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ガルシア大陸戦記  作者: シグレイン
双剣士ガントの誕生
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双剣士ガントの誕生 #2-2

 十一月も二週目に入った頃のホームルームの時間、シータにより連絡があった。

「イグリア先生は、昨日私が見たところ、風邪をこじらせて肺炎の症状がみられたので、今週も私が嘱託(しょくたく)に入る。まあ、そこまで先週とは変わりやしない」

 いまさら彼女が診察したことで驚くとなかれ。大陸でも指折りの名門校である学院の教科書を編纂したのである。それくらい余裕だろう。

 それよりも問題が、ある。

 そう、アルがいないのだ。クラスに一つだけポカンと空席があったので、シータも真っ先に気づき、

「おい、レヴァン! アルはどうしたのだ! なぜいない? 私は何も連絡を受けていないぞ」

 と声を張り上げた。突然指されたレヴァンは、授業中に居眠りしていた生徒が先生に指されたかのように背筋をピンと張って、

「はい! アル君に伝言を頼まれてました! 言うのを忘れてましたけど。で、アル君は風邪で今日の授業は出られないそうです」

「そうか。ならば、保健室にいるのだろう?」

「はい! ずっと寝ているそうです」

「一応後で確認しておこう」

「それでは授業を始める。教科書四十七ページ。レヴァン、お前が読め」

「ええっ。また僕ですか~。何でもかんでも僕に押しつけないでくださいよ~」

そう文句を言いながらも、レヴァンは立ち上がって読み始めた。

「魔法には、魔術、神術、マボロシ術があり……」

(げん)術だ! そんなのも読めないのか」

 シータに叱咤されるレヴァンであった。



 ……一方その頃。

 正確にはそれよりは後のことだが、アルは保健室で寝ていた。朝から鼻水は出るし、頭も痛いし、もちろん熱もあるから典型的な風邪だろう。

 アルが「喉が渇いたな」と思った、ちょうどその時、保健室の先生が水を持ってきた。なかなかの美人で若い女性である。レヴァンならすぐに食いつきそうな感じであった。だが、その中にただの人ならざる気配を感じる気がしなくもない。実は裏の顔がありそうだ。

「喉、乾いたでしょ?」

 そう言われて、やっぱりアルは思う。

 なんか、タイミング良すぎないか? 怪しい。何か臭う。それに、さっきからこちらを奇異の目で見てる気もする。

 しかし、アルは懐疑的になるには体調が悪すぎた。だから、考えるのを止め、自然な応対をしようと試みる。後で探りを入れるときに、自然に話せた方が良い。考えすぎかもしれないが用心に越したことはない。

「ありがとうございます。ちょうど水が欲しいなと思っていたところです」

 だいぶ棒読みだ。抑揚が全くない。普段ならまず使わない敬語を使っているからだ。

「そう。なら良かったわ」

 にっこりと微笑まれる。あのバカなら――もうあえて名前はあげないが、ガントの金魚のフンみたいなやつだ――イチコロレベルだな、と思う。だが、やはりその中にはるか孤高な存在を垣間見た気がした。まるで人が到底到達出来ないような、バケモノのような存在。

「大変悪いのですが、寝かせてもらえませんか」

 そう言って相手にするのを避けようとするが、彼女は、「そんなの聞こえません」と主張するかのように、喋り出す。

「イグリア先生に続いて、あなたもそうだとういうことは、これは風邪が流行りそうね。テストに影響が無いと良いけど」

 勝手にどんどん喋っていく。独り言なのか。

「ねえ、知ってる?」

 独り言じゃなかったらしい。

「学院長の部屋ってとっても汚いのよ。本と空き瓶が山のように散乱してるしね。ときどき自分で飲み干した酒の空き瓶を割って怪我して、ここに来るの。笑っちゃうわよね」

 そう言われた直後、並々ならないプレッシャーを感じ、アルは跳ね起きた。

「何が、『笑っちゃうわよね』だ。おい、アリッサ。余計なことを吹聴するでない」

「笑っちゃうわよね」の部分を、アリッサの口調を完全にコピーしたかのように言って、いかにも不機嫌そうなシータが現れた。

 アリッサは急に眼の色を変えて、

「学院長でも、部屋に入るときぐらいノックしてください」

 と口を尖らせた。こちらも結構怒った口調である。悪口を本人に聞かれる――それも喧嘩早そうなシータに、だ――のは、随分気まずいだろう。

「ふん。それくらい良かろう。それよりも、お前はちょっと席を外してくれないか。二人で話したいことがあってな」

 逃げるようにして、速やかにアリッサは去っていた。

 シータのおかげであの怪しそうな女性、アリッサから離れることは出来た。しかし、シータの存在も睡眠防止剤としては天下に轟く威力だろう。

 シータが訊いてくる。

「アル君、調子はいかがかね?」

「風邪で、頭が痛いし、鼻水は出るし、一刻も早く寝たいところです」

「そうか。それなのに私の気配を察知するとは、なかなかじゃないか。それとも、仮病か? そうだ、私が診てやろう」

「いいえ、結構です。寝てさえいれば勝手に治りますから。それよりも、学院長にうつしちゃうかもしれません」

「それならご心配無用。私は、そういうものには一切なったことが無いのでね。それに私は国際医師免許を持っている」

「それは冗談ですか?」

「ならば、試してみれば良いではないか。もし私の言っていることが嘘だったら、『学院長のウソ』とでも言って噂を流せば、なかなかの効果を上げられると思うがね」

 しまった。これは乗せられた。向こうの作戦勝ち。アルは歯を食いしばる。

 それを見て、「どれどれ」と言いながら、学院長はアルの額に手をあてる。

「熱はさほど高くない……か」

 しかし、額を触れば当然前髪が掻き揚げられて、右目の眼帯が露になる。シータの作戦はまさにこれだった。

 アルの目の色を確認する。

 シータは、入学当初の検査でアルの特殊能力についてはうすうす勘づいていた。が、目の色を確認するまでは何とも言えない。眼帯をしているのは、右目に何かがあるのを示唆しているが、それが金銀妖瞳(ヘテロクロミア)だとは限らない。

 そもそも、神術は特殊なものだということを、シータは熟知している。エルフの中でも血統的に寿命が長い彼女は、その美しさを保ったままもう何百年も生きていたが、金銀妖瞳の持ち主など指で数えられるくらいしか見たことがない。

 もし、アルが神術師ならば、その価値を狙っていつか狙われることもあろう。その時に彼が彼自身の力で何とか出来るようになるまで、私は守らなくてはいけない。そう思う。

 少なくとも、神術の使い方について個人的に教えた方が良い。自分以外にそれを体得している人間など、彼は一生出会わないかもしれないから。

 風邪の少年に問う。

「眼帯を外しても良いか?」

「いやだと言っても、どうせオレ、あ、いや僕が寝ているときに外して見るでしょう?」

この子は物分かりがよい。きっと良い神術師になれる。シータは確信した。ただ、神術を教える点で一つ問題がある。お互いの意思疎通だ。ならば、

「話しづらいのなら、別に無理せんで敬語を使わなくてもよろしい」

 突然言われたのにもかかわらず、アルは落ち着いていながらも大喜びで、

「そうなのか? なら、有り難くそうさせて頂く」

「その代わり、私も話しやすい方で話す」

「あ? オマエはそういう話し方でくどいこと言うキャラじゃ無かったのか?」

「うふふ、結構言うわね」

 シータもこのような口調になるのは、まことに久しいことであった。懐かしさがこみあげてくる。

「でも、そう思われるように装わないと、学院長としての威厳が無くなっちゃうでしょ?」

神術を教えるのは難しい。魔術のように呪文が存在しないからだ。それゆえ、より正確な意思伝達が必要となる。そして、その為には、障害となるものは全て消し去るべきだ。そう思っての特例措置だ。

「じゃあ、外すわね」

 シータはそう言って、少年の眼帯を外しその目をしっかりと見つめた。

 赤。紅蓮の炎がその中で渦巻いているかのような色。

 十分(じゅうぶん)見つめてから、眼帯を元通り付け直し、それからシータは言った。

「風邪が治ってからでいいから、毎週水曜の夜、学院長室に来なさい」

 アルはしかめ面になる。

「なんでだ? オレの眼帯を外して、オレの真っ赤な目を見て、オマエは何を思ったんだ?」

「それを教える為でもあるわ。他の人にはもちろん内緒よ。そうそう、こうやってくだけて話していいのは、二人だけの時だけよ」

「でも、ガントは頭が良いから気付くかもしれないぞ。どうすれば良い?」

 そこで、シータは忘れていたことを思い出す。それと同時に、いろんなことを覚えすぎて、必要な時に記憶がパッと出てこない自分を呪った。

「ガント! そうね、彼にも来てもらってちょうだい」

「わかった。その方がオレも楽でいいや」

「じゃあ、ゆっくりお休み。あなたの言う通り、そのまま寝てれば治るはずよ。国際医師免許がそう語ってるわ。ま、お大事に」

 シータはそう言って出ていき、入れ代わりにアリッサが入ってきた。

 盗み聞きしていたな、コイツ……。

「随分と長かったけど、何話してたの?」

 多弁な彼女である。すぐに、疑問に思ったことを口にした。だが、アルはもうすでに眠りに落ちていた。


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