魔法戦士アルの誕生 #1-2
入学式典が終わり、生徒は教室の中にいる。黒板には、「もう少ししたら担任の私が来るから、それまで全員静かに待機してて」ときれいな字で書いてあった。ところが、みんなして、さっきの学院長の発言に文句を言っていて、教室は結構賑やかだった。
これは、その中の会話の一つである。
「ガントさん、あの学院長の言い方は何なんです? 無茶苦茶ムカつきますよね?」
レヴァンは、金髪で長身の好青年であるガントに向かって、そう言った。しかし、ガントは表情を全く変えずに、こう訊き返した。
「いや、別に何とも思わないが。逆にレヴァンはどこが、癪に障ったんだ?」
ガントが同調してくれることと勝手に思い込んでいた為、予想とは百八十度異なる返答に、質問者レヴァンはつい、
「ガントさんは、僕の言っていることの意味がわからないんですか!?」
と大声で言ってしまった。
ガントは「興奮すると、いつもおまえは声がでかくなるな」とやや呆れ顔。そこでやっと、レヴァンは自分が大声で言っていたことに気付き、慌てて口を手で押さえた。が、時はすでに遅し。周りの視線が一気に二人に集中し、静寂につつまれる。少し顔が赤くなったレヴァンとは対照的に、胸を張り堂々と立っていたガントがふてぶてしい笑みを浮かべて、
「私は、レヴァンよりは物分かりがよいと思うのだが、そんな私に何がわからないと言うんだ?」
ガントは一端言うのを止めてから、表情を一変させてにっこりと微笑みながら続けた。
「このような態度は、いけないということさ」
レヴァンも、二人の周りにいる人たちも、その意味が少しもわからなかった。
すると、それを見計らったかのように、漆黒の髪で右目を覆い隠している謎の少年が、二人のもとへ歩きながらこう言った。
「そういった態度や感情は、人を狂わすからだろ?」
視線が謎の少年に向けられる。その中でガントが一人でしきりに頷いていたが、やはり他の人たちには伝わっていないらしかった。
「つまりはだな……」
少年が説明しようと言い始めたところで、突然、扉を壊さんばかり思いっきり開ける音がした。
「あなたたちは、黒板の字が読めないのかしら? 黒板には、黙って座るように、と書いてあったでしょう?」
担任の先生にちがいない眼鏡をかけた女性が、教卓に両手を置きながら、そう言った。
真っ先に反応したのは、先ほどの漆黒の髪で右目を隠している少年だった。
「黒板にはそんなことは書いていないぞ。ただ、『全員静かに待機しろ』と『黙って座ってろ』が同義なら、話は変わるが。あ、ちなみにオレ以外は、全員静かに待機してたぜ」
それを聞いて女性は振り返って、後ろの黒板に書いた自分のきれいな文字を見た。そして、女性は一気に顔を赤くした。確かに、少年の言うとおりである。
「アル・フォルティス……だったかしら? 後で、私と一緒に職員室にいらっしゃい」
「りょーかい」
右手をいかにも面倒くさそうに挙げて、アルは欠伸をしながら答えた。
感心するのは、アルの返事に一瞬顔をしかめたものの、女性が笑顔になって自己紹介を始めたことである。
「皆さん、まずは自由に着席してください。私は、イグリア・セアヴェルニータ。これから六年間、あなたたちの担任よ。担当教科は魔術。よろしくね」
さっきとは口調が全く異なっていて、とても同一人物とは思えないが、怒ると人は変わるものである。別に不思議ではない。教師にしては、少々愛想が良さすぎるかも知れないが。
それから、今後の生徒たちのスケジュールが説明された。これが大変長く、わかりやすく要約すると、こうなる。それでもだいぶ長くなってしまったが、まあ仕方ない。
《生徒たちは初めの一週間(初日が入学式なので、実質六日間だが)、五科―芸術科・武術科・魔術科・医術科・学術科―の授業を見学し、七日目にそれについてのレポートと、希望する科とその理由についてのレポートを両方提出する。
次の一週間は、学術の基礎、すなわち勉強の基本である歴史・地理・薬学の授業を体験し、十四日目にテストを受ける。
さらにその次の一週間には、武術の授業を体験し、剣術や身のこなしを学び、二十一日目に個人トーナメント戦及び身体能力テストを行う。
そして、四週間目には、魔術の授業を体験し、魔法についての理解を深め、単純な魔法を発動させることを学ぶ。最終日である二十八日目に、それらをテストする。
二十九日目はオフで、この間に先生たちで会議を開き、生徒の配属される科が一人一人、本人の希望とレポート・その他テストなどを加味し、決定される。
そして、三十日目に配属科が発表され、十月一日から各科で学ぶ。》
とりあえず今日は、校舎巡りと寮の部屋を決めたところで終わるらしい。そしてそれらが終わったらすぐ、食堂で夕食を取ってから、寮の部屋に行って良いとのことである。
そう、今日から早速、寮生活である。ここまで説明してから言うまでもないが、学院は全寮制である。入学してから卒業するまでの五年間、ずっと寝食を共にしなくてはならないのだ。