止していた。レヴァンはまだ抜剣すらしていなかった。それなのに、アルは正確にレヴァンの急所を突いていたのだ。結果は一目瞭然だった。
しかし、パーシヴァルには疑問点があった。あんなに素早く行動することは、果たして可能なのだろうか。とてもアルの華奢な体からは、そうは思えない。頭がモヤモヤした状態だったからだろう、「勝ったのはアルだな」と言ったパーシヴァルの声は、自信がなさそうな小声であった。
「私の相手は、やはりアルか。ここで決着をつけないといけないな」
遠くで一部始終を眺めていたガントは、そう呟いた。
ガントには、最近のアルの態度から、自分に対して何かを感じていることがわかった。しかし、その何かがわからない。
ガントには夢がある。誰もが自由に生きられる、平和な世界をつくってみせるという、壮大な夢。そして、アルならそれに共感してもらえるという、確信があった。あの時、シータ学院長の発言を、自分と同じく、正しく解釈した彼を、みすみす手放すわけにはいかない。それに、アルとでなくては、この夢は実現出来ない。そんな気まで、ガントはしたのだった。
ここで決着をつけよう。そう彼は決心した。